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手のひらの上

 

 マー君いわく、魔術師同士のタイマンをする上で最も重要な要素は早さだそうだ。

 西部劇のガンマンよろしく、よーいドンでどれだけ魔術の早撃ちができるかが大きく勝敗を分けるとか、そんな話をしていたし、マー君自身、その持論に基づいて戦闘スタイルを組み立てている。


『とにかく先手を取れ。それも不意打ちじゃなく、互いに向き合った状態から先手を取れるようにしろ』


 マー君はそう言ってジュリちゃんに魔術を教え、ジュリちゃんはその教え通りに先手を取った。

 試合開始の合図と同時に放たれたのはマー君直伝の『魔弾』。

 指先か魔力の塊を撃ち出して攻撃するっていう極めて単純な魔術だが、その単純さゆえに習熟すれば恐ろしく早いし速い。ただ、威力はイマイチなんだけどね。


 ジュリちゃんの『魔弾』が直撃したシステラはその衝撃で後ずさるも体にダメージは無いように見える。

 まぁ、ダメージは無くても頭の中はどうだろうかって話だけどね。明らかな格下に先手を取られて、正常な思考は出来るかな? 

 体に損傷ダメージは無くても、今後の戦闘プランに支障ダメージは無いかい?


「なるほどな」


 俺の隣で試合を眺めているゼティが感心したように呟くが、試合に対する関心は無くしたようだ。

 ジュリちゃんの勝ち筋が見えたし、今後の試合展開も予想がついたんだろうね。

 俺も十中八九、ジュリちゃんの勝ちだとは思うけど──


「果たして、このままいくだろうか?」


 ジュリちゃんは先手を取った勢いのまま『魔弾』を撃つ。

 その発動速度は学院の連中が無詠唱と言って有難がるものより遥かに早いわけだが、その速度を維持するのはジュリちゃんには難しい。

 マー君は何百発も連射できる『魔弾』だがジュリちゃんは最高でも五発だ。五発でシステラを戦闘不能にする? 無理無理、そんなにヤワじゃねぇよ。


「調子に……乗るなぁ!」


 システラが声を上げると同時にシステラの眼前に魔力の壁が生じ、それが『魔弾』を防ぐ。

 根性メンタル身体性能フィジカルで耐えるんじゃなく、技術スキルで身を守るか。

 まぁ、習った魔術スキルを使うのは悪くはねぇが──


「くらえ!」


 反撃に移るシステラがジュリちゃんに手を向けると、その手の先に生まれた炎が槍の形を取り、ジュリちゃんへと飛んでいく。

 けれど、ジュリちゃんはシステラが魔術を発動させようとした、その時には既に回避の準備が出来ており、飛んでくる炎の槍を真横に走って避ける。


「無様だなぁ」


 避ける動作にセンスが全く感じられないぜ。

 まぁ、そこが良いんだけどね。必死な奴ってのは俺は好きだぜ?


「おい、良いのか?」


 なんかゼティが急に口を開いたんですが、なんですかね?


「システラの魔術は当たると死ぬ威力だぞ?」


「そうだねぇ。でも、止める気がないみたいってことはこの会場の人間はジュリちゃんが死んでも良いと思ってるんじゃないか?」


 ま、示威行為とガス抜きかなんかなんだろう。

 身の程知らずに白服に挑んだ奴をズタボロにする姿を見せて学院の白服の強さを見せるのと、それ以外の学生に対しては無様に負けた奴を見せて笑わせるとか、そんな感じなんじゃないかな?


「ま、大丈夫だろ。いくら威力があっても当たらなければ意味はないしな」


 俺が言ったことはすぐに現実となり、システラが手を変え、品を変え放つ魔術は運動神経を欠片も感じさせない走りを見せるジュリちゃんを捉えることが出来ない。


『防御なんかしなくていい。とにかく走れ、走ってれば、そうそう当たることはない』


 これもマー君の教えだ。

 一般的な魔術ってのは意外と遅いんだ。銃弾よりも遥かに遅いわけだし、横に走ってるだけで案外当たらない。その上、無詠唱とかの発動方式を使うと尚更、当たらなくなる。

 なにせ、魔術の発動にイメージが必要なわけだし、イメージをするって作業をしながら走り回ってる相手に狙いをつけて結構キツイぜ? 右手と左手で別々の作業をするようなもんだ。

 銃で例えるとしたら、引き金を引いてから発射するまでの仕組みを一から頭に描きながら、走ってる相手を狙うような感じだ。引き金を引く度に弾薬の雷管が叩かれて──とか、その構造を一々考えてたら、当たるものも当たらねぇと思わないか?

