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次から次へと

 ──風を切って上昇していく感覚、それが止まり落下していく感覚、そして最後に地面に激突した衝撃。

 その三つの感覚を経て、俺は意識を取り戻した。


「何処だここ?」


 俺が辺りを見回すと、そこは学院の敷地内ではなく何処かの公園のようで、人々が俺を遠巻きに眺めていた。

 それを見て何となく状況を察した俺は自分が激突した場所を確認すると、見事なクレータが出来ており、その中心に俺がいるようだった。


「お、おい、アンタ大丈夫か?」


 クレータの外から心配そうな顔でおじさんが呼びかけてくる。

 いやぁ、世間の優しさが身に染みるぜ。


「平気、平気、何も問題なしさ」


 そう言って俺は立ちあがると少し遠くに学院の建物が見えた。

 距離は1000mといったところだろうか? 久しぶりにホームランを食らっちまったぜ。

 俺自身の力を利用し、力を反射したとはいえ中々の飛距離だし、1000mも俺を吹っ飛ばしたセレシアは褒めるべきだよな。


「さて、どうするかね」


 俺は俺のことを遠巻きに見ている群衆に手を振って、その場から歩き出す。

 俺としてはセレシアとすぐに再戦したいくらいだが、学院の方を見てみると、さっきまで見えていたはずの塔の存在は跡形も無くなっており、セレシアの気配も感じ取ることはできない。


「帰っちまったってことかな?」


 研究院に入れる学生の選定は終わったと言っていたし、用件は済んだってことなんだろうな。

 ついでに俺を始末できれば良かったけど、時間切れで見逃したとか、そんな感じか? いや、見逃されたってのはちょっと微妙な表現だ。向こうが俺を仕留めきれなかったって言った方が聞こえが良いな。


「お、おいアンタ?」


 俺に声をかけてくれた、おじさんが再び声をかけてくる。


「もう大丈夫だって。俺のことは気にすんなよ」


 だいぶ遠くまで吹っ飛ばされ、凄い速度で地面に激突したようだけど、俺はノーダメージだからさ。

 そのことにおじさんも気づいたのか、俺のことをバケモノを見るような眼で見て後ずさる。

 何も知らない人に怖い思いをさせてしまったぜ。こういうのは良くないね。さっさと退散するとしよう。


「……しかし、逃がしたのは惜しかったなぁ」


 俺は酒場への帰り道を歩きながらひとり言を呟いていた。

 ひとり言を言っているとヤバい奴だと思って誰も近寄ってこないから気が楽なんだよね。

 まぁ、それはともかくセレシアとはもう少しりたかったね。それは本心だ。

 俺の方も良い所を見せてないわけだし、もう少し本気マジでやっても良かったのかもしれない。ただ、そうなると場所がね。校舎の屋上で本気マジバトルは巻き込まれる奴も出るだろうし良くないよなぁ。


「ま、気を取り直して今後のことを考えるか」


 選定が終わったってことは今すぐ研究院に入れるような奴と知り合いになるのは難しいだろうし、そうなると賢聖塔にいる賢者様ってのに近づく手段もなくなるし、青神と関係ありそうな賢者を調べる方法も無くなるんだよなぁ。

 さて、これこそどうしたものか──と考えながら歩いている俺の行く手に不意に人影が立ちふさがる。

 結構、大きな声でひとり言を言っている俺に近づいてくるってことは用事があるってことだよな。そう思って俺の前に立つ奴の顔を見るとそいつは──


「ご無沙汰しております」


 以前に話したジュリちゃんの護衛だった。

 酒場への帰り道だから待ち伏せをしていたんだろうか? 

 随分と急に思えるけども、まぁ事件が起きるのはいつだって急なわけだし、そのことをとやかく言うつもりは無いけどさ。でも、ジュリちゃんもいないのに何の用かと思っていると俺が訊ねるまでも無くその護衛が用件を伝えてくる。


「少々、お時間を頂きたいのですが、よろしいですか?」


「いいよ」


 随分とかしこまってるね。

 何の話なんでしょうね。まぁ、内密の話みたいだし、ロクな話じゃないだろうけどさ。でも、それが良いね。

 嫌な予感というかトラブルに巻き込まれそうな気配を感じた俺はトラブルや厄介事への上からホイホイとジュリちゃんの護衛についていく。

 そうして連れてこられたのはどっかのお店ではなく人気の無い路地裏で、そこにつくなり護衛は──


「お願いしたいことがあります」


 なんだよ、俺のことを殺すとかそういう感じじゃねぇの?

