市場を巡る
ガドルフとウルドと別れた俺たちは。王都の中央区にある市場へとやってきた。
大通りよりも開けた場所には、あちこちにお店が連なっており、商売人たちが競い合うように大きな声を張り上げている。
「すごい! これ全部食べ物を売っているお店?」
「ああ、そうだよ。王都にはあちこちの食材が集まるからね」
目を輝かせて尋ねるニーナに俺は答えた。
王国の中で一番の都会だけあって、物資や食料の流通は一番だ。
小さな集落や村が交易都市へと食材が運ばれ、最終的には複数の交易都市から王都へと抱負な食材が運ばれる。
間違いなくこの国で一番食材が集まっている場所だろう。
「こんなにたくさんの食べ物を見るのは初めて! 街ではこんな風に食べ物を売っているんだ」
どこか感心したように陳列されている食材を眺めるニーナ。
ハウリン村のような辺境ではこのような食料を売り買いする市場はない。
基本的に物々交換で成り立っており、足りないものは他の村へと赴くか、外から定期的にやってくる行商人が頼りとなっている。
さすがにこれにはニーナも圧倒さてれ言葉も出なく――
「ねえ、クレト! なんか変な顔した魚がいるよ! 面白い!」
なることもなく、好奇心旺盛に陳列されている魚を指さしていた。
うん、ニーナはこういう子だったね。
平べったい顔にどこか眠たげな顔をした巨大魚。
「それはヌオーボっていう海の魚だね」
「海! 聞いたことがある! 川よりもとっても広くて、水がしょっぱいところだよね?」
「そうだよ。この魚はそこに住んでいるんだ」
「へえ、君は海からやってきたんだ――って、高っ! この子、銀貨八枚もするの!?」
屈みこんでヌオーボを眺めていたニーナだが、そこに書かれている値段を見て驚く。
「氷魔法使いが魔法で冷やしたり、保冷の魔法具を使って、厳重に輸送するからどうしても費用がかかってしまうんだ」
「そ、そうなんだ」
それでも王都は港町ペドリックから近い場所にあるので、値段が比較的マシな方だ。もっと遠い場所だと値段が跳ね上がって富裕層くらいしか食べられないくらいだしな。
「でも、港町に行けば値段は跳ね上がったりしないよ。そのまま市場で売り出されるからね」
「……そこで安く仕入れて、魔法で他のところに運んで高く売る……クレトのやってる商売ってそんな感じ?」
「おお、それがわかるとは偉いな。安く仕入れて、他所で高く売る。それが商売の基本だからね」
「なるほど! クレトのやってることがちょっとだけわかった気がする!」
納得いったような表情を浮かべるニーナを見て、内心で俺は驚く。
仕事のことをちょくちょく話していたとはいえ、そこまでわかるとは思わなかったな。
元々しっかりした子だとは思っていたが、想像以上に地頭がいいみたいだ。
とはいえ、俺はニーナを商売に誘ったりはしない。
ニーナが望めばできる限りで相談に乗りはするが、それは彼女の問題だからな。
魚屋をしばらく眺めて通り過ぎると、次にニーナが興味を示したのは野菜屋だ。
「あれ? これってもしかしてネギ?」
「そうだよ」
「……なんか小っちゃくない?」
「失礼だな、嬢ちゃん。うちのネギは有名な農家から仕入れた新鮮なものだ。見てくれ!このしっかりとした巻きと固さ! そして、艶やかな光沢を! 間違いなく良いネギの証だぜ?」
ニーナの実に素直な言葉に反応したのが野菜屋の店主だ。
陳列されている食材にケチをつけられては向こうも黙っていられないのも当然だろう。
しかし、これニーナが悪いとは言えない。ハウリン村でのネギは、ここで売られているネギよりも立派なのだから。
とはいえ、店主にそんなことを言っても仕方がない。
「すみません、この子が変なことを言っちゃって」
「……悪いな。こっちも熱くなっちまった」
きょとんとしているニーナの代わりに謝ると、店主も冷静になったのかバツが悪そうな顔で言った。
俺はニーナを連れて、ひとまずその店を離れる。
「私、変なこと言った?」
「いや、変じゃないよ。ニーナの言っていることはおかしくないし、さっきの店主が言ったこともおかしくない。お互いが常識として知っているものの差かな。俺が前に言ったように他のところではああいうネギが普通なんだ」
あれだけの大きさと美味しさを兼ね備えているハウリンネギが特殊なのであって、先ほど売っていたネギも一般的に認識されているネギだ。
だから、俺とエミリオはその特殊性や美味しさに目をつけて、ハウリン村の食材を高級レストランなどに売っているのである。
「そうなんだ! ねえ、他の野菜も見てみたい!」
「いいよ。ただ、今度は小さいとか言わないようにね? 売っている人も自分の商品をそんな風に言われたら悲しいだろうから」
「そうだよね。私もうちで育てているネギが小さいとか言われたら嫌だし……」
「まあ、そういうことも含めての経験だからね。気負うことなく楽しんで見て回ろう」
「うん!」
しょんぼりしていたニーナであるが、そのように言うといつもの快活さを取り戻す声音で頷いた。
