説得
今日は魔導学院に忍び込んでいる。
謹慎中なんで正面から校内に入れないからだ。
学院の方のセキュリティは甘いようで苦労することもなく忍び込むことができ、そうして忍び込んで俺が何をしにきたかと言うと──
「ゼルティウスせんせー」
「一緒にお茶しましょうよー」
現在進行形で女子学生から黄色い歓声を受けているゼティの仕事ぶりを監視しにきたってところ。
「すまない。まだ今日の仕事が終わっていないんだ」
そう言って植木の剪定を続けるゼティ。
俺の謹慎中に何時の間にか学院内でのポジションを確立していたようだ。
しかし、用務員ってモテるのか? いやまぁ、ゼティの顔は良いと思うよ? 大人の男ってモテるし、そいつの顔が良いなら尚更だ。女子学生からはアイドルみたいに思われても仕方ない。たださぁ──
「あ、あのゼルティウス先生。今夜、一緒に食事でもどうでしょうか?」
女教師にまでモテるのはおかしくねぇかなぁ?
植木の剪定を終えて校内の清掃をしているゼルティウスにスッとした感じの美人教師が話しかけている場面に出くわしてしまったわけだが、ゼティって用務員だぜ?
実際の所は知らねぇけど、学院の教師ってエリートなんじゃない?
身分違いの恋とか言うと職業差別になりそうだから言いたかないけど、エリートコースに乗ってる女教師が口説くような相手じゃないと思うんだよね。
「申し訳ありませんが、今夜は用事がありまして」
普通に断ったよ、あの野郎。
女教師が露骨にシュンとするけど、それを見たゼティは──
「今日は難しいですが、別の日でよろしければご一緒させていただけませんか?」
あーあだよ、ゼティ君にはガッカリだよ。
あの野郎、どこでも女が切れないんだよなぁ。
何が理由なんだろ? スポーツマンっぽい爽やかさが良いんだろうか?
内面はドロドロって感じなのにね。まぁ、女教師の方に関しては同僚がオタクっぽいナヨナヨした感じだから、ゼティみたいなスポーツマンタイプに惹かれるところがあるのかもしれないってことにしておこう。
──とりあえず、この監視の結果はマー君にも報告しておこう。
アイツ、怒るだろうなぁ。自分が青春を謳歌するための場所が既にゼティに食い散らかされてるとしたらさ。そういう状況を作れただけでも収穫といえば収穫だけれど、でも本来の目的は違うんで、もう少し監視してないとな。
そう思ってゼティの仕事の様子を眺めていると、ほどなくしてゼティに動きがあった。
用務員の仕事をしてるように見える自然な動きで、白い制服の学生の教室の方へと向かう。
白い制服はエリートコースだとかなんとか言っていたが、そのエリートどもにゼティが用があるとは思えない。あるとすれば、そのクラスに属するシステラただ一人に対してだ。
早速、システラにチクりに行くとかいい度胸してやがるよなぁ。
呆れ半分で感心しつつ遠くから眺めているとゼティに動きがあった。
システラが一人になるのを見計らって接触をするようだ。
俺はその様子をシステラから気付かれないように気配を消して監視することにした。
時間は昼過ぎ、場所は校舎の外にある人気の無い場所。
システラが一人でベンチに腰かけている所へ、ゼティは掃除をしている風を装って近づく。
対してシステラはゼティの事に気付いている間違いないのにゼティを無視していた。
ゼティの方は心配して声をかけようと思ったんだろう。
システラの態度を見りゃ、システラが何を考えてるか察することはできるだろうに無駄なことをやってやがるぜ。気を遣ったって無駄だってのに、ご苦労なこった。
「システラ、話がある」
ゼティがベンチに座っているシステラに小声で話しかける。
俺の位置取りはその声がギリギリ聞き取れる距離。
それでも気配は消してるんでシステラには気づかれない。
「……」
システラは話しかけても無視だ。
その理由が俺達に対する怒りだとしたら、ちょっと的外れだ。
システラの表情と雰囲気には僅かに傲慢の色が見える。それが分からないゼティでもあるまいに。
「システラ……!」
再度のゼティの呼びかけを受けるとシステラはようやく反応する。
ただ、それは仕方なくといった感じで、友好的な気配は見られない。
「なんですか? 用務員風情が話しかけないでくださる?」
「なんだと……?」
用務員風情と来たよ。
まぁ、こうなることは何となく分かってたけどさ。
エリートコースに行ってチヤホヤされて勘違いしちゃったんだろうなぁ。
煽てられて自分は凄い奴と思い込んで、人を見下すようになってしまったとか、そんな感じだろう。
システラは100以上生きてるけど、社会経験は小学生並だから、変な考えに染まりやすいんだよね。
白服の学生はエリート、他はゴミみたいなことを言われたか何かしたんだろう。でもって、自分は白服だから、白服の学生以外を見下しても良いって思い込んで、用務員をやってるゼティを見下してるんだろう。
まぁ、これをシステラが愚かと見るか、普段の俺達のおざなりな対応の反動と取るかは微妙な所だよな。
自分を適当に扱う奴らより、自分をチヤホヤしてくれる奴らの言うことの方が正しいって思いたくなるのは仕方ないし、そいつらと同じ価値観を共有したくなるっていうのも自然な流れだよな。
ただ、それをゼティが理解して許してくれるかは別問題だけど──
「……まぁいい、お前の態度はともかく、とりあえずアッシュに連絡を取れ」
お、我慢しましたね、ゼルティウス君。偉いぜ。
もっとも、そのゼティの我慢が実を結ぶとは限らないんだけどね。
「どうして私が凡人共と話さなければならないんですか?」
すげーな、システラちゃん。
正気かよ、普段のゼティが優しいから舐めた態度取っても良いと思ってんのか?
