魔術理論
汚い話です
「俺はいつも基礎を教える相手には、こんな質問をする」
マー君が偉そうにジュリアン君に語り出す。
これは、あの流れだよなぁってマー君の魔術に関する理論を聞いたことがある奴なら、予測できる話の切り出し方だ。絶対にその説明と指導法はやめた方が良いって、他の使徒連中も言っているんだが、マー君は自分の魔術師としての長年の経験から、これが最も正しい道だと確信してるのが手に負えない。
「なんで、お前は手から魔術を出すんだ?」
ジュリアン君はキョトンとした顔でマー君の質問を聞いていた。
答えは無いが、マー君の方も答えが返ってくるとは思っていないんで一方的に喋るだけだ。
コミュニケーションを取る気がねぇんだもんなぁ。まぁ、指導法に関しては一任してるんで俺は口を挟まないけどさ。
「特に理由は無い? そう教わっただけとか、そんな感じか?」
「えっと、狙いをつけやすいのかなって。それと、掌から魔力を出して魔術を完成させるから──」
ジュリアン君が答えている最中にマー君は大きく溜息を吐く。
ほぼ初対面の人間にそんな態度されたら傷つくからやめてあげなよ。
つーか、これから話す内容も初対面の相手に話すような内容じゃないんで、やめてあげて欲しいとも思う。
「体内の魔力を放出する過程ってのが、この世界の魔術には必須ってことは俺も理解してるんだよ。だが、だからこそ、俺は何となくで手から魔力を出してるってのがおかしいって言いたいんだ」
ジュリアン君が困ったような顔で屋上の隅にいた俺を見てくるが、俺は口を挟む資格を放棄してしまったんで、見られても何もできません。ご愁傷様です。
「体内から魔力を出すにしたって、手の何処から出すっていうんだ? 人間の手に体内と通じてる部分は無いぞ?」
魔力を出すのに関して手ってのは体内に通じてる所が無いから出にくいってのがマー君の持論だ。
まぁ、汗腺とかあるから、手汗が出るのと同じメカニズムで魔力が絞り出てるんで魔術の発動には問題が無い。
「俺が言いたいのは魔力を出すという訓練が足りてないってことだ。本来、体内からの出口が無い手から魔力を出すってのは実は高度なことだと分かっているか?」
そんなん知らねぇよなぁ。
習ってないことを、さも当然のように言われても困るだけだって。
「手から魔力を出し、魔術を使うなんてのは本来は最終課題だ。ほとんどの魔術師はそれを分かってないせいで、非効率な魔術の使い方をする羽目になっている」
「な、なるほど……」
無理して理解しようとしなくて良いと思うよ、ジュリアン君。
色々と理屈を並べてるけど、この後に聞かされる話で、真面目に聞かなきゃ良かったってなるから。
「だから、魔術師がまず最初にするべきなのは魔力の放出するという練習だと俺は思っている。さて、俺はいま魔力を放出する練習と言ったわけだが、その放出の練習と言うのは人体の何を使えば良いか分かるか?」
ジュリアン君はマー君の問いに困惑する。
真面目に考えているんだろう。で、考えた結果、これは無いだろうって結論に達して答えるのを戸惑っているのかもしれない。
でもなぁ、人体において『出す』ことが出来る器官と言えば、一つしかないじゃないか。そうだよ、答えは一つしかねぇんだ。
「分からないのか? なら、仕方ない。答えを教えてやろう」
分かってても答えたくねぇんだと思うよ?
