アスラ的勝利法
優勢に立っていたジュリちゃんが突然に外野から攻撃を受けるという、まさかの展開。
観客席の学生達が状況を呑み込み、俄かに騒がしくなりつつある中で俺は声をあげる。
「いやぁ、やべぇなぁ! まさか負けそうになったからって外から妨害してくるなんてなぁ! 白服の連中ってのは仲間意識が良くて素晴らしいねぇ!」
まぁ、負けそうになっていたのはジュリちゃんの方なんだけどね。
優勢に見えていたけど、システラが本気になったら流石に勝負にならなかったからね。
「白々しいな」
隣にいるゼティの呟きを俺は気に留めず、周りの学生に聞こえるようにジュリちゃんを攻撃したのはシステラの敗北を防ごうとする白服の連中だと叫ぶ。
「俺は見たぜ! 白服の連中がかたまって座ってる客席から魔術がジュリアンに目掛けて放たれるのをさぁ!」
これに関しては嘘は言っていない。
俺は魔術が放たれる所をしっかり見たし、それに加えて誰が何処で撃ったのかも知ってる。
放つのは見ただけど、誰が何処で撃つかは知ってるのっては変な表現かもしれないけど、実際にそうだから仕方ないね。
俺の声に反応して俺の周囲の学生が白服の学生が集まって座っている席の方に視線を向ける。
その行動は段々と会場全体に波及していき、観客席の学生たちは一様に白服の学生たちに目を向ける。
「良い空気じゃねぇか」
観客席はこれで良いとして、さて試合の方は──
俺が舞台の方を見ると、観客席から目にもとまらぬ速さで舞台へと飛び降りる人影が見えた。
そうして血相を変えて舞台に降り立ち、倒れたジュリちゃんに駆け寄っていく人影こそロミリア先輩ありで、ジュリちゃんに駆け寄ったロミリア先輩は慈しむような仕草でジュリちゃんを大切そうに抱え起こす。
そこだけ見ると、優し気な気配がするが、次の瞬間──
「──どういうつもりだ」
殺気がシステラに襲い掛かる。
ロミリア先輩はジュリちゃんはシステラの差し金で不意打ちを受けたと思っているようだ。
まぁ、状況的にはシステラを助けようとしたとしか思えないからね。
この会場にいる中でシステラの本当の実力を知っているのは俺とゼティとマー君だけだし、この後システラが勝つと理解しているのも俺達だけ。
俺達以外はジュリちゃんが優勢でシステラが負けそうになっているように見えていたはずだ。
「わ、私は……」
何もしていないし、何も指示を出していない。
システラはそう言おうとするが、ロミリア先輩に睨みつけられて押し黙る。
ジュリちゃんがやられたことに対して怒りを隠す様子の無い先輩が発している魔力は、量だけならシステラに匹敵する。
なるほど、思っていたより強いみたいだ。ちょっと判断を見誤っていたかも。あれなら楽しく戦れそうだが──
「やめておけよ」
ゼティに釘を刺されたのでロミリア先輩にちょっかいを出すのはやめておくことにしよう。
まぁ、ちょっと楽しいって程度じゃあねぇ。人間関係をぶっ壊しても構わないと思えるほどの面白味は無いし、ロミリア先輩と戦るのはやめておこう。
「ならば、誰がやった?」
舞台の上ではシステラから視線を外したロミリア先輩が観客席に座る自分と同じ白服の学生達を睨みつける。エリートらしい白服の中でも差ってのはあるんだろう。ロミリア先輩に睨まれた学生たちはまさしく蛇に睨まれた蛙といった有様で震えあがる。
「ここからどうするつもりだ?」
刃傷沙汰になることを懸念したゼティが俺に訊ねてくるが──
「さぁ、どうしたもんかね」
予定通りと言えば予定通りなんだけど、ロミリア先輩のジュリちゃんに対する想いが俺の思っていたよりも強くてなぁ。もう少し、怒りを抑えてくれるかと思ったが、案外、冷静じゃなくて困るぜ。
「こりゃあ、平和的には収まらないかもね」
「おい」
ま、なんとかするさ。俺はゼティの隣を離れて観客席から舞台の上まで跳ぶ。
距離はあっても、俺が本気になってジャンプすれば、観客席の最上段からでも一飛びだ。
