熱を冷ますのは
マー君──マクベインは使徒の中では弱い方だ。
もっとも、それは無制限で戦った場合のこと。
制限が無いってことはつまり俺達が本来の性能を発揮できる全力の状態で、そうなるとマー君の攻撃は殆ど通らなくなる。
根本的に魔術ってのは全力の俺達を相手にするには火力が足りない。なので攻撃が通らないマー君は使徒の中だと弱い方になってしまう。
ただ、それは最初に言ったように無制限の場合の話で、今のように戦闘能力に互いに制限がかかっている状態だとマー君の使う魔術は通じるようになるし、その場合ではマー君は使徒の中でも真ん中くらいの強さになるだろう。じゃあ、真ん中くらいの強さの奴に散々にやられてる俺はどうなるのかって?
それでも俺の方が強いのさ。だって俺は俺が勝つまでやるからね。
「ッラァァァァ!」」
俺は拳を振り抜き、超高熱の気弾を拳から撃ち出す。そして、撃ったと同時に闘技場の舞台を駆け、俺はマー君に向かって突進する。
咄嗟に魔術によってバリアを作り、それで俺の気弾を防いだマー君だが続けて突進した俺の拳を受けてそのバリアは砕け散る。
「チっ」
マー君が後ろに下がると同時に四方八方から俺に向かって光弾が放たれる。
俺は即座にその場で自分を中心に円を描くように爪先で地面をこする。
「サークル・ブレイズ」
次の瞬間、俺が爪先で描いた円の軌跡から高熱を帯びた闘気の障壁が吹き上がり、俺に向かって放たれた光弾を防ぐ。
「いい加減、諦めて死ね」
マー君は俺から距離を取るように走りながら咥えていた煙草を放り捨て、息を吐く。
更に闘技場の舞台の空気がマー君の魔力によって汚染される。
どんどんと状況はマー君にとって有利な方に傾いていく。だが、マー君にさほど余裕が感じられないのは何故か。
「諦めろとか負けを認めろとか、随分と余裕のないセリフを吐くじゃねぇか」
まぁ、その理由は俺は分かるぜ。
別に複雑な話じゃねぇ。単にマー君のスタミナが切れてきたってだけだ。
それもまぁ、俺がマー君に勝てる理由の一つなんだけどね。
マー君は俺と違って自分が攻撃するだけでも自分の残機を少しずつ減らしていく。
マー君の残機は魔力の残量によって決定されるから、魔術の発動で魔力を使えば使うほど残機の数も減る。
そのため、内力ってことで魔力や闘気を一緒くたにしたエネルギーを使い、魔術に必要な魔力ではなく闘気の方を使って残機を維持したりする方法を取る必要があるわけだが、マー君は闘気の量が著しく少ない。
既に闘気で賄えるだけの残機は使い切ってるだろうってことは俺の目には明らかだ。対して俺はというと──
「俺はあと百回は死んでも余裕だが、そっちはどうだい? 残りの残機は二十も無いんじゃないかい?」
俺の読みでは残機は十五くらいだろうか。おそらく十六回殺せばマー君は殺せるだろう。
こっちは百回以上死んでも余裕なのに向こうは二十回も死ねないとか、そりゃ余裕が無くなるよな。
「百回死ぬまでに二十回殺せば良いって楽勝だと思わないかい?」
マー君の答えは左手から放たれた魔弾。俺はそれを拳で払いのける。
まぁ、向こうも残機の差は理解してるだろうから、それを詰めるために色々とやって来るだろう。
しかし、そうやって色々やればやるほど魔力を消耗するわけで、それに比例して残機も減っていく。
「うるせぇぞ、クソが」
返ってきたのは悪態だけ。
図星かどうかは分からねぇな。普段からこんな調子だしさ。
まぁ、自分の有利をちらつかせて俺に負けを認めさせたかったんだろうってことは分かるけどな。
その目論見が崩れた以上、マー君は普通に戦って俺に勝つしかないわけだ。
「でも、長引けば長引くほど調子が落ちるそっちに比べて、俺の方は後半に強いぜ」
業術の性能上、俺はテンションが上がれば上がるほど強くなるし、戦いが長くなればなるほど気持ちも高ぶってくるんで業術も強くなる。その証拠にさっきまで俺の熱で真っ赤に熱くなるだけだった、闘技場の舞台が今では溶岩のようにドロドロだぜ。
「言ってろ」
マー君が吐き捨てるよう言うと直後に俺の真上に赤い雷が降り注ぐ。
だが、俺はそれを勘で横に跳んで躱し、即座にマー君に向けて距離を詰め、そして走りながら俺は拳を振るい、気弾をマー君に向けて放つ。俺の放った気弾をマー君も横に跳んで躱すと即座に魔弾を撃ち返してくる。避ける必要の威力じゃない。そう思った瞬間、後頭部に魔弾を受けて俺は転倒する。
そりゃそうだ、辺り一面マー君の魔力に汚染されていてマー君の自由にできる魔力に満ちてるんだから魔弾程度の術はどこからでも簡単に発動できる。
それに気づいて辺りを見回すと、周囲には無数の魔弾が浮かんでおり、それが次の瞬間には一斉に俺に向かって放たれた。
