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現状把握

 

 軋む床に、軋む椅子、軋む机。

 ねぐらにしている廃墟となった酒場はそんな物しかない。

 俺は酒場の中に入ると、床板の割れていない部分を選んで歩き、比較的マシな椅子の上に腰かけ、テーブルの上に足をのせてくつろぐ。

 埃まみれの室内は埃が舞い散り、俺が足を乗せているテーブルの上にも埃が積もっていたが、俺はあまり気にならない。

 もともと廃墟って感じの場所が好きなんでね。清潔感があって人の住んでる気配がある場所よりかは、薄汚なくて、人の気配も無い廃屋の方が性に合ってんだ。だからまぁ、このねぐらは俺にとっては悪い場所って訳でもねぇよ。世間一般の連中はどう思うかは分かんねぇけどさ。


 俺はすることも無いので、ボンヤリと酒場の中を見回す。

 ねぐらにして数日が経つが、いまだに室内には何もない。

 俺が今いるのは酒場の一階のホールでテーブルと椅子の残骸が幾つも転がっている。奥には酒場にありがちなカウンターがあって、カウンターの奥には調理場や倉庫もあるが、店が潰れた直後に泥棒でも入ったのか何も置いていない。

 ちなみに酒場の店主マスターの自室らしき部屋もあったが、そこにはそうなってから長い年月が経ったと思しき白骨死体が転がっていた。

 一応、頭蓋骨だけは持ち去って供養ついでにカウンターの上にオブジェとして置いてあるけど、頭以外は部屋に放置したままだ。

 建物自体はそれなりにデカくて、吹き抜けとなってるホールの階段を上がれば二階席もあるし、地下室もある。

 連れ込み宿でもやってたのか、店の奥にはベッドの置いてある個室もある。

 まぁベッドは骨組みしか残ってなかったけどな。俺達は個室を寝床にしているんで、ベッドの骨組みに板を張って、そこに寝るようにしている。

 初日に、その部屋で死んだらしい娼婦の怨霊に襲われた以外は何も問題なしの良い環境だぜ? その怨霊だって成仏させたから、今となっては完璧な環境さ。


 そんな酒場の中で俺はゼティを待つ。

 真上を見上げれば天井に穴が開いていて、そこから陽の光が入ってくる。

 そうして天井に開いた穴から見える空とそこに浮かぶ雲を眺めているとほどなくしてゼティが帰ってくる。


「帰ったぞ」


 そう言って帰ってきたゼティの格好はというと、地味だが清潔感を感じる白いシャツに厚手のズボンといった服装であり、格好だけ見れば一般人といった感じだった。


「よう、どうだった?」


 俺は椅子に座ったまま首だけゼティの方に向けて訊ねる。

 先に帰ってきていた俺に対して何か言いたげな顔をしているゼティだったが、自分の言いたいことは抑えて先に俺の質問に答える。


「問題ない。俺は採用された」

「へぇ」


 問題無く採用ですか。


「じゃあ、これでゼティはソーサリア魔導院に用務員として無事に潜入できるって訳か」


 ゼティは魔導院に潜り込むための職を探しに行っていたわけだが、それは成功のようだ。

 これでゼティは用務員として魔導院に潜入ができる。俺が学生として魔導院に潜入しているようにな。


「そっちは?」


 ゼティは薄々、察しがついているようだが俺に訊ねてくる。


「停学になった」


 俺が平然と答えるとゼティは溜息を吐きながら額を押さえる。

 俺が何も事件を起こさないでいられると思っていたんだろうか?

 予想していたんなら、そんなに呆れたような態度を見せないで欲しいね。


「一応、聞くが何をやらかした?」

「喧嘩売ってきた学生を二人ほどぶちのめした」


 俺の答えにゼティは大きく溜息を吐く。

 そんなに騒ぐようなことじゃねぇっての大袈裟な奴だぜ。


「停学で済んでんだから気にすんなよ」


 停学ってことは、その期間が過ぎれば、また魔導院に潜入できるってことだからな。

 最終的にはちゃんと仕事は果たせるんだから、何も問題ないだろ?


