ニーナとの約束
薪や食料の採取を終えると、俺とニーナは転移で家に戻ってきた。
大量の薪や食料を採取したが亜空間に放り込んでいる上に、転移で戻ってきたので疲れは最小限だった。
とはいえ、夏場なのでまったく汗をかかないはずもないし、長い時間採取していれば喉が渇く。
「少し休んでから戻るかい?」
「うん、氷が食べたい!」
仕事を終えればすぐに戻るニーナであるが、冷たいものへの誘惑には敵わないらしい。
嬉しそうに靴を脱いで、スリッパに履き替える。
ニーナのお陰でたくさんの薪が拾えただけでなく、食料も採取することができた。
普通にお水を出すだけなのも申し訳ないので、冷やしておいたアイスティーを振舞うことにする。勿論、別途で氷だけを入れたグラスも用意。
「お待たせ」
「なにこれ?」
「アイスティーだよ」
「あいすてぃー?」
「王都で売っているお茶の一つで紅茶っていうんだ。それを冷やした飲み物さ」
「へー、なんか香りがいいね。ヨモギ茶とは全然違う」
グラスを手に取り、香りを嗅いでみるニーナ。
ここら辺ではヨモギなどの野草を使ったお茶が多いので、こういった紅茶のような香り高いのは新鮮に感じるのだろう。
逆に俺は知らない種類のお茶がたくさんあって、ニーナとは違う意味で新鮮だった。
「そんなに甘くはないけど香りが良くて飲みやすいね!」
うん、子供らしい実に素直な意見。だけど、アイスティーってそんな感じの味だよね。
「アイスティーだけじゃちょっと物足りないけど、こういうものと一緒に食べるとちょうどいいんだよ」
「わあっ、クッキーだ!」
お土産として一度渡しただけに、見せた箱の中身がすぐにわかったらしい。
箱から五枚ずつクッキーを取り出すと、小皿に盛り付けた。
「クッキーを食べて、その後にアイスティーを飲む。こうすると、より美味しく感じるよ」
口の中に広がるクッキーの甘み。サクッとした歯応えがとても気持ちいい。
午前中に雑草抜きや薪拾いをこなした疲れが甘さで溶けていくようだ。
口の中で甘みを感じているうちにアイスティーを飲む。
すると、アイスティーにクッキーの甘みが加わり、香り高いながらも甘みも強く感じるようになった。それでいて最後にはアイスティーの清涼感が残る。
クッキーの甘さをくどく感じることなく、延々とこのループで食べ進められるようだ。
俺がやっているのを真似して、ニーナも小さな口でクッキーを口にする。
もぐもぐと口を動かすと幸せそうな顔をし、それから慌てたようにアイスティーを口にした。
「本当だ! 普通に飲むよりもこうした方が美味しい!」
「だろう? これがちょっと大人な紅茶の嗜み方さ」
「すごいなぁ。王都には私の知らないものがたくさんあるんだね」
グラスに盛り付けた氷を口に含みながら、ニーナが羨ましそうに呟く。
ここらでは手に入れることの難しいクッキーに紅茶。それらを合わせた楽しみ方。
ニーナの知らない王都のものを語り過ぎてしまっただろうか。
ニーナの純粋な反応がつい楽しくて、色々と見せびらかして自慢し過ぎてしまったかもしれない。
「……これから王都に行ってみる?」
「ええっ!? いいの!?」
申し訳なさから提案してみると、ニーナがガバッと上半身を上げた。
いじけ気味だった表情が見事な明るいものになる。感情豊かなニーナに俺は思わず苦笑する。
「前に連れて行ってあげるって約束したしね」
「やったー! 行く行く!」
「ああ、でも、きちんとアンドレさんやステラさんに許可を貰えたらだからね? 転移で行くとはいえ、さすがに王都に行くってなると二人共心配するだろうし」
転移でひとっとびなので道中の危険が一切ないことは保証できる。
しかし、駆け付けることも叶わないほど遠い場所に遊びに行かせるのは、アンドレやステラも不安におもうはずだ。
さっきの薪拾いのように俺たちの判断だけで行ける場所ではない。
「わかった! 聞いてくる!」
俺がそのように説明するとニーナは靴を履き、薪を積んだ籠を背負うとぴゅーっと自分の家に走っていった。
どんなに急いでいてもきちんと薪も持って帰るとは偉いな。
ステラさんは許可したとしても、親バカなアンドレは許可しないような気がするなぁ。
まあ、その時は素直に諦めてもらうことにしよう。
なんて思いながらリビングで待っていると、ニーナがステラを伴って戻ってきた。
「クレト! いいって!」
にっこりとした笑みを浮かべながらの言葉に俺は驚く。
「アンドレは許してくれたの?」
「アンドレには言っていません。言えば、必ず止めるとわかっていますから」
