現れるもの
──別にさぁ、つまんないわけじゃないんだよ。
ゴ゠ゥラだって悪くは無いんだけどね。実際、久しぶりに仙理術士と戦れんのは楽しいんだけどさ。
でもなぁ、俺の興味はゴ゠ゥラじゃなくてゼティとマー君を躱して俺の所にやって来たラ゠ギィの方に移ってしまってる感じ。
メシを食いに行って注文を済ませた直後に隣の席の奴が頼んだ料理が運ばれてきて、そっちの方が美味そうだった時に似た気分に近いかなぁ。
「ハッ!」
ゴ゠ゥラが掌底を突き出して空を切る。
間合いは俺から遥か遠く、その状態から手を突き出しても届く攻撃となれば……。
察して俺が横に跳ぶと一瞬前まで俺がいた場所の背後に合った家が粉砕される。
仙理術士の使う『流撃』という技だ。体を動かした際に生じる力の流れを増幅または操作して破壊力を生み出す。
ゴ゠ゥラの場合は掌底に合わせて空気の流れを増幅して撃ち出してるという感じだろうな。技の出だしが丸見えでちょっとイマイチな『流撃』だ。
もっともゴ゠ゥラはそれが当然、当たると思っていたようで簡単に躱されたのは理解が及ばないといった感じの顔をしていた。
「『衝式』の流撃とか言うんだっけ?」
「知っているのか」
あんまりにも間抜けなんでそれとなく俺が避けられた理由を伝えると、ゴ゠ゥラは俺に簡単に避けられた理由を納得したようで、避けられるのも仕方ないと腑に落ちたようで、気を取り直す。
いやいや、そうじゃないでしょ。こっちは仙理術士と何度も戦ってるから、手の内は知ってるんだって。
キミだって、先祖の仇とか言ってたし俺のことを知ってるんだよね? 俺のことを知っているのに、俺が仙理術士の戦い方を知らないとか、どうやったら思えるんだい?
「参ったな、ちょっと期待外れだぞ」
戦闘技術はちゃんと鍛錬してるようで悪くないけれど可哀想だがセンスが無い。
むしろ、ちゃんと鍛えてるからこそ、センスが無いってのがハッキリと分かるというか──
「期待外れだと? 俺が?」
再びゴ゠ゥラが掌底を突き出し『流撃』を放ち、空気の波が真っ直ぐ飛んでくる。
フェイントも何も無い素直な攻撃だ。俺はそれを先程と同じように横に跳んで躱す。で、そうなったら──
「避けた所に『捻式』の流撃だろう?」
俺がゴ゠ゥラの次の行動を予測した次の瞬間、ゴ゠ゥラは掌底で突き出した反対の手を小さく捻るように動かす。すると、次の瞬間、俺の背後にあった廃屋がゴ゠ゥラの手の動きに合わせるように捻じれて破壊される。
『衝式』が衝撃を生み出すなら、『捻式』は破壊の現象そのものを生み出す。
捻るような動きで生じる僅かな力の流れを増幅し、それを狙った地点に思い描いた通りの範囲と威力で捻り砕く破壊を生じさせる。
俺が昔に戦った最強の仙理術士であるヌ゠アザンの『捻式』は手を捻って見せるだけで惑星を捻り砕いたくらいだし、それと比べれば家をぶっ壊しただけでドヤってるゴ゠ゥラは少し格好が悪い。
「『衝式』で隙を作ってから『捻式』で相手の体を捻って殺す。昔の仙理術士の定石通りの戦い方なんだよなぁ」
まぁ、術の出来は昔の一般的な仙理術士と比べてもそこまで悪くないけどさ。
丁寧に鍛錬してたんだろうってのも良く分かる。でも、センスがなぁ。
「それで次は『縮地』で背後に回り込むと」
俺がそう言った瞬間にゴ゠ゥラの姿が掻き消え、俺は自分の背後に蹴りを放つ。
すると、俺の予測した通りの場所にゴ゠ゥラは姿を現し、俺の蹴りが鳩尾に突き刺さる。
「『縮地』が戦闘向けじゃないのは結局、点と点の移動になっちまうせいなんだよね。攻撃に勢いが無いし、移動してから攻撃への移行もスムーズに行えない」
だから、ヌ゠アザンは『転動』を編み出したんだけどね。
俺とアイツが初めて戦りあった時にアイツが思いついた技だから思い出深い技なんだが、武闘派っぽい気配を漂わせているゴ゠ゥラが使えないってことは途絶えちまったのかな?
