落ち着きのない生活
「やべぇなぁ」
よくよく考えたら、学院に入ったのにマトモに授業を受けてないぞ。
というか、学生らしいことを何もしていない。やったことと言えば、喧嘩と揉め事くらい?
……まぁ、人間だった頃の高校生時代と変わらない生活だし、学生らしいと言えば学生らしいのか?
でも、あの時代に比べれば絡まれることが少ないし、当時と比べるとやっぱり学生らしさが薄い気がするぞ。
俺が高校生頃とか週3で呼び出し食らってたからな。
ボクシング部に柔道部、剣道部に空手部、レスリング部や弓道部もあったなぁ。
他にも街の格闘技道場の連中が帰り道で待ち伏せしてきたり、不良連中にも襲われたりもあったね。
まぁ、あの頃は俺も若くて加減を知らなかったから、返り討ちにしたら、そいつらは二度と俺と関わろうとしなくなってけどさ。
やりすぎるのは良くないって昔の俺に教えてやりたいね。
ほどほどに痛めつける程度に止めておけば、復讐に来てくれたから退屈しなくて済むぞってさ。
ボクシング部の連中とかオリンピックでメダル確実の奴がいたんだけど、喧嘩した時に俺が顎を粉砕しちまったせいで打たれ弱くなった──というか、日々の食事も食べ物の硬さに気をつけなければならないくらい顎が弱くなっちまったしね。
そんくらい痛めつけると、もう絡んでこなくなっちまうから退屈になるから痛めつける程度ってのは気をつけないといけないんだけど、若い頃の俺はそういうのが全くできなかったからなぁ。
「そういうのって良くないよなぁ」
「何の話か分かんねぇよ」
今日は魔導院に登校する日。しかし、俺とマー君は教室を抜け出して校舎裏にたむろしていた。
ウンコ座りをしつつ、俺とマー君は煙草を吹かす。何時の時代のヤンキーかって感じだが、反社会性が染みついているせいか、自然とこういうことになってしまう俺達。
「人に煙草をせびりやがって」
「いいじゃない、いっぱいあるんだろ?」
システラから協力を取り付けられるようになったから、マー君は煙草を切らさず済むわけで。
いっぱいあるんだから、ちょっとくらい分けてくれても良いんじゃないかって話さ。
「いくらあっても、いつかは無くなんだぞ? 無限じゃなく有限の物を他人に惜しみなく与えられるほど、俺は人間ができてないんだよ」
そう言う割には一本くれたけどね。
さっさと渡した方が面倒が無いって思ったんだろうけどさ。
滅多に吸わない煙草は吸っても特に美味いとは思わない。美味いかどうかを分かるほど吸ってないからだろうね。
ただまぁ、吸ってると雰囲気は出るからね。校舎裏でたむろして煙草吸ってるとか不良学生感が凄くて楽しいぜ。
「何をやってるんだ、貴様らは」
おっと、用務員の先生に見つかっちゃいましたよ。
まぁ、ゼティなんで、何も困ることは無いけどさ。
「やぁ、ゼティ先生。先生も吸うかい?」
そう言って俺は吸いかけの煙草をゼティに差し出す。
用務員の姿が板につくくらい真面目に働いてるようで素晴らしいね。
ちょっと一服でもしていったら?
「もう少し真面目に学生をやれないのか?」
ゼティ先生のお説教タイムかい?
