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学園天国

 

「ここはもしかして天国なんだろうか?」


 俺はそんなことを思いながら、俺に向けて魔術を放とうと突き出された手を右手で払いのけ、同時に左の拳を俺に喧嘩を売ってきた学生の右肋骨付近に叩き込む。くぐもった声を漏らし、膝を突く学生の頭を両手で抱え、俺はその鼻っ柱に膝蹴りを叩き込んだ。

 そうして俺に倒された学生は、同じように俺に倒されて周囲に転がっている学生に紛れ、その他大勢になる。


「|Come on(来いよ)! 俺をぶっ倒してぇんだろ? 逃げも隠れもしねぇからさぁ! さぁ、かかって来いよ!」


 周りには他にも大勢の学生。その全員が俺を狙っていた。

 そんな殺伐とした状況ではあるが、この場所は学院の中、それも人の往来がある廊下のド真ん中だった。

 なぜ、このようなことになっているのか、その理由の説明は少し前にさかのぼる──



 ──校舎裏に呼び出されていたジュリちゃんを偶然に助けた俺達はジュリちゃんから学院に何が起こっているのか話を聞いた。


「賢聖塔が現れるといつものことなんだけど、賢聖塔にいる賢者様が学院の中から研究院に入るのに相応しい学生を選ぶんだ。それで、学院のみんなは賢者様に選ばれるために自分の力をアピールしようとして──」


「それで、ジュリちゃんを倒そうとしてた?」


 呼び出した目的はジュリちゃんをシメるってよりも、そっちだったのか。

 ジュリちゃんは学院のエリートである白服に勝ったんだし、ジュリちゃんを倒せば自分も白服を倒せる実力があるって証明することになるってことかな? しかしなぁ……


「戦って勝つだけで魔術師として有能だって証明になるのかい?」


「それはまぁ、なんとも……でも学院では戦って強い魔術師は優秀ということになってるから」


 ──だ、そうですけど、そこんところはどうなんですかね、マー君?

 俺は魔術師として一流のマー君を見る。そうして俺が視線を向けた先のマー君は嫌悪感を露骨に顔に出していた。


「魔術ってのは戦闘に使う物だけじゃないから、強さだけじゃ魔術師としての能力なんかは測れないんだけどな。だが、俺のこれまでの経験上、優秀な魔術の全てが戦闘に秀でてるわけじゃないが、戦闘に秀でた魔術師の大半は優秀な魔術師であることが多いってのはあるな」


 まぁ、戦闘が得意な魔術師ってのは魔力の量が多かったりして基本的なスペックが高いことが多いし、戦闘などで機転を利かせる能力もあるから頭の回転も速かったりする。そういった能力を鑑みれば、優秀な魔術師は戦闘に優れてるってのは、あながち間違いじゃないのかも。


「ただ、戦って勝つか負けるかで魔術師としての優劣を決めるってのはどう考えても間違ってると思うがな」


 というのがマー君の意見です。

 俺は良いと思うよ? 考え方がシンプルでさ。


「色々と理由はつけられるけれど、結局は賢者様は強い魔術師をご所望ってことなんだろうさ」


 研究院ってことは研究をするのが目的の筈なのに、戦闘能力自慢の脳筋連中を集めるって理由が分からねぇけどな。


「それで、ジュリちゃんはどうするの? 立派な魔術師になりたいって言ってたし、研究院に入りたいんだろ?」


 それなら頑張って他の学生を倒してアピールしないとね。

 俺達が協力してやっても良いぜ? ジュリちゃんが研究院に入ってくれたら、賢聖塔の賢者様とお近づきになれそうだしな。

 そうなってくれると俺達にとっても有難いんだが、ジュリちゃんはというと──


「それはちょっと、嫌かな」


「何で?」


「何でって言われても、研究院に入ると研究院で暮らさないといけなくなるし、研究棟にある宿舎にずっと住まなきゃいけなくなるから」


「それこそ何でって感じなんだが」


「えっと、学院の先生が言うには研究院で行っている研究の機密保持の観点から、研究院に入った者は外部との接触を制限され、死ぬまで研究院の中で暮らさないといけないって」


「嘘だろ?」


 話を聞いていたマー君が信じられないって顔で言葉を漏らす。

 俺もまぁ割とビビり気味、そんな話、今まで聞いてなかったからさ。


「ちょっと待て、さっき、お前を取り囲んでいた連中もそんな牢獄のような所に入るためにジュリアンを倒そうとしていたのか?」


 ゼティも驚きを隠せずにジュリちゃんに確認を取る。


「うん、そうだけど。ソーサリアの生まれの人や魔術師の一家に生まれた人、魔術に深く携わる人にとっては、ソーサリア魔導院の研究院に入れるってことはこの上なく名誉なことらしくて、誰もがみんな研究院に入ることを目指しているんだ」


