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面倒な奴

 

 ガイを連れてねぐらにしていた酒場に帰ってくると酒場が廃墟になっていた。

 いやまぁ、もとから廃墟も同然だったけどさ。


「うわぁ、個性的な所に住んでんのな。前衛的って奴?」


 驚きの声を上げるガイに俺も同意の気持ち。

 そうだねぇ、屋根は半分、壁も半分。建物が文字通り半壊してるんだもんなぁ。

 ゼティとマー君が何かと戦った結果なんだろうから、文句も言い難いぜ。


「ま、風通しが良くなったと思えば」


 自分で言っておいてなんだけど、風通しも何も無いわな。

 屋根も壁も半分無くて、建物の中と外が区切られてねぇんだもん。それってつまり屋外なわけだし、屋外で風通しがどうとか言っても仕方ねぇよな。


「とりあえず中に入るか」


「えーっと何処が中?」


「俺も分かんねぇ。多分、床の跡があるところが中ってことで」


 この状況を作ったゼティとマー君は何も言わず、廃墟同然から完全に廃墟になった酒場の奥へ向かうと、ほどなくして無事な椅子とテーブルを持ってきて、俺とガイの前に並べる。

 どうやら、俺らが寝床にしていた店の奥は無事のようだ。寝床が無事なら家としては使えるだろう。まぁ、使えなかった使えなかったで、この辺りにある空き家を次の寝床にすれば良いだけなんだけどね。


「とりあえず、これまで何をやってたのか話を聞かせてくれよ」


 俺達は椅子に腰を下ろすガイに訊ねる。

 するとガイは隠す様子も無く素直に答えてくれた。


「ちょっと前にこの世界に転移させられて、それ以降この辺りをぶらついていた」


 素直に答えてくれたのは良いけど、ざっくりしすぎてて要領を得ないね。


「この街にはどれくらい前からいる?」


「なんだか尋問みたいだ」


「みたいじゃなくて尋問かもしれないぜ?」


 俺は隣に座ってるマー君に指を向けるが、その指をマー君がはたき落とす。

 指差しは駄目って? 嫌な気持ちにさせたみたいなんで、もう一回マー君に指を向けるが、諦めたのか今回は無視された。


「マー君が結構前にこの街で使徒の気配を感じたみたいでね。それがキミじゃないか疑ってんのよ、俺らはね」


「その使徒が何かしたの?」


「いいや何も。でも、そいつは俺らの敵になりそうな奴の味方っぽい気配があるし、その使徒がガー坊だったら面倒だなぁって思ってさ」


「ふーん」と言いつつ、ガイは俺達を見る。

 何を考えてるかは分からねぇが、実際の所はどうなんだろうね?


「ご期待に沿えなくて申し訳ないけど、その使徒は俺じゃないね。俺がこの街に来たのはここ数日のことだし、そもそもマックが俺の気配を察知できるなら、俺もマックの気配を察知できてるよ? 俺が他の使徒の気配に気づいたら、会いに行かないわけがないじゃないか」


「それもそうだな」


 犬みたいに駆け寄ってくるからな、コイツ。

 人との距離感がおかしいんだよね。


「──と、ガー坊は言ってるけどマー君はどう思う?」


 賢聖塔が現れた時に使徒の気配を感じ取ったっていうのはマー君だけの経験なんだし、その経験があるマー―君的にガイの言っていることは信用できるんだろうか?


「……まぁ、こいつの言ってる通りなんじゃねぇの?」


 俺もそう思うね。

 マー君が感じ取った気配がガイだとしたら、すぐさまガイはマー君に会いに行っていただろうし、そもそもガイの気配は分かりやすいからガイだったらすぐにマー君の方も分かっただろうしね。


