マーク・ヴェイン
魔導院にいた使徒の名はマクベイン。だけど、ご機嫌斜めで俺への敵意どころか殺意を隠さない。
向こうも殺す気なら良いよな? 戦ろうぜ? 使徒だとか関係ねぇよ。本来は協力を取り付けるって目的があったけど今はそんなんはどうでもいい。
それよりも、こいつと戦う方が良い。長期的な視点で利益を考えるより、その場の快楽を重視したい俺にとってはマクベインと戦う方が大事だぜ。
そんな俺の思いが見て取れたのか、マクベインの長い前髪の隙間から覗く瞳にウンザリとした色が浮かび、そして──
「戦らねぇよ、馬鹿が」
「は? さっき俺の事を殺すって言っただろうが」
「本気なわけねぇだろうが、そんなことも分かんねぇとか脳味噌にクソでも詰まってんのか?」
マクベインは悪態をつきながら自分の目の前に置かれた食事に手を付ける。
それで一触即発の空気は霧散し、俺も戦る気が削がれた。
「あぁ、クソだクソ。クソ以下の世界に召喚されてクソみたいな気分の中で、比較的マシなクソ溜めを見つけたと思ったら、クソの親玉に出会うとか、本当にクソな状況だ。そのうえクソの親玉は状況が分からない筈がないのに、いつも通りのクソっぷりだからな」
クソクソうるせぇなぁ、うんこマンかよテメェはよぉ。
まぁ、変わってないようで安心はするけどさ。
「ところで、マクベイン君さぁ」
俺はメシを食ってるマクベイン君に話しかける。
皿にはパンとスープとベーコンらしき肉とザワークラウトに似た漬け物らしき物が乗っていて、それらを嫌そうな顔をしながら口に運んでいたマクベインは俺が名を呼ぶと俺を睨みつけてきた。
「マクベインと呼ぶな。ここでは俺はマーク・ヴェインだ。お前がアスラカーズではなくアッシュ・カラーズであるようにな」
どうやら俺のこの世界での名前は御承知のようだ。
そんでもってマクベインじゃなくマーク・ヴェインね。じゃあ──
「マー君か」
「殺すぞ、テメェ」
オーケー、じゃあ戦ろうぜ? 殺し合おう。
「だから、戦らねぇって言ってるだろうが、殺気を出すのをやめろ」
「なんだ、つまらねぇなぁ」
俺がガッカリするとマー君は大きく溜め息を吐く。その様子を見ながら俺は質問する。
「なんで名前を変えてるわけ? 俺は邪神アスラカーズ本人って名乗るのも変だからアスラカーズの信徒のアッシュ・カラーズって感じで名乗ってるわけだけど」
俺の疑問にマー君はイラっとした様子で答える。
なんでイラっとしているかって? さぁ? 俺には分からんね。
「お前が知らない筈が無いだろうが。本当の名が広まれば広まるほど、俺達はこの世界との結びつきが強まり、この世界と共に在るものに性質が変化する。それを避けるために俺達は偽名を名乗るってことをお前が知らない筈がないだろ」
さぁ、どうだったかねぇ。
「そうなるとゼティはもう駄目だね。アイツはずっとゼルティウスって名でこの世界にいるから。もう立派にこの世界の住人だぜ?」
俺の言葉を聞いてマー君は前髪の隙間から覗く眼を丸くする。
どうやら何か驚くことがあったようだ。
「ゼティもいんのかよ。お前ら二人もいて今まで何やってたんだ?」
マー君も使徒だからゼティとは顔見知りだ。
マー君……いつもマクベインはこんな調子だったが、大半の使徒とは友好的な関係が築けているし、俺もまぁ、そんなに関係が悪いわけじゃない。今のように敵対関係になることがないだけ、使徒の中ではマシな方だ。
「何やってたんだって言われてもなぁ」
「邪神と使徒がいて黒幕の一人も掴めてないのか?」
返す言葉もございません。
冒険したり、喧嘩したり、神殺しをしたりとそんな日々でした。
……案外、何もやって無いわけじゃねぇな。もっと堂々としてていいんじゃないか?
