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煙が満ちる

 

 業術の発動、それによってマー君の手元に現れるのは一本の煙草。

 マー君は穏やかな動作でそれを口に咥えると、指先に灯した魔術の火で煙草に火を点ける。

 本物の煙草ではない。業術の発動によって生み出された物体なので本物の煙草のように吸った所で得られるような効果は無い。だが、その代わりマー君の業術にとっては大きな意味を持つ。


 ゆっくりと吸い、ゆっくりと吐く。

 業術によって生み出された煙草の煙をマー君は自分の体に入れ、そして自分の息と混ぜて吐く。

 ゆっくりと優雅なその仕草はマー君一人だけ別世界にいるような様子だ。


「──来い」


 マー君は咥えていた煙草を放り捨てて言う。

 言われなくても行くさ。


「行くぜ」


 俺は熱を帯びた内力を足元に集め、ジェットエンジンのように噴射させる。

 その瞬間、俺の速度は音速に達し、その速度で一気に距離を詰めてマー君に殴りかかる。

 反応は間に合わない。俺と俺の拳は一瞬でマー君に届き、その胸をぶち抜いて、体を吹っ飛ばす。


「カッコつけておいて、なんだそのザマは!」


 胸に風穴が開いた状態で吹っ飛んだマー君は辛うじて受け身を取る。

 だが、その時には既に俺は距離を詰めており、受け身を取った瞬間のマー君の頭を蹴り飛ばす。

 しかし、そうした瞬間、俺の頭も吹き飛ぶ。


「呪詛術式──相互殺詞あいたがいころしのと


 吹き飛んだ俺とマー君の頭は即座に再生する。

 オーケー、殺した相手を問答無用で殺すのね。でも、今の俺はそういうのも楽しいぜ。

 命を削り合って最後まで残ってた方が勝ちにしようぜ!


「上等っ!」


 戦闘のテンションが俺の業術を熱くさせる。闘技場の石舞台が俺の放つ熱で真っ赤に染まる。

 倒れていたマー君は飛び起き、俺に向かって警棒を構えながら後ろに跳び、それを追おうと動く俺に向かってマー君は懐から取り出した紙を投げつけてくる。


 ──符術か?

 呪文を書いた紙によって魔術を発動させる魔術の系統だ。

 俺は咄嗟にそれと判断し、投げつけられた紙を拳を振るい、そこに帯びた熱で焼き払う。だが──


「呪詛術式──相互殺詞あいたがいころしのと


 焼き払った紙と同じように俺の体が炎に包まれる。

 もっとも、火には俺は耐性があるんでダメージはない。ただ、紙を焼いただけで呪いが発動ってのはどういうわけなんだと思い、一瞬だけ思考がそちらに向かう。


「召喚術式──生贄サクリファイス消費──消費数100──召喚確定──実行──魔王ゼアハーデン」


 そうして俺の思考が僅かに逸れた瞬間、マー君は懐から紙の束を取り出して、それをまとめて放り投げる。

 召喚術の発動にあわせて、舞い散る紙に火がつき燃え尽き、その全てが燃え尽きた瞬間、俺の前に魔物の姿が現れる。


「我を呼びし者は──「黙れ、足止めをしろ」


 マー君が召喚したのは漆黒の肌に巨大な翼を持つ魔物だった。

 会話が成立するってことは知性があるんだろうが、マー君はそれを無視して命令を下す。

 召喚された存在は召喚した存在に逆らえないっていうアレだ。

 そういうルールに従って魔王とか呼ばれた魔物が俺に向かってくる。

 ──上等だぜ!


「そんな木っ端魔王で俺を止められるかよ!」


 俺は一瞬で魔物の懐に飛び込み、全力の拳を叩き込んで魔王の上半身を蒸発させる。

 耐熱がなってねぇなぁ! 流石、木っ端だ。燃えやすくて良いぜ。

 しかし、コイツも哀れなもんだぜ。百人の人間の命を生贄に呼び出されたつもりで、実際は百枚の紙を生贄の代わりに使われて呼び出されてんだからな。

 散らばった時にチラッと見えた紙には棒人間が描かれていたんで、そこに書かれていた人間を本物の人間と誤認させて、人間を生贄にする術のコストをマー君は踏み倒したんだろう。


 日本にも形代っていう人の形に切った紙を人間の代わりに依り代にするような物があったし、それと似た感じだと俺は思う。紙を燃やした時に俺が燃えたのも紙に描かれた絵の人間を実際の人間と扱うことで、呪いを発動させたって感じか?

