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宣教師

 

 ソーサリアの街並みの中を二人の黒服の宣教師が歩いている。

 その二人は先程、アッシュと言葉を交わしたラ゠ギィとゴ゠ゥラの二人組であった。

 羽織った黒いケープをたなびかせながら歩む二人は周囲と比べても目立つ格好であったが、通りを歩く人々はどういうわけか、二人の事を認識できないかのようにその存在を気に留めていなかった。


「勘弁してくださいよ、先輩」


 目的地へと歩きながらラ゠ギィの方がゴ゠ゥラに声をかける。

 その際に向ける表情は苦笑いといった感じで、半ば諦めの色が浮かんでいた。


「もう少し愛想を良くしてもらわないと。困りますって」


 ラ゠ギィは柔らかい口調ではあったが、内容はゴ゠ゥラを咎めるものだった。

 それを聞かされてもゴ゠ゥラは表情を変えることなく、無表情でラ゠ギィに言い返す。


「手緩いな、お前は。愛想など下らんことは気にせず、あのような輩、始末してしまえば良かったのだ」


「先輩……」


 ラ゠ギィは肩を落とすが、その仕草の意味を読み取ることなどせずゴ゠ゥラは続ける。


「我らの使命はこの地における魔族の企てを阻止することだと忘れるな。先程の男のような怪しげ連中はどこで魔族と繋がっているか分からんのだから、魔族の手先かもしれん」


「そうでしょうかね?」


「違うかもしれんが、疑わしき者は罰するべきだろう。いちいち、その真偽を確かめるようなことなどは我々の任務ではない」


 ゴ゠ゥラの言葉にラ゠ギィはゴ゠ゥラに見えないように肩を竦めると「そうですね」という同意の言葉を口にする。


「ま、ボクらは殺すのが仕事ですからね。それに文句はありませんよ。教皇猊下の命に従い、教会の邪魔になる連中の始末をする、それが宣教師の仕事なんですから文句を言う気はありません」


 白神教会の宣教師、その真実を知る者は多くない。

 教会の教えを広める者たちというのも表向きは間違いではないが、その実態は教会の異端審問官であり殺戮部隊である。教会の教えを広めるという名目で教会に従わない者を始末、または教会の不利益となる存在を排除するのが彼らの任務である。

 その任務の性質上、宣教師は教会の上層部の直属であり、教皇の命が無ければ動かない。逆に彼らの行動は全て教皇の意志であるとも言える。


「ただ、さっきの人は良くないんじゃないかと。片手間で始末できる相手には見えませんでしたし、何も考えず手を出すのはどうかとボクは思いますね」


「何を言っている? 所詮は現地人だ、我々の敵ではない」


 アッシュを侮るようなゴ゠ゥラの言葉に対してラ゠ギィは一瞬だけ目を細める。

 それと『現地人』という言葉、ラ゠ギィはその言葉に反応を示す。


「現地人はやめましょうよ。それを言ったら行き場の無いボクらは何になるのかって話です」


 ラ゠ギィの窘めるような物言いにゴ゠ゥラは鼻白む。ゴ゠ゥラ自身も迂闊にその言葉を使うべきではないと理解していたからこそバツが悪い。

 言い返す言葉も思いつかずゴ゠ゥラは口を閉じ、ラ゠ギィを置いていくように早足で通りを進む。

 その背中にラ゠ギィは「それと──」と言いかけるが、続きを口にすることをやめ、顔に笑みを浮かべてゴ゠ゥラの背を追って通りを早足で歩き出した。


 ラ゠ギィが言いかけた言葉。それは一つの疑念だった。

『果たして、あのアッシュという男はこの世界の人間なのだろうか』

 ふと思い浮かんだ疑念、しかしラ゠ギィはそれを呑み込んだ。確証の無い話をするゴ゠ゥラにする必要はない。

 そんな判断のもとラ゠ギィは自分の抱いた思いを口にすることは避け、それよりもゴ゠ゥラの機嫌を取ることに終始するのだった。


 ソーサリアの通りを歩いていた二人の宣教師はほどなくしてソーサリアにおけるアジトとして用意された建物に到着する。一応は教会の人間である宣教師の二人であるがソーサリアの白神教会にすぐに顔を出すのは避けた。