「そもそも、用務員如きが私に話しかけないでくれませんか?」
「……おい」
あ、ゼティがイラついてる。
斬るかな? いや、流石に斬らねぇか。
「俺は忠告しに来たんだぞ。アッシュに早く連絡を取れとな」
ゼティはシステラには同情的だから甘いよなぁ。
他の奴だったらシステラは殺されてるぜ? 俺はともかくマー君だったら殺してるだろうなぁ。
「取らないとどうなるというんです?」
「お前に対して何か仕掛けてくる。それは間違いない」
今いる場所を壊したくないなら、早めに俺に連絡をした方が良いとゼティはシステラに言っているわけだが、親の心子知らずというか、まぁ親子でもなんでもないけれど、ゼティのシステラに対する心配は通じているのかどうか分からず──
「仕掛けてくるから何だっていうんですか?」
あ、これは通じてねぇや。確信を持って、それは言えるね。
「もう私は以前の私とは違います。この学院で魔術を学んだ私に敵はいません。もはや、アスラカーズ恐れるに足らずです」
他の学生にチヤホヤされすぎて勘違いが極まってやがる。
多少、魔術使えたくらいで俺に敵うと思ってる時点で間違ってると思うんだが、そこんところどう思うか、俺を知ってる奴ら皆に聞いてみたいね。
でもって、そんな世迷言を直接聞かされたゼティの反応も見てみたいわけだが──
「……分かった。自信があるのは分かったし、それは良い。だが、問題は無いにしてもちょっかいをかけられるのは嫌だろう? 早めに自分から連絡をしておけば、アッシュもお前にちょっかいをかける理由は失うんだから、連絡は取っておけ」
くくく、今更、連絡しても遅いぜ。ゼティは甘いなぁ。
システラだって、それに気づいてるのか疑わしい表情でゼティを見てやがるぜ。
「言っておくが、今更、謝っても無駄ということはないからな? 普段の様子がアレだから勘違いするが、謝れば大抵のことは笑って許してくれるんだから、機嫌も悪くない今のうちに話しておいた方が良いぞ。何か仕掛けると人に宣言してるうちは、まだ大丈夫だが、本気でキレた場合は誰に何の相談も殺しにかかる。そこまではいかないと思うが、もしかしたってこともある」
……随分とまぁ、俺を良く観察してるようで。
そんな風に分析されるのは好かねぇなぁ。例え付き合いが長いゼティ君でもさぁ。
ま、そこまで怒ってもないってのは事実だけどね。システラが俺達から距離を取って好き勝手やってても構わないと言えば構わないしな。
「……それでも、私から謝るのは嫌ですね。向こうから頭を下げて会いに来てくれるというなら、少しは話を聞いてあげなくも無いですが」
ゼティが説得しても、システラの答えは変わらない。
それどころか、俺の方に頭を下げろとか言ってきやがった。
テメェの何に対して俺が頭を下げればいいんですかねぇ? それをじっくりと話し合いたいぜ。
いっそ今すぐ、お話してやろうか?
そんな気分になった俺が隠れている場所から身を乗り出そうとした瞬間──
「ここまで言っても、駄目なら仕方ないな。好きにするといい」
ゼティは説得を諦めたのか肩を竦めて、システラに背を向けて、その場から立ち去る。
ゼティが去っていくのを見届け、システラもその場から立ち去り、タイミングを外された俺だけが、隠れている場所から出られずにその場に取り残される。だが──
「盗み聞きとは行儀が悪いな」
聞こえてきた声はゼティの物だ。
立ち去ったかと思ったゼティが何時の間にか俺の横に立っていた。
「聞かれてるのが分かってて話していたのに盗み聞きって言うのかい?」
俺に盗み聞きされていることなどゼティは気付いている。
俺はシステラに気付かれない程度に気配を消していたので、ゼティには当然のようにバレているし、そもそも俺も隠そうとはしていなかったからね。
「ま、盗み聞きの定義に関しては今は置いといて、ゼティ先生的にはどうなんですかね。俺がシステラにちょっかい出すことに文句は?」
システラと話しをして、やっぱり俺に何もするなって思った?
アイツはまだ子供だから見逃せって? 俺は見逃しても良いかなって気分になってんだけどね。
流石に世間知らず過ぎるからね。何をしてもイジメにしかならねぇよ。
ちょっと変な思想に染まってるのも、人を見下すのも思春期にかかる麻疹みたいなもんだと思って暖かい目で見守るのもいいんじゃ──
「思い知らせてやれ」
ゼティは鋭い目つきで俺に言う。
……俺よりキレてんじゃん。何コイツ。
「人を舐めすぎだ。ああなってしまったら、身の程を思い知らせてやらなければ分からない。半殺しまでなら許すから思い切りやれ」
……いや、俺は半殺しとか、そこまで暴力的な結果を求めていないんだけどね。
でもまぁ、お許しは出たことだし、ここからはゼティの協力も得られるだろう。その点は収穫と言って良いかな。ゼティ経由の説得は失敗したわけだが、成果としては悪くないだろう。
──さて、それじゃあゼティの方は片付いたわけだし、ジュリアン君の方の様子でも見にいくとしようか。
まぁ、マー君が頑張ってくれるだろうから、俺は本当に見てるだけで終わるだろうけどね。