真夜中の訪問者
俺は町に戻るというカイル君たちと別れて草原に残った。
時間は既に真夜中で、空には月が昇っている。月が地球と全く同じ物だったりするが、まぁそれはそういう物なんだろうと思うことにして気にしないことにして、俺は草原に座り込んで、ボンヤリと周囲を眺める。
カイル君たちが帰ったラザロスの町の明かりが城壁の外で漏れ出ている。
それは人の放つ暖かな生活の灯り。俺には終ぞ縁の無かった物だ。
俺は街中っていうか人の多い所がそんなに好きじゃねぇんだよ。いや、好きじゃなくなったって感じか? 人の社会の中で生きること諦めたわけだし、そうならざるを得なかったんだよな。
まぁ、そういう色々があって、俺は町には行かずに野宿。町に入る金が無いってのもあるけどさ。
俺は街道の脇の草原にテントを建てて、たき火を熾し、そのそばに座り込む。
相棒はたいして美味しくもない酒と、草原を撫でる夜の風。たまに空を見上げて眺める星。
メシは食わなくてもいいし、寝なくても大丈夫なんだけどな。三大欲求の内の食欲と睡眠欲は魔力とか気のコントロールに類する技術を使えば、問題無く克服できる。ただ、その二つを自給自足していると、どんどん人間性が失われていく気がするから、なるべくやらねぇけどさ。
それと酒というかアルコールに関しては自分で賄うことが出来ないから、どうしても必要になる。長く生きていると素面でいるのが辛い時もあるし、多少は酔って、リラックスしとかないとな。
陶器の瓶に入った酒に口をつけると雑な味わいが口の中に広がる。
熟成させてないウィスキーの味だ。ウィスキーの茶色は熟成中に樽の色が移って付くものだから、熟成させていない酒の色は無色透明。
密造酒のウィスキーなんかも熟成はしなかったりするから無色透明が多い。人間だった頃に酒の密造で稼いだこともあるから、その辺は詳しいぜ。
酒をのみながら今後の事を考える。
俺がいるのはアウルム王国のラザロスって町。まぁ、町の外で野宿だけど。
━━で、六神ってのがいて、その内の白神ってのを祀る場所が聖地クルセリアにあるから、そこを目指すのもあり。だけど、近いうちにラザロスで白神祭りがあるから、それの様子を見てから、どうするか決める。
とりあえず情報はこんなもんでも方針は立てられる。
当初の目標はラザロスの町に入るってことだったけど、それは別にしなくても良いか。俺は目立つのは好きだけど、人混みの中にいるのは嫌いだし、町の中はちょっとな。でも、白神祭りがある以上、ラザロスには滞在しないといけないので、しばらくは町の近くで野宿でもしていよう。
ついでに、その間は暇だから金稼ぎと娯楽も兼ねて、賭け試合でもしていようか。ただまぁ、賭け試合ってのは色々と問題もあるんだけどな。
そして、その問題ってのが俺の眼前に迫って来ていたりもする。
「良い夜だな」
俺は近づいてくる気配に対して立ち上がりながら、声をかける。
真夜中に町の外を出歩き、わざわざ俺のそばに寄ってくるんだ、用事も大体は予想がつく。人間だった時も同じようなことがあったしな。
きっと、俺に負けた奴らのお礼参りとかそんな感じだろう。もしくは昼間、稼いでいる所を見ていた奴が俺の金を奪いに来たか。まぁ、どっちにしろ、仲良くしようって気配は感じないね。
「なんだよ、俺とお話ししてくれねぇのかい?」
武器を持った男たちが無言で俺を囲む。
俺のもとにやって来た連中は四人。そのうちの一人は昼間に倒した短剣使いだった。
全員がパッと見てゴロツキだと分かるガラの悪さだから、盗賊かなんかだろう。
やっぱり、昼間に仲間がやられたことの仕返しとついでに俺から金を頂こうって考えなんだろうね。
昼間にやってた金を賭けた腕試しをやる時の問題はこういう事態になることなんだわ。
人間だった時もアメリカの南部で同じことをやったら、うっかり地元のバイカー集団と揉めちゃって大変なことになった経験がある。
アメリカのバイカーはヤバいぜ? 日本にも暴走族があるけど、それとは別のヤバさ。
がちめの犯罪組織だったりして、麻薬とか武器の取引、強盗、殺人、売春とかもやってたりする連中もいたりするわけで、俺はそういう連中と揉めちゃった経験があったりする。
なので、賭け試合をやることのヤバさは重々承知しているんだけども、俺は学習しない男だから目先の楽しさに流されて、賭け試合をしてしまい、厄介な連中を呼び寄せてしまうんだ。まぁ、実の所それも狙ってたりするんだけどさ。
「俺はちょっとお酒に酔ってるから良い気分なんだが、キミらはどうだい?」
俺の質問の返答は突きつけられた刃。俺を取り囲み、盗賊共は短剣を構える。
「金を出しな」
おぉ怖い。金を出せって?