俺は一瞬で舞台の上に降り立って、システラとロミリア先輩の間に割って入った。
「む」
「げっ」
二人とも女の子らしくない声を出す。
おっと、女性らしくないってのは良くないね。ジェンダーフリーの世の中に反するぜ。
俺は性別で人間を差別したり区別したりしないようにはしてるんでね。でも、女の子の方が肉体的にか弱い場合が多いから、その点は配慮はするようにしてるけどさ。
「何をしにきた」
「何の用ですか?」
一触即発の空気の中、間に割って入った俺に対する態度が悪いなぁ。
ついでに、会場全体の空気も急に現れた俺に対して「こいつは何だ?」って感じだぜ。
いいね、こういうアウェー感は好きよ。もっとも、俺は今まで人間だった時からこのかた、生きてきて自分のホームで戦ったことはないんだけどね。俺はいつだってアウェー戦なのさ。
「喧嘩になりそうだから、止めに来たんじゃないか」
まぁ、俺が善良な口ぶりで言っても誰も信用しないけどさ。
「しゃしゃり出ないでくれるか?」
「帰ってくれますか?」
ロミリア先輩の方は単純に首を突っ込むなって感じだけど、システラの方は頼むから関わらないでくれないかっていう俺とのこれまでの関係性から出た言葉だろう。
「嫌だね。俺は厄介事や揉め事に首を突っ込むのが大好きなもんでね」
その上で俺がその中心に立っているのが何より好きなのさ。
いつだって主役はこの俺。全ては俺を中心に回ってなきゃな。
「みんな冷静になろうぜ? 先輩もジュリちゃんをやった奴を探すよりもジュリちゃんの方をもっと気にした方が良いと思うね」
俺に言われてロミリア先輩は自分が抱えているジュリちゃんの顔を見る。
ジュリちゃんは意識を失っているようだが、今の表情は安らかだ。それをみれば命に別状はないと分かるし、静かに寝息を立てているジュリちゃんを見て先輩の顔も穏やかになる。
「先輩はコイツがジュリちゃんに外野から妨害を仕掛けるように企てた思っているみたいだけど、そこら辺も冷静に考えるべきだと思うね。俺が試合を見ている限りではシステラは必死だったし、観客席からジュリちゃんに攻撃を仕掛けるように指示を出す余裕はなかったように見えるぜ?」
俺は自分の眼で見た感想を述べた上で白服の連中がかたまって座っている客席の方を向く。
「俺としては白服の皆さんがお仲間の危機だと思って、うっかり手を出してしまったとかそんな感じだと思うんだけど、どうなんでしょうねぇ。やった人は今のうちに名乗り出た方が良いんじゃないかな? 今ならまだ公衆の面前で弁解の機会があるわけだし、ここで仲間のためだとか弁解をしておかないと、これから先、卑怯者のレッテルを張られると思うんだけどなぁ」
俺は客席にいる白服の学生達に呼びかける。
その際に白服の学生の中に混じったマー君の姿を見つけ、今日に限って黒い制服を魔術で白く変化させた制服を着たマー君と目が合う。
良い仕事をしてくれるぜ、流石マー君だって感じの想いを視線に込めてマー君を見るが、マー君から返ってくるのは軽蔑の眼差し。ま、いつも通りだね。
「おいおい、どういうことだ! 誰も名乗り出る奴がいないって!? はぁ、どいつもこいつも卑怯者ばかりじゃねぇか! 魔導院の学生としての誇りってのは無いのか、情けねぇ!」
俺は白服の学生達を煽るが、誰も自分が犯人だと名乗り出ない。
まぁ、そりゃそうだ。だって、白服の学生達に犯人はいないもん。
ジュリちゃんに魔術をぶち当てた犯人は白服の学生達の中に紛れ込んだマー君だからな。
最初から試合の途中でジュリちゃんに魔術をぶち当てるって手筈になってたんだから、俺がジュリちゃんを攻撃した奴を知ってるのは当然だろ?
「こいつ、もしかして……?」
システラの呟きが聞こえてくる。
どうやら何か勘付いたようだ。でもまぁ、俺の狙いが何なのか分かんないうちは怖くて口を挟めないだろ?
