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絶えない来客

 

 俺がガウロンの申し出を断るとガウロンはさほど気にした様子も無く、ラザロスの町へと帰っていった。

 まぁ、人手不足ではあるらしいが、そこまで切羽詰まってるってわけじゃないんだろうな。


 ガウロンが帰ったことで、俺はまた暇になる。

 どういうわけか街道を行きかう人も減っている。といっても、ラザロスの町へ向かう人は変わらないようなので、ラザロスの町から出る奴が減っているんだろう。

 なんにせよ、こうなったら俺も商売あがったりだ。街道の横に立てた看板を見て、俺の方を見る奴はいるが、草原に一人でポツリと立っている奴にわざわざ絡んでくるような物好きは少ないし、それはしょうがない。


 挑戦者というべきか客というべきか分からないが、人が来ない以上は待っていても仕方ない。

 店じまいってことにして、今日はフリーにでもしちまうか? そっちの方が生産的な気もするな。

 だけど、俺がそんな風に今日は休みにしようと思った矢先に遠くから俺を呼ぶ声がした。


「おーい!」


 声の方を振り向くと、そこには昨日倒した田舎者がいて、俺の方に走り寄ってくる。

 確か名前はジョンとかそんな感じだった気がする。

 顔やら服装は垢抜けない農民だが腕っぷしは強い奴だった。

 なにせ、身長が2メートルはあるし、体重も100kgなんか軽く超えてるだろうしな。ついでに農作業で毎日体を動かしてるんだから、筋力とか体力もついてるし腕力だって相当なもんだろう。

 素人同士の喧嘩じゃ体格が勝負を決めるし、ジョンが腕を振り回しただけで素人は一発でKOだろうから、地元の喧嘩じゃ負けなしだったろう。


「俺ともう一回勝負してくれよ」


 そう言ってジョンが俺に銀貨を投げつけてくる。

 いやいや、ちょっと待てよ。お前って、そんなに金があるのか?


「これはどうやって稼いだ金だ?」

「ウチの村で取れた作物を売った金だ!」


 それは使っちゃダメな金なんじゃないか?

 もしかして、これを元手に俺に勝って、銀貨を増やそうとかそう考えてるのか? だとしたら止めた方が良いと思うぞ?

 昨日、良い勝負ができた風なのは俺が手を抜いたり、お前に花を持たせたからであってだな。

 とにかく、この金を受け取るのは駄目だな。ついでに勝負を受けるのも駄目だ。俺は向かってくる奴を倒すのが好きなだけで、人を破滅させたいわけじゃないんだからさ。


「今日は店じまいだから帰れ」


 俺は銀貨を投げ返す。

 ジョンは当てが外れたのかガックリと肩を落とす。

 それを見ると、このまま帰すのも可哀想な気がするな。

 こいつは俺のことを世界最強って信じてるみたいだし、こいつが村に帰った時の土産話になる程度のことはしてやるのも悪くは無いだろう。


「勝負はしてやれないが、ちょっと稽古をつけてやっても良いぜ? 世界最強の男から教えを受けられるめったにない機会だ。色んな奴に自慢して良いぜ?」


 俺がそう言うとジョンは目を輝かせて頷く。

 どうやら、俺の提案は気に入ってもらえたようだ。こういう素直な奴は好きだね。


 —―で、ちょっと格闘技でも教えてやろうと思ったわけだけど、俺の使うアメリカン中国拳法は教えるのはちょっとね。だって、実戦特化の武術だし、簡単に教えられるものでも無いんだよな。

 実戦を想定した・・・・武術じゃなく、実戦を積み重ねた・・・・・武術なんでな。


 とりあえずジョンにはボクシングでも教えてやろう。

 俺はヘビー級の世界チャンピオンにボクシングで勝ってるし、ボクシングも充分に教えられるからな。

 ジャブからのストレートと簡単なステップにフットワークの基礎。それだけ教えれば充分だろうと思ったんだが、それを教えただけでジョンは一気に強くなった。

 体格の良さだけじゃなくセンスもあったようで、素手での殴り合いだとそこら辺にいる奴らじゃ勝てそうもなくなってしまった。


「こんなんで強くなったのか?」


 いまいち理解していないジョン。

 この世界の格闘技のレベルがどんなもんかは知らないが、俺が教えた技術だけで、ジョンの格闘技術はこの世界の最高レベルに達したと思うんだが、そんなことはジョンには思いもよらないだろうな。

 まぁ、今は分からなくても、そのうち分かるだろう。とりあえず、今回はこれで終わりだ。というわけで——


「なんか用かい?」


 俺俺がジョンへ稽古をつけている最中に近づいて、俺達の様子を観察していた輩に声をかけた。


「なにやら、面白そうなことをしていたので見物していただけだ」


 答えたのは女の子。それとその背後に佇む侍女。

 女の子の方の年齢は十代の後半くらいだろうか?

