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セレシア・サングティス

 

「──覚悟!」


 盾と剣を構えたセレシアが一気に距離を詰めてくる。

 その踏み込みは、見えないほど速いというわけではない。だが、その踏み込みの勢いを剣に乗せ、鋭い一撃を放ってくる。


「おっと」


 顔面に向かって迫る、俺はその一撃を首を傾けて躱すが、セレシアの剣の切っ先は俺の頬を掠めていた。

 良いね。髪の毛ほどの傷とそこから流れる血を指で拭いながら俺は思う。


「アダムの好みにピンポイントって感じだ」


 そんなことを言いながら、俺は突いた剣を素早く戻し、斬り払おうとするセレシアのそばから飛び退く。

 アダム・アップルシードという使徒は自分の強さが特殊能力の系統に特化してるせいか、逆にシンプルな能力を持つ奴を好む傾向があって、セレシアはその典型のようにも見える。


「アダム殿の好みは関係ないだろう?」


「さぁ、どうだろうね?」


 セレシアは俺に剣を突きつけながら言い、俺は肩を竦めて答える。

 そして、その間にも俺は相手の分析をしていた。

 セレシアの装備は剣と盾。剣は刃渡りが60~70cmくらいで少し幅広なグラディウスのような片手剣。そして盾は体格に合わない少し大きな円盾ラウンドシールド

 剣と盾を使用するオーソドックスなスタイルだが、どちらかと言えば防御を重視するスタイルだろうか?


「あ、もしかして好みって顔のことを言ってると思った? それなら残念、キミは可愛いけどアダムの好みじゃないと思うなぁ」


 俺の言葉にセレシアの眼が細まり、据わっていく。


「ま、良いことじゃないか。アダムの好みの顔じゃないってことは、見た目で選ばれたんじゃなくて、戦闘能力で選ばれたんだから、むしろ誇らしいことだろ? 『あの人は本当の自分を見てくれている──』ってキミら好きだし、顔じゃなく能力で評価されたってのは嬉しいんじゃない? 良かったね、女性としての魅力は無いけど強くてさ」


 さて、乗ってくるだろうか?

 初対面の使徒とる時はこういうのが楽しいんだよなぁ。

 相手の精神的な弱点を見極め、今後からかっていくためのネタを見つけることがね。


「挑発には乗らない」


「挑発してるつもりはないんだけどね」


 とはいえ、俺の言動に対してイラつくところはあったんじゃなかろうか?


「アダム殿から聞いていた通りだな」


「アイツなら俺のことを良い奴だって言ってたろ?」


「冗談を言うな。あの人は顔を合わせたら間違いなく私は腹を立てることになるだろうし、争いになると言っていたんだ」


 まぁ、アダムはそう言うよな。でもって──


「イラついても事を荒立てることなく、平和に済ませろとも言ってなかったかい?」


「さぁ、それは忘れたな」


「都合の良い記憶力で素晴らしいね。憧れちまうぜ。俺はキミと違って頭の出来が良いみたいで記憶力があり過ぎるから、どうやったら忘れられるのかご教授願いたいもんだ」


 俺の軽薄な物言いに対し、セレシアの回答は攻撃だった。

 答えるよりも先に手が出て俺に斬りかかってくる。見えないほど速いってわけじゃないが鋭い動きだ。

 盾で自分の身を守りながら、片手で剣を振るわれる剣を俺は後ろに下がって躱すと反撃のために拳を突き出そうとするが、その時にはセレシアも後ろに飛び退き、俺の間合いを外していた。


「典型的なヒットアンドアウェイか」


 セレシアは円盾ラウンドシールドで体を隠しながら俺から一定の距離を取りつつ、円を描くようにして俺の周りを歩きながら、仕掛けるタイミングを計っている。


「嫌なんだよなぁ、こういうタイプ」


 一昔前のRPGのターン制バトルみたい戦闘をしてくる奴はさ。自分が攻撃したら相手の攻撃を待つって感じの戦い方ってのは俺は好きじゃないね。

 仕掛けるタイミングを計っているようだけど、おそらくは俺が先に仕掛けるのを待ってるんだろう。


「ま、乗ってやるんだけどね」


 俺は盾を構えるセレシアに向かって距離を詰め、拳を突き出す。

 俺の放った拳は予想通りというかなんというか、当然のように盾に防がれる。

 もっとも、その防がれ方は受け止めるというよりは受け流すようで、俺が放った拳はセレシアの盾に受け止められると、力の向く先を変えられ、それに引っ張られて俺の体勢が崩れる。だが──