使えると使えないじゃ、戦闘能力に相当な差が出るんだけど──
「どこを見ている!」
おっと、余計なことを考えていたぜ。
俺はゴ゠ゥラが突き出してきた拳を受け流し、反撃に顔面へパンチを入れる。
頭に受けた衝撃で後ろに仰け反ろうとする体を踏みとどまらせ、ゴ゠ゥラが俺に向かって左のボディブローを打ってくる。俺は距離を詰め、肘を下げて受け止めるが、続けて右のボディブローを打ってくる。
ガードは間に合わず、拳が俺の脇腹に打ち込まれ、衝撃が胴を貫く。
「軽いパンチだなぁ!」
本当はそんなことないけど、俺は強がりを言いながら左手でゴ゠ゥラの頭を掴み、引き寄せて、その頭に頭突きを叩き込む。
体のサイズ差はゴ゠ゥラの方が頭一つ大きいくらいなので、かち上げるような頭突きになり、下から突き上げられる衝撃でゴ゠ゥラの体が僅かに浮き上がる。
そこに更に叩き込む、俺の拳。全力の拳を受けてゴ゠ゥラの体が吹っ飛ぶ。
「未だに一回も俺を殺せてない時点で攻撃力不足だよなぁ」
吹っ飛んだ先にある廃屋にゴ゠ゥラが突っ込んでいった。
俺の方もまだ一度も殺してないわけだが、それは置いといてゴ゠ゥラの攻撃力が低すぎる。
「いや、違うか?」
多分、手加減の呪いが上手く作用してない気がする。
仙理術士ってだけで俺の呪いは相手の評価を上げてしまっているんだろう。俺が俺自身にかけている呪いは手加減をする必要が無いって判断してるみたいだ。
「どうすっかなぁ」
俺とそれなりに殴り合えているだけで充分と言えば充分なんだけどね。
できれば、もう少し俺の強さを抑えてちょうど良いくらいの相手なんだよな。
まぁ、抑えても俺が勝つのは目に見えているけどさ。
「まだだ!」
ゴ゠ゥラが廃屋から出てくる。
薄汚れてはいるが、ダメージは無いようでピンピンしている点は評価したいけどさぁ。
やっぱり、戦いには向いてないよな。本人は自信あるみたいだけどね。
「もう良いんじゃない? 俺は飽きたよ」
言いながら、俺はチラリとラ゠ギィの方を見る。
屋根の上に座って戦いの様子を眺めていたラ゠ギィは俺と目が合うと肩を竦める。
「ふざけるなよ! 俺の真の力を見せてやる!」
真の力って言ってもさぁ、俺はキミの手の内は分かるんだぜ?
この後、何をやって来るかも想像がつくよ。仙理術士と言っても、俺が戦った昔の連中とそんなに技が変わってるわけじゃないじゃん?
