探し人は
──教室で喧嘩をした結果、俺は教師に呼び出されることになった。
面談室にいたのは、俺が登校初日の自己紹介の時にいた教師だった。
どうやら俺の担当になってしまったようだね、可哀想に。俺が何か問題を起こしたら全ての責任を取らされるんだぜ? きっと学院内でも立場が低い人なんだろうね、こんな厄介者の面倒を見るなんて仕事を押し付けられるとか。
「それで、何が原因だ?」
教師は頭を抱えながら俺に訊ねてくる。
おいおい、それじゃあ何か事件があったみたいじゃないか。
ちょっと誤解があるようなんで、その誤解を解かなきゃな。
「なーんもありません。そもそも何も無かったぜ?」
「お前……何人も怪我をしていて、それは……」
通らないって? 通ると思うぜ、俺はな。
「それなら怪我をしてる奴らに聞けば良い。おそらく何も無かったって言うぜ?」
だって、そう言わないと面子が潰れるしな。
サリードは転入生にぶちのめされた。風紀委員って連中はたった一人にぶちのめされた。どっちにしろ俺にぶちのめされたなんて事実が確かな物として残っちまうと面子が潰れるぜ。
大勢の人に見られてたんで、そのことは隠せないにしても事件ってことになると記録が残っちまうからな。どっちも負けた記録なんか残されたくないだろうから、無かったことにしてくれると思うぜ?
こういうのは俺が人間だった時も良くあったことだしな。
オリンピック金メダル候補のボクサーと喧嘩になって半殺しにしてやった時も無かったことになったからな。程度はあるけど立場のある相手の方が喧嘩になっても無かったことにしてくれる。なにせ向こうの方が失うものが多いからな。
「ま、誰か騒ぐ奴がいたら、その時は呼んでよ」
キッチリ話をつけてやるからさ。ラスティーナとのコネも使ってな。
というわけで、もう話は充分だろ? 俺は頭を抱える教師をその場に置いて面談室から出る。
話をしている内に時間は昼頃、学生たちがそれぞれ思い思いにランチの時間を過ごしている。
俺も腹が減ったぜ。しかし、メシの用意なんかはしていない。となれば──
「どっかメシ食うとこに連れてってよ」
俺は教室に戻ると唯一名前を知っているクラスメイトのジュリアン君に話しかけた。
ちょうどジュリアン君は教室を出ようとしていたところで、弁当箱らしきものを抱えている。
おそらく教室に居場所が無いようで、どこか別の所で食おうとしていたんだろう。
「え、えっと……」
ジュリアン君は急に話しかけられてビビってしまっている。
まぁ仕方ないよね。いきなり暴力事件を起こすような奴に話しかけられたら、普通の人なら怖がって当然だからな。
俺だって話しかけない方がジュリアン君のためかなぁって思ったけど、それすると俺の方が困るしな。
「とりあえず学食とかあれば、そこに連れてってくれ」
「え、とそのぉ……」
「場所が分かんねぇから聞いてるんだぜ? ごちゃごちゃ言う前に素直に連れてってくれた方がお互いに面倒なくて良いと思わないかい?」
「あ、はい……」
脅してるつもりは無いんだけどね。まぁ、印象が悪いから仕方ない。
他の人に聞けばいいのではってジュリアン君が言いそうな気配もあったけど、他のクラスメイトは俺から目を逸らしてるし関わり合いになりたくないって気配を出しまくってるから、やめといた。
「じゃあ、あの、学食に案内します」
怖がりながらも素直に俺の頼みを聞いてくれたジュリアン君に連れられ、俺は学食へと向かうことになった。案内されている途中に色々とジュリアン君に話かけてはみたものの反応はイマイチだ。
何を話しかけても生返事という奴で、俺との会話が嫌ってよりはそもそも人との会話が嫌って感じがする。
なんだろうね。無能者とか言われてたし、学院で挫折して他の学生や教師から酷い扱いを受けた結果、対人恐怖症に近い状態にでもなってるんだろうか? まぁ、そこまでいかないにしても、あまり人と関わりたくないって気配がするね。
「えっと、ここが学食です」
ジュリアン君について俺なりに分析をしている内に学食へ辿り着く。
まだ結論が出ていないけど、まぁジュリアン君の精神状態について分析するのはまた今度で良いだろ。
さて、メシを食おうか。
「じゃあ、僕はここで──」
俺はそう言って帰ろうとするゼティ君を肩を掴み、その場に留める。
「いやいや、俺は学食のシステム分かんないし、一緒にいてよ。つーか、一緒にメシ食おうぜ? この学院について聞きたいこともあるしさ」
「でも、僕はお弁当があるから……」
うるせぇなぁ、俺が一緒にメシ食おうって言ってるんだから、一緒に食おうぜ?
学食の中で弁当を食うだけなんだから構わねぇだろ。それにどうせ弁当を食うって言っても便所飯だろ?