 つまんねぇぜ。まぁ、話は聞くけどさ。


「ご存知かと思いますが、坊ちゃまとギュネス家の娘がどうやら親密な関係となっているようで」


「その二人を別れさせてくれって?」


 俺が護衛の人の頼みを予想して言うと、護衛の人は驚きながらも頷く。


「話が速くて何よりです。理由は──」


「別に良いよ。見当がつくからさ」


 ジュリちゃんの家とロミリア先輩の家はどっちも結構な商人の家みたいだし、家同士のしがらみみたいな物もあるんだろう。お互いの家同士で思う所もあれば、周囲の目もあるだろうし、二人があんまり仲良くなってるのは面白くないって感じか。


「実際に見たわけじゃないから確かじゃないけど、二人は上手くいきそうなのに勿体ないねぇ」


「上手く行ってもらっては困るんです」


 はいはい、分かってますよ。

 しかしなぁ、ジュリちゃん家の人達が二人の仲を割こうとしてるのはジュリちゃんの身を思ってのことなんだろうけど、余計なことはしない方がジュリちゃんのためだと俺は思うんだよね。

 放っておけば案外と早く冷めて、落ち着くべきところに落ち着くと思うんだけどな。燃え上がるような恋ってのは大抵、周りの奴が邪魔をしているつもりで燃料をぶち込んでるから、そうなるだと俺は思うがどうなんだろうか?


「とりあえず、金をくれれば余計なことは考えないで、仕事はしてやるよ」


 俺がそう言うと護衛の人は懐から掌に収まるサイズの革袋を取り出し、俺へと差し出す。


「前金です。成功した際は三倍の額を」


 革袋を受け取った俺はその重さから中身が金貨だと察する。

 うわぁ、本気じゃん。惚れた腫れたは当座の内って言葉もあるのに、ほっといても治るような打ち身みたいなもんに大金をかけるこいつらの気持ちが分かんねぇわ。


「まぁ、金を貰った以上は努力をするよ」


 俺がそう言うとジュリちゃんの護衛は俺に軽く会釈をしてその場を立ち去る。

 さて、仕事をするにあたって、とりあえず俺ができる最大限の努力は何かというと…思いつかねぇな。

 どうやら、何もしてないうちから仕事を失敗をしてしまったようだ。なるほど、俺の能力では困難な依頼のようだね。

 さっきの護衛の人には悪いけど、俺には手に余る依頼なんで失敗したというしかないな。何もしてないけどさ。とりあえず頑張って考えようとしたけど駄目だったわけだから、一応その労働の対価分の前金は貰っておくけど。


「いやぁ、誰からも信用されなくても良いって生き方をしてると、こういう時に楽だぜ」


 俺は思いがけない臨時収入で暖かくなった懐に浮かれて楽しい気分で帰り道を歩く。

 そうして人の多い通りから段々と人気ひとけの無い区画に向かっていくと今度は──


「──シクシク、シクシク」


 シクシクという鳴き声じゃなくて、シクシクという泣き声をあげている子供が道の真ん中に立っているのに遭遇してしまった。


「今度は何だよ、参るなぁ」


 トラブルや厄介事は好きだけど、子供がらみのそれは遠慮したいんだよなぁ。

 でも、見ちまった以上、放っておくのもね。


「どうしたんだい?」


 俺は優しく声をかけ、そうして俺に声をかけられた子供は顔を上げ、俺のことを見る。

 近づいて確認して分かったが、どうやらこの子は獣人のようだと、そういえば、そんな種族もいたなぁと俺は思い出す。


「……ヒック、グスン、あのね、みんなが、なかまはずれにするの」


 犬のような耳を頭から生やした小さな女の子が俺に何があったかを伝えてきた。

 仲間外れってのは種族差別かな? だとしたら、俺がすぐに解決できるようなもんでもないんだよなぁ。


「みんな、きのうまではいっしょにあそんでくれたのに、いやだっていうの」


「そうなんだ。可哀想に」


 昨日まではって急に差別意識が出てくるってのはなぁ。

 誰かが何か他の子どもに吹き込まなければ、そうはならないだろうし──と考えて、俺は一人の男の顔を思い出す。そして、俺の推理を裏付けるように女の子は──


「くろいふくで、くろいかみのおにいさんがきてから、みんなわたしのことがきらいになっちゃったの」


 ……ガイだよなぁ、やっぱり。

 あの野郎の悪い癖が出やがったよ。いや癖というか、それよりも性質タチが悪い、思想信条主義主張か。アイツが来たらこうなるから、他の使徒もアイツが嫌いなんだよなぁ。


「はぁ……しょうがねぇなぁ」


 俺が溜息を吐くと女の子は俺のことを見上げてくる。

 俺は向けられた視線に対し、安心させられるように笑みを浮かべる。


「大丈夫。みんなとまた仲良くできるようにしてあげるからさ」


 面倒くせぇけど、しょうがねぇ。可哀想な子供の助けるためだ。


「まったく、バタバタと忙しいことこの上ないぜ」


 それが楽しい揉め事や厄介事なら良かったけど、残念ながらあんまり楽しいじゃないのが困る。

 そんなことを思いながら、俺は再び溜息を吐き、酒場への帰り道を早足で急ぐのだった。





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