しょうがねぇなぁ、ちょっと待ってろよ——おっと、金を出そうと思ったのに、うっかりとパンチが出てしまいました。
武器を構えて油断していないつもりだったんだろうけど、油断していないからって相手に打ち込めないわけじゃない。つーか、油断してなくても隙は有るから、問題無く殴れるんだよね。
そうして、俺は俺に一番近い位置の盗賊の鼻骨を拳で叩き砕き、顔を仰け反らせたところに上段蹴りを叩き込む。
「は?」
盗賊の一人がいきなり吹っ飛んだ味方を見て、間抜けな顔になる。
見えなかったことを驚いている? それとも、いきなり殴りかかってきたことを驚いている?
どっちにしろ、そんなんじゃ駄目だね。
まずは先手を取らなきゃ駄目だよ。
刃物を突き付けるくらいだったら、さっさと顔面を切りつける。
切ってから金を出せっていう方がスマートに事を進められるぜ? 相手を脅しつけるのだって、結局は交渉で話し合いなんだから、そんなの相手に考える時間を与えるだけなんだし、やる意味ないよ。
「素人が」
俺は判断が遅れてボーっとしている盗賊の懐に飛び込み、左拳を相手の腹にねじ込むように打つ。肝臓打ちと呼ばれる打撃だ。
拳の衝撃が腹の奥まで響き、内臓にまで届く。その激痛で盗賊は体をくの字に曲げたので、俺は頭を掴んで膝蹴りを入れる。
「てめぇ!」
後ろに気配を感じたので、俺は頭を掴んだ手を離し、身体を屈めつつ振り向きながら足払いを仕掛ける。
屈んだ俺の頭の上を盗賊の短剣が通り過ぎ、逆に俺の足は盗賊の足を払って尻餅をつかせる。
盗賊は慌てて起き上がろうとするが、それよりも俺が蹴りを放つ方が速い。俺は前蹴りを、盗賊の顔面に叩き込んで意識を刈り取る。
「素人、素人、素人! お話しにもならねぇ雑魚っぷりだなぁ、おい! ちょっとは根性を見せてみろよ!」
残りは昼間に俺と試合した短剣使いだけだが、顔を見る限り、完全に戦意を喪失してやがるよ。
そんな奴と戦うとかいじめにしかならねぇから、俺は嫌だね。ちょっと煽ったら戦る気になってくれるかと思ったけど、全然そんなことなさそうだし、困った奴だぜ。
「お、俺達にこんなことしたら、『青蛇』のお頭が黙ってねぇぞ」
お、なんだかワクワクするようなワードが出てきたぞ。
おいおい親玉がいるのかよ、参ったなぁ。それに組織立ってる感じ? 構成員もいっぱいいるのかなぁ。だったら困っちゃうなぁ。
「な、何を笑ってやがんだ! 『青蛇』の恐ろしさを知らねぇわけじゃねぇだろ! お、お前なんか、俺達のお頭がその気になったら、ただじゃ済まさねぇからな!」
俺がニヤニヤしてるって?
俺はこういう奴らが本当に好きだから、ニヤニヤするのも仕方ないよ。
俺にとっては、こういう奴らは際限なく俺の敵になる奴を連れてきてくれるんだもん。そういう奴に感謝しないわけにはいかないし、暖かい気持ちを持つなっていうのも無理じゃない?
「俺は『青蛇』ってのを良く知らないんだよ。だから、教えてくれると嬉しいんだが——」
俺はちょっと優しい気持ちになって来たので、優しく終わらせてやろうと、話している途中で一気に距離を詰め、短剣使いに接近する。
近づく俺を払いのけるよう短剣を振り回して来たので、その刃を指で掴み取り、短剣を奪い取って放り捨てる。
一瞬で武器を失い、短剣使いの顔が青ざめる。なるほど、すぐに顔が青くなるから『青蛇』なんですか——
「って、そんなわけないじゃん」
自分に自分で突っ込みを入れつつ、俺は短剣使いの鳩尾に中段突きを叩き込む。
急所を撃ち抜かれた相手はその一発で気絶。
そうして、気づけば草原に立っているのは俺一人。もう少し頑張ってもらえると嬉しい所だったんだけどね。
まぁ、そこら辺の盗賊に期待しても仕方ない。今後に期待しよう。
—―で、俺は盗賊四人の身柄をゲットしたわけだが、こいつらはどうしようかな?
俺としては戦る気は高まっても、殺る気はそんなんでもないから、見逃しても良いような気分。
殴ってはいるけど、殺してはいないから、始末するとなると今から殺さなきゃならなくなるんだけど、ちょっとそういう気分じゃないんだよね。俺の中の殺る気スイッチが入ってないというか、なんというかって感じだしさ。
でもまぁ、見逃したら見逃したでこいつらは、今後も悪いことをしそうなんだよなぁ。それで困る人がいたらどうする?
まぁ、別にどうってこともないんだけどね。だって、俺の知ったことじゃないし。
こいつらが別の誰かを襲ったとしても、それはその時襲われた人が解決すればいいわけだしさ。
「とはいえ、俺を襲ったことの落とし前くらいはつけて貰わないといけないんだけどね」
見逃してやるにしても、そこら辺はキッチリしとかないとね。
俺は倒れた盗賊たちの体を縛り上げ、こいつらが目を覚ますまで待つことにする。
幸い良い月夜だ。
傍らにはお酒もあるし退屈はしないだろう。
たまには月を眺めて、酒を嗜むような、そんな風流な過ごし方も悪くない。