神の居所
「用が済んだら出て行くんだろ? なら、用を済ますのに手を貸して、さっさと出て行ってもらう方が気が楽だっての」
それがマー君が急に協力的になった理由だそうだ。
何をしたところで俺が出て行く気配が無いとわかったから、マー君は自分の平穏な学生生活を一刻も早く取り戻すためには、俺がこの場所にいる理由を無くすのが手っ取り早いと結論を出したようだ。
「そんなこと言って、俺と仲良くしたかったんじゃない? マー君、自分一人で心細かっただろうしさ」
ぼっちだったみたいだし、俺達に会えて嬉しかったんだろ?
素直に言ってくれれば、最初から友好的な対応をしてやったのにさぁ。
「黙ってろ、クソが」
「おぁ、怖い怖い、怖すぎて泣いちゃいそうだぜ」
「黙ってろ、アッシュ」
ゼティまで黙れとか言い出しやがったよ。
まったく俺に対して敬意とかが足りねぇなぁ。俺はお前らが仕える邪神様だってのによ。
「この際、このクソがいるのは我慢するんで、ここに住まわせてもらっても構わないか?」
「俺は問題ない。こいつの事は気にするな。俺も我慢している」
マー君とゼティは家主の俺を差し置いて話を進めている。
この建物は俺の持ち物だってのに、そういうのは良くないんじゃないだろうか。
そう言おうと思ったが、よくよく考えればこの建物は廃屋で俺はそこを不法占拠してるだけなんで、俺の持ち物だと公的に認められているわけじゃないし、俺に住むなと言う権利は無いね。
じゃあ、マー君が住んでも問題はないわな。
「まぁ、良いけどさぁ。住むからには、ちゃんと協力してもらいたいよな」
「分かってるっての。さっさと俺にしてほしいことを言え。そして、それが済んだらさっさと消えろ」
つれないねぇ。まぁ、良いけどさ。
マー君は魔術系の事柄に関しては専門家でそんなマー君に聞きたいことは──
「この世界を脱出する方法とか無いかい?」
別にこの世界は嫌いじゃないぜ?
戦う相手には事欠いてないわけだし、それだけでも俺にとっては充分さ。
だけど、閉じ込められた状態ってのは面白くないじゃない。遊園地だって自由に出入りできるから楽しいんだぜ? 一度入ったら出られない遊園地なんか絶対楽しくないって分かるだろ?
「そんなもんねぇよ」
マー君はこっちに期待を持たせたり勿体ぶることなく端的に事実だけを口にした。
いやまぁ、俺達も脱出は難しいってのは分かってんだよ。
でもそれは俺達が専門家じゃないから方法を思いつかないだけかもしれないわけで、専門家のマー君だったら何か思いつくんじゃないかと──
「俺もこの世界に転移してすぐに、この世界を脱出できないか魔術的なアプローチで検証してみたが無理だった」
そりゃあマー君も出られるかどうかは試すよな。
だけど、どうして無理だったのか、その理由を俺達は知りたいわけなんですがね。
ゼティも疑問に思ったようでマー君に訊ねる。
「どうして無理だったんだ?」
「この世界は他のどの世界とも繋がってないからだ」
そう言うとマー君は空中に無数の光球を生み出してみせる。
「世界同士ってのは基本的に繋がっているもんだってのは知ってるよな。例えば網の目のように世界と世界が道で結ばれている」
宙に浮かぶ光球が線と線で結ばれる。
これだと線と線で結ばれた世界同士でしか行き来が出来ない感じだが、それで間違いはない。
「もしくは浮島のように一つの地に無数の世界が浮かぶ場合。これだと線では結ばれていないが、地の部分を通れば、どんな世界にでも行ける」
光球を結ぶ線が消え、光球がテーブルに置かれる。
見方によっては世界同士は孤立しているように見えるが、これならマー君が言っていた地──テーブルを通って他の世界へ移動することが出来る。
俺が管理している世界もこういう感じに世界同士の繋がりを作っている。この方式だと決まった道が無いせいで世界同士を移動すること自体は面倒臭いが、地を通って、どんな世界にだって辿り着ける。
「対して、この世界はというと──」
そう言ってマー君は一つの光球を宙に浮かばせる。
「こんな風にたった一つだけしか存在しておらず、出たところで他の世界に繋がる道も無ければ渡るための地も無い。虚無の空間にポツリと置かれているだけだ」
……まぁ、そんな予感はしていたけどさ。
「だが、おかしくないか? 繋がっていないというなら俺達はどうやって、この世界に来た?」
ゼティが口を挟む。どうやって俺達はこの世界に来られたのかって?
