揉める奴ら
マー君と話していたら、やってきた風紀委員連中は殺気立った様子で俺に詰め寄ってくる。
原因は風紀委員をぶちのめしたからだって分かるぜ。なにせ俺がぶちのめした連中もいるわけだしな。
「なんか用かい?」
でもまぁ、確認は大事なんで、何の用か俺は訊ねることにする。
訊ねる相手は俺のそばにやってきて、椅子に座っている俺を見下ろす白い制服の男子生徒。
もしかしたら仲直りに来たのかもしれないんで確認は大事だよな。まぁ、殺気立ってるわけだから、そんなことはないだろうけどね。
「他の者が世話になったようだな」
世話ねぇ。言い回しってのは大事だよな。
「礼には及ばねぇよ。大したことなかったし、苦労もなかったからさ」
遠回しに、「雑魚ですね、キミのお仲間は」と俺は言う。
当然、意味は通じているわけで、俺を見下ろす男子生徒の瞳に敵意の色が浮かぶ。
「なるほど、反省の色は見えないな」
「そりゃあね、喧嘩売ってきた奴をぶちのめしたことをどう反省すれば良いか俺は分からないもんでね」
そっちが弱いってことに気付かず殴ったことを謝れば良いのかい?
雑魚を殴ってすみませんでしたってさ。でも、反省して欲しいことはそういうことじゃねぇだろ?
何が言いたいか分かるぜ。でも、そっちが思うようにはしねぇよ。
「学院の秩序を守る我々に抵抗した以上、処罰する他ない」
「素晴らしいね。自分たちの思い通りにならない奴は私刑にかけるとか、伝統的な支配体制過ぎて感動するぜ」
俺が軽口を叩くと同時に風紀委員連中が俺達を取り囲む。
俺だけじゃなくてジュリアン君もマー君も囲んでいるのはどういうわけか。
「二人は関係ないと思うんだけどね」
思いもがけない事態にジュリアン君は顔を青くし、マー君は呆れた顔で煙草を吸っている。
喫煙の文化が無いのか、マー君が吸っている煙草に風紀委員連中は怪訝な顔をするが、それ以上の反応は示してはいない。
「学院の秩序を乱す者に与する者がどうなるか、その見せしめだ」
ひどいなぁ。問題児と話していただけで、そいつも処罰するとか地球の学校だったら新聞沙汰だぜ?
「幸い、無能者に黒服だ。多少、痛めつけても文句を言う者は誰もいない」
ひでぇ学校だなぁ。風紀委員が風紀を乱してるじゃん。
周りを見ると、他の学生は見て見ぬふりをするものもいれば、俺達が痛めつけられるのを期待の眼差しで見ている者もいる。どうやら、これも珍しいことじゃないんだろうね。
「マー君も学院では立場が下なのかい?」
周囲を取り囲んで威圧してくる連中を無視してマー君に訊ねる。
「俺が着ている黒服ってのは学院の中でも最低クラスの成績の奴が着る制服だ」
なるほど、そりゃあ立場が弱そうだわ。
でも、マー君の能力なら上のクラスに行けそうだけどな。
「俺は黒が好きなんだよ」
煙草の煙を吐きながらマー君は俺が何を思っているのか察して補足する。
しかし、そうしてマー君が話していると──
「口を開くな黒服。貴様がこの場で口を開くことを私は許していないぞ」
風紀委員のリーダー格らしき男がマー君に叱責の声を飛ばす。
どうやら黒服ってのは許可が無ければ口を開くことも許されないようだ。
それが学院のルールにしても、それを言う相手が悪いと俺は思うね。
マー君はわずかに思案するふりをしながら煙草をゆっくり吸い、そして煙を吐く。自分の気持ちを落ち着かせるためなんだろう。時間をかけてゆっくりと吸い、そして──
「口からクソ垂れる前に、さっさと家に帰ってクソして寝ろ、クソガキども」
結局、気持ちが落ち着かなかったようで口から出るのは煙草の煙ではなく暴言だった。
その暴言に反応して風紀委員の連中が動き出そうとするが──
「やめとけ、俺達とやるなら半殺しにしてクソと一緒に便所に流すぞ」
忠告じゃなく挑発だよなぁ、それ。
でも、良い感じだぜ。もう一触即発だしな。
「きさ──」
風紀委員のリーダー格の男が口を開こうとした瞬間、吹き飛んでいった。
何が起こったかと言うとマー君が魔術をぶち込んだ。
それだけだが発動が速すぎて俺でも反応できなかったし、どんな魔術を使ったのかもわからない。
「口からクソを垂れる前に失せろと言ったよな? 頭だけじゃなく耳にもクソが詰まってんのか」
マー君は煙草の吸殻を床に放り捨てると、長い前髪を上げて後ろに流し、髪で隠れていた顔を露にする。
リーダー格が一瞬で倒された状況を呑み込めず硬直していた風紀委員たちだったが、それを皮切りに俺達を取り囲んでいた連中が動き出す。
「俺とも戦ろうぜ?」
リーダーを倒したマー君を真っ先に狙おうとする連中の前に俺が立つ。
その瞬間、風紀委員連中の顔に怯えの色が浮かぶ。
「なるほどね、そこのぶっ倒された奴が頼みだったわけか」
マー君にぶっ倒されたリーダーがいたから強気だったんだろう。
そいつが俺を倒してくれると思っていたみたいだね。でも、残念、その頼みの綱は気絶しているようだぜ?
