過去から来る
「やめてくださいよ、先輩。今日は話に来ただけの筈です」
俺に仕掛けてきたゴ゠ゥラをラ゠ギィが窘める。
同じ宣教師で、仙理術士としても同門のようだが、二人の考え方には違いがあるようだ。
まぁ、どうでも良いけどさ。喧嘩を売ってきて俺はその喧嘩を買う気満々、売り買いは成立するんだから賞品は置いて行ってもらわねぇとなぁ。
「この街を脅かすものを見つけ出せという命令を受けているのを忘れたんですか?」
言いながらラ゠ギィは俺の方を見る。どうやら俺に聞かせたいことがあるようだね。
わざわざ説明するように言ってくれているのはゴ゠ゥラのためというより、俺のためだろう。
どういうつもりかは分からないけれど、まぁ、どうでも良いことだね。
「くだらん、奴の命令になど従う必要はない」
「奴って?」
「貴様に話す必要などない」
ゴ゠ゥラの方は取り付く島もない感じ。まぁ、それでいいんだけどさ。
これから殴り合うんだから、親交を深めるのはその時ってことで。まぁ、親交が深まる頃にはどっちかが死んでるかもしれねぇけどさ。
「教皇猊下です。我々は教皇猊下の命を受けて、この街で魔族が怪しげな動きをしているか調査に来たのです」
教皇ねぇ。その点は気にならないわけでもないが、でも今はいいかな。
そんなことより大事な要件があるんで、また別の機会にでも。
「魔族とやらの調査に来た奴が何しに来たんだよ」
興味が無い俺の代わりにマー君がラ゠ギィに訊ねる。
おいおい、あんまり話をされてたら始められないだろ?
いい加減にしてくれねぇかな、闘争本能で茹で上がった俺の脳内の熱が冷めちまうぜ。
「我々はエルディエルの話から貴方がたが邪神アスラカーズとその一派であるという情報を得たことから、貴方がたが魔族の手引きをしているのではないかと疑い、こうしてお話を聞きに来たのです。我々の目的は話を聞くことで戦闘ではないということをご理解いただきたく──」
「我々ではなく教皇、そして貴様の目的だろう。俺には関係ない」
ゴ゠ゥラが俺を見据える。
なるほど教皇とかどうでも良いわけね。良いじゃない、そういうのは良いよ。
まぁ、俺に喧嘩を売って来てなかったら、コイツはアホなんじゃないかと思うけどさ。
でも、俺に喧嘩を売って来てくれてるんだから、良しとしようじゃないか。俺へのサービス精神にあふれてる奴をこき下ろすのは良くないしな。
「はぁ、先輩……」
ラ゠ギィが呆れたように溜息を吐く。
苦労してそうだね。苦労させてる自覚が無いってのが余計始末に負えないぜ。
俺は他人に苦労をかけてるなぁって自覚がありつつ、意識的に周りに苦労を押し付けてるから、ゴ゠ゥラよりマシだね。自覚してるから周囲への負担をコントロールできるしね。
「猊下にはこの世界に連れてきて貰った恩があるんですから、命令には従いましょうよ。恩に報いるためにも」
連れてきて貰った?
まぁ、そりゃそうだろうな。仙理術士の生き残りがいる世界は別の世界なんだし、仙理術士のこいつらがここにいるってことは、その世界からこの世界に呼び出すしかないわけで、つまり白神教会の教皇は異世界から人を召喚できるってことだよな。
「知った事か、奴も俺達を都合よく利用しているだけだ。そんな輩に媚びへつらう必要などない」
「わぁ、カッコイイ」
俺が茶化すように言うとゴ゠ゥラは俺を睨みつける。
教皇の話はどうでも良いや。それに関しても、後で考えりゃ良い。
「文句があるなら睨むより先に殴りかかって来いよ。結局、テメェも御託を並べてるだけかい?」
俺の言葉を受けてゴ゠ゥラが殺気を漲らせて一歩踏み出してくる。
「先輩!」
ラ゠ギィが叱るような口調で言うがゴ゠ゥラは気にも留めない。
「奴の命令よりもコイツらをここで始末する方が大事だ」
そんなゴ゠ゥラの答えにラ゠ギィは聞こえるように舌打ちするが、ゴ゠ゥラの耳には届いていないようだった。
「先祖の仇討ちに随分と熱心なことで」
「勘違いするな。俺は貴様を倒し、俺の実力を証明したいだけだ」
「あぁ、そう。誰かの存在が無いと証明できない程度の実力ってのも情けないもんだね。いやまぁ、心意気は買うぜ? ただ、もっと純粋な気持ちで俺に挑んできてもらいたいなぁって」
俺の言ってることって難しい?
