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ロミリアとジュリアン

 

 ロミリア・ギュネスという名前の女の子と、その子に絡んでいた不良学生をぶちのめした俺はその後、寄り道せずに酒場に戻ってきた。

 結局、帰り道で面白いことも何事もないまま無事に帰ってきてしまって俺はガッカリ気分。日常的に血反吐ぶちまけるような日々であって欲しいんだけど、そんな毎日はそうそう送れそうもないようだ。

 総合的に見れば、この世界はなかなか厄介な状況に遭遇しやすいんで、その点は満足できるけれど回数が少ないのが難点だね。


「ただいま帰りましたよっと」


 まぁ、気を取り直していこう。

 外に面白いことが無いなら家の中だ。

 マー君とジュリちゃんはお稽古でもしてるだろうけど、それにちょっかいでもかけようか。

 そんなことを考えて酒場の中に入ると──


「あ、お帰り」

「ちっ、帰ってくんなよ」


 マー君とジュリちゃんがメシを食っていた。

 帰ってきた俺への態度が正反対なのは置いておこう。


「なんでメシ食ってんの?」


 俺は酒場の中に転がっていた椅子を適当に選んでジュリちゃんとマー君が座るテーブルまで持っていき、同じテーブルにつく。


「えーと、それは……」

「体を作ってるんだよ。何をやるにしても今のままじゃ細すぎるから、なるべくメシを多く食わせて体格を作る必要があるんだ」


 へぇ、そうなんですか。

 でも、あんまりガタイが良くなると今の儚げな美少女的な雰囲気が無くなってしまうんじゃないですかね?

 ただの美少年になるだけで済めば良いけど、筋肉質な美少年ってそこまで需要が無いような気がするんだよなぁ。

 ま、別にジュリちゃんの世間的な需要とかは俺には関係ないんだけどね。


「俺の分とかねーの?」


 そういえば昼飯も食ってないなぁって思って聞いたんだが──


「あるわけねぇだろ。自分のクソでも食ってろ。クソ野郎」


 テメェの口の中にクソをしてやろうか?


「あ、あの、残ってるので良ければ食べる?」


 ジュリちゃんが皿の上に残っている肉とパンの入った籠を俺に差し出す。

 嫌だねぇ、そんなことをされたら俺が強請ゆすってるみたいじゃないか。

 でもまぁ──


「悪いねぇ、腹が減っちゃってさ」


 差し出されたものというか、捧げ物?

 それはまぁ邪神でも俺は神であるわけだし、無下にするのは良くないよってことで俺は皿の上に乗った肉を指で摘まんで口へ入れ、そして──


「あんまり美味しくないね」


 なんていうか、肉の質が良くない? ついでに質の良くない肉に対して、処理が甘い?

 下味付けが良くないのかな? ソースらしきものが無いから肉に塩を振って焼いただけかも。

 誰が作ったんだろうね? 作ってもらったメシだけど、微妙としか言いようがないぜ。


「だから、コイツとメシを食うのは嫌なんだよ。文句しか言わねぇ」


「美味しい物が出た時は美味しいって言うじゃないか」


「滅多に言わねぇだろ」


 ジュリちゃんがマー君の方をチラチラと見ている。

 ジュリちゃんの様子から作ったのはどうやらマー君のようだと分かる。


「まぁ、マー君ならこんなもんか」


 何百年生きてても一向に上手くならないよな。

 味覚が死んでんじゃねぇの? 


「おい、こんなもんてのはどういう意味だ」


「まぁ、良いじゃないか。──パンも貰おうかな」


 俺は籠に入ったパンを手に取り、ちぎって口に運ぶ。

 ゼティが買ってくるパンよりはマシだけど、ボソボソとしていて、こっちも微妙だね。

 スープみたいなもんは無いだろうか? ……無いみたいだね。


「献立が良くねぇよ。肉とパンだけでどうやって体重を増やすっていうんだい?」


 ボディビルダーになるわけでもないんだから、ストイックなメニューにする必要はないと思うんだけどね。

 ジュリちゃんの今の体型だと単純に10kgは増やしても良さそうに見えるけれど、戦うための体づくりをするなら、もっと増やした上で筋肉をつけた方が良いと思うね。


「もうちょっと、色々と考えるべきだね」


 俺は栄養学なんかは詳しくはないんで何とも言えないけどさ。

 ついでに魔術師向けの食事なんかも俺は専門ではないんで、あまり口を挟むのも良くないんだろうけど、俺が口を挟むとマー君が嫌そうな顔をするのが面白いんだよね。


「……そんなことを言うなら、アッシュ君が作ったら良いんじゃないかな?」


「おっと、ジュリちゃん。俺にそんな態度を取っちゃう?」


 良いね。それくらいじゃないと駄目だぜ。

 男の子なんだから、生意気にならなきゃな。


「マー君のことをかばってるつもりかい? 優しいねぇ」


「そ、そういうわけじゃないけれど……」


「いいって謙遜しなくてもさ。良い心掛けじゃないか、麗しい師弟愛って奴だね」


 素晴らしいね。感動のあまり涙が出てきそうだ。

「面倒臭いモードに入りやがった」とマー君が呟いて溜息をついてるけれど、もっと喜ぶべきじゃないだろうか、キミの教え子がキミの事を思って俺に楯突いてきてんだぜ?

