主従関係とは
丁寧に書いているつもりは無いけれど、あまりストーリーが進まない場面が続く。
「別に良いけどよ、バイト代は出るのか?」
ジュリアン君から魔術を教えて欲しいっていう話があったことをマー君に伝えると、そんな答えが返ってきた。魔術を教えることに関しては特に文句は無いようだ。
こいつもゼティも教えたがりだから断ることは無いと思ってたけれど、こんなにアッサリと話が進むとはね。
「バイト代なんか出るわけねぇじゃん。落ちこぼれの成長を助けるボランティアだぜ?」
そんなボランティアを斡旋する俺は紹介手数料を貰うけどね。
だけど、そんなことを教える必要はないわけで、マー君にはタダ働き──おっとボランティア活動を頑張ってもらおう。
「まぁ構わねぇが、魔術の訓練に使う道具だってタダじゃねぇんだ、その費用くらいは用意してもらわねぇと無理だぞ?」
「しょうがねぇなぁ、準備する金くらいは用意してやるよ」
俺だって鬼じゃねぇんだし、それくらいはね。
だけど、そんな申し出をした俺をマー君は疑いの眼差しで見てくる。
「テメェ、金が無いとか言ってなかったか?」
「さぁ、そうだったかねぇ?」
俺が金を出すと言ったのマー君は気になったようだ。
今朝は金が無かったが、マー君が出かけている間に金が出来たとか、そういう風に考えられないんだろうかねぇ? どっから金が降ってきて俺の財布の中にすっぽり納まったとか、そういう奇跡があったとか思えないかい?
「テメェ、何か隠してんだろ?」
マー君の目が据わり、俺を睨みつけてくる。
怖いなぁ、俺が何か隠してるって、そんなわけないじゃない。
ジュリアン君から彼の家庭教師をするための準備資金を貰ってるけど、別に隠してるわけじゃないぜ?
俺はオープンにしてるんだけど、誰にも話していないし、誰も詳しく聞いてこないってだけさ。
隠してるつもりはないけど、誰かに話す必要性を感じていないから話さないってだけなのに、それを隠してるとか言われるのは心外だなぁ。
「……テメェ、既に金貰ってるだろ?」
テメェ、テメェ、テメェ。
まったくメェメェ、メェメェうるせえなぁ。山羊さんかよ。
鳴き声みてぇにテメェテメェ言いやがってよぉ。
「うるせぇなぁ、お前は俺に言われた通りにしてりゃいいんだよ」
相手の態度が悪いんで俺も思わず態度が悪くなってしまうぜ。
「正体現したなクソ野郎が、都合が悪くなると喧嘩を売って誤魔化そうとすんのはいつもの手だもんなぁ」
「はぁ? 俺がいつ誤魔化そうとしたよ。喧嘩売ってんのはお前の方じゃねぇか」
売り言葉に買い言葉って奴かな?
頭の奥の方は冷静だけど、一瞬の感情に従ってマー君をぶちのめしたくなってしまうぜ。
「はした金でゴチャゴチャ騒ぎやがってよぉ。お前が余計なことを気にしなけりゃ揉めないって分かってんのかよ」
「やっぱり金を貰ってやがったか。テメェが隠すのが悪いって思わねぇのが、テメェがクソである所以だな。道徳心がクソにまみれてやがる」
金が無さすぎて心の余裕も無くなってやがるぜ。嫌だねぇ、これだから貧乏って奴はさぁ。
邪神の使徒であるマー君がはした金で大騒ぎだぜ?
人間の社会に溶け込もうとしても社会性がゼロだからマトモに働けないんだよなぁ。人間社会は貨幣経済で成り立ってるから働けず金も稼げず貨幣経済の輪の中に入れないマー君は人間社会で生きていく能力が無いんだよ。
「全部、聞こえてんぞ、テメェ! 人のこと言えねぇだろテメェも!」
「うるせぇなぁ、俺は人間社会で溶け込んで生きていく気はねぇから良いんだよ」
「良いわけあるか! 現在進行形で人間社会にいるんだから、その社会に合った生き方をしろってんだ、嘘はつかない! 金銭面に関しては誠実に! 人と争わない! それくらいのことはしろ!」
郷に入っては郷に従えってことかい?
努力はするけど、それが出来るような人間性の持ち主だったら邪神になんかなって、こんな場所にはいねぇよ。
そもそも俺がマトモな人間だったら、マー君は使徒になることも無かったし、この場所にもいないんだぜ? それを思えば、俺がマトモじゃない人間であることで助かってる奴らは大勢いるとは思わねぇか?