「……その様子だと、大して進展はないようだな。本当に期待を裏切らないクソどもだ」
「まぁ良いじゃねぇか。これから頑張ればいいんだからさ」
「それはテメェが言うセリフじゃなくて俺が言うセリフだよな? クソみてぇな成果しか残してねぇクソが言っていいセリフじゃねぇぞ」
怒られてしまいました。マー君は厳しいぜ。ところで気づいたんだけど──
「その口ぶりだと、もしかして色々と理解していたりするのかい?」
「あぁ、分かってる。この世界が脱出不可能ってくらいのことだがな」
「それなのに俺と平気で話すんだなぁ。ゼティなんか最初、俺の仕業って思って俺に剣を向けてきたのに。どうして俺の仕業じゃないって確信が持てたんだい?」
「やり口が雑で悪戯心が無いからな。説明も何も無しに唐突に異世界召喚。そして召喚された先の世界は見た目だけ取り繕っただけで滅ぶ寸前。ついでに他の世界と連絡を取ることも不可能、脱出も不可能とくれば、アスラカーズのやり口じゃないことくらいは分かる。むしろ俺達に敵意を持つ何者かの罠って言われた方が納得ができるくらいだ」
さすがマー君、良く分かってるね。
「そんだけ分かってるなら、俺達がここに来た理由も分かるんじゃないかい? そんでもってキミに頼みたいこともさ」
俺がわざとらしく媚びたような態度で話しかけるとマー君はそれを鼻で笑い、それを見て、俺はどうやら良い返事が貰えないと確信を抱く。
「この世界を脱出するために手を貸せって言いたいんだろ? お断りだ、クソ野郎」
で、返ってきた言葉が明らかな拒否。
おいおい、そういう態度は良くねぇよなぁ。
「なんで?」
俺が聞くと──
「俺は今の状況に満足してるからな」
そう言ってマー君は周囲に視線を向ける。
「クソ溜めには変わりないが、ここは居心地が良いのさ。俺は居心地の良いこの場所で静かに世界が滅びるのを待つ。世界が滅びれば俺達は解放されるし、あてもなく俺達を罠に嵌めた奴を見つけるより、そっちの方が面倒くさくなくて良い」
「世界が滅びるって──」
「お前が知らないわけねぇだろうが。このクソみたいな世界は、そう長くはもたないってことをな。世界を巡るマナの流れも滅茶苦茶だし、環境設定もちゃんとなってねぇ。どこのクソ神が創ったかはしらねぇが、手抜きにもほどがある。そして、そんな手抜きの世界は長くは維持できないってことをお前が知らないわけがねぇだろうが」
まぁ、それは分かってるけどさ。
だから、俺はせっかく手に入れた黄神の力を世界に還元して、せめて大地を巡るマナの流れだけはってことで直したんだしな。
「だから、俺はここで静かに滅びの時を待つってわけだ」
面倒くさいからって理由と、放っておいても脱出することは出来るって確信があるからマー君は俺に協力しないと、そういうことね。個人の考えに対して、とやかく言う趣味は無いんでマー君は好きにしたら良いとは思うよ? でも、俺としてはマー君の協力が欲しいわけよ。
「『魔導王』マクベインともあろうものが随分と情けないことを言うねぇ」
「その名で呼ぶなって言っただろうが、脳味噌にクソでも詰まってんのか?」
人間時代に『魔導王』なんて異名で呼ばれていたマクベインは魔術系に関するスペシャリスト。
今後のためにも協力はしてもらいたいんだよね。魔術的なアプローチで脱出の手段なり何なりを見つけてくれるかもしれないし、それ以外にも色々と役に立つ奴だからさ。
「何度も言うが、俺はここで静かに過ごす」
「この学校で?」
俺の疑問に頷いて肯定の意を示すマー君。
もう少し良い場所があるような気もすんだよなぁ。なんで学校が良いわけ?
