城壁都市
村を出てしばらく歩くと、徐々に風景が草原に変わり、俺の進んでいた道も街道に合流する。
街道は俺が目指している都市に続いているようで、しばらくは道なりに進むことになりそうだった。
「よう、元気かい?」
都市を目指して街道を歩いていると道行く人々が俺を見てくるんで、挨拶をしてやる。
俺は昔から人に注目されやすい性質なんで、目立つことには慣れてるし人から見られるのも慣れてるから気にはならない。どうにも俺は存在感がありすぎるらしいんだよね。
「こんちは。いい天気だな」
俺が挨拶するとすれ違う人たちは一瞬ビクッとするが、おずおずと挨拶を返してくれる。
見た目は同じなんで、俺に対して警戒心は強くない。もっとも、俺の存在感が凄すぎて注目せずにはいられないようだけどさ。
「調子はどうだい? 俺は絶好調だぜ」
初対面の相手でも気にしないで数年来の友人くらいのノリで声をかける。
すると、俺のことを知り合いだと勘違いする。見覚えは無いが、忘れてるだけかもしれないと困惑した感じで俺と話を合わせようとしてくるんで、俺も話を合わせる。
「あぁ、悪くはないよ」
「そいつは良かった。体に気をつけろよ」
こんなことをして何になるのかって?
特に何にもならないよ。ただ俺が楽しいだけ。
こういう陽気なノリでいると気分が良いんだ。クールを気取る気分にもなれねぇしさ。
「ちぃーっす」
「え? あぁ、ええと——」
「じゃあ、急ぐんで、またな」
たまに武器を持った連中とすれ違うけど、そいつらとも言葉を交わす。
魔物がいるような世界なんで武器を持ってる奴がいてもおかしくないし、雰囲気からしれ魔物退治を仕事にしてる連中なんだろう。
そういう奴らは見慣れてるんで、俺は特に何も思わない。強いて思うことがあるとすれば、こいつらの職業は何て呼び名なのかなってことぐらいだ。
世界によって冒険者だったり、ハンターだったりと色々とあったりするんだが、この世界は魔物の対峙とかする連中を何て呼ぶんだろうか? たまにとんでもない呼び名だったりする時もあるが、そういう時は憶えにくくて困るんだよな。できれば、耳慣れた呼び名の方が助かるんだが——
「お、そこのオッサン。ちょっと乗せてくれねぇか?」
考え事をしていたら、俺の横を馬車が通り過ぎていこうとしたんで、声をかける。
この世界の馬は俺の見慣れた地球の馬と同じ姿で、それに引かせてる荷車も似たような形だ。
おっと、あまり自分の素性がバレそうなことは考えない方が良いな。どこで誰が俺の心を覗いているか分からないしな。
「悪いが、見知らぬ輩を乗せるのはちょっとな……」
「そいつは仕方ねぇな」
別にどうしても乗せてもらいたいわけじゃないんだ。
ただ、馬車の荷台に乗せてもらって、そこに横になってノンビリ進みたかっただけなんでね。
呼び止めて悪かった謝りながら、俺は馬車が進んでいくのを見送り、馬車が遠ざかるのを見届けてから、再び都市に向かって歩き出す。
ちょっと気分が高揚してるか?
体の若さに引っ張られて気分的にも若くなってる? いや、そんなことねぇか。俺が大人びてた時なんか一瞬もなかったし、それを考えれば若くなってるも何もねぇな。
俺が人間として死んだときは確か二十代の半ばを過ぎた頃だし、それ以降は神様として好き勝手に生きてきたから、大人になんてなれるわけねぇよ。
夏休みを永遠に続けているようなもんだし、そんな状況で人間性の成長が見込めるかって言うとなかなか難しいと思うだろ? 俺の状況がまさにそれさ。
いくら長生きしてても、好き勝手に生きてたら、大人にはなれねぇのさ。
まぁ、大人になるってのがそんなに良いことかは分からねぇけどさ。俺はなれなかったけど、困ったことは無いし、俺をガキと嗤う連中で俺に勝てた奴はいなかったからな。
—―やっぱり、テンションがおかしくなってるな。余計なことばかり考えやがる。
都市はもう見えているんだし、さっさと行こう。ただ、俺のことをジロジロと見ている奴らにサービスもしてやりたい所なんだよな。
「よう、どうしたんだい?」
街道を行き交う人々はすれ違う俺のことをジロジロと見てくるんで、俺はちょっと話しかけてやることにした。しかし、俺が声をかけると皆ドギマギして、何でもないって言って逃げていくんだよね。
これが地球だったら——
『芸能人の人ですか?』
『ちょっと写真撮っても良いですか?』
『SNSにあげても良いですか?』
—―とか言って喜んで俺と仲良くしてくれるんだけどね。
一応言っておくけど、俺は芸能人では無いです。俺より顔の良い人はいっぱいいたんだけど、俺は雰囲気が目立つらしい。