 まぁ、慣れれば何とかなるのかもしれないし、実際マー君は何とかする術を身に着けてたと思うが、昨日今日、魔術を覚えたシステラにはそれは無理だろ。


『前衛がいて、後ろで固定砲台をやってるなら魔術の発動だけを考えるだけでも問題は無い。だけどタイマンするつもりなら、それじゃ駄目だ。意識は常に相手に向けろ、イメージするのは魔術ではなく、相手の行動と自分が取るべき行動だ。イメージするだけで魔術の発動ができるのが凄いように言うが、戦闘中に意識の一部が目の前の相手じゃないものに向かうとか、危険なのは分かるだろう? だから、無詠唱は不意打ち以外で使うな』


 じゃあ、どうすんのかって?

 無意識に使えるようになれってのがマー君の方針だ。

 手足を動かすのと同じ感じで魔術を使えるようにするってのが、マー君がジュリちゃんにつけた修行だ。

 そして、その成果は確かに出ていて──


 舞台の上の試合を観戦する観客の学生達がワッと沸き上がる。

 走り回りながらジュリちゃんが放った『魔弾』がシステラに当たったからだ。

 あの『魔弾』に関しては多少でも慣れれば、本当に指先を動かすような感覚で放つことができる。最初は『撃ちたい』って思うだけでも出るようにして、その次は小指を折り曲げると出るようするとか反射的に出せるように訓練したりもする『魔弾』は発動に余計な思考を挟まない。それ故に恐ろしく早い発動を可能にする。それこそ『狙って、撃つ』というそれだけの手間しかない。


「この!」


 システラも随分とイラついてんなぁ。

 まぁ、自分の方が絶対に強いと思っていた相手に良いようにやられてるわけだしな。

 魔術しか使わないって縛りを無くせば、楽勝なんだろうけど、それをしたら今の自分の居場所が危ういから、それもできない。

 ジュリちゃんの魔術なんか当たっても、大したダメージは無いんだから、腰を据えて挑めばいいってのに、そこまで頭が回らないのか、それとも面子があるから、そんな持久戦はできないのかね?

 白服の自分が手こずるわけにはいかないとか、そんな思考をしてんだったら、良くないと俺は思うけどね。


「……もう少し、社会経験を積ませておくべきだったな」


 システラを見ているゼティが俺に対して責めるような口調で言う。

 それに関しては俺もそう思うんで言い返せないね。

 システラは作ってから殆どずっと倉庫番をやらせていたわけだし、社会経験が無いのは仕方ないし、それは俺が悪いのかも。俺らの社会経験ってのは戦闘経験も含むから、システラがパッとしないのも俺が悪いと思った方が良いのかもしれないな。とはいえ──


「あんまりシステラに同情的な気分になってもな」


 俺は今はジュリちゃんの味方なわけだし、余計なことを考えずジュリちゃんだけを応援していよう。

 もっとも、もうジュリちゃんの勝ちは確実でシステラの負けは確実なんだけどな。

 現状ではどう見てもジュリちゃんの方が優勢を取れただけで、もう試合の終了を待たずに勝ったも同然さ。


『魔術師同士でタイマンをしてる場合なら、手数で勝るのも大事だ。どんなに弱い魔術で延々と撃たれ続けたら相手はイラつくし、イラつけば冷静さを失って思考が単純にそして雑になる。単純で雑な思考で学院の連中が有難がる無詠唱の魔術が出来ると思うか? イメージにノイズが走る状況じゃ、発動できたとしても、魔術の完成度は低くなるんだから、恐れるに足らずだ』


 マー君が教えた戦術をちゃんと実行しジュリちゃんは『魔弾』を浴びせ続ける。

 システラにダメージは無いようだが、鬱陶しいのか再び魔術で障壁を張って『魔弾』を防ぎだした。

 守りを固めるのは強力な魔術を放つための準備段階。足を止めて強いイメージを持って魔力を練る。

 対してジュリちゃんはというと、防がれるのも構わず『魔弾』を撃ち続けながら、足を止める様子も無く、障壁の後ろ側に回りこもうと走っている。

 もっとも、回り込むより先にシステラの魔術の発動準備が整ってしまうわけだが──


「くらえ!」


 熱くなってんなぁ、システラちゃん。

 声まで出して必死じゃん。それに対してジュリちゃんは表情は強張ってるし、声も出ないような有様だけれど冷静だ。システラが魔術の発動の準備を終えたのを見ると、回避運動として狙いを定めないように走り出す。

 システラはそんなジュリちゃんに向けて掌を向けると、そこから巨大な火球が放たれる。

 その火球は一直線に突き進むかと思いきや、途中で弾け、無数の火球に分裂してシステラの正面を焼き払うが──


「な、なんとか……」


 走って攻撃の有効範囲から逃げ切るジュリちゃん。

 手かざしで狙いを定めるってのは良くないって誰も教えないのかね?