 人間の命をコストに使う魔術を紙に描いた絵の人間で代用するってのは無茶苦茶な気がするが、それをやれるのがマー君ってことなんだろう。でもな──


「こんな雑魚で俺を止められると思ってんのかよ」


「一秒でも足止めができたなら充分だ」


 そう答えるマー君の周りには火がつき、燃え尽きる寸前の紙が数千枚──


「万は欲しかったが、もう紙が無いからな。だが、数千人の命を生贄コストに使う大魔術だ。十回は死ね」


 生贄の代用の紙が燃え尽き魔術が発動する。


「呪詛術式──崩天大奈落ほうてんだいならく


 瞬間──俺の周囲が漆黒に閉ざされ、時間の感覚が消失すると同時に莫大な圧力が四方から襲い掛かり俺の体を圧し潰す。防御も間に合わず体がひしゃげて即死──即座に復活するが術は解けておらず、俺は即座にもう一度死に、そして復活──それが二十回ほど繰り返されると、魔術の発動時間は終わり、俺は解き放たれる。


「だから、なんだってんだ! 二十回くらい死んだ程度で俺が止まると思ってんのかよ!」


 何回も死んだことで俺のテンションは最高潮。

 こんなに俺を殺せた奴はしばらくいなかったぜ、マー君よぉ!

 最高じゃねぇか! もっとってみせろや!


「並の奴なら発狂するんだがな。そういうところがテメェのクソたる所以か」


「お褒めに預かり光栄だぜ」


 ……なんて気取ってる場合でもないんだけどな。

 この戦いで良い所が無さすぎるぜ、俺。ちょっと戦い方を考えるべきかもしれねぇけど──


「そんなことしてると冷めちまいそうなんだよなぁ!」


 俺は再びマー君に向かって走り出す。そんな俺に対して、マー君は紙を投げつけてくる。

 また形代か? それを焼いたら呪いが発動するっていうなら、余計なことはせずに──なんてことを思ったら、紙は俺に触れる前に爆発した。今度は普通に紙に書いた呪文を発動させる符術だったようで、俺はそれをマトモに食らう。


 ……良いようにされてるなぁ。恥ずかしいぜ。


「負けを認めるか?」


 爆発に巻き込まれた俺が復活するのを待ってマー君が俺に声をかける。


「認めるわけねぇだろ」

「だが、タイムリミットも間近だ」


 分かってるよ。そろそろマー君の業術が本格的に発動する頃だろ?

 業術で作り出した煙草の煙、マー君が吸って自分の息と混ぜたそれが、空気に完全に溶け込むまで、もう時間が無い。でもまぁ、そうなった方が俺としては楽しいけどね。


「全力を出せるまで待ってやってんのさ」

「そのザマで良く言う。やっぱり脳味噌にクソが詰まってんだな」


 味噌もクソも大した違いはねぇよ。

 中身が入ってるだけマシってね。


「頭かち割って、頭蓋の中のクソを洗い流してやるよ」


 マー君も調子が出てきたじゃん。

 俺も出すぜ、調子をな。


「まだまだ行くぜ」


 足から内力を噴射し、俺は一気に距離を詰める。

 マー君は防御の姿勢も取らずに俺の突っ込む俺の攻撃を食らって吹っ飛ぶ。

 一回、二回の死亡は構わないって感じのマー君は俺に吹っ飛ばされた勢いを利用して距離を取る。

 やっぱり接近戦は嫌がるんだよなぁ。接近戦だと俺についていけないってことが分かり切ってるから、距離を取ることを徹底している。そのためなら一回、二回の死なんて構わないって感じに。