こいつは困ったぜ。
「真面目にやるほど面白くねぇんだよ」
答えたのはマー君。
「こいつのせいで俺もヤバい奴だと思われてて女子学生と話も出来ねぇ。授業は聞いたことのある内容だし、俺の方が上手く教えられるくらいだ。交友関係も勉学もどっちもイマイチな状況で真面目に学生をやる気になるかよ」
マー君の言い分をゼティは頷きながら聞いている。
おっと、どうやら言い訳の余地はありそうだぞ? じゃあ、俺も言い訳をしようか。
「……」
「何か真面目に学生を出来ない理由はあるか?」
言い訳をしようと思ったけど思いつかなかったので俺は黙るしかなかった。
必要に迫られれば、いくらでも言葉は思いつくんだけど、それが無いってことは必要に迫られてないわけで、俺は言い訳をする必要を心からは感じていないようだ。
「なんていうか、だるい?」
そう言った瞬間、俺の首は斬り落とされた。
何に? ゼティが何時の間にか取り出した箒に。
「不良学生だってだけで首を飛ばすのかよ」
マー君はゼティの凶行に戦慄している。
「コイツは自分で俺は学生をやると言ったんだぞ? 自分の言ったことに責任を持てない奴にはそれなりの罰が必要だ」
怖いねぇ。まぁ、首を落とされただけじゃ死なないんで、どうでも良いけどさ。
首だけになった俺とマー君の目が合う。するとマー君は俺の首を魔術で浮かせて身体とくっつけてくれた。
「俺って責任という言葉が凄く嫌いなんだよね」
くっついた首の調子を確かめつつ俺は言う。
「まず字面が良くないよね。責められるの任せたとか、そういう感じになる字の組み合わせだろ? 何かあったとしても、責められるのを任せちゃ良くないよ。任せるんじゃなくて大変な思いをする時は共有していこうぜ? 責められるときはみんな一緒に責められるのが俺は正しいと思うね」
そう言った瞬間、俺は箒で唐竹割にぶった斬られた。
「縦はやめろ。服も斬れるだろうが」
そう言って即座にマー君が俺の時間を巻き戻して斬られる前に戻す。
俺の体だけ治そうとしたら一緒に斬れた服は治せないんで、時間を戻して対処したようだ。
「叱られてやんの」
完全復活した俺がゼティを煽るとゼティの眼がスッと細くなる。
「まぁ、落ち着こうぜ」
昨日の戦いから、まだ気持ちが高ぶったままなんだろうね。
そのことをゼティ自身も理解しているのか俺の言葉に従ってゼティは大きく息を吐き、気持ちを落ち着ける。じゃあ、落ち着いたようだし話をしようか。
「やりたいのは、あの塔への潜入。とはいえ、マー君の話じゃ姿を現しているのにも期限はあるようだから、今回は無理かもしれない。なので、今回の潜入は無理にしても次回の潜入に繋がる手掛かりは手に入れておきたいね」
俺の話を黙って聞くゼティ。この手の計画を練るのに関してゼティは自分が役に立たないってのを理解しているから大人しい。対してマー君はというと──
「賢聖塔は魔導院の研究棟に囲まれてるから、まずは研究棟に入らないと駄目だぞ」
そう言ってマー君は二重の円を描き──
「外側の円が俺達のいる学院棟。内側の円が研究棟。そして円の中心が賢聖塔だ。俺達は何とかして研究棟に入らないといけないわけだが……」
「無理そうなのかい?」
俺が訊ねるとマー君とゼティが頷く。
「魔術的な調査をしてるが、研究棟には強力な結界が張ってあることは分かってる」
「建物自体も堅牢。俺が見る限りでは要塞並みだ。それに研究棟の傍を警備の兵が巡回しているので、普通に忍び込むのも大変だろうな」
とまぁ、こんな感じにマー君とゼティが研究棟を評価し、俺がまとめる。
「騒ぎを起こさずに潜入するのは難しい。でもって、何かしら騒ぎを感じたら塔が隠れる可能性も無きにしも非ずって感じかな? 一応、聞いておきたいけど、強力な結界ってのはどれくらいの力があれば良いわけ?」
頑張れば突破できるなら頑張っても良いけれど──
「少なくとも、俺と戦った時程度の業術じゃ駄目だな」
マー君と戦った時だろ? そうなると結構、厳しいよなぁ。
俺の業術の駆動はテンションが高まらないと攻撃性能が上がらないし、建物の結界をぶち破るのにそこまでテンション上げられないぜ? やっぱり強い奴と戦る時じゃないとなぁ。
「つまり、正面突破は無理ってことか」
ま、たまには遠回しにやるのも悪くはねぇだろ。
そのためにジュリちゃんと仲良くなったし、鍛えてもやったんだからさ。