「となれば、この街にもう一人いるらしい使徒については謎のままか」


 何故かゼティが話をまとめる。

 二人はなるべくガイとは関わり合いになりたくないみたいだから、さっさと話を終わりにしたいみたいだね。

 良くねぇなぁ、同じ使徒同士なんだから仲良くしろよ。俺は同じ使徒ってわけじゃないからガイとはそこまで仲良くしなくても良いけどね。


「他にこの世界について何か知ってることを俺達が知らないことを教えてもらいたいところだが──」


 ゼティがそう言ってガイを見るのに合わせて俺もガイを見る。

 俺達に見られたガイはヘラっとした笑みを浮かべると──


「話しても良いけど。なんだか、喉が乾かない? 俺、お茶が欲しいなぁ」


「ははは、調子に乗りやがった」


 こいつめ、こっちが少しでも下手にでたら、つけあがりやがってよぉ。


「茶は無いぞ」


 ゼティは取り付く島もなく答える。

 もっとも、そう言ったところでガイはへこたれる奴じゃない。


「じゃあ、何か食べるもの無い? お腹すいちゃってさ」


 図々しい奴だなぁ。

 俺らの住んでる場所を見れば余裕のある暮らしをしてないって分かるだろうが。

 廃墟に住んでんだぜ、廃墟にさぁ。そんな奴にメシをたかるとかさぁ。


「……少し待ってろ」


 ゼティはガイの要求をすぐに断るようなことはせず、少し考えると立ち上がって店の奥へと向かお、そして、すぐに鍋を抱えて戻ってきた。


「その鍋は……」


 マー君が息を呑み、俺は臭いを嗅がないように意識する。

 蓋をしてるのにも関わらず鍋からは悪臭が漂ってきていた。


「これでも食ってろ」


 そう言ってゼティが蓋を開け、木を削って作ったお玉レードルを差し出した。

 ガイの前に座っていた俺は悪臭が漂う鍋の中を覗き込む。この鍋は以前にゼティが買ってきた食事だったが、不味かったので食べきることも無く放置していた物だ。

 残したまま放置した鍋の中身はスープだったがその汁は今は黒く変色しており、中には虫の他に、カビのような物体もぽつぽつと浮かんでいる。

 どんなに腹が減っていても、俺だったら食べないであろう代物。だが、それを目の前に置かれたガイは──


「うわぁ、俺のために用意してくれたんだ。ありがとう、ゼット」


 木のレードルを鍋の中に躊躇いも無く突っ込んで、すくい上げた鍋の中身を何の抵抗も感じずに口へと運んだ。


「うーん、酸味と苦みがある大人の味だね。ちょっと塩気が欲しいかも」


 明らかに食って良いものではなくなった鍋の中身の食レポ。

 とはいえ、まぁコイツは食うよなぁって気がしなくも無い。ガイは食に対する許容範囲が俺らとは違うからね。

 食事の美味い不味いを感じるのは食って安全かどうかを判別するためにも機能しているんで、だから腐ってたりして、食ったらすぐに健康に直接的な影響があるような物を人間の体は不味く感じたりもする。もっとも長期的な視点に立って体に悪いものなんかには鈍感なんだけどね。

 となれば、仮に何を食っても、自分の体に何の影響も無いような奴ならば、体に悪いものを判断するような繊細な味覚は必要ないわけで、まさにガイがそういうタイプだ。

 味覚に限らず、人間が見て嫌悪感なんかを感じるのは危険を察知しての本能的な回避とも言えるし、俺らが鍋の中身を見て嫌悪感を抱いたのは食ったらヤバいことになるっていう危険を察知したことによるものだとも考えられる。であるならば、ガイが見た目に関して何も思わないのも不思議じゃない。

 だって、ガイは何を食っても大丈夫なわけだから、危険を回避する本能に根差した嫌悪感なんかも抱かないので、明らかにヤバ気な鍋の中身を何も思わずに食えるんだろう。

 ガイはスープの嵩を誤魔化すために店が入れていた石を何も気にする様子を見せずに口に入れ、噛み砕いて飲み込む。本当に何も気にせず何でも食うんだよなぁ、コイツ。


「それで、お前はこの世界について何を知っている?」


 ゼティがメシを食っている最中のガイに話しかける。

 すると、ガイは鍋の中身を口に運ぶのを止め──


「なーんにも知らないよ、俺は。だって興味が無いもん」


「まぁ、そういう奴だよなぁ」


 俺は納得を思わず声に出す。

 俺に自分を理解してもらっているのが嬉しいのかガイは俺に笑みを浮かべながら言う。


「そう、俺が興味あるのは、何処の世界でも人間が平和に生きられているかどうかってことくらいだからね」


 ガイの答えに何とも言えない表情を浮かべるゼティとマー君。

 俺もまぁ、ガイのしていることを知てきたことを知っている身としては言っていることを素直には受け止められないんだけどね。ただ、俺達は互いの思想信条、主義主張にはなるべく口出ししないようにしてるから黙ってるんだけどさ。


「ま、みんなは仲間だし、困ってるなら手を貸すくらいはするよ」


 そう言ってもらえて嬉しいやら、面倒くさいやら複雑な気分だね。

 そんなことを思っていると不意にゼティと目が合う。


「塩が足りないと言っていたな? 残っていないか見てこよう」


 俺と目が合ったゼティはそう言って立ち上がる。

 おそらく付き合えってことだろうね。


「俺も手伝おうかねぇ」


 そう言って俺はゼティの後を追って、その場から去り、店の奥に向かう。

 マー君が音を遮る魔術をかけてくれているだろうから、ガイに俺達の話し声が届くことは無いだろう。


「どうするんだ?」


 二人きりになるなり、ゼティが俺に訊ねる。

 どうするってのはガイのことだ。ガイは俺達の敵ではないという雰囲気を出しているし、積極的に俺達の敵になることは無いだろうけど、本音を言うとあんまり近くにいて欲しくない奴なんだよね。


「悪い奴じゃないんだけどね」


 いや、普通に悪い奴かも。悪い奴じゃないってのは俺らにとってで世間一般の感覚では違うかもしれないな。


「だが、厄介だ」


 そうなんだよねぇ、俺の好きじゃない厄介さなんだよ、アイツ。

 人間の頃と使徒になってからを合わせても100年も生きてないガキだから人間的な丸さが欠片も無いんで付き合ってると疲れるんだよ。


「ま、俺達の目の届く範囲内に置いとけば良いんじゃないかね?」


 そう言いながら俺は店の奥からガイの様子を伺う。

 鍋の中身を食い終わったのか、ガイは食事に使ってレードルを噛み砕いて飲み込み、それに飽き足らず鍋自体も噛み砕いて腹に収めていく。鉄製の鍋だけどそんなのは関係ないって感じだ。


 こういう所だけ見てると楽しそう奴にも思えるんだけどなぁ。

 まぁ、とりあえず上手く付き合っていくしかないだろうね。


「まったく面倒ことだ」


「同感だぜ。他にも考えなきゃいけないことはあるってのによ」


 ガイのことばかり考えてはいられない。

 俺達が考えるべきことはガイと一緒のタイミングで現れた賢聖塔ことだってある。

 とりあえず、今からはそっちについて考えようか。








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