 手を向けても、そこから魔術を出すまでに若干のタイムラグがあるんだから、相手が走ってたりしたら放つ時には既に相手は照準から外れてるんだぜ?


「あーあ」


 観客席のどこからともなく聞こえてくる失望の声。

 システラにも聞こえてるだろうし、更に冷静を欠くだろうね。

 そんな俺の予想通り、システラは焦って魔術を連発しだした。

 火球が、走り回るジュリちゃんに向かってシステラの掌から放たれるが、やはり照準が甘い。

 銃を使うのと同じ感覚で撃ってたら絶対に当たらないんだけど、そこまで思い至らないようだ。


「とはいえ、このままでは攻めの手が無いようだが」


 ゼティがジュリちゃんの攻撃力の低さを指摘する。

 まったく、その辺りをマー君が考えてないわけがないだろ?

 きっちりジュリちゃんに仕込んでるよ。


『俺がお前に新しく教える魔術は三つだけだ。三つだけで充分すぎる』


 そう言ってマー君が教えた一つ目の魔術は『魔弾』。牽制用で撃ちまくってシステラの思考や行動を狭めるのが目的の魔術だ。

 そして二つ目はと言うと今度は高威力。

 システラの魔術を走って回避しながらジュリちゃんは詠唱を始める。


「詠唱──黄金の塔、白銀の城、黒鉄の砦、絢爛たる世界は穢れた赤によって築かれた。赤を纏い世界を築いた幾千幾万の武具。赤く穢れて打ち捨てられてつるぎやりは復讐を誓う」


 走りながら、回避しながらでもジュリちゃんは問題なく詠唱を行える。

 頭でゴチャゴチャ考えながら発動の準備をする無詠唱と、とりあえず頭を使わなくても口を動かして唱えれば良い詠唱のどっちが本当に早く発動できるのかって話だ。


「剣と槍は謳う──復讐とは正当な権利であると。我らが築いた世界であるのだから、我らが壊すことも許されると。かくして絢爛たる世界は打ち砕かれ、世界は再び赤へと染まる」


 ジュリちゃんは走り回りながら『魔弾』を撃ちつつ、詠唱を行う。

 詠唱しながらでも手足を使うように使える魔術がジュリちゃんにはある。

 システラは詠唱に気を取られ、『魔弾』への反応が遅れて直撃を受ける。

 もっともダメージは無い。だが、ダメージは無くとも直撃を受けた衝撃でその後の行動は制限され、即座に回避行動には移れない。そして、その隙にジュリちゃんの魔術が完成する。


「詠唱完了──構成──『アダマントの槍』」


 赤みがかった黄金の槍がジュリちゃんの傍らに生み出されると同時に撃ち出される。

 マー君も使った魔術だ。単純な威力は折り紙付き、その上──


「くっ」


 システラは迫る魔術の槍に対して魔術で障壁を作る。だが、それじゃ駄目だ。

 飛翔する槍は真っ直ぐシステラに向かい、その前に立ちはだかる障壁に衝突する。

 防いだ? そんな訳はない。黄金の槍は魔術の障壁を軽々と貫き、変わらぬ勢いのままシステラへと迫る。

『アダマントの槍』は対魔術士用としてマー君が編み出した魔術で、魔術によって作られた障壁をぶち抜く特性を持っている。

 システラは防御を破って飛んできた槍を身を捻って辛うじて躱すが、その際に舞台の上に転倒する。


「あっ」


 舞台から観客席まで、そんな声が聞こえてきそうな感じのジュリちゃんの表情。

 必要以上に傷つけるつもりは無いジュリちゃんは、思った以上に威力のある魔術を放ったせいで、困惑しているようだ。


「……本気になったな」


 困惑してるジュリちゃんに対し、システラは何事もなかったかのように起き上がると即座に動き出す。

 ゼティがその動きを見て、システラの心中を察したようだ。俺もだいたい分かるぜ。システラは魔術を使う気が無くなったってな。

 学院のエリートである白服の学生としては魔術を使ってジュリちゃんを倒すのが望ましいんだろうが、そんなことをしてたら負けると判断したんだろう。白服の誇りとかよりも自分が負ける方が嫌だってことなんだろうね。


