画家の依頼
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エミリオが連れてきた依頼人は、とても綺麗な女性だった。
艶やかな銀色の髪に透き通るような青い瞳。夏であるにも関わらず、シミや日焼けをまったく感じさせない雪のような白い肌。
淡い色合いのワンピースを着ており、肩には薄い羽織りをかけている。
儚げな印象を持つ女性で、華奢な体格も相まって迂闊に触れれば壊れてしまいそうな印象を受けた。
女性が注文を終えて、飲み物がやってくる。
ミントティーを口にして一息つくと、彼女はこちらを真っすぐに見据えて口を開いた。
「お休みの中、急に押しかけて申し訳ありません。どうしても転送屋さんにお頼みしたいことがあって参りました。レフィーリアと申します」
「んん? その名前、さっき美術館で見たような……?」
その名前には非常に見覚えがあった。具体的にさっき寄った美術館の展示会でだ。
「そうですね。今、美術館で開催されている王都展に作品を展示させていただいています」
「もしかして、ゼラール城を描いた画家さん?」
「そうです」
確かめるために言ってみると、レフィーリアは嬉しそうににこりと笑った。
「あのゼラール城、すごく綺麗でした」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、こちらも描いた甲斐があるというものです」
まさか、あんなすごい絵を描ける人が目の前にいるだなんて驚きだ。
芸術家って、もっとこう神経質そうなイメージがあったのでこんな柔らかな女性が描いていたとは意外だ。
「エミリオから話を聞いているかもしれませんが、改めて自己紹介を。冒険者ギルドで転送屋をやっており、エミリオ商会の従業員でもあるクレトです」
「よろしくお願いします、クレトさん」
自己紹介をすると、にっこりと笑みを浮かべるレフィーリア。
周囲にはあまりいない上品で柔らかな人なのでちょっと新鮮だ。
「ところでエミリオとの関係は聞いても?」
そして、こんな商売っ気のなさそうな方がエミリオと個人的な知り合いというのが気になる。俺がそのように問いかけると、レフィーリアはエミリオに視線を向け、彼は苦笑して頷いた。
「私の友人であり、パトロンです。私がまだ駆け出しでお金に困っていた時、彼が私の絵を気に入って応援やアドバイスをしてくれたんです」
「へー、エミリオがそんなことを……」
商売のことならまだしも、彼がそんなことをしていたのは意外だった。
「レフィーリアに絵の才能があったのは一目瞭然だったからね。そんな才能が潰れてしまうのは勿体ないと感じていたんだ。それに単純に僕は美しいものが好きだ」
彼なりの言葉で表すと先行投資というやつか。
ということは、王都にやってくるよりも前の話なのだろう。
彼が王都にやってきたというのは最近だし。
そこのところも少し気になるが、あまり深入りはしないでおく。
「こうやって王都で活動し、大きな展示会にも参加できるようになったのはエミリオの力があってこそなんです」
「あの絵を見ると、エミリオだけの力ではなく、レフィーリアさんの実力もあってこそと思えましたが……」
「いえいえ、私なんてまだまだ。もっと色々なものを描いてみたいんです……」
そのように素直な気持ちを言ってみるも、レフィーリアは謙虚にもそんなことを言う。
思わず苦笑しているエミリオの様子を見る限り、それが平常運転のようだ。
この慢心しない心がレフィーリアの上手さの秘訣なのかもしれない。
「なるほど、わかりました。それでレフィーリアさんの頼みというのはなんでしょう?」
「クレトさんの転送で私を色々なところに連れて行ってほしいんです! 私一人ではいけない遠い場所や、一般人が立ち入れないような場所へ! 常人では見られない景色を様々な角度から描いてみたいのです!」
尋ねてみると、身を乗り出す勢いでレフィーリアが語った。
「な、なるほど。わかりましたので、少し落ち着いてください」
「……すみません、少し熱が入ってしまいました」
指摘すると頬を赤く染めて、座り直すレフィーリア。
「つまり、写生のために色々な場所に連れていけばいいんですね?」
「はい、そうです。今はそれなりに稼げている方なので報酬もきちんとお支払いできるかと思いますが、いかがでしょうか?」