北米をフラフラしてた時、映画のエキストラのバイトに参加したんだけど、その時も俺は人混みの中にいても目立ってしまったようで、撮影した映像を見ると、主役より通行人の俺の方が目立ってしまったんで、そのシーンは取り直しになったみたい。
まぁ、どうでもいい話か。ちなみにその後で役者にならないかってスカウトを受けたんだけど、色々と事情があったから、その話は受けられなかったんだわ。
俺を避けつつも俺が気になる人々は遠巻きに俺を眺めながら俺とすれ違ったり、俺と同じ方向に進んだりしている。退屈だから話しかけてきても良いんだよって気配を出してるんだけど、誰も近寄ってこない。
そうこうしている内に俺は都市の門の前に辿り着いてしまった。
俺が辿り着いた都市はそれなりの規模の町だった。
城壁の高さは10メートルくらいか? 頑張って石を積んで作ったってのが分かるような飾り気のない素朴な石壁で町の全周を覆われている。
出入口は門だけのようで、街道から門をくぐって町の中に入っていく人々と、門をくぐり街道へと出てくる人々で門の辺りはごった返している。
とりあえず、俺もその仲間に入ろうと門に近づき、何気ない感じを装いながら、門をくぐって町の中に入ろうとしたのだが——
「待て」
呼び止められると同時に槍の柄が俺の行く手を遮る。
そうして俺の行く手を塞いだのは、この町の門番だった。
参るよな。俺って目立つタイプだから、コッソリってのができないんだ。
俺は目立つけど、目立つような雰囲気があるだけで、全ての人間を魅了するような美貌を持ってるわけではないんで、門番をしてるような奴からは『なんか不自然に目立つ奴がいるぞ?』って感じにしかならない。
「ラザロスの町に入りたいなら、入門税を払ってもらうぞ」
へぇ、ラザロスっていう名前なのか、この町は。
で、なに? 金を払えって? まぁ、そうだよなぁ。こういう都市はそういう金をとるのが普通だよな。
門番とか衛兵の小遣い稼ぎの面もあるかもしれないけど、多少の金も払えないような貧乏人を町の中にいれるのは治安に悪影響があるもんだし、門の所である程度の選別はしないといけない。
身分証があったりすると、素性が明らかだから金を取らなかったり、割引をしてくれたりするんだろうけど、俺には無いんだよな。
「いくらだ?」
俺が尋ねると、門番は俺をつま先から頭のてっぺんまで値踏みするように眺めてから俺の質問に答える。
「銀貨五枚だ」
すぐそばで銀貨を二枚払って町の中に入っている奴がいるし、武器を携帯してる連中はただで入れている。
そんな中で俺が銀貨五枚なのは俺が怪しく見えたからだろう。
こういう入門税みたいなのは怪しい人間を町の中にいれないためのものであったりもするから、怪しげな奴には高めに提示して、町の中に入れないようにしてるんだろう。
「そうか」
別に文句を言う気はないよ。
意地悪とかの悪意を持って言ってるわけでなく、純粋に門番としての仕事をしてるだけだから、それに対して文句を言うのもどうかと思うぜ?
ここで相手をやり込めて町の中に入るのも無理じゃないけど、真面目に働いている奴にそういうことをする気分じゃないし、ちゃんとお金を払いましょう。金なんか持ってねぇけどさ。
俺は無一文。金になりそうなものは何もありません。
これで入れてもらうのは無理だよな。じゃあ、強行突破する?
それはそれで楽しい気もするけど、真面目に働いている奴をぶん殴る気分じゃないな。
「どうした?」
どうするか考え中の俺に門番が訊ねる。
「ちょっと待っててくれ。金を用意してくるからさ」
まぁ、一文無しなのを隠してもしょうがねぇ。
俺は門番に言った通り、金を用意するために一旦、門のそばから離れることにした。
急に門から背を向けて離れていく俺の背中に門番の視線が突き刺さるけど、気にしないようにしよう。
金を持ってないからって逃げるように町から離れていくやつとか怪しすぎて見ないで済ませる方が無理だし、見られるのも仕方ない。
「どうすっかねぇ」
金を用意するとは言ったけど、それは今から金を稼ぐってことなんだよな。それで、どうやって金を稼ぐ?
俺は生まれてこの方、真っ当な手段で金を稼いだことが無いんだよな。自慢じゃないけどバイトだってしたことないぜ。いや、ホントに自慢にならねぇな。けどまぁ、真っ当な方法でなければ金を稼ぐことは出来るんで、困ったことはねぇんだよな。
「仕方ねぇ、身体を使って稼ぐか」
他に手っ取り早く金を稼ぐ手段もないしな。
とりあえず、いつもの手段で行くとしようか。俺が人間だった時からやってる、いつもの手段でさ。