「分かったか!?」
「なんにも分かんねぇなぁ」
マー君は俺が色々と考えている間にもゴチャゴチャと言っていたようだが、俺はそれを聞いていなかったので、マー君の言っていたように嘘をつかずに本当のことを言った。すると、マー君は──
「よぉし! その調子だ!」
話を聞いていなかったのにも関わらず、意外の高評価。
「普段だったら、嘘をついてたのに嘘をつかずに本当のことを言ったな! 偉いぞ!」
まぁ、そうだよなぁ。
いつもだったら「分かった」って俺は言い、「じゃあ何を話してたか答えてみろ」て言われ、それを俺は話を聞いてなかったのにも関わらず、推測だけで完璧な答えを出してしまうからね、それを知ってるからマー君は俺が嘘をつかずに「分からない」って答えたのを評価してくれたんだろう。だけど──
「聞いてないって素直に言ったのは良い。でもな、堂々と聞いてないって言って許されると思ってんのか、テメェは!」
まぁ、そうなるだろうねって予測していた展開なんで何も驚きはない。
「ゴチャゴチャうるせぇぜ、文句があるならかかってこいや」
言っても聞かねぇって分かってるだろ?
俺を躾けるなら、体に聞かせるしかねぇってことをさ。
「上等だ。今度こそ殺してやるぜ、アスラ」
平和主義の常識人的な雰囲気を出しているけど、マー君も本質的にはDQNだからね。
戦って解決する傾向が強いのよ。まぁ、俺もそっちの方が良いんで文句はないけどさ。
さて、そんじゃあ、お互い同意の上だし戦ろうじゃねぇか──
「何をやってるんだ、お前ら」
そうして始めようとした瞬間にゼティが帰ってきた。
「メシを買ってきたが食うか?」
後でな。
こいつをぶっ殺してから食うから、それまで待ってろ。
「言っておくが、喧嘩する奴には食わせないぞ」
喧嘩じゃねぇよ、殺し合いだよなぁ、マー君?
だが、マー君はゼティの言葉を聞くなり、戦闘態勢を解除して──
「あー、腹減った。朝から何も食ってなかったんだよ」
おい、マー君?
戦る流れだったよね? なんで、メシにつられて戦闘態勢を解除するわけ?
テメェ、そんなに情けない奴だったか? 食欲に負けて戦いを放棄するような──
「アッシュも食うだろう?」
うん、食べる。やっぱ食欲には勝てねぇよなぁ。
三大欲求だもん、仕方ねぇ、仕方ねぇ。ここは欲求に従うべきだと俺の頭脳も判断してるしな。
ゼティが買ってきたのはパンと何の肉を焼いた焼いたのか分からない串焼き、それと鍋に入ったシチューのようなスープ。鍋は自前の物を店に持ち込んで、それに入れてもらったようだ。
「あんまり美味くねぇなぁ」
パンは硬く、肉も硬い。流石にシチューが固いってことは無いが──
「ガキンッ」
言葉じゃなく口から咀嚼音が漏れた。前言撤回、シチューも硬かったわ。
かさを増すためなのか石が小石が入っていて俺はそれを噛み砕き、口から吐き出す。
「買ってきてもらったんだから贅沢を言うんじゃねぇよ」
そんなことを言いつつもマー君は俺の様子を見ていたのか皿に入ったシチューの中をスプーンを使って念入りに探っていた。
「そもそもテメェは普段からメシに文句をつけすぎなんだよ。食えるだけでありがたいと思え」
そんな偉そうなことを言っているマー君はシチューの中に入っていた小石をスプーンですくい上げるとそれを床の上に放り捨てる。食えるだけでありがたいって言うなら、その石も食っとけよ。
「お前らは黙って食えないのか?」
そんなことを言うゼティは食事に手を付けてはない。
瑜伽法が使えれば食事の必要性はなくなるんでゼティの食事は娯楽以上の意味は無い。対して俺は瑜伽法が上手く使えなくなっていて、マー君はそもそも瑜伽法が得意じゃないんで食事の必要があり、自分が食わないからゼティは不味いものを買ってきたんじゃないかという疑惑が俺とマー君に芽生える。
「ゼティってどんな仕事してんの?」
だが、芽生えた疑惑を追及するのも不毛だと思い俺は話を変えることにした。
「用務員だろ、確か?」
マー君もゼティと争いになることは避けようと判断したため、自身の内に芽生えた疑惑に蓋をしたようだ。
「たいした仕事はしていないな。今日は植木の剪定をしたくらいか」
地味な仕事だなぁ、俺はもっと派手な仕事が良いぜ。
──なんて思うのは中高生までで、そういう地味な仕事も悪くないよなぁって思うのが今の俺の心境。
良いじゃねぇか、平凡に生きつつも真っ当に日々の糧を得て、誰かと共に生きる。
俺には到底無理な生き方なわけだし、自分に不可能なことをやってる奴らを評価しないってのもおかしな話だろ? 俺は平凡に生きてる人間こそ立派だと思うね。
仕方ないと諦めたり、こんなもんだと妥協しない生き方をした結果、テロリスト扱い食らって全世界で指名手配されて最後は俺一人を殺すために跳んできた核ミサイルで吹っ飛ばされて死ぬような俺の人生よりかは平凡な生き方の方がマシだとつくづく思うぜ。
「つまんないことしてんなぁ、お前なら、学院の教師くらい余裕だぞ?」
俺がしみじみしてる横でマー君が台無しなことを言いつつパンにかぶりついている。
この野郎、俺が切ない感じだしてんのによぉ。この場でぶっ殺してやろうか?
