雪かき
ユーステリアで過ごしてから本格的に冬の勢いは増し、ハウリン村は雪に覆われることになった。
窓を開けると、一面が銀世界。どこもかしこも雪が積もっている状態だ。
「すっかり雪が積もってるな……」
空は分厚い灰色の雲に覆われており、今も雪を吐き出し続けていた。
東北地方に住んでいれば、おなじみの光景かもしれないが俺が住んでいたのは八王子。雪がこんなに積もったことなんて一度もない。
畑や道や家がこんなにも雪に覆われている姿は初めてなので、新鮮な気持ち半分、戸惑いの気持ち半分といったところだ。
「それにしても寒い」
室内は暖房で温められているが、窓を開けているせいで冷たい空気が入ってくる。
びゅうと風が吹き込んでくるだけで、身体の芯から冷えそうなレベル。
気候が真反対の地域にもう一つの拠点を構えれば、夏だろうが冬だろうが苦労しないのだろうな。
そのような効率的な生活方法を思考するが、今の自分は王都とハウリン村での生活をすっかりと気に入ってしまっている。
効率的だからといって、いまさらそんな暮らし方をするつもりはなかった。
ボーッと雪景色を眺めていると、隣からサクサクと雪を踏みしめる音が聞こえた。
「おはよう、クレト!」
「おはよう、ニーナ」
ダークグリーンのポンチョを纏ったニーナがいた。
下はミニスカートであるが、その下には黒のタイツを履いており、足元はムートンブーツで覆われている。
冬はどうしても着込む枚数が増えるのでモコモコしたファッションになりがちだが、ニーナは冬でも動きやすさを重視するみたいだ。
「雪、いっぱい積もったね!」
「ああ、朝起きたら周りが全部白一色だからビックリしたよ」
一昨日、昨日とポツポツと雪が降っていたが、積もるほどではなかった。
とはいえ、今積もっているということは昨夜のうちにたくさんの雪が降り注いだのだろう。
「うん、父さんも母さんも朝から慌ててた」
農村では夏を越えた辺りから冬に備えて、薪を集めて乾燥させたり、保存食を作ったりと念入りに準備をする。
前世のように暖房器具で溢れているわけではないし、一日中スーパーが空いていて食料が手に入ることもない。文字通り、事前の準備が冬を無事に越せるかの重要要素なのだ。
それ故に突然の積雪には驚いたに違いない。
とはいえ、皆冬の生活にも慣れている。必要なことは既にやり終えており、生活に支障が出ている人はいないだろう。
ニーナと雑談をしていると、またしても雪を踏みしめる音がする。声をかけてきたのはアンドレだ。
革製のフライトジャケットのようなものを着ており、手にはスコップを持っていた。
「おーい、クレト! お前の家、雪かきしてねえだろ? やっておかねえと重みで家が潰れるぞ?」
「え? マジですか?」
慌てて外に出て見てみると、俺の家にもこんもりと雪が積もっていた。
積もった雪はかなりの重さを誇っており、放置しておくと家屋倒壊を引き起こすと聞く。
アンドレの言う通り、俺もすぐに雪かきをした方が良さそうだ。
積雪なんて滅多に経験しなかったので、アンドレには言われなければ気付かなかったかもしれない。感謝だ。
急いでジャケットを羽織ると、亜空間からスコップを取り出して外に出た。
「クレト! 私も手伝ってあげる!」
「屋根は危ないから家の周りをお願いしてもいいかな?」
「うん、わかった!」
さすがにニーナに屋根の雪かきをお願いするのは気が引けるために、安全な場所をお願いする。
ニーナはあっさりと聞き入れてくれて、自分のスコップを取りに戻った。
「転移」
俺は空間魔法を発動させて、自分の屋根の上に転移する。
着地した瞬間ズボッと足が沈んでヒヤッとしたが、バランスを崩して転げ落ちるようなことはなかった。
「雪が積もっている時の転移は難しいな」
なにせ地面が目視できない上に、雪がどれくらい積もっているのか想像ができない。
慎重に転移しないと転倒して怪我をする可能性がある。
不安定な場所ではあまり使わない方がいいのかもしれないな。
それにしても屋根の上から眺める景色というのは中々いいものだ。
普段、家の屋根に登ることなんてないから新鮮だ。
とはいっても、雪のせいで周囲は真っ白。
視点の高さが変わるくらいで大きな変化はないな。
アンドレの家は既に雪かきが終わっているようで、屋根の上に雪はなく、家の周りにある雪も綺麗に退かされていた。
「一人じゃ大変だ。俺も手伝ってやるよ」
スコップを手に戻ってきたニーナと共に、アンドレがやってきてくれた。ありがたい。
「ありがとうございます」
「梯子はねえのか?」
