初めての戦闘
廃墟から続く道を歩き、俺は廃墟のある丘を下っていた。
もとは城だったんだから、城に続く道くらいはあるのは当然で歩くのに困ることは無い。
—―まぁ、人間だった時から歩くことには慣れてるし、どんな場所でも困らないんだけどな。
人間だった時の色々と事情があって南米のジャングルの中で追われて逃げ回っていた時と比べれば、身体能力も上がってるんで大半の道は楽勝だ。
おっと、南米とか考えてしまったぞ。これじゃ出身地がバレてしまうか? まぁバレても困らんけど。
俺が悠々と道を進んでいると、ほどなくして開けた場所に出た。
それは丘のふもとの村や集落とかいった感じの場所だった。つっても廃墟だけどな。
火を放たれたのか、焼け焦げた柱が幾つも転がり、焼け落ちても何とか原型を留めている建物が幾つかある。
廃墟の地下室にいた連中もここを通ったのか、足元には真新しい馬車の轍が残っていた。
焦げた建材の様子から村が焼かれたのは一週間前とかか?
まぁ、あまり興味がないんでどうでもいいんだけどさ。ただまぁ、人がやったんなら治安の良い世界じゃないってのは分かるんで、この世界のことを知る手掛かりにはなったよ。
――とはいえ、俺としては、今はそんなことより気になることがあったりする。
それは廃墟の中に感じる生物の気配で、いくつも感じられるそれが俺を注意深く観察している。
おそらくは人間じゃない。
魔物や何かだろう。定番としてはゴブリンとかそんな感じか?
人がいなくなった村を根城にしようとか、そんなことを考えて居ついているんだと思うんだが、どうだろうか。まぁ、そういう事情は俺が気にすることじゃないんで、もう考えないようにするけどさ。
ただまぁ、賢い連中だってのは分かるよ。
俺の先にここを通った連中に対しては数的不利があるから襲わずに様子を見ていたようだし、対して一人の俺には――
「ギィッ!」
集団で襲い掛かろうと姿を現すくらいだからな。
現れたのは俺が予想した通りゴブリンのような生き物。緑色の肌をした毛の無い猿みたいな連中だ。
いろんな世界を見て回ると、たまに可愛げのあるゴブリンもいるんだが、大半は不細工でこの世界のゴブリンも同じような感じだ。
「なんだ、歓迎してくれるのか?」
俺が不細工だと思ってるのを察したのかゴブリンどもが俺に敵意を向けてくる。俺に喧嘩を売ってくれるとは楽しい奴らだぜ。その歓迎に答えてやりたいところだが――
敵の数は八匹、どうしたものか。神としての能力は大半が使えなくなっている上、基礎能力も落ちている。ついでに弱い奴には全力を出せないっていう呪いで俺は俺を縛っているんだが――
「ギィッ!」
俺は飛び掛かってきたゴブリンにカウンターで蹴りを入れる。
背骨を折ってやった感触を俺の脚に残しながら、ゴブリンは吹っ飛んでいった。
――まぁ、自分自身を比較して弱くなっただけで、他の連中と比べれば俺はまだ強いんで、ゴブリンごときには苦戦はしねぇわな。そういえば、この世界に来るまで持っていた俺の刀は何処にいったんだろうな?
気づいたら丸腰だったし、どっかに落としたか。それなら、刀も見つけないといけないな。
でもまぁ、今は気にすることじゃないか。目の前に戦う相手がいるんだから、そっちに意識を向けてなきゃ失礼ってもんだ。
「まだ戦る気があるなら戦ろうぜ? ビビったなら帰ってもいいけどよ」
邪神と言っても俺は魔物の味方じゃないんで、ゴブリンを殺すのに躊躇いは無いよ。
俺の強さに恐れをなしたのか、ゴブリンどもが後ずさる。だが、そんなゴブリンたちを押しのけ、ぬっと一つの影が俺の前に躍り出た。
それはゴブリンたちの親玉らしき魔物。
そいつは俺の前に出てくるなり、大きな棍棒を振り上げ、俺に突っ込んできた。と言っても、動きは欠伸が出るほど鈍い。
避けることは容易いが、俺はあえて棍棒を腕で受け止めることにする。ちょっとした体の馴らしって奴だ。
ゴブリンの親玉らしき奴は受け止めようとした俺の腕が砕けると思ったんだろう。勝利を確信したような気配が感じられたが、それも一瞬だった。そんな余裕は俺の腕に叩きつけた棍棒の方が砕けたことで、棍棒と同じように砕け散り、驚愕の表情を俺に向ける。
別に魔力とか闘気は使ってない。じゃあ体が硬いかっていうと、そういうわけでもない。
こんなんは人間の時から出来てたことだしな。鉄パイプで俺を殴ったら鉄パイプの方が折れ曲がったりとかしてたし。
まぁ、技術だよ、技術。刃物とかは防げないし、打撃だって大振りの物しか防げないけど、ちょっとした技術があれば、大振りで隙だらけの打撃は無効化できる。
「はい、残念」
俺はゴブリンの親玉らしき奴の顔面を殴りつける。得物が無いんだから、素手で戦るしかないが、俺は素手でも強いから問題無い。
俺の拳を食らったゴブリンの親玉の鼻や牙がへし折れて、吹っ飛ぶと地面を転がり、それきり起き上がらなくなる。
親玉が一瞬でやられたのを見たゴブリンどもは明らかに戦意を失い、俺に対して怯えの気配を向けてくる。
「つまんねぇなぁ。お前ら、もう帰っていいぞ」
戦意の無い奴らと戦っても楽しくないんで、俺はシッシッと虫を追い払うように手を振り、ゴブリンどもに消えるように促す。
俺はこいつらを殺す理由が無いんで、皆殺しにはしないよ。
たぶん、こいつらを見逃したら、こいつらは他の人間を襲うんだろうけど、それはこいつらにとっても生きるのに必要なことなんだし、それを良くないって言うのはどうかと思うんだよなぁ。
もしも目の前で人間がこいつらに襲われてたら、可哀想だから人間の方を助けるかもしれないけど、俺の知らない所で人間が死んでも俺には関係ないことだから別に構わないしな。
俺からすると未来の犠牲者のために今を生きている奴らを問答無用で殺すってのも違う気がするし、未来のことは未来の連中が解決しろって話なんだよな。
だからまぁ、殺さないでおいてやろうと思う。できれば、このことを恨みに思って俺に復讐しに来てくれると面白いんだけどね。俺が見逃すのはそういう理由もあるんだわ。
俺に復讐するために鍛えるし、執念もあるから強くなってくれるんで戦っていて楽しいんだ。だから、俺は敵はなるべく見逃してやることにしてるんだよな。
それで失敗して、俺も追い込まれたこともあるけど、苦境を打破する時の快感ってのは堪らないんで、なるべく俺を苦しめられるくらいに育って欲しいもんだ。
まぁ、今回のゴブリンに関しては望み薄だけどな。
俺がシッシッと追い払うとゴブリンどもは一目散に逃げだし、俺に対して向けるのは怯えの視線だけ。
とてもじゃないが、復讐を考えられる精神状態じゃないし、俺と戦おうとは思わないだろうな。
期待外れな連中に失望しながら、俺は丘の上から見えた都市を目指して、再び歩き出す。