それに戦って分かったけど、ゴ゠ゥラは強気な物言いの割に戦い方は基礎に忠実みたいだし、良く言えば真っ当、悪く言えば面白味の無い成長を遂げているタイプだからね。それでも戦いのセンスがあれば強いんだけど、悲しいことにセンスが無いからな、底が見えてんだよ。
「キミは戦うよりも人に物を教えるのが向いてると思うなぁ。基礎を疎かにしないタイプみたいだし、そういう奴が指導役になると後進のためにも良いんだけどね」
俺が今の生き方はやめた方が良いと提案すると、屋根の上に座っているラ゠ギィが俺に同意するように頷いているのが見えた。同意するくらいなら、止めてやれよって思うが、まぁ人間関係的に言い辛いんだろうね。
「だから、舐めるなと言っているだろうが!」
ゴ゠ゥラはそれまでより素早い動きで一気に距離を詰めてくる。
分かりやすい近接戦闘タイプなのに何で遠距離からの『流撃』を撃ってきてたんだろうと思いつつ、俺はガードして反撃しようとゴ゠ゥラの拳を待ち構えるが──
「──っ」
接近してきたゴ゠ゥラの拳を受け止めた腕がへし折れ、俺の体が吹っ飛ばされる。
受け止めた拳は岩のような硬さと重さを持っている。なるほど、そういうタイプか。
ゴ゠ゥラが吹き飛んだ俺を追って駆けてくる。俺の折れた腕は即座に元通りになり、距離を詰めて再び殴りかかってくるゴ゠ゥラの拳を俺はもう一度ガードする。今度はガードが崩されなかったが衝撃までは殺し切れずに体勢を崩したところへゴ゠ゥラの拳が胸元に叩き込まれる。
そうして食らった一撃で俺の胸骨が粉砕し、折れた骨が肺と心臓に突き刺さり、その出血は気道と食道を逆流し口から吐き出される。
ゴ゠ゥラは膝を突きそうになる俺の髪を掴んで顔面に拳を叩き込もうとするが、血を吹き出しながら俺は反撃の拳をゴ゠ゥラの腹部に叩き込み抵抗する。しかし、俺が触れたゴ゠ゥラの体は拳と同じように岩のような硬さと重さを持っていた。殴った俺の拳の方が砕け、俺の抵抗を物ともしないゴ゠ゥラは俺の髪を掴んで、逃げられない状態にしてから、俺の顔面を殴り飛ばした。
砕けて肉片となって、吹っ飛ぶ俺の頭。
そして、ゴ゠ゥラは頭が無くなって崩れ落ちる俺の体を蹴り飛ばした。
「ようやく一回だな」
でも、俺は一回殺したくらいじゃ死なないんでね。
首の無くなった体から首が生えて俺は完全復活。
「何度でも殺してやる」
ゴ゠ゥラの方も一回くらい殺した程度じゃ俺が死なないのは知ってるようで俺の殺害予告をする。
でもまぁ、何度も殺すのは無理だと思うがね。
「貴様の攻撃は俺には通じんぞ!」
さぁ、それはどうだろうね。
俺はキミの手の内が分かってるんだぜ?
キミが何をしたのかも分かってるってのに、それでも通じないって?
「俺は仙理術士と数えきれないほど戦ってきたんだぜ? 中にはキミと同じ術を使う奴もいたってのに、それでも俺の攻撃が通じないと?」
キミが使ってるのは別に珍しい術ってわけじゃないんだぜ?
「『合一』の術だろ? キミが使ってるのはさ。仙理術士の目指す森羅万象と自らを同一化させるって目的のために編み出された、自らの内に取り込んだものの性質を自分の体に宿すって術だ」
正解なんだろうね。
ゴ゠ゥラは黙って俺を睨みつけるだけだ。
「おそらく取り込んだのは石か岩で、それらが持つ『硬い』や『重い』という性質を自分の体に顕現させているって所かな。取り込む者のチョイスとしては割とオーソドックスなんで、俺は数えきれないほど見てきた」
取り込む奴が多いのは、形が目に見えて性質ってのもイメージしやすいことと性質自体が使いやすいからだ。
「分かったところで、どうだと言うんだ! この守りをどうやって突破するつもりだ!」
「どうやって? シンプルに行くだけさ」
石や岩は硬いが壊れないわけじゃないだろ? その防御力は絶対じゃない。
壊れるイメージが自分の中にある物を取り込んでいる以上、自分のイメージがそれを破壊可能しているんだぜ。
「駆動せよ、我が業。遥かな天へ至るため──」
「──っ! 先輩、撤退してください!」
ラ゠ギィが叫ぶがゴ゠ゥラは何が起きてるか分かってない。
それを見る限り、どうやら業術のことも仙理術士全体にはちゃんと伝わっていないようだ。
ラ゠ギィは分かってるみたいだから、ラ゠ギィだけが知っているのか、それともラ゠ギィの流派にはちゃんと伝わっているのか?
