ある日のこと
暇だなぁ。
そんな思いを抱きながら、俺は昼下がりのソーサリアの街中を歩いていた。
ゼティは仕事、マー君はジュリちゃんの稽古。
そんな中、やることの無い俺だけが手持無沙汰に、その辺をほっつき歩いている。
厄介事ってのは勝手にやってくるくせに探そうとしても見つからないってのが、つまらないぜ。
どっかにトラブルとか揉め事とか無いかなって思いながら、俺はソーサリアの街中を歩いているんだが、俺が歩いている表通りにそんな雰囲気は無い。
まぁ、街並みもこの世界で見た中では一番きれいだし、治安なんかも良いんだろう。
人目につくところで騒ぎを起こすような奴なんかはいないのかもね。ただ、都市の規模と文化レベルを考えると、全てが全て綺麗に整った都市ってのは難しいだろうって俺は思うね。
21世紀の地球の先進国だって大都市で治安が良いのは表通りだけで、裏に行けば治安は加速度的に悪くなるんだし、こんな中世ヨーロッパ風ファンタジー感の溢れる世界なら尚更だろう。俺が思うにこの街は一皮むけば悪党の巣窟な気がするぜ。
暇つぶしに悪党を探してシメていくか?
それはそれで楽しいんだけどね。18歳になるまでの俺の小遣いは主にそういう連中からの貢ぎ物だったわけだし、慣れてはいるから、どうすれば楽しくやれるかも理解してるんだけど──
「弱いものイジメをしてる感も否めないんだよね」
俺が呟くと周囲の人間が反応して俺を見る。
俺はどうにも目立つ男なもんでね。すれ違う人も通り過ぎる人も俺の事をチラチラと見てくるし、そんな感じであるから、俺の呟き声にも反応してしまうようだ。
「嫌だねぇ、盗み聞きかい?」
俺は不意に目が合った通りすがりの人に話しかける。
見た目は商人のようだが、さて、どうするか? まぁ、何するかは決めてるんだけどね。
「え、え? あ、あの」
俺に話しかけられた商人風の男は焦った様子で周りを見回す。まさか、自分に話しかけたわけじゃないだろうと思っているんだろうが、残念ながら違う。
「おいおい、キミに話しかけてるんだぜ。俺は」
僅かに後ずさる商人風の男に対して俺は一瞬で間合いを詰めて、肩を組む。
周囲の人間は関わり合いになりたくないのか、目を逸らして足早に通り過ぎていく。
「えぇと、何か用でしょうか」
「変なことを言う奴だなぁ。用が無ければ話しかけないし、こんなに密着もしないだろう?」
肩を組んだ状態で俺は商人風の男の顔を覗き込む。
「キミさぁ、さっき俺の独り言を盗み聞きしてたろ? 駄目だぜ、そんなことをしたらさ」
「それは、貴方が勝手に──」
「ほら、やっぱり聞いてんじゃん。良くないぜ、そういうの」
俺は悪ふざけで絡んでるつもりだけども、絡まれた方はそうは思えないよな。
どう考えてもヤバい奴じゃん、俺。まぁ、そう思われるためにやってんだけどさ。
「もしかして、あのことも聞こえちゃったかな?」
「え?」
そりゃあ、「え?」ってなるわな。
だって、あのこともなんていっても俺は何も言ってないんだしな。
「やべぇなぁ、秘密のことなんだけど、もしかして聞いちゃった?」
それでもまぁ、嘘をついて困らせてみる。
暇つぶしで通りすがりの人に絡むとか、尋常じゃなく性質が悪いと思うけども、人間だった時からやってることだから、罪悪感は消えてしまってんだよなぁ。
通りすがりの用事の無さそうなサラリーマンに似たような感じで絡むのを人間の時にはやってたしな。
「困るなぁ、すげぇ困るぜ。聞かれてしまった以上、どうしたもんかね」
どうもしないけどね。
今回は商人風の男の人がスゲェビビってる感じだったので、ここまでにしよう。
本来はこのまま飲みにでも連れていってもらって、奢ってもらう流れなんだが、もうやめておこう。
「まぁ、いいや。今回は見逃してやるから、どっか行きな」
やっぱり一般人は駄目だね。絡んでも面白い展開にならないぜ。
仕方ないから他のを探しに行こうかね。
そう考えて俺は再び歩き出す。
ほどなくして辿り着くのはソーサリアの市場が開かれている広場。
やって来たは良いが、なんとなく失敗した気分になる。
人の多い場所は駄目だね。人が嫌いってわけじゃないが、どうにも居心地が悪い。
社会不適合者が極まってるって証拠で、人の世の営みに関わるってのが合わないんだろうね。まぁ、自分から進んで捨てた癖にどの面下げて人の社会に関わるんだっていう後ろめたさみたいなものもあるかもしれないってのが、俺の毎度の自己分析だ。
「帰るかな」
市場で買い物をしてる人々に背を向け、俺は薄暗い路地の方に向けて歩き出す。
そうして建物と建物の間に挟まれた路地裏に入り込むと、そこで俺は──
「──調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
男の怒鳴り声を耳にした。
声が聞こえたのはさほど離れていない場所で、俺はその声に待ち望んでいたトラブルの気配を感じ取り、早足で声の方へと向かう。
そして到着した場所で、俺は魔導院の制服を着た複数の男子学生が一人の女子学生を囲んでいる場面に遭遇することになる。
「白服だからってイイ気になるんじゃねぇ!」
男子学生が白服の女子学生に詰め寄る。
確か白服ってのは魔導院のエリートだった筈だ。対して男子学生の方の制服の色は様々だが白服を着ている
奴は見当たらない。
「イイ気になっているのはキミたちの方だろう。魔導院の制服を着て自分が大層な人間になったつもりか?」
囲まれているのにも関わらず女子学生の声には怯えなど欠片も感じられない。
女子学生の方は顔は俺のいる場所からでは分からないが、男子学生たちの方は一目見ただけで素行が悪そうな気配がある。とはいえ、どっちが本当に悪いかは分からないんで、まだ助太刀はしないけどね。
「魔導院の名を使って街の人々に乱暴狼藉を働いているそうじゃないか。同じ学院生として、キミたちの振る舞いを見過ごすわけにはいかない」
「だったら、どうするってんだよ! 数を見てみろ、いくらテメェが風紀委員様でも、この数は──」
どっちが本当に悪いかは分からないが、とりあえず数が多い方が悪そうな気がするので俺は後ろから走っていって男子学生に飛び蹴りをかました。
「楽しそうだなぁ。喧嘩だろ? 俺も混ぜてくれよ?」
突然の出来事に困惑する男子学生の一人と肩を組み、俺は学生たちに話しかける。
「同じ学校の仲間なんだから仲良くやろうぜ?」
そこでようやく俺が何者か分かったのか、男子学生たちの顔に僅かに怯えの色が浮かぶ。
俺はこいつらを知らないが、こいつらは俺を知っているようだ。
「てめ──」
肩を組んでいた学生が暴れようとしたので、俺はその状態から投げ飛ばして地面に叩きつける。
背中を強く打ったことで、呼吸困難になった学生は悶絶して地面でのたうち回る。
最初に飛び蹴りを食らった学生も起き上がってこない。
速攻で二人やられたためか、他の学生が及び腰になって俺から遠ざかろうとするので、俺は努めて優しい声で呼びかけることにした。
「大丈夫だって、手加減するからさ」
だから、ちょっと暇つぶしに喧嘩をしようぜ?
キミらに見せ場や、これから人に語れる武勇伝を作らせてやれるかはわからないけどさ。