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我が家に帰れば

 

「いやぁ、良かった良かった」


 俺はゼティとマー君と連れ立って帰路を歩んでいた。

 俺の顔はというと喜びにほころんでおり、その歩みは意気揚々としたものだった。

 システラとジュリちゃんの試合の後にこんな様子なんだから、どういう結果になったか分かるだろう。


「試合はジュリちゃんの勝ちでジュリちゃんのクラスも上になって何よりだぜ」


 最高の結果って言って良いと思うね。全て俺の思い通りだぜ。

 めでたい、めでたい。この場にジュリちゃんがいないのも含めてめでたいね。

 ジュリちゃんだって嬉しいだろうさ、気絶したジュリちゃんはそのままロミリア先輩に連れていかれちゃったわけだし、憧れの先輩にして幼馴染と二人っきりだぜ? 俺らなんかといるよりよっぽど良いだろうさ。


「テメェの言葉に賛同するのは癪だが、今日ばかりは同意するぜ」


 マー君も顔がにやけてやがるね。システラと話しでもしたかい?

 その時に良いことでもあったんだろうね。良かった良かった、幸せな人間が増えると俺も幸せな気分になるぜ。

 まぁ、システラはこれからちょっと大変だろうけどさ。

 今までは優秀な転校生扱いでチヤホヤされてたのが、ジュリちゃんに負けたせいで、落ちこぼれに負けて白服の誇りを汚した奴って扱われそうだしな。でも、そういうのも人生経験の一つだと思わないかい?

 まぁ、それを仕組んだ奴が言うことじゃねぇけどさ。


「……やはり分からないな。あの少年に肩入れをするメリットが俺には分からない」


 俺とマー君が楽し気な感じでいるのに空気が読めないゼティは真面目くさった顔で疑問を口にする。

 あんまり賢い方じゃないんだから頭とか使わない方が良いぜ、ゼルティウス君。

 立ち振る舞いで誤解されるけど、ゼティは脳筋だからね。まぁ、長く生きてるから経験で誤魔化しが効くんだけどさ。


「お前たちが、純粋に善意で人助けをするはずないだろう? イイ気になっているシステラを懲らしめる目的があったとしても必要以上にジュリアンに肩入れをしなくてもいいんじゃないか?」


「ひでぇ言い草だなぁ。俺達だって純粋に善意で動くことはあるぜ?」


 ラブアンドピースさ。

 素晴らしいよね愛と平和。俺は好きじゃないけどさ。


「今後のための布石だよ、アッシュの方が本当の所どう考えてたのかは知らねぇが、俺は少なくともそうだと思って協力してた」


 俺が善意でジュリちゃんに手を貸していたのを否定するかのようにマー君がゼティの疑問に答える。

 まぁ、俺も実際の所は善意100%じゃなかったけどさ。


「ジュリちゃんが偉くなってもらった方が色々と楽なんだよ。これから先のことを考えたらさ」


 偉くというか魔導院内である程度の地位や権限を持ってもらいたい感じかなと思いつつ、俺はゼティの疑問に対して答えを教える。


「この街の秘密ってのは間違いなく魔導院が関わっているんだから、魔導院の中で俺達の言いなりになって動いてくれる奴が欲しかったんだよね」


 それがジュリちゃん。


「バタバタしてるせいで忘れそうになるが、この街に来た目的は青神について調べることだぜ? この街における秘密ってのは当然、青神のことであるし、青神については魔導院が何かを隠している気配があるしな」


 魔導院の敷地内に現れる賢聖塔けんせいとうだっけ?

 塔が現れるのに合わせて青神も出るみたいなんだし関係が無いわけがない。

 どういう関係があるのか調べるためには魔導院に潜入しなけりゃならないだろうけど、俺らはそういうのが無理な人種なんでね、現地協力者を用意する方が良いと思ってジュリちゃんを選んだってわけ。


「ジュリちゃんには俺らの代わりに魔導院で青神に調べてもらおうと思ってるのさ。恩を売っておけば言いなりにできるかもしれないし、肩入れする理由としては充分だろ? とりあえず学院内で上のクラスにしておけば、魔導院内でのジュリちゃんの地位は上がって動きやすくなるだろうし、そのためにシステラと戦わせもしたってわけ」


「善意など欠片も感じないんだが。完全に自分の都合じゃないか」


「ま、良いじゃない。ジュリちゃんにとっても悪い結果にはならないんだしさ。むしろ、最後には誰も嫌な思いをしないようにするんだから、善意に溢れているとも思えないかい?」