ゴ゠ゥラは全く理解している様子を見せない。まぁ、それでいいんだけどさ。
「……はぁ、もういいです。好きにしてください」
ラ゠ギィは諦めたようで、溜息を吐きつつもゴ゠ゥラの勝手を許す。
許可を得た、次の瞬間ゴ゠ゥラの巨体が動き──
「俺の獲物だぞ」
俺はゴ゠ゥラに襲い掛かろうとしたゼティを言葉で制する。
気配を消していたゼティはいつでもゴ゠ゥラとラ゠ギィの首を落とせるように構えていたわけだが、俺に止められると大人しくゴ゠ゥラに対する剣を収め、次の瞬間マー君がラ゠ギィに『魔弾』をぶち込んだ。
ゴ゠ゥラは攻撃を食らったラ゠ギィを気にも留めず俺に向けて拳を叩き込み、食らった俺が吹っ飛ぶ。
ガードしたが衝撃までは防ぎ切れなかった俺は吹っ飛んだ勢いのまま酒場の壁をぶち抜いて、道へと転がり出る。
「元気だねぇ」
良いパンチだ……ってこともねぇな。
俺は余裕を見せながら立ち上がり、俺が開けた壁から外へと出てきたゴ゠ゥラを見据える。
「じゃ、戦ろうか?」
俺が構えると同時にゴ゠ゥラの姿が掻き消える。
仙理術士が使う『縮地』という名の高速移動の技だ。
字の通り、自分と目的地の間の地を縮めることによって素早く移動する。
地を縮めるってのが感覚的には分かりづらいし、俺も理解できてるわけじゃないが、仙理術士が見てる世界や現実ってのは俺達に見えてる世界ってのと違って簡単に手を入れられ変化できるものだとか聞いたことがある。
そして手を入れて変化する現実は術士にのみ作用する。つまり俺とゴ゠ゥラにとって現実の距離は違う物ってことだ。
俺にとっては10メートルの距離でもゴ゠ゥラにとっては1メートルに過ぎず、俺が10メートルの距離を一瞬で詰めてきたって認識もゴ゠ゥラにとっては1メートルを移動したに過ぎない。
「ま、それでも防げるけどさ」
俺は背後に向けて裏拳を放つと、そこに現れたゴ゠ゥラが俺の拳を防ぐ。
タネが分かってれば対処の使用はある。移動しているのを捕まえるのは無理だが、テレポートの一種だと思えば幾らでも対処の使用があるんだよ。
「貴様!」
「悪いな、こっちは仙理術士と何度も戦りあってるんで、そっちの手の内はある程度わかるんだわ」
拳を防いだゴ゠ゥラが即座に反撃に移る。
俺の拳を跳ね除け、返す刀で俺の側頭を狙った左の掌底。
俺は左手で仕掛けてきたゴ゠ゥラの左腕を掴むと同時に、自分の右腕と交差させるようにして右の掌底をゴ゠ゥラの胸元に打ち込む。
僅かに体勢を崩したゴ゠ゥラの体に背を向け、俺は体を潜り込ませると掴んでいただゴ゠ゥラの左腕を使って一本背負いを仕掛けて、その巨体を投げ飛ばす。
「したいんだろ? 俺と体術勝負をさ」
俺に投げ飛ばされ、近くにあった民家の廃墟に突っ込んだ、ゴ゠ゥラが即座に起き上がって廃墟から飛び出してくる。
『縮地』は使ってこない。まぁ、当然だわな。あれは遠くに一瞬で移動するための技で、戦闘向きじゃない。目的地を決めるって手順が必要だから、動き回ってる相手に攻撃を仕掛けるのは難しいからな。
「俺を甘く見るなよ」
ゴ゠ゥラは巨体に似合わぬ素早さで俺との距離を詰めると右の拳を突き出してくる。
ボクシングの系統じゃない、どちらかと言えば俺の使う中国武術に似た打撃だ。
俺は放たれた拳を左手ではたき落とすようにして受け流し、右の掌底をゴ゠ゥラの顎先に叩き込む。
しかし、ゴ゠ゥラは倒れずに反撃。左の拳でフック気味のパンチを俺の顔面に向かって放ってきた。
防御のタイミングが無いことを察した俺は即座に後ろに跳んで回避しようとするが、そうして後退しようとした所にゴ゠ゥラの前蹴りが入る。予想外の衝撃を受けて後ろに跳んだ俺は着地に失敗し、膝を突いた。
