二人の処分
学食で大立ち回りを演じた俺とマー君は直後に現れた教師に連行されることになった。
どうやら、その教師は学院内でもかなり上の立場の奴のようだ。この学院というか、この世界の学校の仕組み自体、分からないんで何とも言えないが、おそらく教頭とかその辺りの地位だろう。
その教頭は俺とマー君を学院の中にある尋問室のような部屋へと連れてきた。
窓が無く、椅子と机しかない部屋へと入れられた俺達は立たされ、教頭は一つだけある椅子に座り、机に紙を置いて俺達から調書を取ろうとしていた。
まぁ、雰囲気からして俺達の話を聞く気は無さそうだけどさ。
「貴様らが学食内で暴れていたと他の学生から話を聞いている」
そりゃまぁ、間違いはねぇけどさ。
ちょっと訂正したいことがあるぜ。
「俺達以外にも暴れてた奴らはいるけどね」
風紀委員の連中が喧嘩を売ってきたのが原因だってことは他の学生は言ってなかったんだろうかね?
まぁ、言ってなかったんだろう。
「そんな話は聞いてないな」
「だろうな」
マー君が驚く様子も無く言う。
どうやら、この先の展開が予測できたようで、この状況に興味なさげな雰囲気だった。
それはまぁ、俺も同じで、話を聞いて調書をとっているのも形だけってのは分かっているし、どういう結論になるかも想像がつくぜ。
「私が着いた時には、あの場には貴様らしかいなかった」
そりゃあね、だって風紀委員の連中は逃げちまったしさ。
ついでにジュリアン君は逃げてなかったけど、机の下に隠れていたので教頭に見つからなかった。
まぁ、ジュリアン君に関しては良かったと思うよ。俺達はこういう状況になっても平気だけど、あの子はちょっと無理そうだしな。
「テメェが着くのが遅かっただけだろ」
マー君がボソリと呟く声が耳に入ったのか教頭が目を剥いてマー君を睨みつける。
「態度に気をつけろ黒服。この場での発言も貴様らの処分に関わることだぞ」
マー君は肩を竦めると懐に手を入れて煙草を取り出して口に咥え、指先に灯した魔術の火で煙草に火を点ける。
「何をしている貴様、それは何だ!」
「薬だよ、吸わねぇと死ぬんだよ俺は」
そう言われると教頭は何も言えなくなる。
この世界は喫煙の習慣が無いようだから、煙草の事も分からんだろうし薬と言われても確かめる手段が無いんだから信じるほかない。
「……それなら、まぁいい」
まぁいいとしか言いようが無いよな。吸うのを禁止して死なせたらマズいしね。
本当は吸ってる方が死に近づくような気がするけど、知らないんだから仕方ねぇよな。
「で、実際の所、どうなわけ?」
俺が気安い口調で教頭に話しかけると教頭が今度は俺を睨みつける。
でもまぁ、睨みつけられても怖くも何ともねぇよ。こちとら他人に睨まれ続ける人生と神生を何百年も送ってんだんから、今更、睨まれても怖いとか思わねぇって。
「態度に気をつけろと言ったはずだ」
「態度に気を付けてこれが限界なもんでね。最初っからこっちを犯人扱いするような奴に対しては充分以上に礼節を保ってると思うけど?」
教頭の顔が赤くなる。照れてんのかい?
いや、怒ってるんだろうね、それくらいは分かるぜ。
「犯人扱いとはなんだ! こうして弁解の機会を設けてやっている私に対して、その態度はどういうことだ!」
教頭が俺達を怒鳴りつける。
だからさぁ、怒鳴りつけたって俺達はビビらねぇよ。
見りゃ分かるだろ? マー君なんか我関せずって感じで紫煙をくゆらせてるぜ。
「弁解の機会とは言うけどさぁ、俺達をこういう状況に追い込んだのはアンタなんじゃないかって俺達は思っているんだよね。だから、アンタの言っていることは恩着せがましいとしか思えないわけよ」
「何だと?」
「都合の良すぎるタイミングだなぁって思ってんのさ、俺達は。風紀委員の連中が絡んできた時には現れず、ケリがついてから現れる。なんか狙ってるようにしか思えねぇよなぁ」
マー君はどう思いますかね?
俺が聞こうと思って視線を送るとマー君は煙草の煙を大きく吐いてから口を開き出す。
「風紀委員がアッシュを痛めつけるのを待っていたんだろうよ。それが上手くいけば何も問題なし、駄目だった時に事件を起こしたとしてアッシュを騒ぎを起こした犯人とするために登場するってシナリオだったんじゃないか?」
「なんで、俺にそんなことをしてくるわけ?」
「そりゃあ、お前が既に学院の厄介者だからだよ。まだ合計で二日しか登校してねぇのに、暴力事件を
何回も起こして何人も治療室送りにしてるだろ。学院がお前の事を厄介者として排除しないわけがないだろうが」
まぁ、そうだよね。それは俺も理解できるぜ。
だけどマー君も巻き込まれたのは何でだろうか?
