水彩画
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夢中になってスケッチをしていると、自分の肩からレフィーリアが覗き込んでいることに気付いた。
スケッチに夢中になっていてまったく気付かなかった。
「……ど、どうしました?」
「クレトさんは、いい絵を描きますね」
「そんなことはないですよ。俺は素人ですから」
文字通り、絵で稼いでいるプロに比べれば、俺の描いたスケッチなど塵芥だろう。
「『いい絵』というのが、必ずしも上手い絵というわけとは私は思いません。勿論、それも一つの要素ではありますが、見る人にどんな感動を与えられるかであるかが『いい絵』だと私は思います。クレトさんの絵はのびやかで見ていてすごく楽しさを感じられました」
「あ、ありがとうございます」
そんなことを言われたのは初めてだったので、嬉し恥ずかしいような気持ちだ。
確かに『いい絵』と言われれば、全てが精巧ではないな。
デザインチックな絵や、デフォルメされた可愛らしいイラストだって厳密的には精巧であるとはいえない。そこから色々な人が考えて表現した上で、綺麗だとか可愛らしいだとか誰かに何かしらの感動を与えている気がする。
今まであまり考えたことはなかったが絵というものも奥深いな。
などと立ち上がってレフィーリアの絵を覗いてみると、そこには水彩で着色が済まされた王都が描かれていた。
「やっぱり上手いですね」
「ありがとうございます」
水彩絵具特有の色の混ざり合いや重ね塗りで、現実で見るものとは違った王都の景色がそこに描かれていた。
複雑で淡い色合いが混ざり合っており、とても美しい。
俺が鉛筆でスケッチを終わらせる間に、レフィーリアは着色まで終わらせていた。
正確でありながら圧倒的なスピード感がすごい。
「絵を描き終えたので違うところをお願いしてもいいですか?」
「わかりました。では、絵を亜空間に収納しておきますね」
「ちなみにクレトさんの魔法で収納する場合、乾燥などは進みますか?」
「いえ、亜空間の中では時間の流れは停止しているので、今の状態のままで保管されます」
「時間が停止!? そ、それを応用すれば、より色表現の幅が広がりますね」
さすがは画家。魔法を応用してすごいことを考えるものだ。
自分が塗りに挑戦する時は、そんな技法をやってみても面白いのかもしれない。
まあ、まずは基本の塗りを押さえてからのテクニックであると思うが。
二人で画材を片付けると、それらを亜空間に収納していく。
次はどこに連れていくべきだろうか。ここ以外にも見晴らしのいい建物はいくつかあるが、同じような景色を描いても楽しくないだろう。
「次は思い切ってカルツ平原などいかがでしょう? 少し魔物はうろついていますが、俺が責任を持ってお守りしますし、危ないと感じたら瞬時に転移で戻りますので」
「王都の外! 是非、お願いします! 私一人では絶対に行けない場所なので!」
などと提案してみると、またしてもレフィーリアは食いついた。
想像以上の喜びようにホッとする。
「では、カルツ平原に向かいますね」
「はい」
そのように声をかけると、レフィーリアは笑みを浮かべながら俺の手を握ってきた。
不意に繋がれる手に少しドキッとする。
「次の場所は平地なので危険はありませんよ?」
「えっと、まだ不安なのでこのままでもいいですか?」
申し訳なさそうに尋ねてくるレフィーリア。
女性にこんな風に言われて断れば男が廃るというものだろう。
「わかりました。慣れるまではこのままで」
俺は苦笑しながら転移を発動。
一瞬にして景色が変わって緑豊かなカルツ平原へと変わった。
「これはすごく見晴らしのいい場所ですね……ッ!」
移り変わった景色を見て、レフィーリアが目を爛々とさせながら見渡す。
カルツ平原は今日も変わらず緑が綺麗で、澄み渡る空とのコントラストが美しい。
遠くに森があり、まばらに木々が生えているのみ。
多くの人が行き交い、建物が並んでいる王都とは正反対ののんびりとした景色だ。
「どこで絵を描きますか?」
「あそこの木陰が涼しくて良さそうです」
「いいですね。あそこに行きましょう」
近くに生えている木まで二人で歩く。
木の下はしっかりとした影になっており、暑い日差しを緩和してくれていた。
風が吹くとサラサラとした葉音が鳴って心地良い。
ここなら長時間、絵を描いていても平気だろう。
とはいえ、小まめな水分補給は必要だ。
亜空間から取り出した水筒で水を飲んで早めに水分補給をしておく。
「あ、あの、クレトさん」
「なんですか?」
「お、お水を分けてもらうことは可能でしょうか? 水彩用の水しか持っていなくて……」