おずおずと伺うように尋ねてくるレフィーリア。
ふむ、色々な場所に連れていく必要があり、拘束時間も長くなりそうだが、別に難しい依頼ではないな。
同時並行でやる必要もないし、いくつもの出来事を把握しておく必要もない。冒険者の転送に比べれば非常に楽だ。
時間はそれなりに食うが、のんびりとやれるだろう。
「受けるのに一つだけ条件を言ってもいいですか?」
「なんでしょう?」
「よろしければ、報酬はレフィーリアさんの絵にできませんか? 展示会のような大きなものではなく、家に飾れるようなサイズのものを」
どうせならお金ではなく、レフィーリアの描いた絵が欲しい。そう思ってしまうくらいに俺も彼女の絵の虜になっていた。
俺の言葉を聞いて、エミリオが愉快そうに笑う。
「あはは、報酬を絵画にするとは、クレトも見る目があるね」
「レフィーリアさんの描いた絵を家に飾れば、素敵になりそうだって思ったんだ」
深い理由はないが、そんな直感が俺の中にあった。
「それで引き受けてくださるのであれば喜んで描かせていただきます」
「それじゃあ、取引成立ということで」
そのように言って手を差し出すと、レフィーリアは目を丸くしてから手を握り返す。
「エミリオの友人だけあって、同じようなことを言うんですね」
クスリと笑う彼女の言葉を聞いて、俺は微妙な表情になるのであった。
●
「絵を描くのに必要な物はそれで十分ですか?」
喫茶店を出た俺は、開口一番に尋ねた。
「はい、ここに着色道具も含めた画材が一通り入っています。さすがにイーゼルのような大きな道具は持ち歩けませんが」
レフィーリアが手にしているのは旅行用のトランクだ。その中にスケッチブックや着色道具などが入っているのだろう。
しかし、それらはあくまで必要最低限の画材だけのような気がする。
「クレトの魔法を使えば、どんな物でも収納して持ち運べる。よければ、一度アトリエに戻って道具を取りに戻ればどうだい?」
「え、そんなこともできるんですか!?」
「できますよ」
「ぜひ、お願いしたいです!」
エミリオの提案に頷いて答えると、レフィーリアは目を輝かせた。
やはり、手持ちの画材だけでは満足がいってなかったようだ。
これから絶好の景色を描くのに、画材が心許ないというのも勿体ないしな。
「そうとなれば、クレトの転移でレフィーリアのアトリエに行こう。ちなみに僕の商会から歩いて近い」
「さては、自分も転移に便乗するために提案したな?」
珍しく優しいことを言うと思ったら、自分も転移の恩恵に受けるのが目的だったようだ。
「いいじゃないか。レフィーリアの要望を代弁してあげたんだし。僕が言わなければ途中で戻ってくるハメになっていた可能性もあったよ?」
「休日だし割り増しで料金を請求してもいいか?」
「休日だから商会で働いたことにはならないよ。あくまで僕は繋いだだけで、これはクレトの個人的な依頼さ」
ああ言えばこう返す。
相変わらずエミリオと口論で戦っても勝てるような気がしなかった。
「まあいいや。そういうわけで一度商会の傍まで転移しますよ」
「はい?」
二人にそう告げると、俺は空間魔法を発動。
黒猫喫茶の前からエミリオ商会の執務室へと瞬時に転移した。
「きゃっ!」
レフィーリアが倒れそうになっていたので、咄嗟に手を伸ばして受け止める。
「大丈夫ですか?」
「すみません、急に場所が変わったのでビックリしてしまいました」
「こちらこそ、すみません。最近は慣れた方を連れることが多いので注意を失念していました」
転移による移動は微かな浮遊感のようなものがある。が、慣れれば気にならないが、不慣れな者だと結構な浮遊感を得ると聞いた。
転送していたのが身体能力の高い冒険者や、運動神経のいいニーナだけあって、ついその辺りへの配慮を忘れてしまっていた。
「ちなみにレフィーリアは運動が苦手な上に、注意力が散漫だ。小さな子供を連れていくと思った方がいい」
「確かに運動能力が低いのは事実ですけど、そこまででは―ーきゃっ!?」
エミリオの指摘にムッとして前に出ようとしたレフィーリアだが、自分が置いていたトランクにつまづいて転んだ。
……うん、確かにこれは小さな子供を連れていくつもりで臨んだ方が良さそうだ。
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