「良いね」
ダメージは無いし、事故みたいなもんだけど俺に膝を突かせたのは褒めても良いんじゃないかね。
「もう少し殴り合おうか?」
俺は問題なく立ち上がると同時に、素早く前へ出る。
拳を突き出しながらのフロントステップによる移動を伴った、中国武術の『箭疾歩』に似たの変則のジャブを放ち、それがゴ゠ゥラの顔面に鋭く突き刺さる。
先手を取られ顔面に拳を受けてもゴ゠ゥラは瞬きもせずに即座に防御の構えを取りながら、俺との距離を躊躇せずに詰める。
「接近戦が好みかい?」
巨体に似合わず、ゴ゠ゥラの動きはコンパクトだ。
小さく構えてはいるが、全く窮屈さが無いのは良く鍛錬されてる証拠だろう。
その鍛錬の成果は確実に出ているようで、俺とゼロ距離の攻防を繰り広げても一歩も譲らずに応戦してくる。
脇腹に掌底を放つと肘で叩き落とされ、逆に俺の頭部に向けて肘を曲げての鉄鎚打ちをしてくる。
その打撃を前腕を盾にして防ぐと、即座に俺の掌底を防いだ肘が跳ね上がり、俺の胸元に突き刺さる。
衝撃を受けてたたらを踏んだ俺に向けて追撃として肘を曲げたコンパクトな拳の突き。だが、既に俺の迎撃態勢は整っている。
俺は放たれた突きを円を描くような動きで受け流すと即座に踏み込み、ゴ゠ゥラの胸元に反撃の中段突きを叩き込む。
『崩拳』──踏み込みの乗った打撃が入り、その手応えは俺にも伝わっている。だが、ゴ゠ゥラは後ずさることも無く耐え、懐に入った俺へと振り下ろすような軌道の掌底を放つ。だが、それは苦し紛れの反撃って奴だ。
俺は密着状態から状態を逸らし、振り下ろされた掌底を空振りさせると、体を後ろに反らした勢いのまま後ろに飛び退きつつ、足を跳ね上げてゴ゠ゥラの側頭部に上段蹴りを叩き込む。
それでも崩れないゴ゠ゥラは後ろに跳んだ俺との距離を詰めるために前へ出てきて、その踏み込みの勢いを乗せた右の拳を俺に向けて放つ。
対して、後ろに跳んで着地した俺はその拳を左の前腕を盾にして逸らすように受け流す。受け流した拳が俺の左側頭を掠めるが、それだけだ。
再びの至近距離、ゴ゠ゥラは俺との攻防を予感して即座に腕を戻して防御を固めるが──
「足元がお留守だ」
ゴ゠ゥラが構えた瞬間に俺の足がゴ゠ゥラの足を踏み砕いた。
体と体が密着するような至近距離だ。当然、足だって踏める距離にある。
足を砕かれたことでゴ゠ゥラの体勢が一瞬崩れ、体の前で構えていた両腕のガードの間に緩みが生じる。
俺はその隙を見逃さずに、更に密着するようにゴ゠ゥラのガードしている腕の間に体を割り入れ、そして背中からぶつかるような体当たりをゴ゠ゥラの巨体へと叩き込む。『鉄山靠』──八極拳の技として有名な技だ。
俺の体当たりで、ゴ゠ゥラの巨体が吹っ飛び、吹っ飛んだゴ゠ゥラは受け身を取れず、尻から地面に叩きつけられて尻餅をつく。
「貴様!」
「大の男が吹っ飛ばされて尻餅をつくのは情けないかい? そのまま倒されなかっただけ良しとするべきなんじゃないかね?」
俺の言葉に応えることなくゴ゠ゥラは立ち上がり、構えを取る。
まだまだ殴り合いをする気らしいが、さて──
「やめた方が良いですよ、先輩」
不意に外野から声がする。
声の方を見ると、そこにはラ゠ギィがいて、そのラ゠ギィは廃墟となって久しい民家の屋根の上に腰かけていた。
「体術じゃあ、その方には敵いません。それは認めましょうよ」
マー君の魔術の直撃を食らったはずだが、ラ゠ギィは平然としていた。
いや、それよりも──
「ゼティとマー君はどうした?」
さっき酒場の中にはゼティとマー君がいたはずだが、どうやってここに来たんだろうか?