思わず尋ねると、ステラが苦笑しながら答えてくれた。
その答えは同意見だけど本当にいいのだろうか。
「ステラさんはそれでいいんですか?」
「徒歩で向かうならばともかく、クレトさんの魔法がありますからね。正直、クレトさんが傍にいるのであれば、どこにいようとも安全だと思っています」
「そんな風に言ってもらえて恐縮です」
「小さい頃の経験は、何事もにも勝る宝になると私は思います。だから、ニーナには色々な世界を見せてあげたいんです」
ニーナの頭を優しく撫でながら愛しむような視線を向けるステラ。
ニーナはそれを自然と受け入れ、実に心地よさそうな表情をしている。
どうやらステラは本当にニーナのことを考えた上で決断しているようだった。
俺も母さんが生きていれば、こんな親子関係を築けていたんだろうか。
「わかりました。ステラさんがそうおっしゃるのであれば娘さんをお連れします!」
「はい、是非ともお願いいたします」
そのように言うと、ステラが軽く頭を下げる。
これだけ信頼してくれているんだ。絶対にニーナを守ってあげないとな。
とはいえ、懸念点が一つだけある。俺はこっそりとステラに近づいて耳打ちをする。
「ただ、帰ってきた時に俺が殺されないように――」
「任せてください。アンドレの方は私がきちんと言い聞かせておきますので」
実に頼もしい返答をくれたステラにホッとした。
正直、王都でのニーナの安全よりも、アンドレによる暴走の方が遥かに怖かったからな。
「それじゃあ、王都に向かおうか」
「ま、待って。汗かいてるし、もっとオシャレしてくる!」
早速今から向かおうとするが、ニーナがわたわたとして家に戻っていってしまった。
「すみません、そういうことなので少々お待ちくださいね」
「あっ、こちらこそすみません。ここで待ってます」
にこにこと笑ってニーナの後をおいかけるステラ。
まさか、ニーナがそんなことを言うとは思わず驚いてしまった。
まだ十歳とはいえ、ニーナもそういうことを意識する女の子なんだな。
そういう気遣いでできなくてちょっと申し訳ない気持ちになった。
「俺も着替えておくか」
別に王都だからといって俺も気張る必要はないが、汗をかいたままの服というのはよろしくない。
ニーナに触発された俺は、きちんと汗をぬぐって新しい服に着替えた。
●
「お待たせ! クレト!」
ササッとシャツを着替えリビングで待っているとニーナの声がした。
俺も外に出ると、そこにはすっかりと衣服を変えたニーナがいた。
真っ白な袖無しブラウスに、紺色のキュロットスカート。
ブラウスの胸元にはリボンがついており、可愛らしい手作りのショルダーバッグを肩からかけている。それにポニーテールの毛先もいつもより毛先がカールしていた。
「ど、どう? 変じゃないかな?」
どこか不安そうに尋ねてくるニーナ。
いつもとはあまりにも印象が違うので一瞬言葉が出なくなっていた。
ニーナの言葉で我に返った俺は、すぐに感想を伝えてあげる。
「おお、すごいじゃないか。とってもオシャレだぞ」
「本当!? 王都を歩いていても変じゃない? 浮いたりしない?」
「浮かない浮かない。むしろ、王都にいるその辺の子よりも綺麗だよ」
「それは言い過ぎだよー」
などとニーナは苦笑するが、俺は本当にそうだと思う。
元から可愛らしい子だったのでオシャレをすれば化けるだろうなと思っていたがここまでとは。
「普段からこういう服を着ていればもっとモテモテなんじゃないかい?」
「うーん、さすがに毎日着るのはしんどいかも。収穫祭みたいなお祭りの日とか、特別な時だけでいいかな」
とはいえ、やっぱりこういう部分はニーナだった。
まあ、普段は農作業をしているのでこういう綺麗な服を着ているわけにもいかないか。
あまりに似合っているのでちょっとだけ惜しい。
「母さん、髪の毛変じゃない?」
「大丈夫よ。あまり気にして触ると崩れるから」
毛先を気にして触るニーナとそれを窘めるステラ。
ニーナのコーディネートをしたのは間違いなくステラだろうな。さすがは母親だ。
「それじゃあ、準備も整ったし行こうか」
「うん! 母さん、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。クレトさんから離れないようにね」
「はーい!」
ステラが手を振って見送る中、俺とニーナは転移で王都に向かった。
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