「ついでに、その場に黒服の俺がいたのも都合が良かっただろうな。この野郎は黒服を嫌ってて学院から追い出したいって公言してる奴だから、騒ぎの場に黒服の俺がいたから厄介者と一緒に処分しようと考えたんじゃねぇか?」
「──だそうですが、どうなんですかね?」
俺は教頭に訊ねる。
本当かどうかはともかくとして俺達はそういう認識なんだけど、どうなんでしょうか?
俺達の推測を聞いていた教頭の顔が真っ赤に染まる。可哀想にそんなに興奮してさ。
「私を侮辱しているのか! そのような稚拙な謀を私がすると、そう思っているのか!」
そうでーす。だって、俺はキミのことを詳しく知らねぇんだもん。
そうなると状況からキミの人となりを判断するしかないし、そうなるとキミは自分の好き嫌いとかで学生を罠に嵌めるような奴になってしまうんだよね。
まぁ、教頭にも思う所はあるんだろうね。
俺みたいな奴を由緒正しい学院から追放したいっていう気持ちも当然だし、詳しくは知らねぇけど劣等生らしき黒服の連中を追放したいって考えも分からなくない。
だって、この学院は名門なんだから、そのレベルを維持するためにレベルの高い奴で固めておきたいって思うのも仕方ないよな。
学生の立場として考えると、この教頭が悪いように思いそうだけど、似たようなことは何処にだってあるし、この出来事に対して不満を覚える奴だってやっている奴はいるだろう。
例えばゲームでパーティーを組む時だって強いキャラだけで組んで弱いキャラは捨てるなんてこと平気でやるだろ? 日常生活でも人間てのは良い物と悪い物の選別なんて平気でやっているし、物に限らず人だって自分の都合で良いものと悪いもので分けて付き合う相手を選ぶとか誰だってやっている。
なのでまぁ、この教頭のやっていることを絶対に悪いとした場合、自分達の普段の生活はどうなのかって話なると俺は思うんだわ。
キミらは今まで一度も出来の良いものと悪いものを選別して悪い方を捨てたことが無いのかってさ。だから、俺は一方的に教頭のやってることを悪いと言うのはどうかと思うわけよ。
まぁ、だからって捨てられる側としては納得は出来ないだろうし、そういう納得できない気持ちを持つのも当然だと思うんだから、怒りを覚えるのも正しいとは俺は思うよ。
「まぁ、落ち着こうぜ。俺らが何を言ってもアンタは俺らに何かしらの罰を与えるんだろ? とりあえず、それを聞いてやるからさ」
今後の事はそれを聞いてからだね。
停学くらいだった俺は甘んじて受け入れるぜ。退学ってことになったらラスティーナとのコネを使ってでも抵抗するけどさ。
「態度を改める気は無いのか……」
改めた所で温情を与える気は無いだろ?
最初から結論が出てるんだからさ。問題児を処分したい、劣等生を処分したい。そういう狙いが根底にあるんだから結論だって決まっているさ。
「ならば仕方ない。貴様らには魔導院の伝統に乗っ取った方法で罰を受けてもらう」
伝統に乗っ取った方法とは?
「本来であれば両名共に退学が相応しいところだが、学院としては大事な生徒を二名とも失うのは惜しい。であるからして、どちらか一方を退学とする」
良く言うぜ。本音ではどっちも退学にしたいだろうに。
なのに出来ないってことはどういうことか。まぁ、名門であるという触れ込みなら辞めさせるのにもそれなりの手続きがいるんだろう。簡単に辞めさせた場合、この学院に入れなかった連中から、そんな奴を選ぶくらいなら自分を選べば良かったのにとか突き上げがくるだろうし、学院の学生を見る目も疑われるからな。
「どうやって選ぶんだ?」
マー君が煙草の吸殻を床にポイ捨てする。
相変わらずマナーも何も無いが床の上に落ちた吸い殻はマー君の魔術によって一瞬で燃え尽きる。
「伝統の方法があると言っただろう」
もったいぶらずに教えろよ。
どうせ、たいしたもんじゃねぇんだろ?
「伝統の方法、それは学生同士の決闘による決着だ!」
それは思いもがけない方法。
流石の俺もマー君も予想しておらずに呆然とする。
「学院に残るのは優秀な方。それを決するための戦いを貴様らにはしてもらう!」
なるほど、それはヤバいなぁ。すげぇヤバくて震えてきちまうぜ。
なんて、とんでもない方法を考えやがるんだ。
「どうだ恐ろしいだろう? 文字通り人生を賭けた戦いだ。私の見る限り貴様らは友人同士、だが学院に残れるのは只一人だけだ」
俺の震えを見た教頭が酷薄な笑みを浮かべる。
なるほど、この決闘は仲間同士で争わせるってのが目的なんだろう。そういう伝統がこの学院にはあったってことなんだな。
──全く恐ろしすぎるぜ。仲間同士で戦わせて一つの席を奪い合うとかさ。
恐ろしすぎるぜ──思いもがけず、俺にとって都合の良い展開になる、俺の運の良さがな!
合法的にマー君と戦える機会が来るとか最高じゃねぇか、文句なしだぜ!
魔導院の伝統バンザイ! 魔導院の伝統サイコー!
さぁ、戦おうぜマー君。
どっちが学院に残れるか、そして俺が勝ったら俺の言うことを聞いてもらうぜ?
そんな約束はしてねぇけどな!