友達料金
「坊ちゃん、知り合いですか?」
集金人がジュリアン君に訊ねる。
名前とか呼んでしまったわけだから、気にせざるをえなかったんだろうね。
ジュリアン君の名字がピュレーってことからピュレー商会との関係は予想できていたけど、やっぱり御曹司だったんだね。
ジュリアン君の周囲にいた集金人たちは御曹司の護衛かなんかの役割なんだろう。そういう人たちからすれば、俺みたいな怪しげな奴と自分たちが仕える家の坊ちゃんの関係は気にしなければならないことではあるんだろうね。
「俺達は友達だよね」
口ごもるジュリアン君の代わりに俺が俺達の関係を集金人たちに伝える。
だが、俺が親し気な雰囲気を出しながらジュリアン君に近づくと集金人たちはすぐさまジュリアン君を守る隊形を取って俺に抜き身の刃のような殺気を向けてくる。
「良いね、好きになっちまいそうだ」
けっこう鍛えられてる連中で好ましいね。
でもまぁ、戦りたい相手ではないかな。戦っても楽しくなりそうな気配はないし。
「あの、みんな、大丈夫だから。彼とは、その……まぁ、えーと」
ハッキリ言えないのは照れてるからだと思いたいね。
思春期の男の子は友達とかハッキリ口に出すのは恥ずかしいとか、そういう感じであって欲しい。
まぁ、実際の所は上手く説明できない面倒な奴だっていうのがジュリアン君の率直な思いなんだろうけどさ。それをハッキリ言えないってのは人間性の良さだと思いたいぜ。
「と、友達かな?」
ジュリアン君は悩みながらもそういうことにしておいてくれたようだ。
良かったねぇ、護衛の人たち。ジュリアン君の答えによっては護衛のキミらは俺と戦わざるをえない状況になっていただろうし、結果的にそういう状況にならないようにしてくれたジュリアン君に感謝しようぜ。
さて、友達であるならたちばなしもなんだし家に招いてやらないとな。
狭いところですがどうぞって感じで俺はジュリアン君と集金人たちを酒場の中に入れる。
そうして酒場の中に入れ、適当に座るように言ってから俺は客をもてなす準備を始める。
「飲み物は?」
「あ、お構いなく」
そんなことを言わずにさぁ、お酒で良いよね? つーか、酒しかねぇ。
ラスティーナの金で買った、金貨数百枚くらいする酒とかどうよ? 聞く前に既にコップに入れちまってるけどね。
未開封のまま放っておいた酒だけど、せっかくお客さんが来たんだし開けてもいいよな。
「あのアッシュ君、それ──」
「キミの実家のお店で買ったものだよ」
ジュリアン君の顔が青くなる。
まぁ、なんで青くなったか理由は分かるぜ。
未開封なら返品が効くし、代金は返すとかそんな話だろ?
「あ、開けたら、代金を払わないといけないんだよ?」
それくらい分かるよ。
俺がツケにしてる額が莫大で払える見込みが無さそうだから、せめて商品を回収することでツケの一部をなかったことにしてくれるとか、そういう感じだったんだろ?
でも、俺はそういう風に誰かの考えた通りになるのは好かないもんでね。情けとか温情とか、そういうのを有難く受け取るつもりは無いぜ。だから自分で自分の逃げ道を塞ぐ。その結果、がけっぷちに追い込まれても構わねぇよ。
「すぐに払えってわけじゃないだろ?」
俺は自分のコップに注いだ酒に口をつけつつ、他のコップをジュリアン君たちに渡して回る。
高い酒らしいが、そこまで美味しいもんではないね。どういう酒かも聞かずに高いから買ったけど、ちょっと味がぼやけてる感じだ。そんな俺の感想は他の奴も同じようで集金人たちは微妙な顔をしていた。
「いつかは払えるの?」
ジュリアン君がそこら辺の女の子より遥かに綺麗な顔を曇らせながら俺に訊ねる。
「何時かってのが、何時かにもよるなぁ」
明日は無理だけど一週間後なら大丈夫かな。
いや、一週間でも厳しいか? なら一か月……いや一年か?
一生涯が終わるくらいには間違いなく払えると思うけど、それまで待ってくれるだろうか?
「えっと、なるべく早めに払わないと店の番頭さんがしかるべき所に訴えるって」
おっと、一年も難しい感じですかね?