たくさん考えて経験するのも大事だが、せっかくの王都なんだ。楽しまないと損だ。
●
色々な食材を眺めながら市場を歩いていると、不意に隣を歩いているニーナがお腹を鳴らした。
「あはは、お腹が空いちゃった」
「何か食べたいものはあるか?」
「え、えっと、ちょっとオシャレな店に行ってみたいかも。普段は行けないような……」
ちょっと恥ずかしそうにしながら希望を伝えてくれるニーナ。
おお、ここにきてニーナがようやくの都会らしいリクエストを出してきた。
お腹を鳴らしたことより、こっちの方が恥ずかしそうにしているのがちょっと不思議な気がする。
ハウリン村には飲食店のようなものはないしな。ニーナがそういって店を望むのも当然と言えるだろう。
女の子が望むオシャレな店か。
とはいえ、王都初心者のニーナにあまりレベルの高いお店に連れていっても緊張してしまうだろう。テーブルマナーなどに厳しくなく、適度な王都感とリラックス感が与えられる店を選ぶべきだ。
商売で会食として使う高級料理店や雰囲気のいい店はたくさん知っているが、女の子を連れて気軽に楽しめる店を俺はよく知らない。
自分から提案しておきながら、ちょうどいいレベルの引き出しが少ないことに気付いた。
仕事上、あちこちの街に転移しているとはいえ、王都を拠点としているのにこれは情けない。ニーナを連れてくる前にもっとリサーチしておくべきだった。
何となく歩いてレベルの合いそうな店に突撃してみるべきか? いや、そこの名物も知らずには入っていくのは少し怖いな。
ニーナに来たことがあるの? などと聞かれれば、ちょっと情けない返答をすることになる。
一旦、屋敷に転移してエルザに子供が喜びそうな店でも尋ねてみるか?
などと考えたところで俺は思いつく。俺の屋敷で食べればいいのではないかと。
俺からすれば、王都まで連れてきて自分の家で食事というのは微妙であるが、ニーナからすれば屋敷に入ったことはないと思うので新鮮だろう。
エルザの料理の腕もそこらの料理店にも負けないレベルだし、俺の家ならばマナーを気にすることないしのびのびと食事もできる。
一応、選択肢の一つとして提案してみるか?
「ニーナの要望とはちょっと違うかもしれないけど、王都にある俺の家とかどうだ?」
「そっか! クレトにはこっちにも家があったんだった!」
俺の言葉に思い出したとばかりの反応を示すニーナ。
うん、ニーナにとって俺の家っていうのはハウリン村の一軒家のイメージだろうしね。
一応、二拠点生活をしている身なので俺にはもう一つ家があるのだ。
「そこには料理の上手いメイドさんがいて、そこら辺の料理店には負けないレベルなんだけどどうかな?」
「行きたい! むしろ、そっちがいい! クレトのもう一つの家を見てみたい!」
などと提案してみせると、ニーナは目を輝かせる。
おお、思っていた以上の反応だ。とりあえず、喜んでくれたようで何よりだ。
「わかった、俺の家で昼食にしよう。ちょっとだけ上で待っててもらえるかい?」
「うん?」
「わわっ! 建物の上だ!」
市場から離れた場所にある建物の屋上に転移。
ここなら眺めもいいので時間も潰せるだろう。周囲に誰もいないのでちょっかいをかけられる心配もない。
「ちょっと魔法で戻って準備をしてもらうように頼んでくるよ。すぐに戻ってくるから待ててくれるかい?」
「うん、大丈夫!」
本当はニーナも連れて転移で行く方が安全だけど、せっかくなので歩いて向かって驚かせてあげたい。
ニーナはすっかり景色に夢中なようで、俺の言葉に元気よく頷いた。
それを確認すると、俺は転移で屋敷の私室に戻る。
「すまない、誰かいるかー?」
「はい、どうなさいましたか、クレト様?」
私室から出て声を張り上げると、廊下からエルザが出てきた。
こうやって転移で急にやってくることは何度もあるので、既に彼女も驚くことはない。
「急で悪いけど昼食を用意してくれないかな?」
「どのようなお客人でしょうか? また、食事内容にご要望はありますか?」
「王都にやってくるのが初めての女の子なんだ。王都っぽいオシャレな料理にしてくれると嬉しいかな」
「かしこまりました。早急に準備を進めます」
なんともフワッとした注文であるが、できるメイドであるエルザはいい感じにしてくれるはずだ。それくらいの信頼はしている。
「転移でやってくるわけじゃなく、歩いてくるからそこまで急がなくていいよ」
「ご配慮感謝いたします」
「じゃあ、よろしく頼むよ」
頭を下げて一礼するエルザにそう伝え、俺は転移でニーナの待っている建物の屋上へ。
「わっ! びっくりした、お帰り!」
ニーナのすぐ傍にやってくると、彼女は笑顔で出迎えてくれた。
時間にして三十秒程度だが、眺めのいい景色のお陰で退屈も不安も抱くことがなかったようだ。
「ただいま。それじゃあ、行こうか」
転移で通りへと降りると、俺はニーナと共に自宅の屋敷へと足を進めた。
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