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冒険者の眼

 

 その日、冒険者のカイルは自分の人生を揺るがす存在に出会った。

 その名はアスラカーズ。その男の存在がただの冒険者として終わろうとしていたカイルの人生を大きく変えることになる。


 冒険者というのは依頼を受けて魔物を狩ったり、迷宮ダンジョンに潜り、宝を探すなどして生計を立てる者たちである。カイルはその日も同じパーティーを組んでいるギド、クロエ、コリス達と一緒に魔物の討伐に向かっていた。

 彼らは若いがラザロスの町の冒険者の中ではそれなりの腕を持つ者たちに属しており、ラザロス近郊に生息する魔物の討伐なども慣れた仕事だった。その日も危なげなく魔物を狩り、帰路につく。

 そんな帰り道にカイルたちは出会ったのだった。邪神アスラカーズという存在に。


 カイルたちは最初は道の脇に男が立っているとしか思わなかった。だが、それだけのはずだったのに、どういうわけかカイル達は男から目が離せなくなった。


 強烈な存在感を持った男だった。

 おかしな格好をしているわけでも無ければ、多少は整った顔である物の並ぶ者がいないほどの美貌を持っているわけでもない。

 それでもどういうわけか目を惹かれて、目が離せなくなる。けれども感情的に何か惹かれるものがあるわけではない。

 ただ単に目立つから目に入り、目を逸らせなくなるだけで、不思議なことにその男に対して特に何か思うようなことは無い。それがカイルにとっても不思議だった。


 —―ただ、それは見ているだけの時であって、声をかけられでもすれば状況は大きく変わる。

 不意にカイル達に声をかけてきた男は名乗りもせずにカイル達に戦いを挑み、カイルたちと野次馬を煽って戦いの場を整えた。

 男の煽るような物言いに対して苛立ちを覚えていたのは確かだが、どういうわけか男の言葉にカイル達は流されて戦うことになり、そうこうしている間にカイルの仲間のギドが倒される。


 一瞬の出来事であり、何が起こったかも分からない。

 ただカイル達が分かったのは、この男がとてつもない強さであること。

 一瞬で倒されたがギドだって弱くはない。ラザロスの町ではそれなりに知られた戦士だ。それが何も出来ずに倒されるなどカイルには信じられなかった。


 カイル達が倒されたギドを介抱している最中も男は自分への挑戦者を募り、その呼びかけに応えて何人もの冒険者が男に挑む。その中にはカイル達よりも腕の冒険者もいたが、男の前では全員が子供扱いだった。


 最初に挑戦したのは剣士。ラザロスの町の冒険者の中でもトップに属する腕だが、そんな剣士も歯が立たなかった。

 男に斬りかかり、何度も剣を振るが、その全てが簡単に躱され、逆に反撃の蹴りを太腿に受けると剣士は体勢を崩し、そこに続けて男の拳が脇腹に叩き込まれる。

 その攻撃で膝をついた剣士の顔面に男の拳が突き出されるが、その拳は寸止めされて、剣士の眼前で止まっていた。


「参った」


 勝ち目が無いと悟って降参し、剣士はよろよろと立ち上がるとカイル達のそばに近づく。

 どういうつもりだろうとカイル達が見ていると、男がカイルの仲間のクロエに銀貨を一枚投げ渡してきた。


「治療してやれ」


 クロエは魔術師で、攻撃魔術の方が得意だが治癒魔術ができないわけでもない。

 その時もギドの治療をしていたので、剣士の方の治療もしてやれというつもりで、男はその代金として銀貨を投げ渡したのだろうとカイルは予測する。


「どうする?」


 クロエに聞かれたのでカイルは治療するように頼む。

 男にはギドが負けた分の銀貨一枚を払わなければいけないので、それが帳消しになると思えば安いものだ。


「魔力も残り少ないんだけどなぁ」


 ぼやきながらもクロエは剣士の体に《ヒール》の魔術をかける。

 それをカイルが見守っていると、戦いの場に新たな挑戦者が現れたのか、群衆が歓声を上げる音が聞こえたので、カイルはそちらの方に目を向ける。


 男と対峙していたのは槍使い。

 男と向き合うなり、不意打ちに近いタイミングで槍使いが得物を突き出す。

 しかし、男は自分に向けて放たれた槍の穂先を手ではたき、槍を弾くと、一気に距離を詰め、槍使いの懐に飛び込み、その胴体に拳を叩き込む。

 たった一発で槍使いは地面に崩れ落ち、腹の中の物をぶちまけそうになるのを堪えながら、這いずってカイル達のもとに近づく。


「これも治療しないといけないの?」


 限界を迎えたのか腹の中の物を全部ぶちまけた槍使いを杖で突っつきながら、カイルに訊ねる。


「それはまぁ、お金を貰ってしまったわけだし」


 そんな義理は無いとカイル自身も思うが、銀貨を貰ってしまった以上は言われた通り治療した方が良いと思う。

 そんな風にカイル達が仕方なしに治療している中、それを頼んだ当人はというと、新たな挑戦者と戦っていた。


 ギドから数えて四人目の挑戦者は短剣使い。

 素早い身のこなしで男に近づくと短剣を振り回すが、その刃を男は素手で全て受け流し、防ぎ切ると同時に、短剣使いの足を払って地面に転がすと、倒れた短剣使いの顔面に向けて拳を振り下ろす。といっても当てはせずに寸止めだ。