「情けねぇ連中だぜ。でもまぁ、そんな連中でも俺はちゃんと相手してやるか安心しろよ」
俺は怯えの色が浮かぶ一人に向かって一気に距離を詰めて、その顎先に拳を叩き込む。
そして、慌てふためく風紀委員連中の集団の中に飛び込んだ。
「やめろ、同士討ちになる!」
集団の中に飛び込んだ俺に魔術を浴びせようとするが、撃てば味方に当たる可能性もある。
それに気付いた一人が叫び、他の連中も魔術の発動に及び腰になる。
「数を頼みにしてるくせに集団戦の仕方も知らねぇとか呆れるぜ」
手近な一人の顔をぶん殴りながら言っていると、不意に魔術が飛んでくる。
お? 同士討ち覚悟とか良いじゃねぇかと思って魔術が飛んできた方を見ると、そこには新しい煙草を咥えたマー君が学食のテーブルの上に腰を下ろしていた。後ろに流した前髪を後頭部で紐で結い、露になった顔には不敵な笑みがうかんでいる。
「悪いな、クソばかりで区別がつかないもんでな」
そりゃ仕方ないね。
俺は魔術を俺に放とうとしていた奴の腹を殴りつけ、意識を奪うと、そいつの体を担ぎ上げてマー君の方へと投げつけた。しかしマー君の方へと飛んでいった人間は、その途中で急に勢いを失って床の上に落ちる。
「クソを撒き散らすクソかよ。テメェを先にクソ溜めに叩き込んでやろうか?」
「俺をそんな簡単に掃除できるとでも?」
戦る気があるなら、戦ろうぜ? 今この場でさ。
俺とマー君の視線が交錯し、俺達は互いを見つめる。そして、それによって生じた一瞬の隙を突いて──
「無理だ! こいつらバケモノだ!」
俺達を取り囲んでいた風紀委員連中が背を向けて逃げ出す。
別に逃げる奴を追いかけて、どうこうする趣味は無いんで放っておく。
でもさぁ、この程度でバケモノって何?
世間を知らねぇのかバケモノ認定のハードルが低すぎて呆れるぜ。
マー君も同じようなことを思ったようで呆れた様子を隠さず、天を見上げて煙草の煙を吐く。
それを見て、なんだか美味そうに見えた俺は──
「一本くれよ」
「やらねぇよ。残り三本しかねぇんだ」
この世界に紙巻きたばこなんてないだろうし、この世界に来た時の持ち込み品なんだろう。
煙草が無いのはマー君にとっては死活問題だろうし、貴重な煙草を人に渡したくはないんだろう。
「今まで我慢できてたのに、テメェが来てからイラつくことばかりで本数も増えてるんだよ。どうしてくれんだ?」
どうしようもねぇな。
ここでポンと煙草が出せれば、もしかしたらマー君の協力も取り付けられるんだろうけど、そんなに都合よく煙草なんて用意できないし──
そんなことを俺が考えていると不意に学食の中に声が響き、俺の思考が中断される。
「何をしている!」
怒鳴り声をあげたのは険しい顔をした初老の男。
その男の視線は俺とマー君を捉えていた。
「貴様らが騒ぎの原因か?」
そこに間違いは無いと思うけどね。
でも、それを素直に認めるのもどうかと思うが、さてどうしたもんか。