俺とジュリアン君の気持ちを知ってか知らずかマー君は勿体ぶった感じを出しながら答えを口に出す。
その答えとは──
「尻の穴だ」
「……は?」
ジュリアン君は予想通り過ぎて予想外といった様子で間の抜けた声を出す。
マー君はそんなジュリアン君の様子が気に入ったのか、意表をつけたことに満足した様子で言葉を続ける。
「お前には尻の穴から魔力を出す修行をしてもらう」
「え、え?」
「尻の穴は人体に置いて唯一『出す』ということに特化した器官だ。体内の出口の穴がぽっかりと空いているんだから、魔力の出しやすさなんてのは手なんかとは比べ物にならない」
「いや、え?」
「まずは尻から魔力を出すことで魔力の放出に慣れてもらい、魔力の流れの理解もしてもらう。手や他の部位を使っての魔力の放出はその後。いや、尻から魔力を出すことに慣れたら、尻から魔術を出す修行だな」
「は? は?」
「やってみれば分かるが、尻からの魔術は良いぞ。魔力の放出が良いから魔術の構築も早くなるし、使える魔力量も手での発動より二割から三割増しだ。まぁ、俺は使わない、カッコ悪いからな」
「えっと、あの……」
「というわけで、尻から魔力を出せるようにするために尻を出せ。ズボンを脱いで、俺に尻の穴を晒すんだよ、早くしろ」
熱のこもるマー君に対してジュリアン君の顔が真っ青になる。
そりゃ、急に尻の穴の話題になればビビるわ。急に興奮して尻の穴について話しだして、ついでに『ただし、魔法は尻から出る』だもん。どっかの漫画にもあったフレーズだけど、実際にやらされる方はたまったもんじゃないよな。そして極めつけには「ケツを出せ」だぜ? 恐怖しか感じないってマジで。
ちなみにマー君はこれを自分に魔術を教わる奴には男女関係なしにやるからな。
どんな可愛い女の子がマー君を慕って魔術を教わりに来ても「ケツを出せ」から始まるんだもん。そりゃあ、女の子と縁なんか出来ねぇわ。どんなに活躍して名声が広まっても弟子入り志願には「ケツを出せ」だからな。弟子になる奴なんかいねぇよ。
「あ、あの、僕、帰り──」
逃げようとするジュリアン君の体にマー君が魔術で生み出した鎖が絡みつき、その体を縛り上げる。
女の子にしか見えない美少年が鎖で拘束されるのは中々な絵面だね。好きな人もいるだろうって、他人事のように思いながら俺は眺めている。
「どういう理由で此処に来たかは知らないが、俺に魔術を習いに来た以上、俺のやり方に従ってもらう」
「ひっ──」
ジュリアン君が声をあげそうになるが、マー君の生み出した鎖が猿轡になってジュリアン君の口をふさぐ。
「変な声を出そうとするんじゃない。俺がいかがわしいことをしてるみたいになるだろ」
いやぁ、俺から見ても相当にいかがわしいことをしてると思うよ?
ほぼ女の子な男の子を鎖で縛って、そのズボンに手をかけてるところとか、他人に見られたら通報されるくらいヤバい絵面だぜ?
「こら、暴れるんじゃない。おい、アッシュ、手を貸せ!」
鎖に縛られた状態でもジュリアン君はもがく。
身の危険を感じてるんだから仕方ないね。
俺としてはジュリアン君の気持ちを尊重してあげたい気もあるが、ここで止めたらシステラとの一件に影響も出るんで、ジュリアン君には可哀想だけど我慢してもらおう。
「ごめんなぁ。でも、絶対に強くなれるから我慢してくれよ」
俺はジュリアン君の動きを封じ、その間にマー君がジュリアン君のズボンを一息に下ろす。
その瞬間、ジュリアンの外見に不釣り合いなドンッと言いたくなるような大層な代物が露になったが、それに関してはこの場では重要ではないんで気にしないようにする。
「ん~! ん~!」
身の危険を現在進行形で感じているジュリアン君だが、上半身を俺に押さえつけられ身動きが取れずに猿轡をされた口から声を漏らすことしかできない。
「何を騒いでいるかは知らないが、俺はこれまでに数百人以上に同じようなことをしてるんだ。尻を見ただけで興奮するわけがないだろ。男の尻なら尚更だ」
産婦人科医が女性器を見てもあんまり興奮しないのと同じ感じなんだろうね。
まぁ、そんなことを言われてもジュリアン君は安心できないだろうけど。
「とりあえず尻の穴に指を突っ込んで魔力を流し込むから、それで魔力の流れる感じを掴め」
マー君の言葉を聞いた瞬間ジュリアン君の体がビクッと震えるが、俺に押さえつけられているせいで抵抗も出来ない。身動きの出来ないジュリアン君の美尻にマー君の指が何の遠慮も無く迫り、そして──
「ん~!! ん~っ!! んんっっっ!!」
──無事に貫通。ご開通おめでとうございます。
指が門を抜けて通路を走る。ジュリアンゲートウェイって感じだね。
痛いのか、それとも別の感覚があるのかジュリアンの体がビクビクと震える。
「分かるか? 体内を魔力が流れてるのが。そして魔力を放出するという本当の感覚が分かるか?」
マー君がジュリアン門から指を抜くと、最後にジュリアンが大きくビクッと動いてグッタリと力尽きる。
これを性別関係なしにやってんだよなぁ、マー君。頭おかしいよね。そりゃ女の子と縁なんか無くなるわけだわ。
ジュリアン君──貫通しちゃったからジュリアンちゃんの方が良いし、ジュリちゃんって呼んだ方が良いかな?
