試合開始
「俺はお前らがそこまで肩入れする理由が分からないんだがな」
俺とゼティは何で舞台を見ていた。
まぁ、舞台と言っても演劇とかの優雅な物ではなく、血沸き肉躍る戦いの舞台なんだけどね。
というかこの前、俺とマー君が戦った舞台だ。この前と違うのは舞台の上に立つのが俺達ではないということ。
ま、俺が観客席にいる以上、当然なんだけどさ。
「俺は彼とそれほど付き合いのあるわけじゃないから、そう思うのかもしれないが、お前らだって長い付き合いでもないだろう?」
「そうだね」
俺とゼティの視線の先、舞台の上にはジュリちゃんが立っている。
ジュリちゃんが不安そうな顔で向き合っているのはシステラだ。
システラは俺が煽ると思ったより簡単に乗ってきたし、システラの取り巻きみたいになってる連中も面白いほど簡単に釣れて、その結果、ジュリちゃんとシステラの試合が組まれた。
誇りや面子のせいなのか、それとも驕りなのか、あまりにも簡単に俺の思い通りの展開になってくれている。
「まぁ、俺らは彼の想いに心を打たれたってことで。いやぁ、幼馴染との約束のために頑張る奴とか応援したくなるじゃない?」
「マークはともかく、お前に関してはとてもじゃないが信用できないな」
嫌だねぇ、人の言うことを素直に信用しない奴とか友達無くすぜ?
ま、実際に色々と狙いはあるんだけどね。それでもジュリちゃんの想いを何とかしてやろうって気持ちは多少はあるよ。
「……何が狙いだ?」
「別にたいしたことは考えてないよ。ただ、ジュリちゃんがジュリちゃんの願う通りの結果になれば、俺にとって都合が良いなぁってだけさ」
まぁ、純粋にジュリちゃんにとって良い結果になるのも願ってるけどね。
知り合って間もないにしても、俺の印象としてはジュリちゃんはそんなに嫌いじゃないんでね。
現状に負けずに頑張ってる男の子ってのは可愛げがあるじゃない。そういう奴には幸せになって欲しいね。
「他人の幸せを奪うことで俺が幸せになれるってんなら他人の幸せを奪うことを考えもするけど、ジュリちゃんの幸せを奪っても、それが俺の幸せに寄与しないんであれば、ジュリちゃんの幸せを奪う必要もねぇよな」
だからまぁ、俺はジュリちゃんにとって不幸な結果にならないようにはしてあげるつもりだよ。
「お前が何を考えているか分からないのはいつものことだから、気にしないでおく」
気にしないでくれて、どうもありがとう。
俺はゼティの考えてることが分かるんだけどね。
「だが、始まる前に一つ聞いておきたい。勝てるのか?」
主語ねぇと分からねぇよ。まぁ、ジュリちゃんのことだろうけどさ。
俺は舞台の上に立つジュリちゃんを見る。
ガチガチに緊張している様子で顔色は青を通り越して真っ白だ。とてもじゃないが、戦えるようには見えないが──
「勝利をどう捉えるかによるなぁ」
普通にやったら、まず間違いなく勝てねぇよ。
俺らの基準だとシステラは散々な評価だが、それでも俺の手下をやってるんだぜ?
この世界の一般的な人間がちょっと修行をしたくらいじゃ、真っ当な勝負をやれば絶対に勝てない。
でも、それは普通にやったらの話だよ。
「勝つだけなら簡単さ」
俺は不安そうなジュリちゃんに目をやり──
「手段を選ばなければいい」
勝つだけなら手段を選ばなければ良い。
勝ちたいってだけなら、手段を選ばないってのが正解だ。反則でも卑怯なことでなんでもやりゃあいい。勝つだけならそれが一番手っ取り早い。
試合が始まる前に闇討ちでも何でもして試合に出られない状態にすれば不戦勝だぜ? それでも勝ちは勝ちだろ?
「でもまぁ、勝つだけじゃ駄目なんだけどね」
あんまり興味無さそうなゼティに向かって俺は話を続ける。
「勝利を求める連中は大勢いるけど、実際にはそいつらは勝利を求めてるわけじゃなくて、勝利することによって得られるものが欲しいのさ」
栄光、名誉、賞品、景品、勝つことで得られるものは色々とあるけれども、勝負に臨む連中は勝利することで得られるそういうご褒美が欲しい。
「ご褒美を得るためには、ただ勝つだけじゃ駄目で勝ち方を選ばなければならない。だから卑怯な真似はしがたいし、勝つために手段を選ぶ必要性に迫られる」
「なら、ジュリアンは難しいんじゃないか?」
ジュリアンの願いである立派な魔術師になった姿をロミリア先輩に見せるという約束を守るためには真っ当な手段を取る必要があるって? 真っ当な手段を取っていては、システラには勝てないってのに?
「さぁ、どうだろうね?」
果たしてジュリちゃんにとっての本当の勝利とはなんだろうか?
そしてジュリちゃんの本当の望みを叶えるために、果たしてこの試合で真っ当に勝つ必要はあるんだろうか?
「ま、難しいのはシステラも一緒だよ」
「システラも? ……あぁ、そうか」
ゼティも気づいたな。
条件が厳しいのはジュリちゃんだけじゃなくシステラもだ。
正しい勝ち方を求められてるのはシステラも一緒なのさ。
システラは今はこの学院のエリートだぜ? そんな立場にある以上、正しい勝ち方が求められ、正しい勝ち方以外をすれば、批判されるのは間違いない。
「システラも馬鹿じゃないからな。自分が取れる戦闘手段が極端に狭まってるのは分かってるだろ」
システラは立場上、魔術以外の攻撃手段は取れない。
本来の多種多様な武器や道具に頼る戦闘スタイルが取れないんだから、自分で思っている以上にやりづらいだろうさ。
「システラの方は魔術のみを使う戦闘の経験はゼロだろうし、それに対してジュリちゃんの方は時間を取って、そこら辺の技術をマー君からキッチリ教わっているからな」
ついでに、ジュリちゃんが勝つための仕掛けはマー君が準備し終えているからな。
「だが、だからといって勝てるか?」
「勝てるさ。言ったろ? 勝ちをどう捉えるかによるってな」
ジュリちゃんにとっての勝ちとシステラにとっての負けを考えれば勝てるさ。
そして、そのための策を俺はジュリちゃんに授けている。
「まずは先制打だ。どんな一発でも良い、先に一発当てれば、それで良い」
そうすれば勝てると俺はジュリちゃんに伝えている。
もっとも、ジュリちゃんが思い描く理想通りの勝利にはならないけどな。そのことは伝えてないけど、伝える必要も無い。全部、終わればジュリちゃんにとっては悪くない結果になってるんだから、そこら辺は許してほしいもんだ。
「──始まるぞ」
そうみたいだね。
審判が現れてジュリちゃんとシステラにルールの確認をしている。
ジュリちゃんの緊張はほぐれていないようだが、まぁ考えようによってはそれも悪くは無い。
緊張の結果、俺に言われたことしかできない状態なら、むしろそっちの方が良い。
とにかく一発だ。開始と同時に一発当てれば、それでいい。
審判が二人から離れる。
ジュリちゃんとシステラは互いに向き合い、そして──
「始めっ!」
──審判が開始の合図をした次の瞬間、放たれた魔術がシステラへと直撃した。