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来客

 

「う、うぅ……」


 ジュリアン君改めジュリちゃんが泣いている。

 ジュリちゃんは酒場の屋上でマー君に正座をさせられながら涙を流しているが、その元凶であるマー君はシレっとした顔でマー君を見下ろしていた。


「泣くことはないだろ」


 そんなことを言うマー君が何をやったか察しが付く。


「テメェのクソを観察してたくらいで何を騒いでんだか」


 お腹を壊したジュリちゃんがトイレに駆け込んだのを追いかけていったマー君はその勢いのまま、トイレに乱入し、ジュリちゃんが出した排泄物を確保したんだろう。マー君が魔術を教えている奴にいつもやっていることだ。


「出すところを見てたわけじゃないんだし、何が気に食わないんだ」


 いやぁ、普通の人は怖いと思うぜ?

 俺は慣れてるから平気だけど、自分のケツの穴に指を突っ込んだ奴がトイレにまで押し入ってきて、出したウンコを回収したとか恐怖以外の何物でもないって。


「魔力含有率は30%。俺の手助けもあって、この程度だと前途は多難だな」


 こんな発言を聞いてるとなんだかマトモなことを言っているようだけど、やったことはと言えば、他人の排泄物を奪ってきて、そこに込められた魔力を計っているだけだからな。頭おかしいよね。


「うぅ、うぅ……」


 あぁ、よしよし怖かったねぇ。

 変態は怖いよなぁ。知ってる? アイツ、自分に魔術を教わりに来た相手にはいつも同じことをしてるんだぜ? 性別とか関係ないから女の子の排泄物も奪って魔力がどんだけ込められてるか調べるんだ。

 ド変態だよね、絶対に主役にはなれねぇキャラだよ。


「あ、あの人おかしいよ、絶対におかしいよ……」


「分かってる。それは分かってるよ」


 助けてほしいってジュリちゃんが俺に縋るような眼差しを向けてくる。

 そこら辺の美少女をダブルスコアで上回るくらいの顔面偏差値の美少年であるジュリちゃん。

 そんな相手に頼られれば普通の奴ならコロッと落ちるのかもしれないが、俺もマー君と同じくおかしい側の人間なんで情にほだされるってことはない。

 ジュリちゃんの苦境に理解を示すような言葉を言ったためにジュリちゃんは俺を救世主かのように見上げるが、そんなジュリちゃんに対して俺は奈落に落とすような言葉を言う。


「キミが辛いのは分かってるけれど、アイツに教われば魔術としては一人前になれるから頑張れ」


 キミにはシステラと一戦交えて貰わないといけないんだから、強くなってもらわないと困るんだ。

 だからまぁ、俺の都合のためにちょっと我慢して欲しいね。


「これからしばらくは魔力を物体に込める訓練をしてもらうことになる。魔力を込める物体はクソだ。お前の腹の中のクソに魔力を込めて尻の穴から出せ。込めるに留まらず出すという行為によって魔力が体から出るイメージを確立し、魔力の放出の精度を高めていく」


 こいつ本当にクソが大好きだよなぁ。

 マジでウンコマンだわ。


「なぁ、ウンコマン?」


「誰がウンコマンだ、殺すぞクソが」


 それはそのうちやってもらうとして、ジュリちゃんを見てみなよ。

 人生で最大の恐怖に遭遇したいみたいに泣きじゃくってんだぜ?

 ようやく、そのことに気づいたようマー君は溜息を吐きながら、ジュリちゃんに近づき、その肩を優しく叩く。

 ところで気になってんだがマー君、ジュリちゃんのケツの穴に突っ込んだ指を洗いましたか?


「なぁ、ジュリアン。泣いている場合じゃないだろ? お前は何のために俺に魔術を習いに来たんだ?」


 少なくともケツの穴に指を突っ込まれに来たんじゃないと思うぜ?


「どんな理由があるかは今は聞かない。だが、それなりの覚悟を持って、ここにやって来たんだろう? それなのに何だそのザマは、お前の覚悟はちょっと苦しいことがあるだけで折れるような情けない物なのか?」


 マー君はジュリちゃんの目を見つめる。

 何時の間にかジュリちゃんの目に涙は無くなり、その眼には強い意志が浮かんでいる。

 まぁ、洗脳の結果だろう。マー君が魔術でジュリちゃんの精神をちょっと弄ってやる気を出させているから、泣き止んだだけだ。


「よし、良い表情だ。では、明日から出したクソは俺に提出するように。今日の感覚を思い出してちゃんと魔力を込めるんだぞ?」


 マー君の目を見つめるジュリちゃんは力強く頷く。

 大丈夫だろうか? 冷静に考えようぜ、毎日クソをマー君に持っていくんだぜ?

 死にたくならないかい? 


