最初の授業
俺がぶちのめした不良学生たちの話を聞くに、どうやら強い先輩がいるようだ。
俺の使徒連中は強い連中しかいないわけだし、もしかしたらその強い先輩ってのが使徒って可能性もあるので、俺はその先輩ってのに会ってみようと思う。ということで、俺はぶちのめした不良学生たちに俺は教室で待ってるってことを伝え、強い先輩ってのを呼んできてもらおうって思ったわけ。
「すいやせーん、遅れました」
教室で待ってるって伝えた以上は教室にいないといけないので俺は教室に戻ってきた。
既に授業が始まっているらしい教室に俺は堂々と入り、一番後ろの席に座る。
魔導院に来て初めて受ける授業なんだからサボらずに出席しないとね。
「遅刻だぞ」
分かってますって。だから、騒がず素直に目立たない後ろの席に座ってるんじゃないか。
それとも前に行こうか? 一番前だぜ? それでも良いのかよ?
「すいませんねぇ。ちょっと体調が悪かったもんで」
俺は教師に謝り、理由を説明する。
授業の担当教師はそれなりの歳の男で俺を見る目はゴミを見るような眼差しだった。
まぁ、俺は問題児だからしょうがないね。初日から暴力事件を起こす奴をマトモな奴として見るのは難しいだろ? だからまぁ、仕方ないってことで俺の方が大人な対応をする。
「貴様は学院を何だと思っている? お前のようなクズは他の学生の邪魔だ。さっさと辞めろ」
む、それは言いすぎなんじゃないだろうか?
「この魔導院は由緒正しき学びの場であり、お前のようなどこの馬の骨とも知れんクズが学院の敷居を跨いでいる時点で魔導院の名声を汚していることに気付かんのか?」
なんだい? 喧嘩を売っているのかい?
それとも、罵倒することで俺を貶め、上下関係をハッキリさせようとでもしてるのかい?
「さーせん、大人しくしてるんで勝手に授業しててください」
俺は適当に謝る。
本当に俺をどうこうしたいなら、もっと食って掛かってくるんだろうが教師は舌打ちをするだけで授業を再開した。俺が喧嘩を買ったら問題にでもしようとしていたんだろうね。
お望み通り喧嘩を買ってやっても良いんだけど、当の教師は俺と殴り合いをする気が無いみたいなんだよね。一発殴られて問題にしてやるって考えのようにも見えるから、反撃は期待薄だし、そんなつまらん奴と喧嘩なんかしたくないんでね。
「ちっ、授業を再開するぞ」
俺に考えを見透かされたと思ったのか、教師は露骨にイラついた態度で授業を再開する。
俺はその様子を何をするでもなく一番後ろの席で眺めていたのだが──
「あの……」
不意に声をかけられて俺は横を見るが、声がした方に人はいない。
だが、下の方に気配を感じたのでそこをみる、可愛い顔をした女の子が床にしゃがんで座っている俺を見上げていた。
「なに?」
俺は小声で訊ねる。
状況から推測するに遅刻してきたため、こっそりと教室の中に入ってきたようだ。
そして屈んだ姿勢で、教室の後ろを歩いて俺の所に来たようだが、何のためだろうか?
「あの、そこ僕の席……」
僕っ子ですか。
俺が座ってるのは教室の一番後ろの窓際の席なんだけど。
ここがキミの席だって?
「そうなんだ、ごめんね。すぐにどくよ」
女の子の席を取っていたのは良くないね。俺は素直に謝って席を譲ることにした。
誤解されがちだが、俺はいつも面倒臭いことをする男じゃないんだぜ?
一般人には優しくしてるんだよ基本的には。
「あ、ありがとう」
俺が素直に席を返してくれると思ってなかったのか、女の子は驚いた顔をする。
「女の子には優しくしないとね」
まぁ、深い関わりの無い相手に限るけどさ。
仲が良い子はからかったりしたくなるんでね。リィナちゃんとかシステラに対してしてるみたいにね。
「あ、えぇと、僕、男です……」
あぁ、そうなんですか、なるほど男の娘って奴か?