「とりあえずジュリちゃんに話をしに行かねぇとな」
ジュリちゃんはシステラと戦った後でロミリア先輩に連れていかれてしまったわけだけれど、流石に解放されて学院に登校してるだろ。
俺とマー君は煙草の火を消して、ジュリちゃんに会いに教室へ向かおうとするが──
「調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
俺達の耳に怒鳴り声が聞こえてくる。
俺達以外にも校舎裏でたむろしている連中がいたようだ。
まぁ、聞こえてきた声から察するに俺達みたいに和やかな話をしてるわけじゃなくて、殺伐とした感じだろうけど。でも、それがいいね。
懐かしいぜ、俺もよく校舎裏に呼び出されて「調子に乗ってんじゃねぇ!」と言われて、シメられそうになってたもんだ。もっとも、俺の時は返り討ちにしてたんだけどね。
さて、それではこの呼び出されてる子はどうなんだろうね? 俺みたいに返り討ちにできるのか? ちょっと覗いてみようか──
「落ちこぼれの癖に、強くなったつもりか?」
「俺らより上になったつもりじゃねぇよなぁ!」
「おい、身の程ってものを教えてやろうか?」
物陰から覗いてみると、複数人の学生が一人の学生を取り囲んでいた。
そして取り囲まれている学生はというと──
「ジュリアン、テメェ。俺達を舐めてるんじゃねぇぞ!」
ジュリちゃんでした。
ジュリちゃんは複数の学生に取り囲まれて怒鳴られ、震えている。
戦っても負けることは無いと思うんだけど、必要以上に傷つけたくないのか反撃をする気配は見られないジュリちゃんは言われるがままだ。
「偉いじゃないか。手に入れた力を無闇に使おうとしない。そういう精神性は褒められるべきだと俺は思う」
一緒に覗いていたゼティ先生からお褒めの言葉を頂けましたよジュリちゃん、良かったね。
まぁ、それは良くても今の状況は良く無さそうなんで止めようか? そう思って俺が物陰から飛び出ようとすると、それより素早くゼティが物陰から飛び出し、声を上げる。
「何をしている、貴様ら!」
箒を突きつけ複数の学生に怒鳴りつけるゼティ。
イジメを止める先生って構図なんだろうけど──
「用務員風情が、学院生に声をかけるんじゃねぇ!」
社会的な身分は魔導院の学生と只の用務員では学生の方が上のようで、学生たちは止めに入ろうとしたゼティに逆に食って掛かるが──
「おい、こいつ用務員のゼルティウスじゃないか?」
ゼティのことに気付いた学生たちの間に僅かにざわめきが生じ、ジュリちゃんに向かっていたはずの意識がゼティの方に向けられだす。
「俺の彼女を寝取りやがったクソ野郎だ!」
「あぁ、そうだ。俺が好きな子に告白されてやがった奴だ!」
「俺の憧れの子もコイツのことが好きだって!」
おっと、ゼルティウス君。キミは何をやっているんだろうか?
キミのやることは学院に潜入して女の子とヤることだったかな?
「待て、誤解だ。俺はこの学院の女子学生とは寝ていない」
「……あいつ、殺して良いか?」
俺と一緒に物陰で成り行きを見守っているマー君が荒んだ目でゼティを見る。
マー君の気持ちは分かるよ、分かるだけでその気持ちに寄り添おうとは思わないけどさ。
「うるせぇ、人の女を盗りやがって、ただじゃおかねぇ!」
なんで、この学院の不良学生はチンピラ口調なんだろうか?
一応、お行儀の良い名門校の筈なんだけどな。まぁ、魔術の才能が有れば出自は問わないってのもあるし、お育ちがよろしくない奴らもいるってことなのかもね。
「どうする?」
聞くなよ、マー君。今からじゃ出て行ったときには終わってるよ。
そんな俺の予想通り、不良学生たちは秒殺だった。
ゼティの動きを目で追うことも出来ず箒でぶん殴られ、地面に倒れ伏す。
そうして全部終わった後で、俺とマー君は物陰から姿を現し困惑しているジュリちゃんに声をかける。
「どうしたんだい?」
まぁ、急に言われても何について聞かれてるかは分からないよね。
だからまぁ、好きに答えてもらって言いわけなんだけど──
「どうしたと言われても」
曖昧な顔で苦笑いを浮かべるジュリちゃん。
じゃあ、何があったのと聞くと──
「ここに来て日が浅いアッシュ君は知らないと思うけど、実はいま学園はちょっと大変なことになっていて、その関係で僕もこうして絡まれたり──」
そうしてジュリちゃんが語ったことは──