俺は分かるぜ。それを説明するにはマー君の図はちょっと違うんだよな。
「来たんじゃなくて落ちてきただな。このモデル図は正確じゃないんで少し直させてもらうぞ」
マー君はそう言うとテーブルの上の複数の光球を宙に浮かべ、線で結ぶ。
そして孤立する一つの光球を線で結ばれた複数の光球の下へと配置する。
「正確には俺達は落ちてきたんだ。俺達がいた世界より下に位置する次元の世界にな」
マー君の答えに対して俺は捕捉をつけてゼティに説明する。
「世界ってのは色々あり、あちこちに散らばってるように見えるが、実際はある程度、共通する世界法則ごとに同じ高さの平面上に配置されている。違う世界に見えるけれど共通の物理法則が働く同一グループって感じにな。そうすることで世界を行き来する奴が混乱しないように配慮してんだ」
あんまり違いすぎると管理する側の神も面倒くさいしな。隣り合う世界同士なら同じような物理法則とかで動くようにしてる方が楽なんだよ。
スキルやステータスとかのゲームみたいなシステムのある世界とそういうのが全く無い世界で行き来できても、行き来した奴は混乱するし、管理してる側だって面倒。そういうわけで法則が共通する世界は同一平面上に置き、そうでない世界は高さを変えて配置するわけ。
「──で、そうして法則の違う世界同士は基本的に干渉できないようにしている。それでも、世界と世界を結ぶ道から落ちたり、地に開いた穴から落ちる奴はいて、そういう奴は下の次元へと落ちるわけ」
俺達はそうして落ちた先にこの世界があって、今こうして閉じ込められてるってわけ
あんまりゼティにはそういう経験をさせてないから分かんないと思うし、ぶっちゃけこれっはさして重要な話じゃない。何が重要でそして問題かというと──
「問題なのは落ちてきたことよりも、この世界が孤立してるってこと」
じゃあ、後はマー君が説明してくれるかな?
「落ちたとしても上位次元の世界に戻る手段がないわけじゃない。ただし、それはこの世界が他の世界と何かしらの形で繋がっている場合に限る。現状、この世界は上の世界から落ちてくるだけの一本通行で、この世界はどこの世界とも繋がっておらず、この世界の外に行ける世界が無い以上、俺達は出て行く場所が無いから出て行けないというわけだ」
それが、すぐにマー君が脱出できない理由ってわけか。
俺としてはマー君の転移魔術で簡単解決できないかと思ったけど、やっぱり無理だったってわけね。
「それなら、どうすれば良いんだ?」
「別に難しい話じゃない。今までにテメェらがやって来たことと基本的には一緒だ」
まぁ、そうなるよなぁ。
「この世界を治める神を全員倒して、この世界を管理する権限をアスラカーズが奪う。そしてアスラカーズは奪った権限を以て、この世界とアスラカーズが治める世界の道を作り、その道を通ってこの世界を脱出すればいい」
「まぁ、やるべきことは変わらないってことだよ」
マー君に協力を求めても思ったほどの情報は得られなかったが、やるべきことは一つに絞られた。それについては、まぁ良かったのかな。
「考えるべきことは他にもある。誰がこの世界を創ったのか、何の目的で創ったのか。そういったことも考えるべきだと俺は思うがな」
マー君の言うことはごもっとも。
「普通の神ならポツンと孤立した世界を創るなんてことはないってお前らも分かっているだろう? 俺は何か陰謀めいたものを感じるな」
「それは俺も思うな。現に俺はこの世界で滅んだはずの仙理術を使う奴に出会った」
ゼティがメレンディスと戦った時の話か。
その話を聞いたマー君が考え込むような仕草を見せながら口を開く。
「俺達を怨んでる奴がこの世界を創った? そんな力がある奴がいるか?」
居ないよな。正確には昔は居たけど今は滅んでいる。
「怨みを持ってる神とそいつらが手を組んで俺達を陥れようとしているとかかねぇ」
「その線が濃いがするが、もしかしたら使徒の誰かって可能性もある」
それもまぁ無くはないなぁ。
恨みじゃなくて純粋に俺を倒したいって気持ちの奴が、この世界を創って俺を嵌めようとしているのかもって可能性は十分にあるし、それを出来る力を持ってる奴も何人かいる。
「一位、二位、六位、の三人なら出来るだろうなぁ」
俺達は七十二使徒の序列一位と二位、そして六位の顔を思い浮かべる。
その三人は俺が無制限の全力を出しても楽には勝てない相手。
「アイツらがお前に喧嘩を売る可能性は無いだろ」
けれどもマー君はそいつらの関与を否定する。
まぁ、俺も無いとは思うけどさ。だって、そいつらと俺の関係は悪くないからね。
「むしろ呼べば助けに来てくれるんじゃないか?」
ゼティの提案。しかし、マー君はその提案に対して首を横に振る。
「無理だな。呼ぶにしたってアイツらは上の次元にいる。次元を隔てた状態で俺達の位置を観測するのは不可能だ。ましてや、この世界はどんな世界とも繋がっていない孤立した世界。俺達が何処にいるか知ることなんかはまず不可能だ」
ついでに俺達が消息不明でも、そんなことはしょっちゅうあるから、探そうとも思わないだろうし、そういう状況で助けに来てくれるとは思えないね。だから助けを期待するのはやめた方が良いと思う。
アイツらもこの世界に落ちてくるとかそういう偶然でもない限り、助けは期待できないし、そんなことはありえないよな。となれば、結局、俺達がこの世界を脱出するためには──
「六神とかいう神々をぶっ倒すしかないってことか」
そんで、その六神の手掛かりを俺達は探さないといけないってこと。
そんな俺の言葉に対してマー君はというと──
「お前らが探しているって青神なら、俺はその姿を見たことがあるぞ」
思わぬところに手掛かりがあったぜ。
俺とゼティが俺達の探している存在を見たというマー君。
「──というか、お前らも既に見ている」
そう言ってマー君が指差した先は酒場の外が見える窓。
「アレが青神だ」
マー君が指差した先、窓の外に見えるのはソーサリア中に張り巡らされた水路。その一つだった──
次回は三月の上旬中