「クソに魔力を込めるのが上手くできるようになれば、体内の魔力コントロールも上達し、自分の体に魔力を込めて動かすことも出来るようになる。それは戦闘向きの魔術師にとって必須の技術だ。これを習得しなければ始まらないということは理解するように」


 マー君は自分が教えてることがどういう意味を持つのか、最初にちゃんと教えるんだよね。

 修行の意味に自分で気付くようにってことは基本的にはせず、修行の意味と目的をハッキリさせることで何のためにさせられているのか教えられる側が分かるようにしてる。何のために修行をするのか分かっていた方が、モチベーションも高まるんだとか何とか。


 こういう話を聞けばなんとなく分かると思うけど、マー君の修行は基本的にはクソ甘いんだよね。

 精神的に辛いことはあるかもしれないけど、必要以上に心身を痛めつけるってことはしたりしない。それにも関わらず結果は出すんで、指導者としては良い方なんだが──


「明日からクソは酒場ここでするか、それ以外でした場合は俺の所に持ってくるんだぞ? 毎回、どれだけ魔力を込められているか調べるからな」


 やってることはヤバい奴なんだよなぁ。いかがわしい気持ちなくて純粋に教え子のためにやってるってのが逆に性質タチが悪い気がするぜ。本人は女にモテたいみたいなことを思ってるけど、どう考えても無理だよなぁ。


 考えてもみろって例えばの話だけど──


 マー君が困ってる女の子を助けたりするだろ?

 良くあるパターンだけど、助けた女の子がマー君に憧れて魔術を教わりたいと言うじゃん?

 普通の物語だと、普通に教わってその女の子は大成するのかもしれないけど、マー君の場合は──


『尻を出せ』


 そこから始まるんだぜ?

 女の子だってドン引きだよ。

 仮に女の子の方がマー君に心酔してて言うことを素直に聞いたとしても次は──


『尻の穴に指を突っ込む』


 通報案件だよな。

 でもって、その次は──


『ウンコを分析する』


 これを了承してくれる女の子はいるんだろうか?

 俺はいないと思うんだが、仮にマー君に心酔してる女の子でもそんなことを言われたらマー君から逃げるだろう。そのうえ、一回は耐えられたとしても──


『毎日ウンコを俺に提出するように』


 なんて言われたら絶対に逃げるよな。

 善意でやってるためにマー君の罪悪感が無いのがよろしくない。

 そんでもって、その試練を乗り越える奴がそれなり以上にいるってのも良くなかった。

 まぁ、ヤバいヤバいとは言ったけれど、この程度の事に耐えれば強くなれるんだから、対価としては破格だからな。つーか、切羽詰まってる奴にとっては対価でもなんでもねぇわな。


「基本的には魔力のコントロールを重視した修行を行っていく。新しい魔術を学ぶより、使える魔術の完成度を高めることの方が大事だからな。魔力のコントロールが良くなれば魔術の完成度も高まる。それと並行して体づくりと体力づくり、魔術師として俺が適正と考える体質へと体を少しずつ作り替えていくことも必要になる。他には──」


 ジュリちゃんはマー君に洗脳されたままのようで、マー君の言葉をそれまでとは打って変わった様子で真剣に聞いている。こうなるとジュリちゃんの反応を楽しむことも出来ないわけで、俺としては面白くは無い。

 ジュリちゃんがマー君の言動にいちいち反応をしてるのを見ているのが面白かったんで、それが無いなら修行を見ていても、さして面白くは無い。


 退屈を感じた俺の視線が自然と二人から離れ、何気なく屋上から見える酒場の前の通りへと視線が移る。

 そうして、ふと見下ろした先に俺は人の姿を見つける。数は二人で酒場の前に立っている。

 警戒はしていなかったけれど、俺が視認するまで気配に気付けないってのはどういうことなんだろうね? 興味を惹かれた俺は屋上から身を乗り出して、酒場の前に立つ二人に声をかける。


「何か用かい?」


 屋上と言っても二階建ての建物の屋根の上くらいの高さだ、声を張らずとも地面には声が届く。

 俺の声が届いた二人は、俺の方を見上げてくる。

 奇妙な格好の男達だ。片方は細身でもう片方は筋骨隆々。二人とも、地球でいうカトリックの神父が着るような丈の長い黒い服──祭服カソックを着てケープを羽織っている。その上で細い方は黒い中折れ帽、太い方は山高帽を被っている。

 その服装自体は俺の感覚では不自然さは無いが、奇妙だと思うのは文化的に洗練されすぎてることだ。周りが中世ヨーロッパ風のファンタジーな格好をしてるのに、こいつらだけ地球の19世紀くらいの伊達男みたいな雰囲気の装いをしている。