「なら、俺も遠距離戦をしようか」


 接近戦しか出来ないと思われるのも癪なんでね。もっとも、俺の出来る遠距離攻撃なんてプロミネンス・〇〇とかしかないんだけどさ。

 ──で、それをこの場で使う? 結界があるから俺達の戦いを見ている観客には影響は無い……なんてことは無いよなぁ。絶対に結界をぶち抜くと思う。でもまぁ──


「ペネトレイト・ブレイズ!」


 威力を弱めた技を撃てば解決だよな。

 俺は吹っ飛ばされた状態から受け身を取って立ち上がろうとするマー君に向かって、内力を込めた右ストレートを放つ。

 その瞬間、右ストレートに合わせて俺の拳に帯びた内力が放出され一直線にマー君に向かい、その胸元をぶち抜いた。


「宗旨替えも悪くないね」


 気弾を飛ばすこと自体は出来るんだし、こういうことだって出来るさ。

 俺は器用な方なんでね。


「──手加減も終わりってことか」


 穴の開いた胸が再生され、マー君は立ち上がり俺を見据える。

 できるかどうかは怪しかったけどな。俺は相手の強さとか自分のピンチ具合によって能力に制限がかかるわけだから、もしかしたら飛ばないかと思ったけど、流石にここまで殺されてりゃ、制限は解除されるわな。

 ──それが例え、俺に一度も勝ったことが無い、そんでもって使徒の中でも()()()のマー君相手でもさ。


「だが、こっちも準備は完了してる」


 分かるぜ。少し息苦しくなってきたからな。


「お前はもう俺の腹の中も同然だ。すり潰して本物のクソにしてやるよ」


 言ってろよ。さんざん殺されたんでこっちも調子が出てきたところだ。

 俺は内力を拳に乗せてマー君に向かって飛ばす。だが、そうして飛ばした俺の気弾をマー君は苦も無く魔力の障壁で防いで見せる。だが──


「遅いぜ」


 俺は既に距離を詰めている。

 一瞬でも防御に意識を向けた状態で身体能力に全振りしてる俺の速度に追いつけるわけねぇだろ?

 はなから飛び道具で勝負をつけるつもりはねぇよ。飛び道具は牽制で──


「本命はこっちだ」


 俺の拳がマー君の腹部に突き刺さり、拳が帯びた熱が一瞬でマー君の上半身を蒸発させる。

 調子出てきたって言ったろ? それはつまり俺が熱くなってるってことだ。

 吹き飛んだ上半身が即座に再生し、再生しながらマー君は俺のを払いのけようと警棒を振るうが──


「だから遅いって」


 警棒が届くより早く、俺のローキックがマー君の足を蒸発させ転倒させる。

 倒れながら俺に向けて魔弾を放とうとする、その手を俺は手刀で切り落とし、返す刀で顔面に拳を叩き込む。接近戦では俺が圧倒的に有利だ。だが──


『……すでに俺の腹の中だと言ったはずだ』


 消し飛んだ頭ではなく周囲から声が聞こえ、次の瞬間、俺の胸を光線が貫いた。

 仰け反る俺に向かって闘技場の舞台の上から急に生えてきた腕が殴りつけてきて、俺は後ずさる。

 そうしてできた、隙にマー君は復活し、俺から距離を取る。


「忘れてるのか?」


 いいや、忘れてはいないぜ。

 マー君の業術の効果はな。


「マー君の吐いた煙草の煙に含まれる魔力が空気を汚染し、空間をマー君の制御下にある魔力で満たす」


 正解は俺の肺の破裂で示される。

 俺も呼吸している以上、魔力で汚染された空気を吸っている。

 その空気を吸うってことはマー君が自由に使える魔力を自分の体に入れてるってことで──


「そして俺の魔力である以上、俺は自由に扱える」


 空気を介して血中に取り込まれた魔力がマー君の魔術によって毒に変わる。

 自分の魔力である以上マー君は人の体内でも自由に魔術を発動をすることも出来るってことだ。


「副流煙より性質が悪いよなぁ」


 煙草は吸う本人より周りの人間の方が健康の害が大きいって言うが、マー君のこれは本人に全く影響が無いもんな。


「でも、本当にヤバいのはここからか」


 俺は体内に入ったマー君の魔力を自分の内力で塗り潰して消滅させる。

 一応の対策はあるんで体の中に入った魔力は何とでもなる。

 だけど、マー君の業術の本当の性能はここからだ。


「それでも勝つのは俺だけどな」

「そのクソを垂れる口を二度と開けないようにしてやろうか?」


 やってみろよ。第一ラウンドを最終ラウンドにしてやるぜ。

 さぁ、続けようぜ、戦いをさ。


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