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修行開始

 

 ゼティとシステラの会話を見届けた俺が酒場に帰ると、ちょうどジュリアン君がやって来たところだった。

 どうやら、魔導院は必修の授業は午前だけで午後からは選択だったり自由参加のようだ。もっとも、それは学院のその他大勢だけのようで、エリートである白服は午後もちゃんと授業があるみたいだけどね。

 名門という割には一部の優秀な学生以外を冷遇してるようにも見えるが、まぁ、この世界の学校のカリキュラムに関して俺は詳しいわけでもないんで、何も知らない俺がおかしいって思うのも行儀がよろしくねぇ気がするよな。

 他所の文化や慣習に関して自分の常識に当てはめるのは良くねぇし、そういう学院の制度に関して考えるのはやめておくべきかな。


 とりあえずジュリアン君は落ちこぼれだから午後は自由みたいってことが分かってれば充分だろう。

 ──で、午後に何もないというジュリアン君は言っていた通り、俺の元にやって来た。でも、俺は魔術が教えられないからね。


「あと、よろしく」


「え?」


 マー君に任せるとジュリアン君は困惑を隠さずに俺を見る。

 俺から教わると思った? 俺が教えられるのは喧嘩の仕方くらいだよ。

 それについては後で教えるから、それまでマー君に魔術でも教わっていてください。


「え、とアッシュ君が教えてくれるんじゃ──」


「俺じゃ不満か?」


 ジュリアン君にマー君が詰め寄る。

「ヒエッ」って声を漏らして後ずさるジュリアン君。


「おい、なんでコイツ、俺にビビってんだよ?」


「人見知りなんじゃないの?」


 よく見ろってジュリアン君。

 そいつって身長が170cm未満なんだぜ?

 俺より体格だって小さい奴にビビることなんか無いと思わないかい?


「テメェ、いま俺のことをチビだと思わなかったか?」


「平均身長はあるんだからチビではないと思うよ。俺より小さいなぁって思ってはいるけどさ」


 日本の平均身長の話をされても訳わからんだろうけどさ。

 つーか、そんな話をしてるよりも、これからキミの生徒になる子の方を気にした方が良いんじゃないだろうか?


「あ、あの……」


「チッ、ついてこい」


 小動物みたいになってるジュリアン君を見てマー君が舌打ちする。

 それでもまぁ、ジュリアン君に対してイラついているわけじゃないようで、ジュリアン君を修行の場所へと案内する。さて、じゃあ、あの舌打ちは誰に対しての物なんだろうね?

 まぁ、俺へのものだって決まってるけどさ。


「どうも」


 俺を放って行ってしまった二人と入れ違いにジュリアン君の護衛が酒場の中に入ってくる。

 付き添いって感じじゃねぇよなぁ。それなら一緒にいただろうしな。


「おりも大変だねぇ」


 ジュリアン君は一人で来たつもりかもしれないが、護衛が陰ながら見守っていたんだろうね。

 俺らにはバレバレだけど、ジュリアン君は気付いてないから、それなりの腕はあるんだろう。


「ま、御曹司の身辺警護は大事か」


「それは勿論」


 シレっとした表情を崩さずに護衛は手に持っていた包みを俺に寄越してきた。


「つまらないものですが、どうぞお納めください」


 手土産まで用意とは恐れ入るぜ。

 中身は何かな……ってクッキーか? 


「ウチの商会の新商品です。坊ちゃんが考案された物ですので、どうぞお味見を」


 坊ちゃんってのはジュリアン君かな。

 なら、一つもらいましょうかと俺は遠慮せずにクッキーを食べるが──


「いかがでしょうか?」


「……普通?」


 21世紀の日本人の味覚で普通ってわけじゃなく、この世界の文化レベルで普通って感じだ。

 まぁ、普通ってだけで不味いわけじゃないんで俺は文句は無い。

 自分で買ってまでは食わないけど、茶菓子として置いてあれば、とりあえず食べるくらいのレベルだ。特別な客に出す物じゃないってのは確かだが、普段使いならば、まぁ許されるような──


「いっぱい作ってんの?」


 俺はなんとなく聞いてみた。

 すると、護衛は頷く。


「大量生産が可能なレシピとなっています」


 へぇ、凄いね。

 まだまだ職人が頑張っているような文化レベルに甘味の大量生産ですか。

 わざわざ、俺にそんなことを教える意図は何ですかね?