「あっ、魔法で登ったので……アンドレさんも魔法で移動させますね」
アンドレを転移させて、屋根の上に移動させる。
「うおっ!?」
「雪があるとビビりますよね」
「心臓に悪いぜ、これ」
俺と同じく若干ヒヤッとしたようだ。
アンドレの運動神経は信頼しているし、もし落下したとしても俺が魔法で移動させられる。
どちらかが落ちたところで怪我をすることはないだろう。
「ニーナ! 雪が落ちる可能性があるから、できるだけ離れておけよ!」
「わかってる!」
念のために注意の声をかけると、ニーナはしっかりと返事をしてくれた。
雪が落ちることのない中庭の方に移動して、最低限の通路を確保するために雪を移動させている。
それを見届けて、俺はスコップを動かすことにした。
ザクッとスコップが突き刺さり、雪を持ち上げる。
「うおっ! 重たっ!」
「ははははっ! 屋根の上にある雪には溶けて固まって氷になっているものもある。普通の雪よりも滅茶苦茶重いぜ?」
思わず呻き声を上げると、アンドレが笑った。
家の周りにあった雪はサラサラとしていたが、ここにある雪はそうではないようだ。
道理でスコップの雪が想像以上に重いはずだ。
スコップですくった雪で何キロもの重さがありそうだ。
「……これは腰に来ますね」
「そんなこと言ってたら村の爺たちに怒鳴られるぞ」
ハウリン村の老人たちは皆元気だからな。
俺たちのような若者がそんなことを言っていたら、怒鳴りつけてくる未来が見えた。
もうちょっと頑張るとしよう。
俺がひいこら言いながら雪かきをする一方、アンドレは滑らかな動きでスコップを動かしている。一度に落とす雪の量も段違いだ。
「ははは、クレトも魔法ばっかり使っていないで身体を鍛えるべきだな! 軟弱者め!」
「くっ、この状況を見れば、反論することができない……!」
アンドレが担当している面はごっそりと雪が落ちているが、俺の担当している場所はたくさん雪が残っていた。
アンドレの言う通りなのかもしれない。もうちょっと空間魔法を自重し、自分の足であちこちを歩いたり、身体を鍛えたりするべきか。
しかし、俺の本職は商人であり、魔法使いだ。冒険者の真似事もするが、積極的に戦闘をするわけでもない。今さら身体を鍛えるというのもな。
アンドレのようにしっかりと身体を鍛え上げるよりも、魔法の有用な使い方を模索する方がいい気がする。
今回も稲の収穫作業のように楽をできないものだろうか。
しばらく考えていると、頭の中でふとした方法を思いついた。
「アンドレさん、少し試したい魔法があるので降りてもらっていいですか?」
「また面白いことをするのか? いいぜ、とりあえず降りてやるよ」
ニヤリと笑うアンドレを下に転移させる。
念のために下にいるニーナと一緒に少し離れてもらう。
二人が十分に離れたところで俺は屋根の上にある雪に空間魔法を発動させた。
「亜空収納」
物を収納するのと同じ要領で、雪を亜空間へと収納していく。
雪も立派な水であり無機物だ。生物でない限り、空間魔法で収納することができる。
俺の目論見は正解だったようで、大量にあった屋根の雪は全て亜空間へと吸い込まれた。
「うおおお!? なんだそれ?」
「すごーい! 屋根にあった雪がズオオって、穴に吸い込まれた!」
雪がなくなった屋根を見て、アンドレがあんぐりと口を開けて、ニーナが無邪気な声を上げた。
俺の本職は商人であり、魔法使いだ。アンドレのように無理に身体を鍛える必要はなかった。
屋根の雪を収納した勢いで、俺は家の周囲にある雪をごっそりと収納していく。
積もっていた雪が掃除機に座れていくかのようになくなり、微かな雪と湿った地面だけが残った。
「ふう、これで終わり。これなら雪が積もろうと問題はなさそうだな」
「頼む、クレト! 俺の周りの雪も退かしてくれ!」
「ううん? アンドレさんは身体を鍛えているので魔法なんて必要ないんじゃないんですか? 軟弱者の俺とは違うようですし」
「俺が悪かった! すまん!」
先ほどのアンドレの言葉を逆手にとってからかうと、彼は必死に頭を下げた。
ただのからかいで、そこまでするとは思わずギョッとした。
「いや、そこまで必死に謝らなくても手伝ってあげますって」
「そうか。助かる」
「そんなに雪かきが嫌だったんですか?」
「毎日降り積もってくる雪を退かすのは苦行なんだ」
思わず尋ねると、アンドレから切実な言葉が返ってきた。
俺はまだ雪が新鮮なので楽しいと思えるが、慣れた人からすればそうでもないんだろうな。
真冬の雪かきの辛さがにじみ出るやり取りだった。