まぁ、今はどうでも良いや、詠唱も終わるしな。
「駆動──星よ耀け、魂に火を点けて」
業術の発動、それによって俺の感情に合わせて内力の量が増していく。
まぁ、そんなに気合いが入ってるわけでもないから、内力の上昇量はイマイチだし、そのせいで内力を使った身体能力強化も中途半端だが──
「何が変わ──ッッ!?」
話している途中のゴ゠ゥラの腹を俺は殴りつける。
身体能力の強化は中途半端だけど、それでも充分なの。
「どうやって守りを突破する? ちょっと力を込めて殴るだけさ」
体をくの字に曲げながらゴ゠ゥラは俺を見る。
ダメージが通ると思ってなかった所に予想外のダメージだからな。
体と意識が準備してなかったせいで、痛みは普通よりも激しいはずだ。
「何を──」
何か言おうとしたゴ゠ゥラの体を蹴っ飛ばす。サッカーボールのように吹っ飛んでいくゴ゠ゥラ。
俺はそれを追って駆け出し、吹っ飛ぶゴ゠ゥラを追い抜いて、その体を受け止めて地面に叩きつける。
叩きつけられた状態でゴ゠ゥラが俺に向けて腕を伸ばすが今の俺には遅すぎる。
俺は即座にゴ゠ゥラから距離を取る。ゴ゠ゥラは起き上がって遠ざかった俺に向き直り、構えを取る。
「良いね、戦意が衰えてないのはさ」
精神面は合格だよ。でも、センスがなぁ。
これでセンスがあれば好きになってたんだけどね。残念だぜ。
「この程度で俺が!」
「じゃあ、この程度じゃないのを叩き込んでやるよ」
俺の右手に内力が集中し圧縮される。
極限まで圧縮された内力は真紅に染まり、莫大な熱を帯びる。
そうして真紅の熱を帯びた拳を構え、俺は踏み出す──
「受け止めろ──」
内力で強化された身体能力によって一瞬で距離を詰める。
「これが必殺だ」
そして、反応も出来ないゴ゠ゥラの胸元に最速の拳を叩き込む。
「プロミネンス・ブロゥ」
内力を帯びただけの右ストレート。
説明すればそれだけの技だが、俺の拳を受けたゴ゠ゥラの上半身は拳が帯びた熱によって吹き飛ぶより先に蒸発して消し飛ぶ。
「これで一対一のイーブン。まぁ、スコアだけでは分からない差があるけどな」
俺が一回殺したくらいじゃない死なないようにゴ゠ゥラも一回殺した程度じゃ死なないようだ。
俺が消し飛ばしたゴ゠ゥラの上半身が再生し、復活したゴ゠ゥラは俺を睨みつけている。
「まだ戦る気なんだろ?」
「当然だ!」
良いね、良い反応だ。
じゃあ、もう少し戦ろうか──
「そこまでにしておきましょう」
しかし、俺に対して戦意を向けていたゴ゠ゥラの体が崩れ落ち、地面に倒れ伏す。
聞こえてきた声はラ゠ギィの物だが、ラ゠ギィは屋根の上に座ったまま、俺のことを見下ろしていた。
ゴ゠ゥラの意識を刈り取ったのはラ゠ギィなんだろうが、どうやったかは分かんねぇな。ちょっと見逃していたかな?
「ゴ゠ゥラを止めるってことは、今度はキミが俺と戦ってくれるってことかな?」
当然そういうことだよなぁ?
「私は最初から貴方がたと戦うつもりなどありませんよ」
「つれないねぇ。俺の強さを見て俺に挑んでみたくなったりしないのかい? もしかして挑戦心を失ったヘタレなのかな」
「なんと言われようと構いません。私は勝てる勝負しかしないようにしている自分に誇りを持っているので」
じゃあ、俺に確実に勝てるって時しか戦ってくれないのかな?
本当に? どんな状況でも? 例えば、仲間が殺されそうになっても?
「──何をしようとしているのかは想像がつきますよ」
俺がゴ゠ゥラを人質にしようかと思って、ゴ゠ゥラの方を見ると、ラ゠ギィは既にゴ゠ゥラの体を抱え上げていた。つまり俺がゴ゠ゥラに視線を向けるより速く、ラ゠ギィはゴ゠ゥラのそばに移動していたってことだ。
「それなら──」
直接、襲ってくる奴にはどうなんだい?