「でも、ちょっと本気になるのが遅かったな」


 もうジュリちゃんの勝ちは決まってるぜ。

 誰がどう見てもシステラは劣勢。

 魔術を捨ててジュリちゃんに突っ込んでいくのだって、俺やゼティなら何もおかしいとは思わねぇけど、何も知らない奴らが見たら敗色濃厚からのヤケクソとしか見えない。


 システラは身体能力に任せて一気に距離を詰める。

 ジュリちゃんは反応できないように見え、そしてシステラはそんなジュリちゃんの懐に飛び込む。だが、次の瞬間、吹き飛んだのシステラの方だった。


「マー君が教えた三つ目の魔術『紫電衝破』」


 魔術によって紫の雷が迸り、その直撃を受けたシステラが衝撃で吹き飛んだ。

 電気を出しているけれども感電よりも衝撃力を重視した魔術。分類上は魔術というより仙人が使う仙術とかに近いんだが、マー君が魔術として使えるように調整してある。


「弾幕を張れる『魔弾』、高威力の『アダマントの槍』、カウンターの『紫電衝破』。これがマー君が教えた三つの魔術だ」


「最後はどうやって唱えた?」


 ゼティが俺に疑問を投げかけてくる。

 ジュリちゃんが無詠唱で『紫電』を使えるとは思ってないんで、どうやって発動したのかゼティは気になるようだ。そんなゼティに俺は舌をべぇっと出す。

 ふざけてるわけじゃないぜ? これが答えだ。俺が出した舌を見てゼティも気づいたようで納得した表情になる。


「舌を使って魔術を発動したのか」


 正確には口を閉じた状態で舌を動かして、舌先で魔術の発動に必要な魔法陣を描いた。

 魔法陣は発動条件を描くときに設定しておけば、設定したタイミングで自動発動させることもできるんで、カウンターにはピッタリだ。

 まぁ、周りから見れば、詠唱も何もしてないし、無詠唱で発動できるタイミングでも無かったから、タネを知らなければ何が起きたかは分かんないだろうけどね。

 この舌先で口の中に魔法陣を描くってのはマー君の得意技でこれで不意を突かれた奴は数知れないし、初見で見破るのは不可能だ。


「システラもわけわかんないだろうさ」


 でもシステラは立つ。

 見えている限りでは手も足も出ていない様子だけど、実際は有効打なんてのはないからな。

 魔力の消耗を考えれば不利なのは実はジュリちゃんの方だ。もっとも、こうなるのは最初から分かっていたことなんで問題はない。


 そんでもって、そんな状況でもジュリちゃんの勝利は揺るがない。

 何故かって? それはジュリちゃんがここまで圧倒的に優勢であり、システラは圧倒的に劣勢であるからだ。ここから先は不利なのに、今までの優勢に意味があるのか? あるに決まってる。


 ここから先のことなんてどうでもよくて、大事なのはここまでだからだ。

 ここまで上手くいってれば後はどうでも良いのさ。だって、ここから先は無いからな。


 立ち上がったシステラが再び距離を詰めるために走り出す。油断はあるかもしれないけれど、油断してようが本来のスペックを出せば余裕なんだよな。

 余計なことをせずに明らかに上回っているパワーとスピード、そしてタフネスを生かした格闘戦に持ち込めば絶対に勝てるシステラは多少の被弾など構わないといった感じにジュリちゃんに向けて突進する。それが魔術士としての戦い方なのか疑問だけれど、作戦としては悪くない。


 ジュリちゃんが『魔弾』を放つが、システラは止まらない。

 ジュリちゃんは距離を取ろうと後退するが前進するシステラの方が速く、二人の距離は段々と縮まっていき、システラはジュリちゃんを自分の間合いに捉える。

 間合いもタイミングもシステラにとって最高。そして、それは俺にとっても最高のタイミングだ。


 ──やれ。


 俺はそう念じ、そして次の瞬間ジュリちゃんの体が吹っ飛び、舞台の上を転がる。

 舞台の外、観客席の何処かから突然放たれ何かに、この場にいる全ての人間が呆然とし硬直する。

 相対していたシステラも目の前で急に吹き飛ばされ、舞台の上に倒れたジュリちゃん何が起こったか分からない様子で見降ろしている。


「計画通り」


 そんな静まり返った会場の中、一人だけほくそ笑む俺をゼティがドン引きした顔で見ていた──



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