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ロミリア・ギュネス

 

「喧嘩慣れ──というか、戦い慣れていない奴の特徴って何だと思う?」


 女の子を囲んでいた魔導院の男子学生たちが俺に向き直り、警戒態勢を取るが──


「戦闘への切り替えが遅いことだよ」


 俺は即座に動いて一番近くにいた奴の鼻っ柱に拳を叩き込んだ。


「それだけじゃなく思考も根本的に遅い。相手の動きとか様子を見るせいで簡単に先手を許す」


 喧嘩でも何でもそうだが先手を取ることが肝要だ。

 先んずれば人を制すって言葉もあるくらいだしな。


「一発食らえば、そこからは相手のペースだ」


 鼻先に拳を食らった奴がのけぞる。

 俺は続けて突き飛ばすような蹴りを放ち、そいつの体を他の学生に向けて吹っ飛ばす。

 複数でる時の位置取りも悪い。まずするべきことは俺を囲むことだよな。

 俺と向かい合う形で何人もいた所で、戦闘に参加できる数は限られるぜ? 後ろの方にいる奴は前の奴が邪魔で攻撃できないだろうに。


「攻撃を食らってすぐに反撃なんて素人はできない」


 どうすれば良いか判断に迷っていた奴の腹に俺は拳を叩き込む。

 衝撃と痛みからくる反射でそいつは体を丸める。痛みってのは慣れが無いと耐えられない。

 見た所、こいつらはお坊ちゃんたちのようだし、見た目通り殴り合いに慣れていないんだから、食らった直後に反撃なんて真似は不可能だ。

 俺は痛みに背中を丸めた体を蹴飛ばして地面に転がす。


「それと戦術がなってないってのもあるか?」


 仲間がやられたことで男子学生の残りの連中が魔術を放とうと俺に手を向ける。

 だが、発動までが遅すぎる上に距離が近すぎる。俺は即座に踏み込んで、俺へと向けられた手に蹴りを放ち、足で手を払いのける。

 魔術の発動が遅いなら、誰かが肉の壁になって俺の動きを止めなきゃな。


「後は躊躇いが見えるね。必要以上に怪我をさせたらどうしようとか思った? 相手がどうなろうと構いやしないって気持ちを持つのも重要なだよな」


 俺の蹴りで手の骨が折れたのか、魔術を放とうとした学生の一人が悲鳴をあげながら腕を押さえてうずくまり、それを見て、他の学生の顔に怯えの色が浮かぶ。悲鳴ってのは良いよな気力を削いでくれるからな。


「まぁ、そういう反応は生物的には正しいんだけどね」


 怯えて硬直した男子学生の顔面に俺は拳を叩き込む。

 鼻が折れ、歯が折れ、口の中が切れたのか夥しい血を垂れ流し、その男子学生は膝をつく。

 手で顔を押さえているが、指の隙間から血がとめどなく零れ落ち。痛みに涙が溢れ、声をあげて泣きわめく。

 その様を見て、まだ無事な学生たちの顔が青ざめる。もう逃げたくて仕方ないって感じだね。


「血を見てビビるのも仕方がない。それは正しい反応さ。血が出てるなんて分かりやすい危険信号なんだから、生き物の自然な本能として種や個体の生存のために危険から逃げるように恐怖感を生じさせるのは種の存続の上でも重要だし、生き物として大事な感覚だ」


 もっとも、俺はそういうのを感じないんだけどね。

 本能とは言っても訓練や場慣れで矯正できるもんだからな。


「ま、それはさておき、キミらはどうする?」


 いっぱい居たお仲間もだいぶ少なくなってるようだけどさ。

 見渡せば路地裏に何人もの男がうずくまったり転がったりしてる。数は少なくないけど、今だったら無傷な奴が連れて帰れるくらいの人数だ。これ以上、倒すと俺も後始末が面倒臭いんだよね。殴り倒した連中を治安の悪そうな場所に野ざらしにはしておけないじゃん?


「この辺りに倒れてるお仲間を連れて帰ってくれるなら見逃してやるけどさ?」


 提案している最中に俺へと攻撃を仕掛けようとする気配を感じたので、俺は言い終えた瞬間に距離を詰めてそいつの顎先に拳を叩き込んだ。


「怖がってるのは分かってるんだ。そんなに無理しなくても良いと俺は思うけどなぁ。……まぁ、まだるっていうなら、全員ぶちのめすしかないんだが」


 俺の言葉によって男子学生たちの戦意がスッと消え去っていく気配を感じる。

 それはそれで面白くねぇが、まぁ良いや。戦る気のねぇ奴らを痛めつけてもね。

 そういうのは必要がある時にやるもんであって、日常的にやるもんじゃないからな。


「もう帰って良いよ。ちゃんと仲間は連れて帰れよ」


 俺がそう言うと男子学生たちは怯えた顔のまま、俺に倒された仲間達を担ぎ上げて、その場を去っていく。

 賢いね。下手にって怪我するより、逃げた方が良いって判断は悪くないと思うぜ。俺は好きじゃないけどさ。


「──で彼らが帰ってしまったので、残ったのはキミだけになるんだけど……」


 俺は不良学生──とはいえ本当に不良かは分からないんで、男子学生たちの方が良いか?──に絡まれていた女の子を見る。

 その女の子は真っ赤な髪に知性と意志の強さを感じさせる切れ長な目を持った整った顔立ちの女の子だ。身長は女性にしては高めの175cmくらいだろうか? 年齢は17歳くらいかな? 白い制服越しにスタイルが良いのも分かる。