「サークル・ブレイズ」
足元に円を描き、吹き上がる闘気で魔弾を防ぐ。
これは牽制だ。本命は──
「術式──闇より産まれし黒き蟲、人界尽く食らいつくせ。ダオス・ベルゼーブ!」
完全詠唱の魔術しかもマー君の生まれた世界の魔術だ。
そんでもって発動する魔術はというと──
「やべぇな」
俺は防御ではなく、回避でもなく、逃げることを選択。
そして次の瞬間、マー君の手元に生じた魔法陣から漆黒の影のような羽虫が大量に現れ、それが俺に向かって飛んでくる。俺は気弾を飛翔する虫に向かって撃つが、虫は俺の気弾を食らっても何の影響も無く俺に向かっての突進を続ける。
虫なのに──なんてことは言わない。これは召喚術じゃなく、虫の形に見えるだけの魔力の塊だ。
そんでもってその正体は蠅のようなの虫の形をして自由自在に飛ぶブラックホールで基本的には防御不可能。
「こんな場所で使う術じゃねぇだろ」
俺の言葉を証明するかのように勢い余った虫が闘技場を囲む結界にぶつかるが、黒い虫は結界を容易く貫通し、客席を通ってUターンして再度結界を貫いて闘技場に戻ってくる。
その様を見た観客が俄かに騒ぎ出す。
そりゃそうだ。さっきまで安全だと思ってたのが自分たちにも流れ弾が来ると思えば焦るのは当然だ。
「使わせたのはテメェだぞ」
俺が悪いってのか、この野郎。
言い返そうと思ったが、その瞬間、闘技場の舞台を突き破って真下から黒い虫が俺に襲い掛かってきた。
観客の方に僅かだが意識が向いていた俺はその僅かのせいで反応が遅れ、虫に体を飲み込まれる。痛みも何も無く気づいたら即死して復活。
「上等だよ」
復活した俺は膝をついていた。俺は立ちあがりマー君を見据える。
そっちが観客のことを気にしねぇって言うなら俺だけ気にしてるのは公平じゃねぇよなぁ。
「……駆動、我が業。遥かな天へ至るため──」
「テメェ、本気か!」
うるせぇなぁ、そっちばっかり気を遣わずに戦りやがって。
ちょっとは俺にだって好きにやらせろよ。
「駆動──星よ耀け・魂に火を点けて!」
俺は業術の駆動態を発動する。
それによって俺の内力は爆発的に増加し、その増加した分を全て身体能力の強化に回す。
「待て」
──という言葉が聞こえるより早く俺の拳がマー君の体を捉える。
拳は触れた瞬間にその威力でマー君の体を爆散させ命を奪う。
「テメェ……」
離れた位置に復活したマー君が魔術を発動させようとするが、しようとした瞬間に俺の蹴りがマー君を直撃し、その体を爆散させる。だが飛び散ったマー君の肉片同士が魔力の光で結ばれ魔法陣を描く。そしてその魔法陣から放たれた光が俺を飲み込み消し飛ばす。
「もう少し手心を加えるとか出来ねぇのか!」
俺とマー君は同時に復活し、復活したマー君が俺に向けて怒りを露にする。
「先にマジになったのはテメェだろうがよ。俺が悪いみたいに言うなよ」
そうだ俺は悪くない。
悪いのは自分だけ観客に気を遣わずに本気の魔術をぶちかましてきたマー君だ。
「だからって駆動させるのかよ。クソ、本当にうんざりするなテメェには──」
マー君はそう言いながら、こっそりと魔術の準備をしている。
それが分かった俺は言葉が終わる前に殴りかかり、その体を吹き飛ばす。
ガチガチに防御魔術で自分の身を固めていたんだろう。今回は飛び散らずに体は残っている。だが、吹き飛んだマー君の体は闘技場の舞台に激突して、舞台を粉砕する。
「泣きを入れてくるまで、ぶん殴るぜ」
俺は宣言してマー君を追撃しようとするが、俺が一歩を踏み出した瞬間、飛び散り宙に浮かんでいた舞台の瓦礫が魔力の光で結ばれ、魔法陣を描く──
「既に俺の腹の中だと言っただろうが。体内であるのなら魔力の操作も容易、そして容易である以上、少しでも魔術要素があれば俺はそこから魔術を組み立て発動できる」
描かれた魔法陣から放たれた光弾が俺に直撃し炸裂する。
「偶然に飛び散った瓦礫同士を結び付けて魔法陣を描くこともできるし、誰かの歩くリズムでも魔術を組み立てそいつに叩き込むことができ──」
「──プロミネンス・ペネトレイトォ!」
俺は喋っている途中のマー君に向かって内力を込めた渾身の右ストレートを放つ。
客席に人はいない。だから撃っても良いよねってことで放った真紅の奔流がマー君の体を飲み込み蒸発させる。
「御託は良いから、さっさと戦ろうぜ! 決着をつけるためにさぁ!」
「上等だ、テメェ」
話してるのを邪魔されたマー君は怒り心頭といった様子で俺を睨みつける。
俺の方は余裕があるがマー君はどうだい? 無いだろう? だったら、するべきことは決まってるよな──
「謳え、我が魔導。深く沈むように響く──」
もう一段階、上げてこうぜ。絶対そっちの方が楽しいからさぁ!