俺は口には出さないものの有無を言わせぬ態度でジュリアン君を連れて学食の中へと入る。
そうして入った学食は昼時であるため当然だが学生でごった返していた。
学年は当然として制服の色もどういうわけか違っていて、同じ制服の学生同士である程度、集まって食事をとっているようだった。おそらくはクラス分けみたいなものがあり、でもって制服の色でそのクラスの判別がつくとかそんな感じだろう。
俺が着ている制服は濃い青色のブレザーだが学食の中には赤や黒そして白もある。俺の好み的には黒が良いんだけど、クラスとか関係なしに交換してもらえないんだろうか?
「あの、なんだか、みんな……」
俺の隣にいた筈のジュリアン君の声が俺の背後から聞こえる。
何時の間にかジュリアン君は俺の後ろに隠れていたようだ。その理由はというと、学食に俺が入るなり学食にいた学生が一斉に俺の方を見たからだ。
「どうやら皆さん、俺のことをご存知のようで」
噂が広まるのは早いもんだ。俺が何をやったのかどいつもこいつも御承知ってことね。
学院の平穏をぶっ壊す問題児とかそういう認識なんだろうか? まぁ、他人にどう思われようが構わねぇから、どうでも良いんだけどさ。
「さっさと席決めようぜ?」
メシを食いに来たんだからさっさと食おうぜって話。
人に注目されるのは嫌いじゃないが、今はそれよりも優先することがあるのさ。
「さて、どこに座ろうかね」
俺が学食の中を歩いていると強い視線を感じ、そして視線以外にも馬鹿みたいに強い魔力や、敵意に留まらない殺気を感じるが、俺はそれを受け流しながら学食の中を進み、適当な席を見つける。
「ここにしようぜ?」
ジュリアン君に提案した席は学食の最も隅っこにあるテーブルだ。
ただし、そこには──
「えっと、でも……」
分かってるよ、先客がいるんだろ? 俺の目にも見えているから大丈夫さ。
俺が座ろうとしたテーブルには既に学生が一人座っていた。
その学生は黒い制服を着た細身の男子学生で、制服と同じような色の黒い髪は長く伸び、その長く伸びた前髪で顔を隠していた。
「その子は下級クラスで……その……」
「俺はここの席が良いんだよ。キミもいいだろ? 俺が座ってもさ?」
俺は長い前髪の男子に訊ねると男子は消え入りそうな声で「はい……どうぞ」と了承してくれた。
俺は寛大な心遣いに感謝して席に座り、ジュリアン君も隣に座るように促そうと思ったが──
「あ、悪いんだけど。俺のメシを取って来てくれない? 金が必要だったら渡すからさ」
俺はこの学食のシステムとか分かんねぇし頼むよ。
ジュリアン君は困った顔をしながらも何も言わずに食事の受け渡し口に向かう。
「いやぁ、持つべきものは友達だよな?」
パシリを嫌な顔せずしてくれる友達とか最高だぜ。
俺はジュリアン君が食事を取りに向かっている間に俺は前髪の長い男子に話しかけた。
長い前髪から僅かに瞳が覗くがそれも一瞬、男子は何も言わずに食事を続けている。
「参るよなぁ、どいつもこいつも俺を敵視しやがってさ」
周囲からは相変わらず強い魔力が向けられているし、敵意に留まらない殺気も感じられる。
その中にはサリードや風紀委員たちと戦っていた時に感じたのと同じ気配も感じられるが、あの時に感じた使徒の物は無い。
それはつまり使徒が俺に敵意や殺気を向けてないということの可能性もあれば、そもそもこの場にいないという可能性もある。だが、そうじゃねぇよなぁ?
「キミはどうだい、マクベイン君?」
長い前髪の隙間から覗く瞳が俺の口にした名に反応して俺を見る。
その反応からは隠す気が感じられねぇなぁ。良いのかい? そんな露骨な反応をしてさ。
「やっぱ、人が多い所に来るのが正解だ。そして殺気を放って俺に気配のサンプルを与えた、お前の不正解だぜ、マクベイン?」
俺はこの学院で名前を知っている学生はジュリアン君しかいない。
こうして俺が名前を知っていて、その名を呼べる学生となれば、それはつまり俺の関係者にほかならない。そして、その関係者というのは──
「──黙れ、アスラ」
でもって、冷たい声音で俺の神としての名を呼ぶ。もう、その時点で隠す気も無いって分かるぜ。
そんなに怖い声を出さないで欲しいもんだ。嫌だねぇ、怖い怖い。でも黙りません。
「自分の縄張りを荒らされると思って我慢できなかったのかい? そのうえ殺気も出して俺に察知されるとか迂闊にも程があるぜ。アスラカーズ七十二使徒の序列四十九位のマクベイン様ともあろう人がさ」
俺が使徒と呼んだ瞬間、前髪から覗く瞳に殺意が浮かぶ。
そして俺に向かって開いた口から出てくる言葉は──
「この場で殺されたいのか? 邪神アスラカーズ」
それも悪くないね。いや、むしろ良い。
いいじゃん、殺し合おうぜ? 話し合いの前にさ。
「上等だ。戦ろうぜ、マクベイン。殺し合いをさぁ!」