邪神召喚
真っ当な神様ってのは人を救わない。当然、願いを叶えるようなこともしない。世界を作るだけで人間の世界には介入せず、世界を構築するシステムの維持だけしか関心を持たないのが真っ当な神様って奴だ。
真っ当な神様に祈っても何も返ってこないのなら、そんな神様を崇拝しても仕方ないっていう現金な奴もいるわけで、そういう奴らが縋るのは何かというと邪神とか悪魔になる。なんでか知らねぇけど、邪悪な存在なら対価さえ支払えば願いを叶えてくれるとか思い込むんだよな。
—―で、そういう奴らはだいたいカルトな方向性に進み、邪教と呼ばれて当然のヤバいことに手を染める集団になり、邪神を呼び出す儀式を何かを行ったりするようになる。
なんで、こんなことを考えているのかと言うと、そんな儀式のド真ん中に俺が現れてしまったから。闇の底でガラス玉に触れた俺は気付いたら邪教の儀式の真っただ中に立っていたというわけ。
「じ、邪神様でしょうか?」
黒いローブで顔を隠した神官らしき輩が俺に訊ねるが、俺は無視して周囲を見回す。
周囲には神官と同じように黒いローブで顔を隠した連中が何人もいる。ローブの袖から手が見えるが、綺麗な手の者が多く、上流階級の人間の気配がする。
続けて部屋を見回すと場所は地下室のように見える。俺が人間だった頃に良く言われた中世ファンタジー風の様式なので、まぁそういう世界なんだろう。
「俺を呼んだか?」
質問してみるが、たぶんこいつらが呼んだんじゃないことは分かる。
こいつらからは必死な気配がしない。この儀式もお遊びでやってるだけで、本気で俺を呼びだすつもりは無い。
その証拠に俺が現れたのに喜びでなく困惑しか感じられない。もっとも、俺の姿は普通の人間と変わらないから、そのせいで困惑してるのかもしれないけどな。
「は、はい!」
神官が答えるが、嘘をついてるとしか思えず、俺は再び地下室を見回す。
すると、すぐに俺の探していた相手は見つかった。
それは邪神を祀る祭壇に捧げられた生贄であり、幼い二人の子供だった。
俺は口を開こうとする神官を押しのけ、二人の方に向かった。
近づかなくても気配で分かる。既に二人は死んでいることを。
きっと死に際に誰かに助けを求めて、その声が俺に届いたんだろう。
祭壇に近づき確認すると子供は兄妹だった。
まともな生活をしていなかったんだろう、どちらもやせ細っている。
浮浪児を攫って生贄にしたんだろうか?
必死に抵抗したのか兄の方は傷だらけだった。それに対して妹の方に傷らしいものは無い。
「よく頑張ったな」
きっと妹を必死で守ったんだろう。
自分が傷を負ってもそれでも、妹だけは——とそう誓って生きてきたんだろう。
それでも命を守ることまでは出来なかった。
兄の手が血に汚れており、妹の方は致命傷の傷が一つだけであることから、この地下室にいる連中に苦しめられるよりはと思って、楽に死ねるように兄が妹を刺したんだろう。
「本当によく頑張った」
頑張ったんだから褒美はやらないといけない。真っ当な神なら助けを求める声は無視するが、俺は真っ当ではない邪神なんで、助けを求める声には応えてやることにしている。
なので、俺は生き返らせてやろうと思い、力を使おうとする。しかし——
「ど、どうされたのですか?」
神官が話しかけてくるが、相手をしている場合ではなくなっていた。
普段だったら人間を生き返らせることなど容易いことなのに、どういうわけか出来なくなっている。
いや、よくよく確かめてみると、どういうわけか俺の神としての力自体もありえないくらいに弱くなっている。全く無いわけではないが神の奇跡なんかを行うのは到底不可能なレベルだ。
何が原因だろうか?
ちょっと想像がつかない。でもまぁ、この世界から脱出すれば何とかなるか?
そう思って、この世界から出て行くことをイメージするが何も起こらない。
普段なら、それだけで世界の外に行けるというのに、どういうわけか俺は地下室から移動できていない。
「じゃ、邪神様……?」
まぁいいや。
生き返らせるのが無理なら、しばらく俺の中にいると良い。
そう思って俺は兄妹の遺体から魂を取り出し、自分の中に収納する。
「今は無理だが、今度は別の世界で幸せに生きると良い」
この世界に生き返らせるのは無理かもしれないが、頑張った兄への褒美として、俺が管理する別の世界で兄妹二人幸せに生きれるようにしてやろうと思う。
そのためには魂がどこかに行かないように俺の中に収納しておかなければならないので、窮屈かもしれないが、我慢して欲しい。
俺が魂を収めると、魂の入れ物だった肉体が光の粒子となって散っていく。傍から見れば生贄に差し出した子供を食ったように見えただろう。それを見た邪教の信徒どもが歓声をあげ、その声に俺の中の魂が怒りを露わにする。
殺せ殺せと魂が叫ぶが、悪いがそれを聞いてやるわけにもいかないんだよな。
「まさか、本当に邪神様であらせられるのですか?」
お前らが求めているものではないけどな。
でもまぁ、否定する理由もない。
「そうだ」
俺が答えると地下室にいた連中が一斉に平伏する。
本当は半信半疑なんだろうが、それでも他の奴がやっているな同じことをするってのが人間だ。
すぐに同調圧力とか言う奴もいるけど、人間てのは悲しいことに群れで生きる生き物なので、無意識だったり本能的に同調行動を取ってしまうんだ。
群れで暮らしている以上、群れの仲間と同じ行動が取れない奴は生存するうえで邪魔な存在にしかならないから基本的に淘汰されて、そういう素質をもった個体は少なくなっていくのが必然。人と同じ行動を取れないという人は人間が進化していく過程で手に入れた物を正しく受け継いでいるんだから気にしなくていいぞ。