「ジュリちゃんは違うみたいだね」


「それはまぁ、やっぱり僕は魔術師としては落ちこぼれなのか、研究院に入るってことがそんなに良いことだとは思えないんだ。戦って入れる人を決めるってのも変だし、ずっと閉じ込められて研究に打ち込むだけってのも、なんだかおかしいような」


「そりゃ、当然の考えだ」


 魔術師として一つの世界で頂点を極めたマー君はジュリちゃんの考えに同意を示す。

 まぁ、俺もジュリちゃんの考えに同意するけどね。ただ、俺の場合はそれっておかしくねぇか?って思うからだけどさ。


「研究院の在籍者の姿を見られなかったのも、研究棟にこもっているからか?」


 ゼティが訊ねるとジュリちゃんが頷く。


「一生、出られないんであれば、中で死んでても気づかないよなぁ?」


 俺の疑問に対し、ジュリちゃんもそう思っていたんだろう。何とも言えない顔で頷き、同意を示す。


「機密保持を重要にしてるなら、外と連絡を取る手段もないだろうし、研究院の中がどうなってるかも分からない。なんだか恐ろしい所だね」


「うん、そう思ったから僕もあまり研究員には入りたくなかったんだ。でも、他の人は違ってて、みんな必死に研究院に入ることを目指してる。やっぱり、立派な魔術師を目指すには、みんなと同じようにしないといけないんだろうかなって思ってたりもして──」


「やめといた方が良いと思うぜ?」


 どう考えてもヤバい所だから止めた方が良いよ。

 ジュリちゃんはそんな怪しい所に行かずに普通の人生を歩んだ方が幸せになれるって。


「そうかな? でも、ロミちゃんは──」


 ロミちゃん? そういえば昨日、ロミリア先輩とどうなったか聞いてないな。

 ロミリア先輩にお持ち帰りされた際に、もしかして最後までイッちゃったのかい?

 幼馴染の再会からの速攻とか、エロ漫画並みの展開の速さだぜ。それで実際にどうなったのかなと俺が聞こうとした矢先──


「おい、いたぞ! アッシュもいやがる!」


 邪魔者がやってきた。

 声をあげたのは学院の生徒で、俺達を見つけるなり複数の生徒が俺達を取り囲む。


「こいつらを倒せば、間違いなく俺達の評価が上がるぞ!」


 どうやら、こいつらも研究院志望のようだ。

 ジュリちゃんは白服を倒したから、倒せば評価が上がるのは分かるとして、俺はなんで?

 いや、おかしくはねぇか、俺は既に何人も学生と喧嘩して倒してるわけだし、俺が強いってのは学院中に広まってるからな。そんな強い俺を倒せば評価が上がると思うのは当然だし、標的になるのもおかしくはねぇよな。


「ま、色々と考えるのはこの場を切り抜けてからか」


 俺はこの場はそう結論を出して、一番近くにいた学生の顔面を殴りつける。


「後で店で合流な。俺は良いからジュリちゃんの面倒を見てやれ」


 俺はゼティとマー君にそう言って、俺達を狙う学生の集団へと飛び掛かり──


 ──そして今に至る。

 ジュリちゃんと別れた後、俺は次々と現れる俺を狙う学生と戦い、そうしているうちに校舎の中に入っての大立ち回りとなってしまったというわけだ。

 学院の廊下には俺を倒して研究院へ入ろうとする学生たちが逆に俺に倒され呻き声を上げながら転がっている。だが、俺を狙う学生はこいつらだけじゃなく、新手が続々と押し寄せてくる。


「俺を倒したところで入れるかどうか分からないのにご苦労なことだぜ」


 倒しても倒しても次から次に現れやがる。

 良いね、最高じゃねぇか。


「全校生徒が敵に回ってると錯覚しそうになるが、むしろそっちの方が良いか」


 なにせ、全校生徒まとめてぶちのめした経験は無いからなぁ!

 初体験ってのは何であれ、心が躍るぜ。


「さぁ、来いよ! 俺を倒してぇんだろ! かかって来い!」


 俺を倒したい理由が将来のためってのは、微妙な気もするが、まぁ良い。

 さぁ、ろうぜ? キミらの将来がかかった喧嘩をさぁ!



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