挟んでも良いけど、そしたらもっと面白いことになるぜ? それが分かってるのかシステラは何も言わないことにしたようだ。
「──そこまでだ」
俺が独演会を繰り広げ、白服の学生を煽っていると、学院の教師が割り込んできた。
おそらく白服の学生の面倒を見てる教師なんだろう。俺の担任のジョニー先生が「勘弁してくれ」って感じで、その白服担当の教師の後ろで頭を抱えていた。
「この件は我々が預かる。学生は速やかに解散を──」
「納得いかねぇなぁ!」
望んだ通りの展開になったので俺は計画通り納得いかないと大声で叫ぶ。
白服以外の学生も大勢いる状況だ。迂闊なことを言わせない状況、言ったら撤回できない状況。
今の状況は俺にとってベストの状況だ。
「この件って言うけどよぉ! この場を逃したら揉み消すんじゃねぇのかなぁ! そこんところどうなんですかねぇ!」
「そのようなことは──」
「きっと、この試合とか無かったことにする気だぜ! 中断されて良かったなぁ、無効試合とかに出来るからさぁ!」
議論をするつもりは無い。というか議論が目的じゃねぇしな。
俺は俺の言い分を相手に飲ませたいだけだから話し合いなんかはせずに一方的に話し続ける。
相手が何か言おうとしても、それを遮って相手より大きな声を出して、相手の声を掻き消す。
「そこで気絶してるジュリちゃんは今日のために必死で修業をして、一世一代の覚悟でこの試合に臨んでたんだぜ? それを無効試合とかはねぇだろ!」
「いや、だが──」
「どう考えても、あのまま戦ってたら、ジュリちゃんの方が勝ってたって分かるだろ? みんな、そう思うよなぁ!」
実際に戦ってたら負けてたのはジュリちゃんの方だったけどね。
でも、そんなことはシステラの本来の実力を知らない観客は分からないんだし、ジュリちゃんが優勢の所しか見てない以上、観客の大半はあのままジュリちゃんが勝つと思っている。
こういう状況を作るために俺とマー君は共謀してジュリちゃんを試合中に狙い撃ちした。
最後の決着までやったらジュリちゃんに勝ち目はなかったから、途中で中断するように仕向け、そこまでの印象で優勢だったジュリちゃんの判定勝ちに持ち込もうとしたってわけだ。
そしてそれは狙い通りに進み、観客の大半は俺の言葉に頷き、試合がこのまま進めばジュリちゃんの勝利で終わると思い込ませることに成功。
最後まで試合をする必要なんかはない。途中まで勝ってれば、それで俺達はジュリちゃんを勝ちまで持ってけたんだよ、最初からな。
このことはジュリちゃんは知らないけれど、まぁ知る必要もないだろう。途中まで勝ってたのは間違いなく本人の実力なんだし、本人の気持ちに水を差すようなことを教える必要はないからな。
「犯人捜しは大事だけどよ! いま大事なのはこの試合の結果がどうなのかってことじゃないのか! 今日のために頑張ってきたジュリちゃんのためにそこはハッキリさせても良いんじゃねぇか! 誰がどう見たって勝つのは分かり切ってるんだからさ!」
俺は詰め寄るような口調で白服担当の教師に向けて叫ぶ。
教師も何か言っているようだが、俺の声の方が遥かにデカいせいで、その教師の声は会場にいる学生に届いていない。声が大きい奴が勝つってのはこういうことだぜ。
「それとも何か? 判定勝ちは認められないって? そうなるとアレだよなぁ、ジュリちゃんを勝たせないために、白服の連中が何か仕掛けた可能性が高まるよなぁ!」
勢いだ、勢いで押し切り、冷静になられる前に言質を取る。
とにかくジュリちゃんの勝ちを認めなければ、白服連中が妨害行為を働いて試合を中断したってことになるような雰囲気作りが大事だ。
「この試合に勝ったらクラスを上げるって話になってるから及び腰なのかい? 試合に勝つだけじゃクラスを上げるのが不満? 底辺だった奴らが自分達と同じ所に来るのが面白くない? でもよぉ、試合見てたら分かるだろ? ジュリちゃんはこの学院の連中が知らない魔術を使えてたんだぜ? それだけでもクラスを上げる理由にはなるんじゃないかい?」
ジュリちゃんが試合に勝ちたい理由はともかく、俺達がジュリちゃんを勝たせようとする目的はジュリちゃんをクラスを上げることだ。試合に勝たなきゃクラスは上がれないみたいだが、試合に勝っても難色を示す可能性はあった。だから、学院の連中が知らないマー君直伝の魔術を見せてジュリちゃんの評価を上げることもしている。
「アンタらも、未知の魔術には興味があるだろ? それを学ぶもしくは盗むためにもジュリちゃんは白服のクラスにいてもらった方が良いんじゃないかねぇって思うんだが、どうだい?」
悪くない話だろ?
会場の空気はジュリちゃんの勝ちを認めなければ収まらない雰囲気だ。
白服以外の学生はジュリちゃんの勝ちを望んでいるが、ジュリちゃんが勝ったらジュリちゃんを白服にしなければならない。
それが嫌だからジュリちゃんの勝ちにはしたくないんだろうから、ジュリちゃんを受け入れるメリットを提示する。こうすれば受け入れやすいんじゃないかね?
「さぁ、どうするんだい? この試合は誰の勝ちなのか、みんなに聞こえるように言ってくれよ!」
俺は白服担当の教師に問う。
俺の問いを受け、教師はチラリとシステラの方を見て、そして教師が宣言したのは──