 宣教師はなるべく一般の聖職者と接触するのを避ける。その理由は宣教師の大半が白神教会のしきたりに詳しくないためであり、ボロが出るのを避けると同時に宣教師の実態に探りを入れられるのを避けるためであった。


「──で、いつ動く?」


 ゴ゠ゥラは用意された豪奢なソファにどっしりと腰を下ろしながらラ゠ギィに訊ねる。

 心情としてはラ゠ギィに伺いを立てるまでも無くゴ゠ゥラはソーサリアの街に繰り出し、魔族もしくは魔族と通じてると思しき輩を始末して回るべきだと考えていたが、対してラ゠ギィの考えは違う。


「闇雲に動くべきではないでしょう。というかボクらが動くのは最後です。余計な動きをすれば、それだけボクらの存在を隠すのは難しくなるんですから慎重に行くべきかと」


「なら、どうするというのだ? 俺達が動かずに誰が動く? 我々は手勢など持っていないのだぞ」


 最後に動くにしても、そこにたどり着くまでを誰が調べるのか、ゴ゠ゥラはラ゠ギィの考えが現実的ではないと否定しようとしたのだが──


「そのために天使の使用許可を貰っているんじゃないですか」


 当たり前のように言ったラ゠ギィが指を鳴らすと、部屋の中に光る粒子が生み出され、それが集まって人の形を取っていく。


「おぉ、偉大なる天使エルディエルよ。我らの願いを叶えたまえ」


 ラ゠ギィはこれ以上ないくらい芝居がかった仕草で口上を述べると人の形になった光の粒子から翼の生えた人影が現れる。


「人の子よ、天使に何用か」


 現れた天使の名はエルディエル。

 ラ゠ギィが手駒として教皇から使用することを許された天使のうちの一体だ。

 教皇から聞いた話では少し前に何者かに手酷くやられており、廃棄寸前だったがラ゠ギィが実際に見た限りではまだまだ使えそうではあった。


「この街に魔族かその関係者がいないか調べ来て欲しい」


 ラ゠ギィは敬意も何も感じさせない言葉でエルディエルに指示を出す。

 天使というのは白神の地上における代行者であり、白神教の信徒にとっては信仰の対象である。天使の方も自身が上位者である自覚があり、それ故に人間に対して尊大な振る舞いをするものが多い。そんな天使にとってラ゠ギィの物言いは看過しがたいものであった。


「人間風情が我に命令するのか?」


 天使エルディエルが殺気を放つがラ゠ギィはそれをそよ風のように受け流すと、天使に対して絶対の言葉を口にする。


「ボクは教皇猊下から貴方の使用許可を得ている」


 天使にはそれだけ言えば済む。

 天使は教皇の命令には逆らえない。その言葉は天使が仕えるとされる白神の言葉よりも重い。

 エルディエルは教皇から自分について一任されているラ゠ギィに対して本能的に跪く。


「天使風情が偉そうに」


 エルディエルの有様を見てゴ゠ゥラが吐き捨てるように言うが、それを聞いたラ゠ギィが愛想笑いを浮かべて窘める。


「そんなことを言っては駄目ですよ、先輩。一応、天使ってのは尊い存在ってことになってるんですから、教会の人間であるボクらは敬っている風に見せないと」


 そういうラ゠ギィの方も言葉と態度が噛み合ってはいなかった。

 ラ゠ギィは笑みを浮かべながら近づくと、跪くエルディエルの顔を覗き込みながら言う。


「表向きの上下関係というのは大事だ。だが実際の上下関係というのはもっと大事だ。分かるね?」


 エルディエルはラ゠ギィの問いに頷くしかなかった。


「ボクらの言葉は猊下の言葉と同じだ。貴方は従うしかないんだ。それも分かるね?」


 エルディエルは再び頷く。


「なら、結構。では、行ってください」


 ラ゠ギィがそう言うとエルディエルの姿が光の粒子となって散り、部屋の窓からその粒子が外へと出て行き、それを見届けたゴ゠ゥラがラ゠ギィに訊ねる。


「役に立つのか?」


「役立たずでも魔族を探すくらいの仕事は出来るはずです。それに借りてる天使ははアレだけではないので、問題は無いでしょう」


 そう言うとラ゠ギィはエルディエルの事など、どうでも良いかのような態度で新たな天使の召喚を始めるのだった。





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