 その気持ちに応えてやるべきだとは思わないか? 俺は思うね、だからジュリちゃんの想いに応えてやろうじゃないか。


「いいぜ、俺がメシを作ってやろう」


「……はぁ、こうなるから嫌なんだって。こいつがいる所でメシを食うのは」


 乗り気な俺と乗り気じゃないマー君。

 ジュリちゃんがマー君を心配した様子で話しかける。


「あの、よけいなことしちゃったかな?」


「いや、いいよ、仕方ない。こいつの扱に慣れてなきゃ仕方ないことだ。それに面倒臭いだけだから、何も問題ない」


「でも、ご飯を作ってくれるって……もしかして、それが、えーと……」


 ジュリちゃんが言いよどむ。

 なにが言いたいか分かるぜ。もしかして、とんでもなく不味いの食わせられると思ってんのかな?

 ハッキリ言ってくれて良いんだぜ? そしてマー君もハッキリ言って良いんだぜ?


「いや、美味いよ。というか、このクソが他人に文句をつける事柄って大半が自分の方が上手くできるっていう自信のもとに言っているからな」


「え、じゃあ何の問題が?」


 そうだよなぁ、上手くできるなら何が問題なんでしょうねぇ?


「その後、ずっと偉そうな面をしてくるから嫌なんだよ。そのうえ、自分の方が上なんだから文句をつけても良いだろうって大義名分を得たみたいな調子になるからクソウザイんだ」


「あぁ、なるほど」


 ジュリちゃんの俺を見る目が段々と冷たいものになってくる。

 嫌だねぇ、俺は男の娘に蔑まれても興奮する性質タチではないんだよ。


「それで、今度からは自分がやるってなれば良いんだが、このクソは自分の方が上と分かったら何もしなくなる。料理の話だと、自分の方が遥かに美味いメシを作れるくせに自分は作らず、作ってもらったメシに文句だけをいうようになる。それでも実際にこのクソの方が上手く作れるんだから、性質が悪いこのこの上ない」


『そんなに言うんなら、お前がやってみろ』って逆切れした奴に圧倒的な力量差を見せるってのは楽しいもんでね。ついでに、それをネタにマウントを取るのは最高だぜ。

 俺が人間時代に身に着けた技能の大半はそのためだけに身に着けたようなもんだ。相手の得意分野でその相手をぶっ潰すのは気持ちが良いからね。


「えぇ……」


 ジュリちゃんが俺の所業にドン引きしています。

 俺にだって言い分はあるんだぜ? 俺は勝負事以外で自分の技能を安売りしたくねぇのよ。

 だから、自分では何もせずに文句だけを言う最悪のモンスターをやってるんだ。でも、今は俺を煽ってきたジュリちゃんとの勝負だからね。俺も本気でらせてもらうぜ。


「吐いた唾は吞めねぇからな? 俺の作ったメシが美味ければ、メシ関係では俺に偉そうな口を聞くんじゃねぇぞ?」


 そうと決まれば早速、準備をしなければな。

 でも、今はメシを食ってしまったし──


「とはいえ、準備に時間がかかるからな。明日にしよう」


「うわぁ、本当に面倒臭いことになってきやがった」


 当事者の一人であるくせにマー君は関わりたくないって顔になってる。

 そういうのは良くねぇよ。キミの教え子なんだぜ? 

 ま、明日を楽しみに待ってな。最高の一品を提供してやるぜ。


 ──で、メシに関する話はもう良いだろ?

 ちょっと聞いて欲しい話があるんだが──


「話は変わるけどさ。さっきロミリア・ギュネスっていう女の子と知り合いになったんだよね」


「あぁ、そう」

「え?」


 マー君は興味無さそうだけど、ジュリちゃんは……

 聞こえてきた困惑するような声に俺とマー君の視線がジュリちゃんの方に向けられる。


「えっと、何でもないです」


 何でもないってことは無いでしょうよ。気になるぜ。

 でもまぁ、探っても誤魔化しそうな雰囲気だな。

 どうしましょうかね、マー君?