「全く思えないな」


 左様ですか。

 まぁ、ゼティが思わなくても俺がそう思ってるか良いんだけどね。

 他人がどうこう思うのかなんてのより俺がどう思うかが大事だからさ。


「……なぁ、話してる所、悪いんだが見てみろ」


 俺とゼティの会話に割り込んでマー君が話しかけてくる。

 何事かと思ってマー君の向いている方を見るが、改めて見るまでもなくマー君の向いている方向は俺達が歩いている道の先で、そこには俺達がねぐらにしている酒場があった。


「わざわざ見るような物でもないじゃん」


 見えるのは灯りがついた酒場。

 家を出たのは朝でそれっきり見ていないが、何も変わった様子はないように見える。


「いいね、家の灯りってのはさ。帰りを出迎えているようで、心が温まるぜ」


 俺は灯りがついた酒場へと足を踏み出すが、ゼティとマー君は足を止める。


「おいおい、自分の家に帰るのに何をビビってんだよ?」


 灯りをつけた覚えが無いし、そもそも誰もいないはずの家に灯りがついているけれども、それはそれとして自分の家だぜ? 自分の家に帰るのに二の足を踏むのは情けねぇってもんだ。


「堂々と帰ろうじゃないか」


 俺がそう言って歩き出すとゼティとマー君は溜息を吐きながら俺の後について歩き出す。


「しかし、誰かが待っている家に帰るとか殆ど経験無いんだよな、俺って」


 人間だった時から経験無いんだよね。

 物心ついた頃には俺の両親は仕事が忙しくて殆ど家に帰ってなかったし、そのまま俺が子供の頃に事故で死んじまったしなぁ。一応、叔父さんもいたけど、後見人って感じでほぼ干渉してこなかったから、家には誰もいなかったんだよね。大人になってからも一つの土地に落ち着けない生活を送っていたから家なんて無かったしな。

 だからまぁ、誰かが待ってくれる家に帰るとか新鮮な経験だぜ。


「俺もまぁそういうのは無かったな」


 マー君に関しては小さい頃から親元を離れて魔術師の修行してたみたいだからね。

 まぁ、実際は口減らしに捨てられただけなんだけどさ。なんにせよマー君も帰る所の無い人間だったわけ。


「俺は道場から帰るとお袋が夕食を作っていたな」


 ゼティは俺らの中では愛された幼少期を送っていたし、真っ当な少年期を過ごしていたんだよな。

 まぁ、少年から青年になる際に人生ぶっ壊れて、俺らの同類になってしまったわけだが。


「過去の話はどうでも良いだろ。さっさと中に入るぞ」


 マー君はそう言いつつも俺の後ろを歩いている。昔の話をしたくないなら、ハッキリ言えば良いのにね。

 俺は昔の話をしたくてたまらないからマー君の気持ちが分からねぇぜ。最近、黒歴史が一周回って武勇伝のような気もしてきたんでね。


「マー君がいたたまれないみたいだから、人間時代の話はやめようぜ」


「テメェ」という声が聞こえたが俺は無視して先頭を歩いて酒場の中に入る。

 ねぐらにして数週間。既に我が家のような元は酒場だった廃屋。けれども、既に灯りがついている中に帰ってくるのは新鮮だぜ。


 俺は酒場の中に入るとそのまま店の奥にあるカウンター席に向かい、いつも座っている席に座る。

 ゼティは俺から離れて店の中ほどにあるテーブル席の椅子に座り、マー君はというと入り口そばにあった立ち飲み用の背の高いテーブルに寄りかかる。

 三人しかいないのに誰一人として近くに集まろうとしないというのが俺達の定位置だ。

 話すことがあるわけでもないし、広いんだからお互いに面倒の無い距離を取ろうとして自然とこの位置関係に落ち着いたので、言葉を交わすことは少ないのだが、今日に関しては──


「お邪魔しています」


 俺の定位置であるカウンター席の椅子に一人座っていた。

 まぁ、いるのは気付いていたんだけどね。灯りがついてたら誰かいるって分かるだろ?