「我らの祈りが通じ、邪神様が降臨なされた!」
沸き立つ邪教の信徒を無視して俺は祭壇に腰を下ろし、手を握ったり開いたりして、状態を確認する。
自分の体から感じられる力は本来の0.000000000001にも遥かに及ばない。それに持っていた能力も殆どが使えなくなっているようだ。まぁ、言葉が通じるってことは自動翻訳の能力は生きているってことだから、全部が使えなくなったってわけではないようだ。
まぁ、弱くなってるのはそこまで困ることじゃない。
俺は自分に手加減をする呪いを刻んでいるので、基本的に全力は出せないし、弱体化自体は慣れた物だ。
持っていた能力もまぁ、俺は戦うことに特化してるんで元々そんなに色々できるわけでもないし、問題ないと言えば問題ない。
ただ、全力が出せないと言っても、俺の強さ自体はそのままだから、その気になればある程度の力を出すことはできていたのが、今はその天井自体が低くなっているのが少し気になる所だな。
この世界から抜け出せば、何とかなりそうな気はするが、さっき試したように出られそうにないってのも良くない。
抜け出せないってことは、状況的にはこの世界に閉じ込められたのと同じことだし、こういう状況は偶然の産物か? 誰も陰謀を巡らせてないと言えるか? 言えないんだよなぁ。
俺は色んな奴から恨まれてるからさ。
まぁ、考えたって、すぐにどうにかなるような名案が思い付くわけでもないんで、しばらくこの世界でノンビリしてるしかないか。
手持ち無沙汰な俺は祭壇の上に置いてあった銀の皿を手に取り、それを眺める。
鏡のように磨かれた皿には俺の顔が映るが、その顔は人間だった頃の俺が18歳ころの物だった。
確か、この世界に来る前は20代後半の顔にしていたはずだが——そう思って皿に映った自分の顔を良く見るが、やはり18歳頃の俺の顔だ。
黒い髪に茶色の瞳のほどほどにハンサムな顔。
絶世の美男子ってわけじゃないが、人間だった頃に世界中を放浪していた時、どこの国に行っても人種問わず誰からもハンサムって言われた俺の顔。10人中8人くらいがカッコいいって言う顔だ。
18歳頃ってことは身長は180センチくらいだったと思うし体重は90キロくらいだったか、90キロ未満だったか。まぁ、記憶も定かじゃないし、そもそも気にすることでも無いか。
服はシンプルな襟付きのシャツとズボン。上着が無いと地下は少し寒いんで、適当に上着を見つけないとな――
そう思って地下室の中を見回して上着を探そうとすると、平伏していた邪教の信徒たちと目が合う。
「彼らは邪神様のお言葉をお待ちです」
いや、話すことないんだよな。俺はおまえらの崇める存在とは違うわけだしさ。
胸の奥でさっき収めた魂が「殺せ」と騒ぎ立てるが無視しよう。
俺は兄妹は可哀想だとは思うけど、だからって二人を殺したこいつらを殺して良いとは思わないんだよな。もしかしたら、実はこいつらだってどうにもならなくなって切羽詰まった事情があったうえで仕方なく兄妹を殺したのかもしれないし、そういうことならこいつらを一方的に責めるの可哀想じゃないか?
詳しい事情を知らないのに感情的に一方に肩入れするのは正しい判断ではないと俺は思うんだが。
「――――」
でもまぁ、兄妹が可哀想だと思ったのは事実だから、願い事があっても、それを叶えてやるのは無しだな。もっとも、今の俺に願いを叶えてやれる力は残っていないんだがな。
殺さないし、願いも叶えないとなると、俺が取るべき対応は――
「――失せろ」
さっさと消えてもらおうと思う。目の前からいなくなれば、とりあえずは解決にしようじゃないか。
胸の奥で兄の方が怒りを爆発させているが、俺が『眠ってろ』と思うと、兄妹の魂は俺の中で眠りにつき、静かになる。
「何をおっしゃられるのですか! 我々は貴方様のため——」
神官が慌てた様子で俺に話しかけてくるけれども、俺は相手にせずに地下室にいる全員に向けて話しかけた。
「生贄が足りん。邪神に仕える身であるならば、お前らの命を我に捧げよ」
別に生贄が足りないとかは無いけどな。俺は生贄を取らないタイプだし。
しかしながら、そんなことを知らない邪教の信徒共は震え上がる。この程度で震えあがる相手を殺すのはなぁ……相当に気分が乗ってないと無理だぜ?
強い相手だったら戦ってても楽しいから、理由とか関係なく戦れるんだけど、相手が弱い一般人じゃな。相当に強い動機がなけりゃ、俺は殺せないな。
「――だが、貴様らには我をこの地に呼び寄せたという功績がある。その功に免じて今すぐこの場を去るのならば、命は見逃してやろう」
ちょっと脅しながら体から殺意を込めた闘気と魔力を出してみる。
出たらいいなぁと思って、ちょっと出してみたんだが、どうやら、この世界は魔力とか闘気がある世界のようで問題なく出せた。
魔力とかが使えるんだったら色々とやりようはあるわけで、この世界から脱出できないにしても生きていくことには困りはしないだろうという確信が持てたぞ。
――と、そんなことを考えていたら邪教の信徒共は地下室から消えていて、神官の姿もない。俺の殺気にビビったのもあるだろうけど 奴らは邪神を崇めているとしながら、邪神に身を捧げるのは嫌なようだ。
まぁ、そもそもお遊びでやっているような連中みたいだし、そんな覚悟はないんだろう。
俺は逃げ出した奴らの気配が遠ざかるまで、しばらく地下室の中にいることにした。