 金髪碧眼の美しい少女だった。ストレートの金髪は金糸のように輝き、肌は陶器のように白くなめらか、花弁のような唇は薄桃色に濡れ、エメラルドの瞳には知性と強い意志が見て取れる。

 絶世の美貌と言っても良いだろう。もっとも、俺は色んな世界に行って、その世界で一番の美女ってのを何人も見てきたからイマイチ感動が無い。

 美人ではあるが世界で一番程度じゃ、俺はもう気持ちが動かされないんだよ。


「うわぁ、お姫様か?」


 ジョン君の素朴な感想は良いね。

 俺もそんな感じでありたいところだぜ。


「さぁ、それはどうだろうね」


 女の子がクスクスと笑う。男みたいな喋り方が気になるが、まぁ、そっちは良いや。

 それよりも近くに女の子が乗って来たと思しき馬車があるんで、そっちを気にしようか。

 馬車には家紋らしき物はないが、それが逆に不自然だった。なにせ、どう見ても最高級品だったからな。

 俺はそれなりに色んな世界を旅してるし、色んな事物を知ってるんで、高級品化そうじゃないかの目利きは出来るんだよ。馬車に関してもな。

 俺が見る限り、女の子が乗っていた馬車はオーダーメイドじゃなきゃ作れないような代物だ。それなのに、自分の物だって証明するような家紋を入れなかったりするか? 普通はしねぇよ。

 凄い物を作ったら、それを作ったのは何処の誰々ですってのが分かるようにするし、それをしないってことは素性を隠したいとしか思えない。


「どこぞのお偉いさんだろ。やめとけ、ジョン。関わったってロクなことにならねぇぞ」


 お偉いさんの娘じゃないな。

 この女の子自体が結構な地位にあると俺は見るね。

 俺の予想が当たったのか、女の子の後ろでそれまで存在感を消して佇んでいた侍女が一歩前に出る。


「やめろ」


 しかし、女の子の言葉で動きを止める。

 つっても一時停止だ。女の子は侍女を待てステイさせた状態で俺に訊ねる。


「世界最強とそこの看板に書いてあったが、それは本当なのか?」


「本当だ——と言っても信じられないだろう? それなら試してみてもいいぜ?」


 俺が挑発すると同時に侍女が動き出す。

 影しか見えない凄まじい速さだ。その動きを視界に映した瞬間、俺が自分に掛けている呪いルールの内の一つが解除され、手加減を強制される状態から、多少は手加減をしなければならない状態に移行する。

 だけど、俺は手加減を選択する。女性を相手に本気でぶん殴るってのはちょっとね。


 男女平等が叫ばれる時代ではあるが、やっぱりバトル物に女の子は厳しいと思うぜ?

 男はどれだけ血を流してもカッコイイで流せるけど、女の子が大量に血を流してると痛々しいって気持ちになるし、腕とか足を吹っ飛ばされても、それが男だったら根性見せろってなるのに、女の子だったら可哀想って気持ちになるからな。


 —―なので、俺はぶん殴ったりはせずに一瞬で距離を詰める女の子の動きに合わせてタックルを決めて、地面に転がす。組み技とか寝技だと痛々しくなくて良いよな。

 俺はタックルで押し倒した女の子の侍女に馬乗りになると、そこから腕をめに行こうとして――それを止めて体勢を変えて首に腕を巻きつけて絞め落とす。

 腕を折った程度じゃ戦意が衰えそうもなかったから、こうするしかない。

 俺は女の子の侍女を失神させると、この戦いを命じた女の子の方を見る。

 女の子は俺を値踏みするように見ているが、残念だけど俺は神様なんで値段がつかないんだよね。


「なるほど、最強と嘯くだけのことはある」

「認めてもらえて光栄です、お嬢様」


 侍女が意識を取り戻し、俺に対して身構えるが、それを女の子が制止する。


「名を聞いておこう」


 偉そうだねぇ。まぁ、そういうのもたまにはいいか。


「アッシュ・カラーズだ」


灰色アッシュカラーか。それは良いな、嫌いじゃない」


 できれば区切って欲しいけどな。


「お前がアッシュなら、私は錆びラスティだ」


 何をカッコつけてんだか、この世界ではそういうのが流行りなのかい?