視線を逸らしながら恥ずかしそうに頼み込んでくるレフィーリア。
「……夏なのでしっかりと水のことも考えないとダメですよ」
「すみません、舞い上がってしまって描くことしか考えていませんでした」
亜空間から新しい水筒を取り出し、レフィーリアに渡しておく。
自分で飲んでしまって塗る時に使えないというのも困るからな。
「水は大量に持っているので無くなったらすぐに言ってください。お腹が空いたら食料もありますので」
「すみません、何からなにまで」
「エミリオの友人なので気にしなくていいですよ」
冒険者であれば、追加料金としてお金をとるところであるが、エミリオの友人とのことなのでこれくらいはサービスだ。下手に我慢されたりして倒れられるのも困るし。
ぺこぺこと申し訳なさそうに頭を下げたレフィーリアは、こくこくと水を飲んだ。
喉の渇きを結構我慢していたのかもしれない。
水分補給を終えてホッと息をつくと、レフィーリアが構図の見定めに入ったので俺はまたしてもイーゼルなどの画材を出しておく。
こうすれば、後は気に入った景色を自分で描き出すだろう。
「よろしければ、クレトさんも色を塗ってみますか? 画材をお貸ししますよ?」
「いいんですか?」
「これだけ平地ですと塗る方がメインになりますからね。水や食料を分けていただけるお礼です」
「ありがとうございます」
正直、レフィーリアの水彩画を見て、自分も色を塗ってみたいと思っていたので嬉しい。
素直に頼むと、レフィーリアはトランクの中から薄い箱を取り出す。
小さなパレットやそれぞれの大きさの筆、絵具が入った画材セットのようだ。
「外で塗る時に使う小さなものですが」
「ありがとうございます。俺にはこれで十分過ぎます」
申し訳なさそうに渡してくるレフィーリアだったが、俺にはこれで十分だった。
むしろ、携帯品とはいえ、プロの画材を貸してもらって恐縮する想いだ。
とにかく筆を痛めないように気をつけよう。
「外の風景は旅の途中で軽くスケッチをしたことはありますが、じっくりと描くのは初めてでドキドキします」
そのように言葉を漏らすレフィーリアは、まるでいけないことをしているかのような口ぶりだった。
まあ、魔物がうろついているこの世界では、一人でおちおちとスケッチをすることも難しいだろう。
冒険者ギルドにも画家が外の景色をスケッチしたいからと、護衛の依頼なんかを出していたな。それほどこの世界では外の景色をスケッチするにも大変だ。
レフィーリアは既に描くべき構図を決めたのだろう。
イーゼルに紙を置いて、既に下書きに入っている。
画材セットを傍に置いて、俺も構図となる景色を定める。
……遠くに立っている木を左側に入れて、後は空や平原の色合いをメインに画面を構成するか? いや、そもそも小学校や中学校の頃に使っていた程度の腕前で、いきなりそんな背景ができるだろうか?
水彩画になると途中で止めづらいし、レフィーリアの方が早く塗り終わりそうだ。
よし、ここは単純な木にしておこう。
ちょうど視線の先にはポツンと木が立っているので、それを描いて塗ることにする。
鉛筆でスケッチブックの中央に木の輪郭を描く。
それが終わると画材セットを広げて、着色の作業に入る。
とはいえ、木ってどこから塗るべきだろうか? とりあえず、明るい色である葉っぱから塗るべきなのはわかる。
だけど、葉っぱひとつひとつを塗っていくわけにもいかないし、大まかに色を置いていくしかないか。
どうせ効率的な塗り方など知らないし、上手に塗れるわけでもない。楽しむつもりで大胆に塗っていこう。
そんな風に開き直って自分なりの感覚で色を置いておく。
「あっ、鹿ですかね? それにしては立派な角のような?」
そんな風に自由に塗っていると、レフィーリアがそんな言葉を漏らした。
彼女の見ている先を見ると、遠くには大きな角を生やした鹿のような生き物がいた。
「ディアルカですね。分類としては一応魔物ですが、大人しい性格なのでちょっかいをかけなければ人を襲うことはありませんよ」
「道理で鹿にしては大きいはずです」
普通の鹿よりも二回りほど体が大きく、角が大きく広がっているのが特徴だ。
怒らせると鋭い角を向けて突進してくるので中々に怖い魔物だ。
食べると美味しいのでギルドでもよく討伐依頼が出ている。
「……追い払いますか?」
「いえ、彼も絵の中に入れてあげたいのでそのままでお願いします。それが外の自然なままの景色ですから」
どうやらレフィーリアは魔物でもあっても作品の中に取り入れて昇華させるようだ。
確かにそれは一理ある。俺は彼女の意を汲んでディアルカをそっとしておくことにした。
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