「ジロジロ見ないでくれるか?」


「おっと、こいつは失敬。キミがあまりにも可愛かったから目を奪われてしまったんだ」


 欠片も思ってないことを言って俺は誤魔化す。

 軽い調子で言ったんで俺が本気で言ってないことは女の子の方も分かっただろうが、まぁ別に気分を害されても、これから付き合いがあるわけでもないだろうから、別に問題ないだろ。

 実際、この女の子の顔は整ってると思うよ? この世界基準なら顔面偏差値60は言ってると思うね。ただし、俺が関わったことのある女性たちの中で見たら顔面偏差値は45って所だろうか。

 まぁ、俺は何百も世界を見てきて、それぞれの世界でナンバーワンの美人の顔を見てきてるわけだから、そういう人たちと比べたら、この子が可哀想かもな。


「……あの程度の者たちがいくら集まろうと私一人で充分。助けなど必要なかった。などと言うつもりは無い。助けて貰って感謝する」


 素直にお礼が言えて偉いね。お菓子を持ってたらご褒美にあげたくなるくらい立派だぜ。

 ま、別に礼を言われなくても気にはしないけどさ。礼を言ってもらうためやったわけじゃないし。


「別にいいよ。俺は俺の楽しみのために彼らと喧嘩したわけだしさ」


 あんまり楽しめなかったが、まぁそれはそれで仕方がない。

 女の子は何とも言えない表情を浮かべているが、結果的には助けて貰ったのだから俺の行動を咎めるべきではないって思っているんだろう。


「キミは確かアッシュ・カラーズだったか?」


 女の子はすぐに自分の中で折り合いをつけたようで表情を戻して俺の名を口にする。

 同じ学院の学生なわけだし、俺の名前を知っていてもおかしくはないな。俺は転入初日からトラブルを起こしてるわけだし有名人の自覚はあるんでね。


「私はロミリア・ギュネスという。学院では風紀委員を務めている」


 風紀委員っていうと俺に絡んできた奴らがいたなぁ。

 そいつらの仲間ってことは、もしかして敵対する感じだろうか?

 良いね。ロミリアちゃんだっけ? 一人だけど、さっきの連中の数十倍は楽しめそうだ。

 さぁ、俺はいつでもれるぜ? キミはどうだい?


「……そう構えないでくれ。助けて貰った恩人と事を構えるつもりはないんだ」


 俺の助けは必要なかっただろうに。

 まぁ、それはともかくとして、どうやらロミリアちゃんにる気は無さそうだ。

 ちょっとガッカリだね。良いねは取り消すわ。


「ま、しょうがねぇか。それで風紀委員さんがこんなところで何をやってるんだい? 学院の外でも学生が風紀を守っているかどうか監視してるとか、そんな感じかな?」


「うん、その通りだ。最近、魔導院の学生にあるまじき振る舞いをする者が増えていてね。学院生としての誇りを忘れず、正しい振舞いをするよう注意をしていたんだ」


 その結果、キレた男子学生に路地裏に連れ込まれたと。


「問題にするつもりは?」


 さっきの学生連中をどうするかと聞いてみるとロミリアちゃんは首を横に振る。


「これは私が勝手にやっていることだからな。風紀委員として取り締まっているわけではないんだから、学院の規則で取り締まるということは出来ない」


 善意で勝手にやってるとか結構ヤベー奴じゃん。

 警察官が職務時間外で勝手にパトロールやってるようなもんだし、何かあった時には面倒臭いことになりそうだね。何かあった時に誰が責任を取るのかとか、すげー面倒臭そう。

 なんだか関わったら厄介な女の気配がするぞ。まぁ、厄介事は大歓迎なんで関わっていくけどさ。


「大変そうだねぇ。手伝おうか?」


 俺はありったけの善意を込めて言う。

 まだまだ不良学生を取り締まっていくんだろ?

 なら、俺も手伝うのは悪くないと思わないかい?

 キミが注意する。

 女性一人だと甘く見た連中がキミを人気ひとけの無い場所に連れ込む。

 そこに俺が登場して不良学生たちをぶちのめす。

 キミは不良学生を更生させられる。俺は喧嘩ができる。不良は痛めつけられた結果、真っ当な人間になる。

 誰にとっても最終的にはプラスの結果になると思うんだが、どうだろうか?


「いや、今日はもうやめておこう」


 あ、そうですか。

 でもさぁ、そんなんで良いのかい?

 キミが見回りをやめたら悪さをする学生を取り締まる奴がいなくなってしまうかもしれないぜ?

 もう少し、見回りをしても良いんじゃないかなぁって俺は思うわけよ。

 ──まぁ、俺が何を狙ってるのか感づいたからやめるんだろうし、何を言ってもやめるだろうね。そんくらいは分かるぜ。


「キミは確か謹慎中だっただろう? 謹慎中の学生が外を出歩いているのは良くないぞ。キミも早く帰った方が良い」


 そう言うとロミリアちゃんは表の通りの方へと歩き出す。

 どうやら、本当に帰るようだね。そんな雰囲気だ。


「それでは今度は学院で会おう。今日の礼はその時にさせてもらう」


 ロミリアちゃんはそう言って颯爽とした態度で俺の前から去っていった。

 学院でって言ったが、それは会いに行っても良いってことだろうかね?

 会いに行ったら行ったで揉め事になりそうだぜ。まぁ、その方が学院に復帰できることに楽しみを見出せるから良いんだけど──


「とはいえ、そんな先の楽しみよりも問題は今の暇つぶしなんだよなぁ」


 一人取り残され、行くあても無い。

 まぁ、知り合いが一人増えたことを収穫と考えて、今日の所は帰るとしよう。

 帰って、マー君やジュリちゃんをからかって時間でも潰そうかね。




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