 分かっていて意識しないようにしてたのさ。


「以前、お会いしましたよね?」


 訊ねる声は俺も聞き覚えがある。というか、酒場に入った時に見えた後ろ姿で分かったよ。無視して座ってしまったわけだけどさ。

 俺が見た後ろ姿は牧師や神父を思わせる黒い祭服カソックで、それを着てる知り合いなんて二人ぐらいしかいない。


「宣教師のラ゠ギィです」


 俺が答えるよりも先に以前に会った宣教師が名を名乗る。

 以前に会った白神教会の宣教師二人組の内の狐顔の方だ。


「名乗る必要はないんだけどね。憶えてるからさ」


「これは失礼しました。お気づきになられていないようだったので、お忘れなのかと思いました」


「無視してただけなんですけどねぇ」


 俺の答えにわざとらしく心外といった表情を浮かべるラ゠ギィ。


「何か貴方の気分を害するようなことしたのでしょうか?」


 ははは、人の家に勝手に上がり込んでおいて気分を害した自覚がないとか凄いね。

 俺も良く空き家を自分の家みたいに扱うから人のことは言えないんだけどね。


「不法侵入って知ってる?」


「存じません。それは何でしょうか?」


「さぁ? 俺も分かんねぇなぁ。俺は青空の下すべてが我が家だと思って生きてるから分かんないな」


 法はともかくこの世すべてが俺の家で俺の庭だと俺は思ってるから、俺は何処にだって勝手に住んでしまうわけで、そんな奴が不法侵入うんぬん言うのもね。


「まぁ、それでも勝手に入ったのは面白くねぇなぁって思ってるわけ」


 用があるなら、直接会いに来てくれりゃあ良いのに待ち伏せみたいなのは気に入らないね。待ち伏せして逃げ道を塞がないと俺が逃げるとか思われてるみたいで面白くないぜ。


「その点については謝罪します。少々お伺いしたいことがあったので、このような手段を取ってしまい御不快な気分にさせたことは申し訳ございませんアスラカーズ・・・・・・様」


 ラ゠ギィが呼んだ俺の名を聞き店の中にいたマー君とゼティが殺気を放つ。


「そっちの名前は名乗った記憶が無いんだけどなぁ」


 俺の疑問に対し、ラ゠ギィは口元に笑みを浮かべていた。


「エルディエルという名をご存知ですか?」


「知ってる。白神に仕える天使だよね。この間、会って喧嘩したよ」


 隠したって仕方ねぇよな。

 おそらくだけど、こいつらエルディエルと繋がりあるだろうし、アイツから何か聞いてんだろ。


「その、天使から我々は貴方の話を聞きまして、少々お話がしたいと思い、ここへとやって来た次第です」


 アスラカーズの名前を聞いて俺に合いに来たってことは……


「俺のことを知っているみたいだね」


 アッシュ・カラーズではなくアスラカーズのことを知っていて、そっちの方に用があるってことか。


「えぇ、よく存じております。もっとも師父に教えてもらった言い伝え程度ですが」


 そうかい、そうかい──


「どこの生き残りだ?」


「仙理術士です──」


 その答えが聞こえた瞬間、ゼティが剣を抜き放ち、ラ゠ギィに向けて一気に間合いを詰め、マー君が魔術の発動を待機させる。


「やめとけって」


 俺は凶暴なゼティとマー君に剣を引くように命令する。

 いきなり殺そうとしたら駄目だろ? もっと穏便に行こうぜ?

 それと言っておきたいんだけどさ──


るとしても俺の獲物だぞ」


 仙理術士とるとか数百年ぶりなんだぜ?

 俺の楽しみを邪魔すんなよな。


「今日はただ話を伺いに来ただけですので、どうか穏便にお願いします」


「ほら、こう言ってんだからやめておけよ」


「やめとけじゃねぇよ。生かしておいてもロクなことにならねぇんだから速攻で殺せ」


「俺もマークと同意見だ。仙理術士は殺しておくべきだ」


 怖いなぁ。そんなに殺伐とした感じなのは良くないぜ?

 まぁ、大昔は俺も殺せって命令したけど、壊滅状態にしたらしたで手強い敵がいなくなったから失敗したかなぁって思ってるんだよね。


「随分と憎まれてるようで」


「憎まれてるっていうか主義主張が合わないってだけだね」


 ラ゠ギィは昔のことを話に聞いただけで詳しくは知らないだろうか恨みとか憎しみが根底にあると思ってるみたいだけど、仙理術士との戦争は実際には思想の違いによるものだったんだよね。


「ま、昔のことは良いじゃない。それで今日は何の用なんだい?」


 昔の話をしていても一向に進まない気がしたので、俺は今の話をしようと思ってラ゠ギィに訊ねる。

 するとラ゠ギィは俺達に対して何も含む所がないような様子で──


「実は──」


 そう言いかけた声が聞こえると同時に俺は殺気を感じ、その場から飛び退く。

 次の瞬間、俺が座っていたカウンター席が上から降ってきた人影に粉砕される。


「──貴様の話はまだるっこしいのだ。こうしてさっさとケリをつけてしまえば良いというのに」


 俺に奇襲を仕掛けてきたのは宣教師二人の内の片割れであるゴ゠ゥラだった。

 ゴリラを思わせるような2m越えの屈強な肉体の強面が俺を睨みつけてくる。


「こいつらは先祖の仇だ。悠長に話をする相手ではないだろう」


 穏便に済ませようとしたラ゠ギィに対し、ゴ゠ゥラはというとそういう気は無いようで俺に明らかな殺気を放っている。


「良いね、る気満々じゃねぇか」


 話に来たのかりに来たのか、どっちか知らねぇが、こうなったら戦るしかねぇよなぁ。

 さぁ、喧嘩をしようぜ!





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