「まぁ、言わなくても分かるけどさ」


「何か?」


「何が言いたいか分かったってこと。わざわざ、こんなもんを持ってきたのはジュリアン君の才能ってのを俺に教えたかったんだろ?」


 護衛は俺の答えに肩を竦めるが、答えは口にしない。

 まぁ、正解を教えてもらわずとも、俺は自分の答えが正しいって確信を持ってるけどね。


「魔術師なんかになるよりも、商会の手伝いでもしていた方が良いってジュリアン君に分からせてやりたいんだろ? なんとなく分かるぜ」


 ジュリアン君が頑張ろうとしてるのに水を差すクソ野郎って思いそうになるけど、別に悪意からやってるわけじゃないんだろうな。今のジュリアン君の状況を見れば、こいつらの考えも分からなくはねぇ。


「これから先も魔術を学ぶのを続けてたら嫌な思いをするだろうし、そんな目に合わせたくはないから魔術を諦めさせて、本人が活躍できる分野に進ませたいっていう感じかな」


 護衛は何も言わない。

 別に俺はジュリアン君を魔術師として大成させたいわけじゃないんで、この護衛とか、その後ろにいるピュレー商会の連中の気持ちを汲んでやることもやぶさかではないんだけどね。

 でも、俺の方としてもシステラにちょっと意地悪するための駒としてジュリアン君が必要なんだよなぁ。


「まぁ、魔術師として才能あふれてるってわけじゃないのは俺の目から見ても分かるし、とりあえず本人が納得する程度までは面倒を見るよ」


「感謝します」


 ただし、システラの一件が片付くまでは手放さないけどな。

 あと、キミらは知らんかもしれんが、キミらの大事な御曹司に魔術の稽古をつけてるのは、こことは違う世界では『魔導王』とか呼ばれたこともある大魔術師だぜ? キミらの望み通りにジュリアン君が魔術を諦めることになるだろうかね?

 ま、当人の意志にこいつらが文句をつけることはないだろうから、気にすることでもないだろうけどね。


「見つかると厄介だぜ? もう帰ったら?」


 後のことは俺に任せてくれよ。

 悪いようにはしないからさ。別れ際にそんな話もしつつ俺はジュリアン君の護衛を帰らせた。

 さて、こっちの話は終わったわけだが、ジュリアン君の方はどうなっているだろうか?

 俺は気になったので、稽古の様子を見にとりあえずの稽古場として用意された酒場の屋上へと向かった。


 屋上へと上がるなり目に入るマー君とジュリアン君の姿。

 どうやら稽古はまだ始まったばかりのようだ。俺は邪魔をしないように屋上の隅に座って稽古の様子を見物することにした。


「とりあえず、魔術を使ってみろ」


 マー君が腕を組んで偉そうに指図する。

 俺だったら「テメェがやってみろ」って喧嘩になるのにジュリアン君は立派な人間性の持ち主のようでマー君の言葉に従って魔術を使おうとするが──


「えっと、何を使えば?」

「一番簡単な奴で良い」


 おーっと、これはどう考えてもマー君が悪いですねぇ。

 偉そうに何か言うんだったら、もっと明確な指示を出してくださいよぉ。

 眺めながら、そんなことを思っているとマー君が俺の方を睨みつけてきた。

 俺は何も言ってないと思いますがね? 思考の自由すら許さないつもりですか?


「そ、それじゃファイア・ボールを……」


 そう言ってジュリアン君は手を正面にかざすと一秒、二秒の間を置いて拳サイズの火球を生み出す。


「……うーん」


 黙ってるつもりだったが思わず唸ってしまったぜ。

 ジュリアン君は魔術が発動したのでホッとしてる様子だけど、それを見て俺が思うのはキッツいなぁってくらい。このレベルだと実戦じゃ全く役に立たねぇもん、そんな感想しか思い浮かばなくても仕方ないだろ?


「まぁ、こんなものか」


 厳しめの俺の評価に対してマー君は想定の範囲内といった感じだった。

 戦士タイプの俺と術士タイプのマー君では感じ方が違うんだろうね。


「えっと……」


 もっともジュリアン君は自分なりに満足いく結果だったみたいで、微妙な評価を下されたのに困惑しているようだった。

 おそらく褒めて欲しい点は無詠唱で魔術を使った所なんだろうけど、マー君的にはそこら辺は評価対象じゃないんだよね。


「とりあえず基礎の基礎からだ」


「あ、あの」


 何が悪かった聞きたそうなジュリアン君を無視してマー君は勝手に話を進める。


 さぁ、ここからが大変だぞ。果たしてジュリアン君はマー君のしごきに耐えられるか? つっても、マー君はそんなに厳しくはしないだろうけどね。


 なんにせよ、これからどうなるかは気になるんで、もう少し見物させてもらおうか。




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