「へぇ」


 俺の体勢が崩れてもセレシアはそこを狙わず逆に飛び退いて俺から距離を取る。


「良いね。好きになりそうだ」


 体勢が崩れても、俺は隙を作ったつもりは無かったから、そこを攻撃してきたカウンターでも叩き込んでやろうと思ってたんだが、うまい具合に狙いを外されてしまったぜ。


「言っておくが私は油断はしないぞ」


「そういう奴の油断を誘うのが俺のスタイルなんだけどね」


 俺はその場で軽くステップを踏み、フットワークを確認する。

 調子は悪くない。最速って感じではないけれども、まぁ軽くる分には充分だろう。


「鋭く行くぜ?」


 俺はそう言うと一気に距離を詰め、右足を踏み出すと同時に右手で突きを放つ。

 不意を突いたつもりだったが、それもセレシアの盾に阻まれ、セレシアは即座に反撃に移る。

 右手に持った剣が真っ直ぐ振り下ろされ、俺の肩口を狙う。

 その刃を内力を込めた左手で受け流しながら、俺は再度、右の拳を叩き込もうとするが、それよりも素早くセレシアは盾を構えながら俺に体当たりでぶつかってくる。

 その一撃は想像以上に重く、俺は僅かに後ずさる。だが、それだけだ俺は踏みとどまり、反撃に移ろうとするが──


「そこだ!」


 反撃に移ろうとした俺に向かってセレシアは飛び掛かりながら盾でぶん殴ってきた。

 体当たりで突き飛ばしてきたから、接近戦を嫌がってるのかと思ったが、逆に距離を詰めてきた。

 そんな予想外に僅かに反応が遅れた俺は盾での打撃をマトモに受ける。


「やるじゃん」


 攻撃を食らったのに思わず笑みが浮かんでくる。

 良いね。工夫があって好きだ。どんどん好きになってくるぜ。

 俺は笑みを抑えきられないのを感じながら、打撃のダメージを無視して反撃に移ろうと拳を突き出す。

 今度も盾で受け止めるか? そうしたら──と、次の行動を考えようとすると俺の予想を裏切りセレシアは盾ではなく、剣で俺の拳を防ぐと即座に盾で俺の顔面を殴りつけてきた。


 ──そりゃあ、拳が届く間合いなんだもん。剣を振り回すには近すぎるよな。

 だからって、盾でぶん殴るとは思わなかった。

 繰り返し予想外の攻撃を食らって、流石に俺もふらついてくる。


「もらったぞ!」


 悪いがやれねぇわ。

 俺はふらつく体に気合いを入れ、剣を振りかぶったセレシアの胴体に向けて前蹴りを放つ。

 だが、俺の蹴りはセレシアが構えていた盾に受け止められる。セレシアは剣を振り回しながらも常に盾で自分の身を守っており、その防御で俺の蹴りを防ぐ。

 だが、それでも俺の蹴りの威力を完全に殺すことはできずセレシアの軽い体は吹っ飛んでいった。


「なるほどね」


 吹っ飛ばされながらも軽やかに着地し、セレシアはすぐさま剣を構える。

 とはいえ、剣を向けられても怖くもなんともない。怖いのは剣じゃなく盾だ。


「盾に対する考え方が違うんだな」


 盾を防具として考えているから予想外が起こる。

 セレシアにとって、盾とは防具ではなく武器なんだろう。

 身を守るための武具ではなく、相手を制するための武具。

 鎧のような防具ではなく、剣や槍のような武器と考えセレシアは盾を使っている。というか、セレシアの戦い方だと盾がメインの武器なんだろうな。常に盾を構えながら剣を振るっている以上、どうしても体全体を使えずに手だけで振ることになるからその一撃は軽くなるからな。


「俺が今までに戦った奴らの中にキミみたいな戦い方の奴はいなかったわけじゃないが、まぁ珍しいね」


 剣と盾を持って盾がメインの奴はさ。


「珍しい……か」


 セレシアの顔に警戒の色が浮かぶ。

 まぁ、戦闘経験があるといえば攻略法があると思ってもおかしくないからな。

 だけど、残念。セレシアには使えないし、そもそもこの場所じゃ使えない戦法なんだよね。だからまぁ、攻略法は無いってことだ。


「ビビったなら帰っても良いぜ?」


「冗談を言うな」


 セレシアはそう言いつつも、構えを解く。

 それに俺がどうしたと思った瞬間、セレシアは円盾ラウンドシールドをぶん投げてきた。

 フリスビーのように俺に向かって飛んでくる盾に俺は不意を突かれながらも反応し、咄嗟の動きでその場に屈むと、盾は屈んだ俺の頭を上を通り過ぎて行った。


「いやいや、何それ──」


 俺が訊ねようとセレシアを見ると、セレシアは剣を構えながら一気に距離を詰めてくる。

 盾も無しに俺と接近戦? 自分のスタイルを崩してどうすんの?