「隙を見て逃げてきたんです」
「へぇ、そうなんだ」
ゼティとマー君の二人に囲まれて逃げられるとか、俺ら基準だと自分がとんでもないことをしたって分かってるんだろうかね。
「彼らには手ごろな相手をぶつけていますので、すぐにはこの場にこれません。つまり援軍は期待できないということです」
じゃあ、俺の相手はゴ゠ゥラとラ゠ギィってことね。
いやぁ、ゼティとマー君の二人から逃げられる奴が相手とかワクワクするぜ。
「貴様は手を出すな! コイツは俺が倒す!」
二対一になるかと思ったけど、ゴ゠ゥラはラ゠ギィの手助けを拒む。
勝てる可能性を上げるためには、二人がかりの方が良いと思うんだけどね。
「分かってますよ。先輩の邪魔はしません」
ラ゠ギィは溜息を吐きながらゴ゠ゥラの言葉に従う。
それを聞いた俺はというと──
「先輩の邪魔って言うけどさ。それって、このまま先輩が無様に敗北する邪魔をしませんってことかい?」
俺が屋根の上に座るラ゠ギィに聞くと、ラ゠ギィは肩を竦める。
ノーコメントみたいだね。まぁ、いいけどさ。ゴ゠ゥラの方は察しが悪いのか何も感じていない様子だし、二人の関係に俺が口を挟むのは良くないね。ただ、聞いておきたいだが──
「最初に聞いておくべきだったんだけど、お前らって何処の流派?」
仙理術士は色々と流派があり、自分の流派名を名前の一部として名乗るっていう決まりもある。
ゴ゠ゥラの場合は『ゴ派』の『ゥラ』、ラ゠ギィの場合は『ラ派』の『ギィ』って感じにさ。でも──
「ゴ派もラ派も聞いたことないんだよなぁ」
俺の疑問に対してラ゠ギィは隠すことも無いような様子で答える。
「我々は新興流派ですからね。知らないのも無理は無いかと。貴方がたに多くの流派と術士が滅ぼされた、生き残りが仙理術を絶やさぬようにと密かに伝承し続けていたものが分裂したうえで生まれたのが我々の流派です」
「源流は?」
でもゼロから始まったわけじゃないだろ?
どの流派をベースにしてるか聞いておきたいね。何がベースかによって手加減の必要性を考えるからさ。
しかし、今まで俺の問いによどみなく答えていたラ゠ギィはここに来て僅かに迷う態度を見せるが、それも一瞬ですぐにとある術士の名前を挙げる。
「ヌ゠アザンという名を憶えておられますか?」
ヌ゠アザン──久しく聞かなかった名だが、忘れられる名前じゃないな。
最強の仙理術士だった男。正真正銘全力の俺が全てを出し切って戦ってようやく勝ったような奴だ。
生かしておこうとか考える余裕も無くてなぁ。俺が勝った後、死んだと思っていたけれど、もしかして生きていたんだろうか?
それなら、また会いたいところだね。もう一回、本気の勝負がしたい相手だぜ。
「もしかして、アザンの弟子なのかい?」
それなら本気を出さないといけないわけだが──
「いえ、我々はヌ゠アザンと同門のヌ派の術士が開いた流派から派生した流派で、お気づきの通り、私は『ラ派』で先輩は『ゴ派』という流派になります」
俺とラ゠ギィが話してると、構えを取っていたゴ゠ゥラの方から怒りの気配がする。
「俺を無視して話すな!」
怒りのまま突っ込んでくるゴ゠ゥラ。
感情の揺れ動きはそのまま隙となって表れ、ゴ゠ゥラは大振りに拳を振るってくる。
俺は隙だらけな拳を躱して、ゴ゠ゥラの顔面に拳を叩き込んだ。
「先輩は貴方に絡むのも自分達を軽んじる他の流派を見返したいからという想いがあるんですよ。伝説のヌ゠アザンを倒したアスラカーズを倒すことで『ゴ派』こそ最強、そしてゴ゠ゥラこそ最強だと証明するという子供じみた想いがね」
それが悪いことだとは思わないけどね、俺はさ。
良いじゃない、夢があってさ。もっとも、その夢を叶えるためのハードルは物凄く高いんだけどね。
なにせ、俺という壁を越えなきゃな行けないからな。
「ま、気が済むまで適当に相手をしてやってくださいとしか私は言えません。なにせ私の言うことなんて聞かない人ですからね」
色々あるんだなぁって感じだ。昔の仙理術士はこんな感じじゃなかったんだけどね。
もっと、人間味が薄かったんだけど、随分と俗っぽくなってしまったようだ。
「──ただ、そう簡単に倒せる相手だとは思わない方が良いですよ」
ラ゠ギィの忠告が聞こえると同時に俺に殴られ、地面に転がっていたゴ゠ゥラの気配が強まる。
……なるほど、確かに楽な相手じゃなさそうだね。
「ま、それでこそ喧嘩のしがいがあるってもんだけどな」
さぁ、第二ラウンドの開始と行こうぜ。