 たいしてダメージを受けずに済んだ短剣使いは降参を宣言し、その場から逃げるように去っていく。


 次に出てきた挑戦者は大剣使い。

 カイルも良く知るラザロス屈指の冒険者だが、男の相手にはならなかった。

 大剣使いの振り回す剣を男は完全に見切っており、振り回される大剣の刃の上に乗るといった離れ業を見せ、剣を踏みつけたまま大剣使いの顔面を蹴り飛ばして倒してしまった。


「すげぇな」


 意識を取り戻したギドが男の戦いぶりを見て感嘆の声を漏らす。

 カイルもギドと同じ思いだ。男の強さにカイル達は感動していた。


 甲冑を着た騎士らしき輩が男に挑む。

 甲冑相手に素手では厳しいかと思われたが、男は騎士を簡単に投げ飛ばすと、尻餅をついた騎士を絞め落とし、呆気なく勝利する。


「俺の勝ちぃっ!」


 男が勝利を宣言し、拳を突き上げると群衆が湧く。

 ついさっきまではただの野次馬であったはずなのに、いつのまにか群衆は男のファンになっていた。

 圧倒的に強いということしか、この場にいる者たちは男について知らない。しかし、それでも充分だった。強いということはそれだけで充分以上の魅力なる。それは群衆の男を見る目からも明らかだった。


「負けた奴は残念だったけど、自分を卑下すんなよ。なにせ俺は世界最強だからな! 負けても当然だ!」


 自信に満ち溢れた表情でうそぶく男。

 普通なら一笑に付すような妄言だが、どういうわけかこの男が言うと真実に聞こえて、本当に世界最強なのではないかと思えてくる。男の持つ圧倒的な存在感がその証拠だ。


「今日はここまで! 明日も俺はここでるから、強い奴を連れてこい! ついでに自信がある奴も俺に挑んで来い! 俺は逃げも隠れもしねぇ!」


 男の宣言に群衆は喝采を上げる。

 たった数十分の出来事で男は人々の心を掴み、敵対していたカイル達すらも魅了していた。

 やっていることは無茶苦茶なのにどういうわけか、惹かれるものがあるのだ。


 簡潔に言えば男には華があった。

 何をしていてもどんな場面を切り取っても絵になる。

 それがアスラカーズという男だった。


 —―集まった群衆はほどなくして解散し、その場にはカイル達が残された。

 カイルの仲間のクロエが治療した剣士たちはカイル達への礼もそこそこに町へ帰っていったが、カイル達は治療のために魔術を使いすぎたクロエが休憩しなければ動けないほど消耗していたため、その場に留まっていた。


「悪いね、キミらを当て馬に使ったみたいでさ」


 そんなカイル達のもとへ銀貨を数えながら男が近づく。

 先ほどまでの戦いを見ていたカイル達は、自分たちより遥かに上であることが分かった相手に対して恐縮してしまう。


「いえ、それはまぁ」

「言いたいことがあったら、ハッキリ言った方が良いぜ? ムカつくから金返せとかさ」


 それは……とカイルが口ごもる中、カイルの隣に座っていたギドが男に向かって何かを投げつける。

 不意に投げつけられたそれを軽々と受け止めた男は、自分の手の中に収まった物を確認してギドに笑みを向ける。

 男の手に握られていたのは一枚の銀貨であり、それが意味するところは——


「もう一度、俺と戦え」


 ギドは再び男に挑戦する。

 カイルが待てと言おうとするが、ギドは聞く耳持たず斧を構える。

 その姿に微笑ましい物を見たかのように男は優し気な表情になる。だが、だからとって戦意がないわけではない。むしろ、ギドが最初に戦った時と比べても戦意が増している。


「いいよなぁ、そういうの。何度でも立ち向かってくる姿勢とか俺は好きだよ」


 そう言いながら男はカイルの仲間の弓使いであるコリスに銀貨を投げ渡す。

 それはギドから受け取った物なのだが、男はそんなことは気にする様子も無くコリスに命令する。


「それで買えるだけの酒と食い物を買ってこい」


 見ず知らずの男の命令にコリスはまずカイルに指示を仰ぐという対応を取った。

 カイルはコリスに対して男の命令を聞いておけと合図を出して、ラザロスの町へとコリスを走らせる。


「そんじゃ、行くぜ」


 ギドと対峙した男が動く。

 先ほどまでと違い、今回は男が先手を取った。

 素早い踏み込みで距離を詰める男に対してギドは斧を振り、接近を阻止しようとするが、その斧の柄が男に捕まれる。直後、ギドは空中で一回転し地面に背中から叩きつけられる。