俺はラ゠ギィに向かって飛び掛かるが、ラ゠ギィの姿は掻き消える。
「──そんなに私と戦いたいのですか?」
声がしたのは再び屋根の上から、俺が声の方を見るとラ゠ギィは抱えていたゴ゠ゥラを屋根の上に寝かせていた。
まいったね、どうやって移動しているのか全く分かんねぇわ。『転動』を使ってる? いや、そういう気配じゃねぇわな。おそらく『合一』したものの性質を使ってるんだろうが、何と合一してどんな性質を使ってるのか見当もつかねぇ。
──つまり、最高に面白い相手ってことだ。
「戦いではなく、身にかかる火の粉を振り払う程度ならば、まぁいいでしょう」
「俺が火の粉程度だって言いたいのかい? すげぇ嬉しいよ。俺の強さを知っていて、そんな台詞を吐ける奴に会えるとかさぁ!」
「かの邪神アスラカーズにお喜び頂けるとは恐悦至極にございます」
ラ゠ギィの眼は据わり、俺を見つめている。
慇懃無礼ってのはこういうことかね。いいじゃないか、好きになりそうだぜ。
「参ります」
「来い!」
そう言葉を躱しながらも先に動いたのは俺でラ゠ギィは俺を待ち構えていた。
屋根の上に立つラ゠ギィに向かって俺は跳躍してラ゠ギィの元に迫る。そうして戦いは始まろうとしていた。だが──
「なんだ?」
俺は不意に強い気配を感じ取り、攻撃の手を止め、ラ゠ギィも同様に迎撃の構えをやめる。
俺達はほぼ同時に気配を感じた方に目をやり、そうして俺達が視線を向けた先は魔導院のあるソーサリアの街の中心で、そこにあったのは──
「──賢聖塔か?」
つい先ほどまでは存在しなかったはずの巨大な塔が街の真ん中に突如として出現していた。
「あれは?」
ラ゠ギィはその存在を知らなかったようで俺に疑問を向けてくる。
その直後、塔の頂上が眩く輝いた。輝きは一瞬だったが、その輝きは青い光を生み出し、そしてその青い光は──
「チッ」
塔の頂から放たれた光は遠く離れた俺とラ゠ギィを狙撃するように俺達のいる場所へと真っ直ぐ飛び、俺とラ゠ギィがその場から離れた瞬間に青い光は俺達がいた場所に着弾し炸裂する。
「どうやら、私たちを狙っているようですね」
「騒ぎすぎたかね?」
ラ゠ギィの分析には俺も同意だ。
街の中で強い力を感じたから、賢聖塔が現れてそこに住む賢者が街の危険分子を排除しようとしたとか、そんな感じじゃないだろうか?
「不興を買うような振る舞いはまだしてないつもりなのですが──」
言いかけてラ゠ギィはそこで言葉を止める。
塔からの狙撃は無い。それでも言葉を止めたのは強烈な力の持ち主の気配を感じ取ったからだ。
それは塔が現れると同時に感じた気配。マー君は塔が出た時に使徒の気配を感じたと言っていた、その気配を俺も感じ取っていた。
ラ゠ギィは使徒の気配に慣れていないから気付くのに遅れたんだろうが、俺は塔が現れた瞬間に感じ取っており、その気配が段々と俺達のそばに近づいていくのも感じている。
「これは──」
ラ゠ギィが息を呑む。馬鹿みたいな量の内力を感じ取ったせいだ。
少なくとも俺の数十倍の内力量だ。こんな内力量のある使徒は数える程度しかいない。
使徒は俺の味方とは限らないので、こうして塔の出現と共に現れた使徒が俺の敵であるならば、楽しいけれど同時に面倒なんだよな。
「さて、こいつはどっちか?」
そう思って俺は使徒の気配がやってくる方向を見る。
ラ゠ギィは俺と対峙してた時には見せなかった余裕のない表情をして、俺と同じように使徒が近づいてくる方向を見ていた。
俺とラ゠ギィが待ち構える中、内力の気配だけを感じ取らせていた使徒はゆっくりと俺達の方に向かってきて、やがて姿が明らかになる。
その姿は黒い髪に黒いコートを羽織った黒ずくめの男。
男は俺達を視認できる距離に立つと、その場に立ち止まり俺達を見据える。
こいつの顔は憶えている、そしてその名前も。この使徒の名は──
「アスラカーズ七十二使徒、序列三位、ガイ・ブラックウッド」
男が俺達を見て名乗る。
名乗った名は記憶通り。その姿も俺の記憶通りで俺が知る使徒のもの一致している。
俺が戦いにおいては最も厄介だと思う使徒、ガイ・ブラックウッドの物と──