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頼まれていたこと

 

「うわっ、何があったの、これ!」


 俺とゼティが店の奥で話をしていると、廃墟になった酒場の店先の方から声が聞こえていた。

 聞き覚えのある声は教会の密偵からラスティーナ──王女の密偵になったリィナちゃんの物だ。

 こんな遅い時間に何の用だろうね? まぁ、見られたくない密偵が聞かれたくない話をするなら遅い時間に来るのは当然か。


「え、アンタたちは?」


 次に聞こえてきたのは質問。

 俺とゼティが店の奥から戻ると、酒場があった場所に並べてテーブルと椅子に座っているマー君とガイにリィナちゃんが向き合っている所に出くわした。


「……」


「あ、どうも、ガイ・ブラックウッドです。アッスかゼットに会いに来たなら店の奥にいると思うから、ちょっと待っててね」


 黙っているのはマー君、愛想よく話しているのがガイ。

 ガイは当然として、そう言えばマー君はリィナちゃんとは初対面だったかな?

 だとしたら、マー君が黙ってるのも仕方ないか。


「何しに来たんだい?」


 初めて見る顔にリィナちゃんも戸惑っているようだったので俺は挨拶もせずにリィナちゃんに話しかけた。

 知った顔が現れてリィナちゃんが少し安心したような表情になり、黙っていたマー君はかなり安心した顔になり、俺に小声で訪ねてくる。


「誰?」


「俺の知り合い」


「いや、もっと何かあるだろうが。女の子だぞ? 女の子が夜遅くに会いに来てんだぞ」


 マー君の人生においては縁が無いことだからだろうか、なんか重く受け止めすぎだね。


「気になるんだったら話しかけりゃいいじゃねぇか」


「いや、お前、女の子ってのは第一印象が大事らしいじゃないか。だから、こう最初に話しかける一言は身長に選んでだな」


 マー君はさぁ、出会う女の子がみんなと深い関係にでもなるつもりなのかい?

 いちいち言葉に気を遣ってたらマトモに話せないぜ? というか、そもそも、話す言葉を選ぶのに困って黙ってる方が印象悪いっての。

 適当に話して上手くいった子とだけ深い付き合いになればいいとか考えらんないんだろうか? 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってことばがマー君の育った世界には無かったのかね?


「コソコソと話さないでくれる?」


 おっと、リィナちゃんがキレてますね。怖い怖い。

 ちなみに、この瞬間にマー君は初対面の相手にだんまりを決め込んだ後で、チラチラとその相手のことを見ながら内緒話をする男ってことで第一印象はすごく悪くなったよ。


「やばいな、怖いぞ、この女」


 何百年生きてきてもこれだもんな、マー君。まぁ、俺も他人のことを言えないけどさ。

 やっぱ、長く生きてても自分の好きなことをしてるだけの人生じゃ駄目だってことだよね。


「あんまり威嚇しないでくれよ。ところで何の用なんだい?」


「何の用って──」


 リィナちゃんが何か言おうとして止める。

 その理由は何時の間にかガイがリィナちゃんの前に跪いていたからだ。


「リィナさんとおっしゃるのですね。どうぞお見知りおきを」


 そう言ってガイは跪いた姿勢からリィナの手を取り、その手に口づけをする。

 キザったらしい仕草だが、ガイは顔が良いのでリィナちゃんも満更ではなさそうだ。俺の隣にいるマー君はイラっと来てるけどね。

 俺はガイの振る舞いに関して特に何も思わないけれど、ただ、お姫様扱いされて悪くない気分になってるリィナちゃんには一言ひとこと、言っておきたいことがある。


「そいつ、ヒトを食う種族だぞ」


 俺がガイを指差してそう言うと、リィナちゃんは「え?」とキョトンとした顔になり、そして次の瞬間──


「ひっ」


 リィナちゃんは悲鳴をあげた。

 その理由はリィナちゃんが視線を俺に向けた瞬間に、リィナちゃんの手を取って口づけしていたガイがリィナちゃんの手を舐めしゃぶったからだ。


「なにすんの!」


 慌てて手を引っ込め、声を上げるリィナちゃん。

 唐突な変態行為に及んだガイは全く悪びれる様子はなく、俺の方を見て文句を口にする。


「人聞きの悪いことを言うなよ。俺は人間は食わないよ。俺は人間を守るために生き、人間を守って死に、そして使徒になった男だよ? そんな奴が人間を食うわけないじゃないか」


「な、な、舐めた! この変態!」


 食わなくても舐めるだけでヤベェ奴なんだよなぁ。

 流石のリィナちゃんも狼狽えてるよ。


「変態ってのも人聞きが悪いな。ちょっと味を見ただけじゃないか」


 人間の味見をしてる時点でヤベェ奴なんだよなぁ。

 流石のリィナちゃんも恐怖してるよ


「俺の持論だと。舐めて美味しい人間は良い人間だからね、こうして初対面の人間は味を見て判断するようにしてるんだ。そして、その判断の結果、貴方は良い人間だって分かったよ」


 全然嬉しくねぇよなぁ。

 初対面の人間にキミ美味しいね。美味しいから良い人間だって言われて納得できるか?