「俺の勝ちだな」


 倒れたギドの顔面を踏みつけるように振り下ろされた男の足がギドの眼前で寸止めされる。

 勝負はついたがギドは降参を口にせずに、仰向けになった体勢で斧を振って、男を払いのける。


「もう一戦やりたいなら、金を払ってもらいたいんだがなぁ」


 男はそんなことを言いながらカイルを見る。ギドの悪足掻きを非難されているようで居心地が悪かった。

 カイルの隣で座り込んでいたクロエも男の視線を感じ取ったのか、ギドに文句を言う。


「こらぁ! 負けたんだから、さっさと引っ込め!」

「うるせぇ! 次は勝つ!」


 男は仕方ないと言った感じで、斧を構えながら近づくギドの足を軽々と蹴り払い。地面に転がす。

 すぐさま起きあがろうとするギドに対して、男の爪先が鳩尾に突き刺さる。その一発だけで苦悶の表情を浮かべてギドがうずくまる。


「金の代わりに寝袋とかテントとか貰えねぇかな? 迷惑をかけたんだから、それくらい良いだろ?」


 男の提案はカイル達としては願ってもないものだった。

 ここで更に銀貨を払うことになれば、今回の魔物討伐で得た稼ぎは無くなってしまう。テントや寝袋も安いものではないが、それでも銀貨一枚はしないのだから、譲ったところで懐はそこまで痛まない。


「俺はまだやれるぞ……」


 ギドが腹を押さえながら言うが、どう見ても無理そうだった。

 これ以上、余計なことを言って面倒になるのは避けたいのかクロエがギドを杖で小突いて黙らせる。

 それを見届けたカイルは男に向き直り、男の申し出に対する返答をする。


「最後はすみませんでした。銀貨の代わりにそれで許していただけるなら、願ってもないことです」


 カイルとしては誠実な物言いをしたつもりだが、男の方は面白くなさそうに頭を掻いて、カイルの答えに不満そうな表情をしていた。


「いやさぁ、もう少し怒っても良いんだぜ? つーか、キミは何で俺とろうとしないの? 俺は理不尽なことをやってるんだし、怒って戦いを挑むのは正当な権利だと思うんだが?」


 急に何を言うのかとカイルは困惑するが、男はカイルの困惑を見ると表情を変えて、申し訳なさそうな顔でカイルに謝るのだった。


「悪い、ちょっと無理言ったな。キミはそういうタイプじゃないんだろう。俺の常識に当てはめようとしちまったみたいだ」


 謝る男の表情はカイルを憐れむようなものだったが、その表情の意味はカイルには分からない。


「それでテントとかで手は打ってもらえるの?」


 クロエが横合いから男に訊ねる。

 魔物討伐の稼ぎが吹っ飛ぶことを恐れるクロエは何としても金を払わずに済ませたかった。

 最悪、この男を倒して踏み倒すことも考えたか、先ほどまでの戦いを見る限り、とてもじゃないが無理だということはクロエも理解しており、なんとか穏便に金を払わずに済ませようとしていた。


「俺の方は問題ないよ」


 男の言葉にクロエはグッと拳を握りしめ、安く済んだことの喜びを小さく表す。

 カイルはというと、先ほどの男の表情の意味が分からずに考え込んでいたが、不意に重要な気づき、男に訊ねるのだった。


「そういえば、名前を聞いていなかったと思うんですが——」


 一応、名前くらいは知っておきたいとカイルは思う。

 今後付き合いがあるかは分からないが、それでも聞いておいて損は無いと思い、名を訊ねる。

 男の方もそう言えば名乗ってなかったなぁという感じで、何気ない感じでカイル達に自分の名前を告げる。


「俺はアスラカーズ。邪神アスラカーズだ」


 名を伝えたその瞬間、場の空気が冷え切り、沈黙が訪れた。

 空気の読めない邪神は周囲の反応の薄さを誤解し、言葉を重ねることにした。

 それが更に場の空気を冷やすとも知らずに。


「俺はこの世界とは別の世界からやって来た神様なんだよ」


 正気を失った男の妄言としか思えない。

 しかし、男の言葉にカイルは自分の運命が大きく変わるような予感を強く抱き、そして実際にカイルの運命は動き出していくのだった。





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