「その子、可愛かったか?」


 良いパスじゃねぇか、マー君。


「まぁ、普通か──」

「そんなことない!」


 俺の言葉を遮るようにジュリちゃんが声を荒げる。

 良いね。初めて本心からの言葉が聞こえたよ。


「何を興奮してるんだい?」

「もしかして知り合いか?」


 俺とマー君はニヤニヤしながらジュリちゃんを見る。

 俺達はなんとなくジュリちゃんがロミリアちゃんに抱いている想いに察しがついている。

 一応、俺達は何百年も生きているわけだし人間関係の機微くらいは分かるんだよ。分かっていて無視することが殆どだけど。


「いや、あの、知り合いというわけじゃ……」


「じゃあ、一方的に知ってるって感じ?」


 嫌だわ、もしかしてストーカー? やぁねぇ、マー君ってば変態を教え子にしてるのかしら?


「えっと、まぁその、ロミリア先輩は学院では有名人だし。その……凄い人だから、慕っている学生もいて、僕も──」


 ロミリア先輩のファンだって?

 本当かなぁ? もしかしてジュリちゃんは俺が何も知らないと思っているんだろうか?

 ジュリちゃんはジュリアン・ピュレー。ロミリア先輩はロミリア・ギュネス。

 ジュリちゃんは名前から分かるようにピュレー商会の人間で、ロミリア先輩はギュネスという姓からギュネス商会の人間なんじゃない?

 アウルム王国を代表する二つの商会の御子息、御令嬢が顔見知りじゃないってことあるのかね?


「もしかして、幼馴染とかそういう関係なんじゃない?」


 ジュリちゃんが俺の発言に態度には表さないが動揺した気配を放つ。

 それだけで答え合わせは済んだようなもんだよな。


「幼馴染の男女が学院で再会か……」


 マー君が噛みしめるように呟く。

 好きだよな、マー君こういうの。

 キミは人間時代に幼馴染の女の子に魔術の訓練法だと言って、ジュリちゃんにやったのと同じことをして、二度と口を聞いてもらえなかった身の上なんだから感情移入する資格は無いような気がするけれども、そこは今は気にしないようにしよう。


「幼馴染というわけじゃ……向こうは僕のことなんて憶えていないだろうし……」


 どうなんだろうね、その辺はさ。

 直接、聞いてもいないわけだし、憶えていないかどうかなんて判断がつかないんじゃない?

 なんだか妙に湿っぽいし、これはジュリちゃんがロミリア先輩に抱いている感情は単純に幼馴染に向けるような物じゃない気配だ。


 ……まぁ最初から、そんな気配はしてたけどさ。

 さて、この気持ちを俺が勝手に明確化して良いものかどうか。

 そこら辺は幼馴染キャラ大好きなマー君としてはどう思いますか?


「惚れてんのか?」


 単刀直入に行きましたねぇ。

 解説のゼルティウス先生どうですか?って、今は不在でしたね。

 俺も乗るべきか。乗るべきだろうね。乗ってしまおう。


「幼馴染というわけじゃないと言いつつ、キミの方はしっかり憶えているようだねぇ。なんだか、複雑な想いがありそうだけど──」


「尊敬してるだけだから!」


 あ、そうですか。

 そんなにムキになって否定しなくても良いじゃない。

 別に人への好意を明らかにすることは恥ずかしいことじゃないぜ。

 まぁ、若いうちは自分の気持ちを曝け出すってことを無様だと思ってしまうから仕方ないね。

 ただ、本当に無様なのはカッコつけて、何もしないままチャンスを逃してしまう奴なんだけど。


「ぼ、僕は今日はもう帰るから!」


 そう言ってジュリちゃんは逃げるように出て行ってしまった。

 取り残される俺とマー君。口に出さずとも俺達の気持ちは一緒だ。

 今までにない一体感を感じるぜ。


『ジュリちゃんを幸せにしてやろう』


 俺とマー君の方針は一致していると目と目で通じ合う。

 俺達のために戦わせる以上、こういう見返りくらいは用意してやらないとね。


 俺は邪神だけど他人が幸せになるのを見るのを俺は嫌いじゃない。

 まぁ、邪悪だから邪神っていうわけじゃないんだけどさ。

 神は聖と邪では分けられない。分けるとしたら正か邪つまり正道か邪道を歩むかだ。

 人間に関わらないのが神の正道、関わるのが邪道である以上、俺の行動は神の邪道を歩む邪神としては、この上なく正しいのさ。だから、ジュリちゃんに関わって幸せにするのは神として何も問題ないわけ。


 だからジュリアン・ピュレーがロミリア・ギュネスに実際にどんな想いを抱いているかは分からないけれど、ジュリちゃんが幸せな結末を迎えられるように手を貸してやろうじゃないか。





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