パッチリとした目にサラサラの金色の髪、柔らかそうな色合いの頬と唇。
背も低いし、骨格も華奢で女の子にしか見えないんだけど、それでも男の子──年齢的には少年って言った方が良いのかな。
まぁ、俺も長く生きてるから、そういう奴を見るのは初めてじゃないんで、女の子みたいな男の存在をそこまで不思議とは思わないんだけどさ。
「へぇ、そうなんだ」
まぁ、女の子だから席を返すって訳じゃないんで、普通に席は返すけどさ。
「あ、ありがとう」
「いいって、いいって。俺の方が悪いんだからさ」
勝手に座ってた俺が悪いからね。
まぁ、これが一般人じゃなくて、戦れそうな奴だったら喧嘩を売ってたかもしれないけどさ。
そんなわけで俺は女の子みたいな少年に席を返す。しかし、背も低いし筋肉もついてないから本当に女の子みたいだね。
「おい、そこ! 何をしている!」
「なんもしてませーん」
授業も聞いてませーん。
教師が俺達のことを目ざとく見つけてしかりつけてくる。
「ろくでなしの転入生に無能者か。まったく、こんな奴らが魔導院にいるなど信じられんことだ」
無能者ってのはこの子のことかな?
少年は俯いて教師の言葉を聞いているけど、色々と面倒くさい事情がありそうだ。
「なんか嫌がってるんで、そういう風に言うのやめてもらえねぇかな?」
まぁ、面倒臭い事情があるにしても俺には関係ないんでね。
俺は可哀想だと思ったから、教師に文句を言うぜ?
事情があろうがなかろうが、こっちを味方ってことさ。
「なんだと?」
俺が言い返したことに驚きの表情を浮かべる教師。
俺は少年の方を向いて訊ねる。
「キミ、名前は?」
唐突に尋ねられた少年は困惑しながらも、おずおずと自分の名を俺に伝える。
「……ジュリアンです」
ジュリアン君ね。了解、忘れないようにするよ。
さて、教師の方はどうしただろうか?
「──貴様、私に口答えしたな?」
どうやら、お怒りのようだ。
「そりゃあするさ。俺は気に入らないことがあれば黙ってられないんでね。立場を笠に着て偉そうなことを言うのは気に入らねぇから、口答えだってするさ」
「あ、あの……」
ジュリアン君が俺の制服の袖を掴んで俺を止めようとする。
キミが止めようとするのはどういう理由だい? 俺を心配してるから? それとも面倒ごとに巻き込まれたくないから?
心配してるなら感謝するぜ、だけど心配はいらないから放っておいてくれ。
でも面倒ごとに巻き込まれるのが嫌だからって理由なら、俺はテメェにもキレるぜ? なぁなぁで済ませて良い問題じゃねぇだろ? 自分を貶められて納得してるんじゃねぇよってな。
「喧嘩売ってんだろ? 買うぜ?」
俺はジュリアン君の手を振りほどいて教師のいる教壇に向かって近づく。
「貴様、どうするつもりだ! 私に手を出してタダで済むと思っているのか!」
「知らねぇよ。でもな、俺はアウルム王国の王女の推薦でここに入学してるんだぜ? 俺が何かやってもラスティーナが揉み消してくれるだろうよ」
別にもみ消してくれなくても関係ないけどさ。
俺が近づくにつれて教師の顔に脅えが浮かぶ。殴り合いはしたことが無いみたいだ。
さて、どうしたもんか。
あんまり弱い相手を一方的に殴るのは気が咎めるんだよな。そいつが何をしたかとかは関係なしにさ。
詰め寄ったは良いけど殴る気が起きなくなってきて、どうしたものかと俺が考え込む。
だが、そんな時だった、不意に教室の扉が開き、声が聞こえてきたのは。
「この教室に私の仲間を傷つけた者がいると聞いた。そいつを出せ!」
扉が開き、一人の学生が教室の中に乗り込んできた。
そいつは俺を見るなり俺の元に近づいてきて、そいつと入れ違いに教師が俺から離れる。
「お前だな?」
「たぶん、そうだろうよ」
精悍な顔立ちの男だ。先輩と言われるだけあって、この教室の学生よりも年齢は上。少年から青年へと変わったばかりという感じに見える。
「私の仲間に暴力を振るったと聞いたが?」
「なら、間違いねぇな」
俺がぶちのめした不良学生たちの先輩ってのはこいつで間違いないだろう。
その先輩が俺を睨みつけてくる。良いね、戦る気が満々かい?
「授業時間も終わりだ。少し顔を貸してもらおうか?」
「上等だぜ。だけど、顔を貸すってのはな……」
キミが俺の探し人だったら、顔を貸してやっても良いんだが、残念ながら違うんだよね。
そう、こいつは俺の探してる使徒じゃねぇ。ただの学生だ。
「戦るなら、ここで戦ろうぜ? 場所を移すのも面倒だからな!」
使徒でもねぇ奴に、時間をかける気分じゃねぇんだよ。
この場でさっさと話をつけようぜ? 話し合いという名の殴り合いでなぁ!