「暇つぶしのつもりだったが、中々に面白いものが見れた。アッシュ・カラーズ、その名は忘れないように努力してやろう」


「俺もカッコつけのお嬢さんのことは忘れないでおくよ」


 俺の物言いが気に食わなかったのか女の子の侍女が俺に襲い掛かろうとするが、女の子がそれを制止する。


「祭りの前日だぞ。これ以上は止めておけ」


 そう言って女の子は俺から視線を外すと侍女を連れて馬車へと戻っていった。

 さて、この間、特に何も言わなかったジョン君は何か言うことがあるか?


「すげぇなぁ、何がなんだか分からなかったぜ、俺は」


 それなら仕方ないな。


「でも、あのメイドの女の子が可愛かったってことは分かった」


 それは一目惚れって奴じゃないかな?

 俺の方は侍女メイドの顔をちゃんと認識できなかったけど、俺が認識できないのにジョンが認識で来たってことは、それはもう何か特殊な力が働いたとしか思えないし、その特殊な力って奴は恋なんじゃないかって俺は思うね。


「追いかければ、話ができるかな?」


 できるんじゃない? 無理だと思うけどね。

 でもまぁ、チャレンジしないことには分からないからなぁ。


「やってみる価値はあると思うなぁ」


 俺は人の恋は応援するタイプなんでね。背中を後押しすることに抵抗は無いよ。

 俺は恋が出来ないタイプなんで、それが出来る人を尊いと思うんでね。


「そうだよな! じゃあ、追いかけてみるぜ!」


 そう言ってジョン君は馬車を追って走り、ラザロスの町へ戻っていきましたとさ。でも、そんなことをする前に村に帰るべきじゃないかなって思ったりね。キミが村の作物を売って得たお金を待っている人がいるのでは?

 そのことを指摘しようと思った時には既にジョンは走り去っていたので、俺の忠告しようとした親切心は無になってしまったとさ。まぁ、そんなことはどうでもいいけどね。


 そんなことより、錆びラスティの女の子は祭りの前日って言っていたよな。

 つまりは明日が白神祭りってことか? だったら、俺はそっちに意識を向けないといけないよな。

 本当に白神ってのが降りてくるなら、それをどうにかする手段を考えなきゃな。




『アメリカン中国拳法』


 アスラカーズの使う武術。

 西部開拓時代にアメリカ大陸に渡ってきた中国人が修めていた武術を統合したものに起源を持つ。

 発展の途中でボクシングやプロレスなどの要素を取り入れているため、大陸に伝わる中国武術とは別物となっており、その武術理論は合理性に基づいたものに変換、アメリカナイズされているため、もはやアメリカ拳法と言っても過言ではないものになっている。

 

 西部開拓時代に労働者としてアメリカ大陸に渡った中国人は人種を理由として差別的な扱いをされることが多く、差別に対する自衛のために徒党を組むことが多かった。そうして徒党を組んだ中国人たちは自分たちの身を守るためにお互いが持つ戦いの技術を共有し、自衛のために進化させ、その結果、中国大陸とは全く別物の武術の体系が作られていった。

 敵対するのは西部の無法者。銃を持つ無法者相手でも、アジアからやってきた黄色い肌の移民が銃を持つことなどは当時のアメリカ大陸では許容されがたい事柄であったため、素手での戦いをするしかなかった。

 既にリボルバーが出回っている時代に、銃に対して同胞を守るために素手で立ち向かう。それを成し遂げるために、後にアメリカン中国拳法と伝えられる武術を作り上げた者たちは技を磨き上げ、銃を相手に実戦を繰り広げ、多くの屍を踏み越えて確固とした戦闘技術を確立し、同胞を守る力として混沌とした西部開拓時代を生き抜いた。

 しかし、同胞を守るための戦いの術であったはずの武術だが、その精神は禁酒法時代のマフィア抗争で血塗られたものに変わっていくのだった━━(続く)



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