ガー坊
ガイ・ブラックウッド──アスラカーズ72使徒序列3位。
ゼティが序列7位でマー君が序列49位なので、俺がこの世界であった使徒の中では最も序列が上になる。
序列が高ければ強いというわけではないが、それでも使徒の序列一桁台というのは使徒の中でも特別だ。
そして、そんな特別な使徒の中でもガイは特にヤバい。
強さの方向性が相手の勝ち筋を潰していくタイプなせいで、使徒の大半はガイに勝てないし、現状だと俺も負けないってのは出来るだろうけど、現状では俺もガイに対しては勝ち筋が無い。
そんなガイがどういうわけか、俺の前に立っている。敵なのか味方なのかは分からない。
コイツがマー君が以前にこの街で感じ取った使徒の気配の主なのかね?
少し長めなボサボサの黒い髪に真っ黒いコートの全身黒ずくめの姿で身長は俺と同じくらい。
クッキリとした目鼻立ちには何の感情も浮かんでいないように見えて、何か考えているとは思うが──
「変な気配を感じて、ちょっと様子を見に来てみたら、なんだろうねコレは?」
俺とラ゠ギィを見比べてガイは首を傾げる。俺に気付いていないんだろうかね?
まぁ気付かれてないなら、このままガイの前からとんずらを決め込むのもありだとは思うが、とはいえ関わり合いになりたくなくても一応は知り合いだしなぁ。
知らんぷりするのもバツが悪いような気がするので、俺はガイの名を呟いた。
「ガー坊」
使徒になって100年も経ってない坊ちゃんだからガー坊と俺は呼んでいる。
ガイをそんな風に呼ぶのは俺だけなんで、恐らくは俺に気付くだろうと思ったんだが──
「俺をそんな風に呼ぶってことは──」
案の定、食いついてきやがったよ。
「前に見た時と姿は違うけど、もしかしてアッスか?」
俺をそんな風に呼ぶのもお前だけだよ。
アスラだからアッスだって? おかしくねぇ?
「よぅ、元気?」
俺も社会性はあるからね。表面を取り繕うことはできるよ。
「うわぁ、マジでアッスか! 超奇遇じゃん、どうしたのこんな所で!」
ガイは満面の笑みを浮かべて嬉しそうに俺に駆け寄ってくる。
ガイは俺のことが大好きみたいでね。スゲー困る。俺はぶっちゃけ、コイツのことが苦手。
こいつ対人関係の距離間おかしいんだよ。
「話せば長くなるんだよなぁ」
「そうなん? 俺もスゲーいっぱい話あるんだって! もう大変だったんだぜ? 聞いてくれよ」
ガイは楽しそうに喋りながらバンバンと俺の肩を叩いてくる。ところで、キミは俺の近くにいるラ゠ギィの存在に気付いているかな?
まぁ、ラ゠ギィに関してはガイが放つ莫大な量の内力に気圧されて今は全く身動きが取れない様子だから、放っておいても問題は無さそうだが──
「ところで、この人はどちらさん?」
まず知り合いの俺と挨拶してからってことだったのか、ガイの意識がラ゠ギィの方に向き、ラ゠ギィの顔が強張る。
まぁ、一目見た時から勝ち目が無い分かる相手が自分に関心を持ったら怖いよな。
それもラ゠ギィからすれば、ガイは間違いなく敵の側なわけだしさ。
「俺の敵。さっきまでコイツの仲間と戦ってて、今度はコイツと戦ろうとしてたところ」
隠すことでもないんで、俺はありのまま話す。
そうして、ありのまま俺が話した結果、ガイは──
「アッスの敵ってことは俺の敵?」
そう言ってラ゠ギィを見る。
ラ゠ギィは覚悟を決めたのか、それとも諦めたのか、フッと力を抜いた様子で肩を竦めて見せる。
「まぁ、そうなるでしょうね。私としては戦うつもりは無かったのですが──」
あくまで戦闘の意思は無かったと主張するラ゠ギィ。
それでも相手が戦る気だと言うなら仕方ないというスタンスだ。でもって、俺と喧嘩するってことは俺の手下の使徒とも敵対することになるのが自然だって思ってるから、ラ゠ギィはガイとも当然、戦うものだと思っているようだが──