 俺は立ち上がり正面から向かってくるセレシア迎え撃とうとするが、その直後、背中に強烈な衝撃を食らって、前のめりに倒れこむ。


 ──何が?

 そう思って周囲を見るとセレシアの投げた盾がセレシアが最初に投げた勢いのまま、回転しながらセレシアの手に戻るのが見えた。それを見て俺はセレシアの投げた盾がブーメランの要領で戻ってきて俺の背中に激突したんだろうと悟る。


「お前、それ──」


 俺が口を開こうとするとセレシアが手元に戻った盾を投げつけてきた。

 俺は起き上がり、両腕でその盾を受け止めるが、受け止めた盾は跳ね返り、セレシアの手元に戻る。


「キャプテン・ア〇リカかよ」


 思わず口を突いて出た言葉。それに対しセレシアは──


「その映画は好きだぞ。アダム殿に見せてもらった」


 映画派かよ、コミックも読んでね! って余計なことを考えている場合じゃねぇわな。

 俺はセレシアを迎え撃つ構えを取ろうとするが、飛んできた盾を防いだせいかタイミングが合わない。

 セレシアは剣を振ると見せかけ、盾を構えたまま俺に体当たりをしてきて、俺はそれをマトモに食らって吹っ飛ぶ。


「油断してんなぁ」


 俺が油断してるってことね。

 ちょっと舐めすぎ? でも初めての相手は舐め回すようにして味わいたいしなぁ。

 そんな気持ちの俺に対してセレシアは真剣な表情を浮かべ、俺に剣を突きつける。


「手を抜いているのか?」


「さぁ、どうだろうね」


 まぁ、そこら辺はノーコメントってことでお願いできませんかね。


「なぜ、武器を使わない。アダム殿に聞いた話では貴様の武器は刀の筈だ」


「無くしちまったもんでね」


 この世界に来る直前までは持っていたはずなんだけど、この世界に来た時に無くしてしまったんだよ。

 だから、素手で戦ってるわけ。まぁ、持ってても刀を使うことは無いだろうけどさ。


「どこまでも私を侮るつもりだな?」


 そう思いたいならどうぞ。キミがイラついてくれるなら、それが正解で良いよ。

 とはいえ、このままだとちょっと面倒なのも事実なんだよなぁ。

 さて、どうやってセレシアを倒したもんかって──


「どうした?」


 急にセレシアは塔の方を見る。

 塔の賢者様から命令でも受けたんだろうかね?

 俺を本気で殺せとか? それなら最高なんだけど──


「どうやら時間のようだ」


「それは時間切れってことかい?」


 それとも俺との遊びの時間は終わりで本気で殺しに来るってこと?


「あぁ、今回の選定は済んだらしい」


 選定……ってのは、研究院に入れる学生を選び終わったってことだろうか?

 まぁ、それはどうでもいいや。そんなことより──


「なに、もしかして帰る気? そっちから声をかけといて時間になったら帰るって、どういうことだよ」


 まだ、俺の良い所を見せられてないってのに、それじゃあ困るよ。


「散々、気を持たせてお預けとか。男を手玉に取るのが上手だね、お嬢さん」


「人聞きの悪いことを言うな」


 セレシアはそう言うと、盾と剣を構えて俺と向き合う。


「まずは命拾いできたことを感謝するべきだ」


「言ってくれるね」


「主からはすぐに帰れと命が出ているが、簡単には返してはくれないだろう? 命まで取る時間は無いが、──」


 言いながらセレシアは俺に向かって突進を始める。

 対する俺も真っ直ぐセレシアに向かい、そして全力の踏み込みを以て拳を放つ。


「──私の前から消え失せろ」


 全力の俺の拳をセレシアは盾で受け止める。

 真正面から受け止めたことで逃げ場のない衝撃がセレシアに襲い掛かろうとするが、その瞬間セレシアは盾の内側に自分の持つ剣で全力で叩きつける。

 そうして生み出された衝撃が俺の拳の衝撃を押し返し、セレシアに向かうはずだった衝撃はセレシアの盾へと叩き込んだ俺の拳へと跳ね返り、そして反射された衝撃によって俺は─────


 ────空を飛んだ。






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