 俺は嬉しいかもしれんけど、普通の人間は違うよなぁ。

 俺だったら、俺を食べる時は出来れば素材の味を生かしてシンプルに焼いて塩コショウではなく、手間暇かけて調理して欲しいね。


「すごく気持ち悪い奴なんだけど、コイツ」


 そんなことを言うなよリィナちゃん。

 この程度で気持ち悪いって言ってたら、後がもたねぇよ。

 もっとヤベェからな、コイツ。


「俺はテレビでしか見たことないんだけど、マグロとかって尻尾を切ってその断面で良し悪しを判断できるじゃない? 俺が人の指を舐めるのもそれと同じ感じだよ。同じ日本出身なら分かるだろ?」


「俺に振ってくんなよ」


 俺とガイはどっちも地球の日本出身だけどパラレルワールドだから同郷とは言い難いんだよね。

 時代も違って俺は21世紀だけど、ガイは23世紀の人間。そもそも同じ地球という惑星でも俺の生まれた地球とガイの生まれた地球では歩んできた歴史が違うからか、文明も文化も違うしな。


「ヤベェよ、こいつら怖いわ」


 マー君の呟きが聞こえてきたのでマー君の方を見ると、マー君はコッソリと店の奥へと逃げようとしていた。居心地の悪さが限界に達したんだろうね。


「まぁ、いいや。それより何の要件か早く言ってよ」


「私の手が舐められたのを軽く扱うな! お前の知り合いだろ! ちゃんとさせろ!」


 リィナちゃん……そんなにキレないでくれよ。


「もういい! とにかく、ラスティーナから魔導院の調査報告を催促されてるの!」


「悪いね、まだ全然、調べてないんだ」


 つーか、すっかり忘れてたよ。


「はぁ? ちゃんと仕事しなければ金を出さないって言われてるのに、何やってのアンタ」


「いやぁ、忙しくてね。ただまぁ、ちょっとは進展があるんだぜ?」


 俺の知り合い──ジュリちゃんがこのままなら魔導院のエリートコースに入れるから、ジュリちゃん経由で色んな情報を得られると思うんだよね。


「……俺も混ざって良い話?」


 ごめんね、ガイ君。黙っててくれると嬉しい。

 そもそも何も知らないのにどうやって混ざるというのか。


「ところで人間の味の話なんだけど。俺はヒトを食うって言われたじゃない?」


 自分の話せる話題で強引に割り込んできやがったよ、コイツ。


「でも実際、人間は食うのには向かないんだよね。可食部位が少な目ってのもあるけど、普通に生活してる人間は肉として食おうとすると臭いがキツかったりするんだよね。だから、食うのには向かないんだ。じゃあ、食うのに向いているヒトってなると何になるかっていうとエルフとか良いよね。エルフって言っても肉を食うエルフはあんまりだね。草食が文化じゃなくて体質になってるエルフ種族が一番だよ。魚のアユは虫じゃなく苔を食ってるから独特の香気あるのと同じで草だけ食ってるエルフの肉は美味しいんだ」


 誰も食人についてなんか聞きたくねぇんだけど。

 リィナちゃんがドン引きした顔でガイを見てるけど、ガイの方は全く気にしてない。


「……帰って良いかな?」


「どうぞ。ラスティーナに頼まれてる魔導院の調査はちゃんとやっておくよ」


「その件についてだけど、ラスティーナは──」


 そこで一旦区切り、リィナちゃんは街の中心に現れた塔を指差す。


「あの塔についても、ちゃんと調べて欲しいって」


 賢聖塔は調べる予定だったから、特に文句はないけれど──


「なんか理由があるのかい?」


「さぁ? 詳しくは聞いてないから私は何とも言えない。でも、塔が現れるのに合わせて行方不明者が多くなってるような気がするってラスティーナは言ってた」


 戸籍謄本も住民票も無いような世界で行方不明って言われてもな。

 ちゃんとデータを集計してるわけではないので、確証は無いけれど統治者の側に立つ者として感覚的に行方の分からない奴が増えてるってラスティーナは言いたいのかね?


「ま、何にせよ。塔を調べるのは確実ってことかな」


 それと、その行方不明者と塔が関係あるのかっても調べた方が良いってことか。

 やること自体はハッキリしてねぇけど、方向性は見えている。

 さぁ、それじゃあやることやって、さっさとケリをつけていこうか。





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