「ここの家主の方ですか?」


 細身の方が俺に訊ねる。

 俺が先に質問したつもりなんだけどね。逆に質問を返されちまったぜ。


「そうだけど、アンタたちは?」


 まぁ、自分の持ち家ってわけじゃないけどね。

 空き家を不法占拠してるだけだから、そこを突っ込まれると困るんで、俺は話を変えるように二人が何者か尋ねた。

 俺が訊ねると細身の方は帽子を取って俺に顔を向ける。その顔は細い目をした狐のようだった。

 細身の男は細い輪郭の顔に柔和な笑みを浮かべながら俺を見て言う。


「これは失礼を致しました。私はラ゠ギィと申します。こちらはゴ゠ゥラ殿。我々は白神教会にて宣教師の任を受ける者です」


 宣教師ねぇ。

 白神教会の宣教師ねぇ。黒い服なのに白神教会の人間ってのもおかしな話だよね。

 まぁ、服の色にそんなにこだわっても仕方ないのかな。


「それで、宣教師さんたちが何か用かい?」


 俺があまり歓迎する気配も無しに言うが、ラ゠ギィと名乗った男は気分を害する様子も見せずに俺の問いに笑みを浮かべたまま答える。


「さきほど、この辺りで助けを求める人の気配と怪しげな気配を感じまして、様子を見に来たのです。何かご存じありませんか?」


「さぁ? 知らないな」


 助けを求める気配ってのはジュリちゃんで怪しげな気配ってのは俺達かな? それに間違いは無いと思うが、それを感じ取れるこいつらは何者だろうか?

 さっきから俺も探ってはいるんだが、いまいちコイツらの強さが見えてこないんだよな。なんだか気になるぜ、いますぐこの場でってしまおうか? 


「そうですか。では我々の勘違いということなのでしょう。お忙しい所、失礼を致しました」


 ラ゠ギィは帽子を胸に当て俺に頭を下げる。

 対してゴ゠ゥラとかいうデカい方は微動だにせずに俺を見据えていた。

 そっちはる気がありそうだね。何か俺が気に障ることをしたかな? してないよな?ってことは純粋に喧嘩を売っているってことかい?


「そっちの方は申し訳ないって感じじゃなさそうだけど?」


 俺がゴ゠ゥラの方を指差すとラ゠ギィは変わらずに笑みを浮かべて俺を見る。


「申し訳ありません。こちらのゴ゠ゥラ殿は些か俗世の習わしに疎く、彼の代わりの貴方に不快な思いをさせたことを謝罪いたします」


「まぁ、別に良いけどさ」


 ラ゠ギィが謝るとゴ゠ゥラの方は興が削がれた様子で俺から視線を逸らす。

 相手のる気が無いんだったら仕方ないね。俺も戦る気を抑えることにする。


「しかし、宣教師さんたちがどうしてこんなところにまで?」


 俺は二つの意味を込めた質問をする。

 わざわざソーサリアに来た理由を聞いたのと、助けを求める人々の気配がしたからといって、こんなスラムを通り越して無人のゴーストタウンみたいなっている場所に来るのは何故かっていう二つの意味だ。


「ソーサリアには未だに白神様の教えが広まっておりません故、我々はその尊い教えをより多くの人々に知ってもらおうと、この地を訪れた次第です。そして我々は宣教師の役目とは白神教会の教えを広く知らしめるのみではなく、同時に教えに従い人々を救うことも使命であると自任していますので、何処であろうと助けを求める声なき声がすれば、駆け付けるべきだろうと考えております」


 それで、こんな所まで来たと?

 俺達は脛に疵のある身なもんで、それを素直に信じるのは難しいんだよなぁ。

 言い分も嘘くせぇし、信用するべきじゃねぇな。


「へぇ、立派だねぇ」


 俺は思っても無いことを口にする。

 それはラ゠ギィの方も分かってるだろうが、ラ゠ギィは微笑むだけで何も言わない。


「お時間を取らせて申し訳ありません。どうやら、この場所に助けを求める人はいないようですね。お騒がせしました」


 そう言うとラ゠ギィは最後にもう一度俺に頭を下げて帽子を被る。


「なんだい、もう帰るのかい?」


「えぇ、我々には使命がありますので、この辺りで失礼をさせていただきます」


 帽子を被ったラ゠ギィは最後まで丁寧な所作を崩さず、この場から立ち去って行った。

 ゴ゠ゥラの方はずっと俺を見ていて一度も頭を下げなかったけどな。


「誰か来たのか?」


 宣教師の二人が立ち去るとマー君はようやく気付いたように俺に話しかけてきた。

 ジュリちゃんの指導に熱中していたのか、それとも気配を感じ取れなかった。どっちかはわからないが、まぁ、どっちでも良い。


「あぁ、面白い奴が来たぜ」


 俺に気配を感じさせず、強さも測れない連中だ。

 まったく、この世界ってのは俺を退屈させない連中に溢れてやがるぜ。




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