無理なこと
俺の使徒であるマーク・ヴェイン……マー君が俺に協力するにあたって提示してきた条件というのはジュリアン君を殺すことだった。
「あの、持ってきました……」
マー君がジュリアン君を殺せと俺に言った直後に食事を載せたトレーを持ったジュリアン君が戻ってくる。
急にパシリに使われて困った顔をしているジュリアン君。可哀想になぁ、もっと困った顔になるぜ。
「なぁ、聞いてくれよ。こいつがキミを殺せってさ」
別に隠すようなことである気がしなかったので俺は正直に伝えることにした。
「は?」
言葉も無く表情を硬直させるジュリアン君。
マー君が余計なことを言うなと俺を睨みつけてくる。
やだねぇ、殺人教唆を黙ってろって? そりゃあ駄目だろ。
「え、なんで?」
ジュリアン君が訳分からないって感じで呟く。
冗談だとは思ってないみたいだね。まぁ、俺に殺せって命じたマー君が殺気を出しまくりだからさ。
それはそうと、俺もどうして殺したいか気になるなぁ。見た感じだとジュリアン君は人畜無害の小動物も同然だぜ? 何か気に入らないことでもあるのかね。
「なんでジュリアン君を殺したいわけ?」
考えても答えは出ないので俺はマー君に理由を聞く。
するとマー君はジュリアン君を睨みつけ──
「こいつと俺でキャラが被るんだよ」
マー君は訳の分からないことを言い出した。いや、分からなくもねぇな。
おそらく当人にしか分からないが、ジュリアン君にはマー君の平和な学院生活を脅かす何かがあるんだろう。
「見て分かるだろ? 俺もコイツもカワイイ系男子。カワイイカワイイって女子にちやほやされるタイプだ。そういうキャラは一人で良い、そういうポジションは一人の物であるべきだ。こいつがいることで俺のカワイイ系男子のポジションが奪われ、そうなれば俺の望んだ学院生活が脅かされる可能性がある。だから殺す」
あーなるほどね。理解したわ。でもさぁ、ちょっと間違いがある気がするんだよね。
「でも、キミってカワイイ系じゃないよな」
マー君さぁ、自分とジュリアン君を見比べて見なよ。
「まず体格、ジュリアン君は160cm無いぜ? マー君は168cmくらいじゃん中途半端なんだよなぁ」
「170cmだ」
身長に見栄を張る時点でカワイイ系って無理じゃねぇかな。
ちなみに俺は180cmとちょっとくらい。
「腕だって見てみろよ、ジュリアン君の腕なんか細いし白くて女の子だぜ? マー君は……」
まぁ、中肉中背だけど袖をまくってみると──
「がっつりタトゥー入ってるじゃん」
右腕は指先から肘まで、左腕は掌から肩を越えて心臓にまで伸びるように魔術的な意味を持つ紋様をタトゥーとしてマー君は体に刻んでいる。
マー君が自分自身の形質として魂自体に刻み込んでいるもののため、どんな世界のどんな体になっても必ず現れるから、しょうがない面もあるんだけどね。
「そもそも顔が微妙じゃん、マー君」
「殺すぞ」
「いやいや、現実をよく見ようよ」
そう言って俺は逃げるタイミングを探っていたジュリアン君の体を捕んでマー君の前に引きずり出す。
「髪はサラサラの金髪」
マー君は黒くてべったりしてるよね。
「髪型も特徴は無いけど、短くて清潔感がある」
対してマー君は長くて不潔感があるし鬱陶しい感じ。そもそも前髪が長すぎて顔が良く分からん。
「メカクレ系男子だから」
呪いのビデオに登場する女の怨霊にしか見えねぇよ。
ぶっちゃけ貞子じゃん、見た目は。
「眼だってパッチリしてるぜ」
マー君は前髪から覗く限りでは三白眼だし、目つきは悪い、瞳は濁ってるでどうしようもねぇじゃん。
「ハッキリ言ってマー君にカワイイ系は無理だぜ? ジュリアン君を殺しても、マー君がそのポジションに取って代わるのは不可能だ」
俺は率直に言い、ジュリアン君を殺しても無駄だってことをマー君に理解させようとした。
そんな俺の思いが通じたのかマー君は何も言わず、懐に手を入れると煙草を取り出し口にくわえた。
そういう所がカワイイ系が無理だという理由だってマー君は気づいていないんだろうかね。
「……」
指先から魔術でライター程度の火を生み出すとマー君は加えた煙草に火を点け、学食の中であるとか関係なしに煙草を吸う。
見た目は十代だが、実年齢は100歳を超えているんで喫煙しても問題は無い。まぁ、この世界に喫煙の年齢制限があるかは知らんけどさ。
「あ、あの……」
ジュリアン君は何をどうすればいいか分からず俺達の隣に座り困惑している。
そんなジュリアン君の様子を横目で見てマー君は溜息を吐くような調子で煙草の煙を吐く。
「カワイイ系は無理か」
「無理だなぁ」
「じゃあ、どうするかな」
とりあえず、ジュリアン君を殺すことは思いとどまってくれたようだ。
となると協力を取り付けるためには別の条件が必要になるわけだが──
「で、どうすれば協力してくれるんだい? ジュリアン君を殺すのが無しになったんだから、何か他の──」
「ねぇよ。そもそも、そいつを殺したとしても協力はしなかったからな。協力を考えてやると言っただけで協力するなんて一言も言ってないからな」
やはり、そうきたか。こういうずるい所があるからムカつくぜ。
やっぱり、ぶちのめして言うことを聞かせた方が良いじゃないか?
俺が段々とそうするしか方法が無いような気がしてきた矢先のこと不意に俺を呼ぶ声が聞こえ──
「おい、貴様がアッシュ・カラーズだな!」
声の方を見ると、そこには俺が午前中にぶちのめした風紀委員達ともう一人リーダー格らしき奴がいた。
そいつらが俺を見つけるなり、こちらに駆け寄ってくる。
「また、面倒な奴らを連れてきやがって」
「人気者なもんでね。俺に会いに来る奴らが絶えないのさ」
フェルムで冒険者やってる時より学生になった方が絡まれることが多くて楽しいぜ。
風紀委員会の連中も殺気立ってるし、午前中の仕返しにでもやってきたんだろう。
「揃いも揃って大勢で、俺に何か御用ですかね」
喧嘩をしに来たんだろ? なら戦ろうぜ。
こっちはお預けをくらいっぱなしで溜まってんだからさぁ!