で、しかるべき所ねぇ。
「なんだい、裏社会の連中にでも取り立てを頼むのかい?」
それならそれで面白そうで良いんだけどね。
そんな風に期待を抱いた俺に対してジュリアン君は首を横に振る。
「衛兵が捕まえにくるって」
あ、公権力の方でしたか。
ツケの踏み倒しは法に触れてるってことかぁ。
「まいったなぁ、そんなこと言われても金がねぇんだよ」
俺のつぶやきにジュリアン君が「えぇ……」と言葉を漏らしてドン引きした様子を見せる。
澄ました顔だったり、俯いてるような表情よりは感情が露になっていて良いね。なら、もっと引かれるようなことをぶっちゃけようか?
「実は今日のメシにも事欠く有様なんだよね」
生活費すら無いとかヤバいよな。
俺は人間だった時から金で困ったことは無いんだけど、それは金があるってことと同義じゃなくて金が無くてもなんとかなるような生き方をしてたためでもあるんだよね。
「えぇ……」
もう、ジュリアン君はそれしか言えないようだ。
ボキャブラリーが貧困だねぇ。俺は金銭面で貧困だけどね。
まぁ、俺もキミも心が豊かだから良いとしようじゃないか。
「もう、代金がどうとかの問題じゃないような」
「まぁ、そうだよな」
でもまぁ、なんとかなると思うんだよね。
ジュリアン君が来てくれたってのも運が良い。
「ジュリアン君ってさぁ、お家がお金持ちなんだよね?」
「え? えぇと、まぁ、そうなのかな?」
そうに決まってんだろうが。
ガキのお使いに三人も護衛をつける家が金持ちじゃなくてなんだって言うんだ。
「なら、相談なんだけどさぁ、お金貸してくんない? 俺達は友達だろ?」
近くにいた護衛達が会話を聞いていたのか俺に殺気を飛ばしてくる。
護衛連中は拒否って感じだけど、ジュリアン君のほうは戸惑っている感じだった。
もう少し押せば何とかなるかな? そう判断して俺は言葉を続ける。
「俺とマー君は罰として謹慎をくらってるのに、ジュリアン君は何にも無いみたいじゃない? それを悪いと思うなら、御詫びとして少しで良いからお金を貸してくれると、俺も助かるんだよなぁ」
「えぇと……」
「実は俺がお金に困ってるのって謹慎をくらったせいなんだよね。素行不良の奴への支援は行わないとか言われてさぁ」
勿論、嘘であるが、それが嘘であるかなんてジュリアン君は知る由も無い。
護衛連中は俺を疑ってる様子だが、この場でジュリアン君の決定に口を挟むことは避ける判断のように見える。おそらくここで金を借りたら後で、護衛連中がジュリアン君に内緒で金を取り返しに来るんだろうな。まぁ、それは怖くもなんともないんでどうでも良いけどな。
さて、それでジュリアン君の決論はどうですかね?
「じゃ、じゃあ、少しだけなら……」
いやいや、駄目だろ。そこで金を貸したらさぁ。
そんなに付き合いも無いのに速攻で金を貸せとか言ってくる奴に碌な奴はいねぇんだから、貸しちゃ駄目だって。返してくれる保証もねぇし、こんなこと言う奴はまた貸してくれとか言うぜ?
「はぁ……」
思わず溜息が出ちまうぜ。
お人好しというか、気が弱いというか、世間知らずというか。
とにもかくにも、よろしくねぇなぁ、そんなんじゃあさぁ。
「え、え?」
金を貸すと言ったのに俺が溜息を吐いた理由が良く分からずにジュリアン君は困惑する。
いったいキミはどんな人生を歩んできたんだいって言いたくなるぜ。
「あのさぁ、そういうの良くないよ?」
さっきまで金を貸してとか言っていた自分を棚に上げて俺は言う。
まぁ、本気で言っていたわけじゃないから許されるだろ。
「人間関係をお金で買うのは良くないと思うんだ。友達だからってお金を簡単に貸すのも良くないと思うね」
「さ、さっきまでの話は?」
「金を貸してほしいって? そりゃあ金は貸してほしいよ。金は無いからな。でもタダで借りるってのは良くねぇよ。そういう取引みたいなことも重要だと思わないかい?」
ジュリアン君はなおも困惑を顔に出している。まったく理解力がねぇなぁ。
「金は貸してやるけど、その代わりに何か見返りを要求するべきだと思うんだよね、俺は」
「例えば?」
それはキミ自身が考えることだろうに。まぁ、例を挙げるなら。
「金を貸すから自分の友達になれっていう、友達料?」
「もう既に僕たちって友達だったんじゃないの?」
はは、友情が何の見返りも無しに成立するとか本気で思ってんかよ。
一緒にいると楽しかったり、安心するのだって充分すぎるほど見返りだって思わないかい?