「でも、アンタは人間じゃん?」
ガイは確認するように訊ねながらラ゠ギィに指を突きつける。
「俺は人間の味方だからね。人間とは戦わないよ」
まぁ、そういう奴なんだよな。
人間とは戦わないんだよ、ガイは。
「人類みな友達。ラブアンドピース。世界平和。そうあるべきだと思わない?」
「思わねぇなぁ。人類ってのは人類という言葉で一括りにできるほど単純なもんじゃねぇからな」
「俺は中卒だからそういう難しい話はパスで」
簡単な話でもお前は聞かないじゃねぇか。
まぁ、いいや。俺も萎えてきたしさ。戦る気が無くなってきたぜ。
ラ゠ギィの方も状況が上手く呑み込めてないみたいだし、そんな相手と今から戦うってのも面白くはねぇわな。
「戦うつもりは無いと?」
疑うような眼差しで俺とガイを交互に見るラ゠ギィ。
その視線に俺は追い払うように「シッシッ」と手を振って応え、ガイの方は──
「さっきも言ったように俺は基本的に人間とは戦わない主義だからさ」
基本的にはって言っているから状況次第では戦うんだけどね。
それでもまぁガイは人間にはクソ甘い。
もっとも、その人間の基準ってのが結構、偏りがあるんだけどね。
「俺は人間の味方だから、人間を傷つけるようなことはなるべくしないようにしてるんだ」
ガイの物言いは自分が負けるなんてことは欠片も思っていないような物言いだ。
まぁ、実際ラ゠ギィがガイに勝つのは無理だろうけどさ。
「だから帰って良いよ。こっちの怖い奴は俺が説得するから」
ガイが俺を指差してくる。
説得ねぇ。まぁ実際、説得なんだけどね。
ガイ的には俺も人間の姿をしてる──というか、元々は人間だったから争う相手じゃないと思っているようで、俺に対して攻撃的な対応を取ることは無い。だから、説得も普通に言葉で説得してくるだろう。
「……」
ラ゠ギィが俺とガイを無言で見て、そして次の瞬間ラ゠ギィの姿が掻き消える。
俺はラ゠ギィの姿が消えたのと同時に屋根の上に寝かされているはずのゴ゠ゥラの姿も確認するが、どうやら自分が消えると同時にゴ゠ゥラも回収していったようだ。
「逃げられちまったわけだが、どうしてくれんの?」
「いやいや、良いじゃん。人間同士で争うなんて良くないって」
まぁ、良いけどさ。あのまま戦っても面白い戦いになったかは分からないしさ。
別の機会にもっと楽しく戦えるなら、そっちの方が良いって考えよう。
「ま、いなくなってくれたのは都合が良いって考えるべきかね」
「何の話?」
「いや、別に大した話じゃねぇさ。邪魔者がいなくなったんで、これで心置きなく、お前と話ができるなぁって」
さっきは敵(ラ゠ギィ)がいたし、そういう状況でもなかったから込み入った話はできないが、今は問題無いだろう。
「いいね! 俺も話したいことがあるんだよ」
こんな感じだけどガイがマー君が言ってたっていう使徒なんかね。
だとしたら、俺を騙してることになるんだが──
「げ、なんでガイがいるんだよ」
声がした方を見ると、マー君とゼティが二人で並んで俺に向かって歩いてくる。
声を上げたのはマー君の方だがゼティもガイの姿を見つけたようで微妙な表情になっている。
この二人もガイのことは苦手だから仕方ない。
性格的な理由もあるけど、マー君は戦闘になったらガイには相性の関係で絶対に勝てないから、ガイとは関わり合いになりたくないだろうしな。
「うわぁ、マックとゼットじゃん! 二人もいたんだ。すっげぇ嬉しい!」
マー君はマック、ゼティはゼット。
もう少し他人に伝わる呼び方を考えるべきだよなぁ。
「とりあえず、面子も揃った。お互いの状況を把握しようじゃないか」
現時点じゃ敵か味方も分かんねぇし、まずは話を聞かないとね。
どうするかってのは話を聞いてから決めればいい。
そんな俺の提案はすんなりと受け入れられ、俺達はその場を後にして酒場へと戻ることにした。