「そういうのは今回は遠慮しておこう。魔法剣士になるためのカリキュラムでもあれば話は別だが」
「そんなこと言ってもゼティは剣術しか教えらんねぇじゃん」
「魔法は教えられないが、魔法剣士向けの剣術というのも研究済みだ」
魔法と魔術の違いも分かってねぇのに教えられんのかよ。つっても、俺も魔法と魔術の明確な違いが分かんないんだけどね。
感覚的には魔術は技術で、魔法ってのはそれ以外の物だと思ってんだけど専門家のマー君的にはどうなんですかね?
「何見てんだよ」
「魔術と魔法の違いを聞きたいなぁって」
「そんなもん、その世界の文化次第としか言いようがない。魔術と魔法の定義が世界ごとに全く違うこともあるしな」
あ、そうですか。
なんか、決めつけてた俺が恥ずかしい感じがするんですが。
俺を慰めてくれる奴はいねぇのかな?
「……ところで、ここ最近、連絡の取れていないシステラを学院で見かけたんだが」
俺とマー君の会話が途切れるのを見計らってゼティが話題を切り出す。
そういえばシステラも俺と同じ時に学院に転校したんだったな。すっかり忘れてたぜ。
そんな程度の反応の俺に対し、システラがいるなど寝耳に水のマー君はというと──
「システラがいるのかよ!」
急に大声を出して立ち上がる。
「なんで早く言わねぇんだよ、テメェら!」
いやぁ、言ったような気がするんだけど?
言ってなかったかなぁ? もしかしたらバタバタしてたから忘れてしまったんじゃない?
「アイツがいれば金なんて稼ぎ放題だろうが! それに煙草だ! 俺の煙草! アイツは俺の煙草も持ってるはずだ!」
システラの収納領域にはマー君の私物も保存されてるだろうし、煙草があるのは間違いない。それに気づいたマー君が発狂してるかと思うくらい興奮してる。
「すぐアイツと連絡を取れ!」
いやぁ、それは俺達もそうしたいところなんだけどさぁ。
そこんところはどうなんだいゼティ君?
「それは無理だろうな。アイツが俺達と関わりを持つことを避けている」
「なんでだ!」
煙草が手に入ると分かったマー君が正気を失った様子でゼティに飛び掛かるような勢いで詰め寄る。
「その理由は──」
ゼティの視線が一瞬だが俺に向けられるが、すぐにその視線はマー君の方に向かう。
なんだろうね、俺に何か言いたいことでもあるのかい?
俺がシステラに冷たすぎるとか、そういうことを言いたいのかい? 俺が冷たいし勝手過ぎるから、システラは俺と関わるのを嫌がって、連絡も取らないって言いたいのかい?
舐めんなよ、そんくらい全部わかるっての。俺が人の心を分からないと思ったら大間違いだぜ。俺は人の気持ちは分かっても、その気持ちに寄り添えないだけなんだからな。
「とりあえず、これを見れば分かるだろう」
そう言ってゼティが取り出したのはスマホのような携帯情報端末。
もっともゼティがこの世界に来る直前にいた世界は宇宙戦争をするような文明世界だったらしいから、スマホのように見えてもゼティが持ってるそれは性能は段違いだろう。
何時の間に取り戻していたかは分からねぇが、フェルムにいた頃にシステラに行って私物を出してもらったんだろう。異世界を移動する際に使徒の持ち物は食品とか酒みたいな嗜好品以外は回収されるしな。
「ここにはシステラの学院生活の一部が記録されている」
そう言ってゼティがスマホのような機械を操作すると、空中にスクリーンが投影される。
「まずはこれを見てくれ」
そう言ってゼティが映すのはゼティが撮影した魔導院の様子であった。
……そんなに勿体ぶるようなことか、コレ?
そんな疑問を抱きつつ、俺はマー君と一緒にシステラの学院生活が記録された映像を見ることになるのだった。
多少、思うところがあるので書くけれど、もう少し頻繁に登場する女の子がいても良かったのかもしれない。