見返りを求めるのは本当の友情じゃないとか言うかも知れねぇが、それってつまり与える物も受け取る物も何も無い関係だぜ? そんなのがマトモな関係かよ。
メリットがあるから友情を結ぶってのは俺は間違ってないと思うがね。打算にまみれた友情だっておおいに結構じゃねぇか。人間関係なんてどれもこれもそんなもんだぜ。まぁ、そんなことは大っぴらには言えねぇけどさ。
「まぁ、友達料ってのはともかく。友達だからってタダで金を貸すってのは良くねぇって俺は思うのよ」
タダで金を貸すってのも良いって思う奴がいるなら、それはそれで良いと思うんだけどさ。俺は良くないと思うわけ。だからまぁ、提案なんだけど──
「キミのために何かしてやるから、見返りに金をくれると嬉しいね」
友達の誼で頼むよ。
「友達料金で格安で請け負ってやるからさ」
「それなら、まぁ……」
了承を頂けたようで何よりだ。
「なら、早速だけど俺に何をして欲しい?」
そうして俺に聞かれたジュリアン君は僅かに考え込み、そして悩むような仕草を見せるが、やがて決心した様子で口を開く。
「えっと、魔術を教えてもらえることって頼めるかな?」
決心した様子ながらも躊躇いがちに開かれたジュリアン君の口から出たのは、まさかの家庭教師の依頼であった。
──それから、どうやって魔術を教えるかっていう打ち合わせを少ししてジュリアン君は帰っていった。
その帰り際、護衛の一人が俺に話しかけてくる。
「坊ちゃんのこと、よろしくお願いします」
「言われなくても、よろしくするけどさぁ。実際の所、ジュリアン君ってどうなの?」
曖昧な質問だが、その護衛は色々と察して俺に答えを返す。
「色々と難しい年頃のようですねとしか。自分たちはそんなことは無いと思うんですが、坊ちゃん自身は魔導院に入ってから自分には才能が無いと自信を失ってしまっているようで」
まぁ、そんな感じではあるよね。
学院での様子は少ししか見ていないけど、なんとなくそんな気がしてた。
「坊ちゃんには将来、商会を継ぐことが決まってる若様──お兄さんがいるんで、旦那様は坊ちゃんには好きなように生きさせようってことでアウルム王国の実家から、ソーサリアの魔導院に行くことを認めたんですが、今の状況でして──」
「魔術師にさせたいなら、こんな所に集金に来なくても良いんじゃないの?」
俺はジュリアン君の身の上話を遮って疑問に思ったことを訪ねた。
商人にさせるつもりがないなら、ここに来たことだって無駄じゃないかなって思うんだけど。
「それはソーサリアの支店の番頭さんの考えでして、近頃、坊ちゃんが塞ぎ込んでる様子だったんで、番頭さんが無理して魔術師にならなくても他にできる仕事もあるって気づかせようと思って、商会の仕事を手伝わせたって感じですね」
はぁ、みんなに気を遣われて生きてるんだねぇ、ジュリアン君は。
そこを甘やかされてると感じるか、愛されてると感じるかは人それぞれだと思うけど、俺は愛されてるようで良いねって素直に思うよ。
「それで手伝ってもらって、どうだった?」
商人としてやっていける才能はあったのかい?
「それはまぁ、普通というか」
なら良いじゃないか。普通で充分だろ。
才能のある人間しか商売が出来ないんだったら、貨幣経済も資本主義も破綻しちまうぜ。
普通の能力があれば、普通にやっていけるさ。まぁ、普通の基準をどこ置くかが問題だけどさ。
「久々に生き生きとしている坊ちゃんの姿を見られたので感謝してますよ。坊ちゃんの依頼の方もよろしくお願いしますね」
最後にそう言って護衛は去っていった。
まぁ、よろしくされなくても、話を聞いた限りでは依頼されなくてもジュリアン君にお節介を焼いただろうね、俺はさ。
俺は強い奴は好きだけど、弱い奴は愛おしく思うんで、ジュリアン君みたいな弱いタイプの人間には構いたくなっちまうんだよね。
──というわけでジュリアン君の家庭教師は頑張ろうと思う。
まぁ、頑張るのは俺じゃなくてマー君だけどね。だって俺は魔術を教えられないもん。
でも、大丈夫、マー君が全部なんとかしてくれるだろうからさ。
アイツって人間時代は宮廷魔術師とかやって何人も弟子を取ってた奴だから、アイツに任せとけば全て大丈夫、何も心配はいらない。
頑張るのはマー君、でも金を貰うのは俺。俺は余裕ぶっこいて不労所得が入ってくるのを待ってれば良い。
さて、これで金の心配は無くなった。さぁ、修行の日々を始めようか。