俺達はとりあえずジュリちゃんを一休みさせる。ほどなくして意識を取り戻すジュリちゃん。
しかしジュリちゃんはさっきのことがトラウマになったのか、マー君の姿を見た瞬間、その場から逃げ出そうとする。
「逃げんなよ」
俺はすかさずジュリちゃんを拘束し、マー君の前に座らせる。
嫌でも、ここで我慢しなきゃ強くなれねぇんだから、耐えろって。
「魔力の流れや放出する感覚は分かったか?」
マー君はジュリちゃんの様子なんか気にも留めずに自分勝手に話しだす。
やべぇよな、人のケツに指突っ込んでおいて平然としてるんだぜ? でも、そんなこと言ったら、肛門科のお医者さんってどうなるんだってことになるから、気にしてる俺の方が変か。
「……」
ジュリちゃんは黙っている。
そりゃ黙るわ。レイプされたも同然だもん。
強姦魔に説教されても聞く耳持つのは不可能だし、マー君とは話したくもねぇだろ。
「手から魔力を出すより遥かに出しやすかっただろう?」
マー君はこういう状況になるのが慣れてるのか全く気にも留めねぇしなぁ。
でも、この方法を使うと間違いなく強くなれるってのは俺も知ってるんで、やめろとも言い辛いんだよね。
「だが、だからといって、すぐに出来るようになるわけじゃない。さっきのは俺が手伝ったからできただけで、独力では不可能。なので、幾つかのステップを経て魔力の放出を出来るようになってもらう」
マー君の話を聞いているジュリちゃんの体が急に震えだし、それに気づいた俺はジュリちゃんの拘束を解いて距離を取る。しかし、拘束を解かれたにも関わらずジュリちゃんはすぐさま動き出すということはなく、体を丸めてお腹を押さえていた。
それを見て俺は察する。マー君は本気だってことを。まさか、今日だけで、ここまでやるとは俺も想像してなかったぜ。
「魔力を出すにしても純粋に魔力だけを放出するというのはハードルが高い。それ故に俺はステップを設けている。魔力だけを出すのではなく、体内の魔力を何かに込めて出すという具合にな。実体の無い物を出すより実体のある物を出す方が楽なのは自明の理だ」
お腹を押さえるジュリちゃんの顔が真っ青になる。
「幸い、尻の穴は体内で生成された物が排出される部位だ。魔力を込めて体の外に出す物には不自由しない。そして、それは魔力と同じく自分の体内で生成されるものであるから魔力との親和性も高く、この世のどんな物質より魔力を込めやすいと俺は考えている。また、種類も豊富だ固体は勿論のこと、半固体、液体、気体と何でも出るんで魔力を込める物には事欠かない。全てに魔力を込められるようになったら、お前は尻の穴から魔力を出すことも容易くなるだろう──」
演説の途中にジュリちゃんは立ち上がり屋上から走って出て行く。
将来的に出せる物より、いま現在漏れ出そうな物の方が大事なんで仕方ない。
「とりあえず、クソに魔力を込められるようになってもらわないと修行が始められないんでな」
ケツの穴に指を突っ込んだ時に腸内を魔力で刺激した上で、ジュリアン君の腹の中の排泄物に魔力を流し込んでおいたんだろう。これでウンコに魔力を込めるって感覚を学ばせたかったんだろうが──
「さて、ようやくこれで修業はスタートラインに立ったな」
そう言ってマー君はジュリちゃんを追って屋上を出て行った。
ほどなくして聞こえてくるジュリちゃんの悲鳴。
「あいつ、絶対にろくな死に方しないだろうなぁ」
何をしたか想像がつく俺は下の出来事が片付き二人が戻って来るまで屋上で待つことにしたのだった。