「さぁ、来いよ!」
マー君が詠唱を始め、俺がその終わりを待つ。
そして本気でどっちかが滅びるまで戦る。それも悪くはないと俺は思うんだよね。
そんなことを考えながらマー君の詠唱を待つ。だが、その時だっ──。
「そこまでだ」
──不意に声が聞こえ、闘技場を覆う結界を突き破り、上空から何かが舞台に舞い降りる。
銀色の全身鎧を身に纏った剣士だ。顔まで覆う兜で素性を隠しているそいつは俺とマー君の間に立ち、俺とマー君にも劣らない力の気配を発していた。
「なんだテメェは」
突然の乱入者の存在にマー君は詠唱を止める。
俺もそいつの存在に気が削がれたせいか業術の出力が弱まる。
銀鎧の剣士は長剣を闘技場の舞台に突き立て、俺とマー君に向けて言う。
「そこまでにしろ」
そいつは有無を言わせぬ口調だった。
急に現れて俺とマー君に言うことを聞けって?
「なんでキミに偉そうに命令されなくちゃいけないんですかねぇ!」
「外野は黙ってろ!」
従うそぶりは見せないようにしつつも俺とマー君は視線を交わす。
邪魔が入ったせいで少し冷めてもいるんだよね。そっちはどうだい?
マー君の方も頭が冷えてるようで、戦る気が削がれているように見えた。
じゃあ、どうすんの? やめる?
やめるにしても、理由がなぁ。俺の方からやめるとか言い辛いしマー君だって言い辛いだろ。
そもそも、これはどっちかの退学を賭けた戦いなわけだし、勝敗はつけないといけないわけだが、さてどうしたもんか。
「──両者そこまで!」
俺とマー君が互いにどう終わりにするのか、どちらが終わりを宣言するのか腹の探り合いをしようとしていると、突然、客席の方から声が聞こえてきた。
俺とマー君の視線を声の方に向かわせ、そうして声の方を向くとそこには白く長い髭の伸ばした老人が立っていた。
今度こそマジで誰だか分からないんだが。
あ、これだと銀鎧の剣士が誰かは分かるみたいになっちまう。
必死にコスプレしてきてくれた剣士に悪いし、誰だか分からないふりをしておかないとね。
それはそうとマジでどなたですかね 髭のお爺さんは?
「この勝負、学院長である儂が預かろう。これほどの戦いを繰り広げられる者たちであるならば学院に残るのに不足はない」
学院長さんでしたか──でも、テメェに俺達の戦いを止める権限はねぇよな?
……まぁ許してやろうじゃないか。結果的にはどっちも退学にならなくて済んだみたいだしな。
優秀な奴を残すっていう学院の方針を考えれば、俺とマー君の強さを見せれば学院に残すって結論に達するのは当然で、俺とマー君が決闘すれば自然とどちらも学院には残れるだろうってことは分かっていたよ。
……まぁ途中でどうでも良くなって本気の殺し合いになってしまったわけだが、そういうこともあるよな。でもまぁ、結果的には上手くいったんだから過程なんかはどうでも良いじゃない。
終わり良ければ全て良しってことで、この場は収めようぜ。
とりあえず止めてくれた学院長に感謝しようぜ、マー君。
でもまぁ、なんにせよケリはついたんだから、今後のことについてお話をしようじゃないか。