別に静かに過ごすなら、もっと良い場所があるじゃないか。
「やたら学校に来たがるとか失われた青春時代を取り戻そうとする転生者みたいで痛々しくない?」
思わず言ってしまったわけだが、まぁ良いだろ。
静かに過ごすだけなら、俺がもっといい場所を見つけてやるから、見返りに俺に協力しろよ。
そんな感じで話を展開させていこうと思ったわけだが、マー君はというと──
「あぁ、その通り」
マー君は意外にも肯定した。
「俺はここで青春時代を取り戻す」
「そんなのここでなくても良いじゃない? 今までに俺が送り出してやった世界にも似たような所はあっただろ? 急に青春を取り戻すとか頭のおかしいことを言い出して、どうしたんだい?」
マー君だって幾つもの異世界を渡り歩いてるんだし学校くらいはあったはずで通う機会もあっただろうに急に何を言い出しているのか俺には良く分からなかった。
「無かったから、こうしてんだろうが。テメェが送り出す世界はいつも殺伐としててウンザリなんだよ。ムカつく神がいるから、ぶっ殺してこいだの。あの世界の人間たちが可哀想だから救って来いとか、多少はマシな世界に行っても、そういう時に限って面倒くさい仕事だしよぉ。本当にクソだぜ、クソクソクソだ」
そういえばそうだったような気もするなぁ。
マー君を送った世界は結構、過酷だったような気もするよ。
「俺だって同級生の女子とキャッキャウフフとした青春を送りたいんだよ。今の状況は俺にとってようやく訪れた機会だ。俺はこの状況を手放す気はねぇ」
何百歳にもなって何を言ってんだコイツは。
つーか、その見た目で女子と仲良くは無理だろ。鏡見ろよ、前髪長すぎだろ。どういうキャラ付けをしてるつもりなんだか考えが読めねぇよ。
まぁ、なんにせよ話し合って説得することは無理そうだわな。マー君は自分自身の望みがあるわけだしな。
となれば、殴り合って説得し、俺が勝って言うことを聞かせるほか無い。さて、それじゃあ喧嘩をしようぜ、喧嘩をさぁ!
「だから、戦らねぇって言ってるだろ。殺気を出すのをやめろ」
「でもよぉ、ぶっ倒さなきゃ言うこと聞いてくれないだろ」
「なんで、いつの間にか勝った方の言うことを聞くことになってんだよ」
あれ、そういう感じじゃなかったっけ?
まぁ、良いじゃねぇか戦ろうぜ? ぶちのめして反抗的な態度を取れないようにしてやるからさ。
「まぁ待てよ。俺達が争う必要はねぇだろ。協力したくないとは言ったが、条件次第では協力を考えてやっても良い」
俺と取引するつもりかい? 生意気だなぁ、俺を舐めてんのか?
まぁ、長い付き合いだから許してやるけどさ。ちなみに協力を考えてもやっても良いってセリフから分かると思うが、協力することを考えるだけで応じるとは一言も言っていないんだよね。考えた結果、やっぱりダメってなっても嘘はついていないことになる。
「条件って?」
条件を呑むかどうかはともかく聞くくらいはしても良いだろう。
呑めない条件だったら殴り合いをして協力を取りつけりゃ良いだけだしな。
そんなことを考えながら訊ねた俺に対して、マー君が提示した条件は──
「さっき、お前が話していた学生がいるだろ?」
ジュリアン君のことかな? 彼がどうしたんだろうか?
女の子とキャッキャウフフしたいとか抜かしてた、この馬鹿のことだから、ジュリアン君のことを女の子と思って紹介しろとか、そんなことを頼んでくるつもりだろうか?
残念だけど彼は女の子みたいに見えるが男の子なんだよね。だから無駄だと言ってやろうと、そう思った俺に対してマー君は本気の眼差しで言うのだった。
「──アイツを殺して来い。そうしたら、お前に協力してやる」