「……よく停学で済んだな」

「そりゃまぁ、ラスティーナの名前を出したし」


 お偉いさんとのコネがあるってこと言えば、簡単には退学には出来ねぇからな。

 それに加えて、魔導院ってのはお行儀のよい学生が多かったから、俺がやらかしたような事件の際のマニュアルのような物がないみたいで、どういう処分にすれば良いか分からず結果的に甘い対応になってしまったってのもあるね。


「おまえ……」


 ラスティーナの名前を出したのがマズいって顔をしてるね、ゼティ君。

 別にいいじゃねぇか、俺達はアイツの手下ってわけじゃねぇ。それなのにアイツのために仕事をしてやってんだから、名前を勝手に使われるくらい我慢してもらおうぜ?

 アイツもそれくらいは承知の上だから、直接は文句を言ってこないんだし俺らが気にすることじゃないね。


「俺らはアイツの頼みで魔導院に潜入してるんだぜ? 任務を果たすためなら名前を使うくらい許してくれるさ」


 そう、俺達はラスティーナの頼みで魔導院に潜入している。

 詳しい話は聞いてないが、どうやら魔導院の中で何か怪しい動きがあるらしくて、それを調査してきて欲しいってことで俺達はラスティーナの頼みを聞いて魔導院に潜入してやってるってわけ。

 見返りは、この世界の神々について王族が持つ情報網を使って調査してくれるってことと、定期的な旅の資金の提供。


「あまり調子に乗ると、あの姫の不興を買うぞ」


 まぁ、それはあるかもね。

 そして、そうなったら利用価値と損失を天秤にかけてラスティーナは俺達を切り捨てることもあるだろうし、そうなったらラスティーナからの協力を得られなくなるだろう。


「別に、あの姫様から手助けを貰えなくても構わねぇけどな」


 あの姫様がどういう認識をしてるかは分からねぇけど、情報提供も資金提供も無ければ無いで構わねぇんだよ。自分で調べれば良いだけだし、自分で稼げば良いだけだ。そんでもって──


「敵に回っても構わないって言うんだろう? 勘弁しろ、一国を相手にするのは面倒だ」


 協力が得られないだけで終わらずにラスティーナが敵に回っても俺達は構わねぇってこと。

 俺を咎める気配のゼティだって、ラスティーナ王女ひいてはアウルム王国を敵に回しても勝てないじゃなく面倒って認識だからな。

 要するに俺達はラスティーナとどういう関係になっても構わねぇってこと。

 だからまぁ、俺は好き勝手やるしラスティーナの名前だって勝手に使う。敵対してないのだって敵に回す理由が無いだけだしな。


「面倒ねぇ、俺は面倒ごとは大歓迎だけどね。ま、いいさ、ゼルティウスがそう言うなら俺も我慢して姫様からの依頼を果たすとしましょう」


 俺の答えに対してゼティは再び溜息を吐きつつも気を取り直して本題に移る。

 本題とはラスティーナからの依頼である魔導院の調査についてだ。


「それで何かわかったことは?」

「何もねぇ。調べる前に停学になった」


「だよな」とゼティは納得し、もう一人の潜入している奴の名前を挙げる。


「システラはどうした?」

「アイツは寮住まいだぜ。ここには来ねぇよ。たまには顔を出すって言ってたけどな」


 システラも俺と同じように魔導院に学生として潜入している。

 でもって、あの女は魔導院の学生寮に入って、そこでも調査をするってことになってるんだが、実際の所は俺達が住んでいるこの場所がお気に召さないようで、寮に住むことにしたようだ。


「聞いてばっかりじゃなくて、そっちが分かったことも話せよ」


 どうせ、たいしたことは分かってねぇだろ?

 用務員として採用されたってだけで充分だよって慰めてやるから、さっさと何も分かりませんでしたって言えよ。


「分かったこととしては、魔導院には学院棟と研究棟ってことがあるということ。それと魔導院は正確には魔導学院と魔導研究院の二つを合わせた総称であること。そして、俺達が潜入することになるは学院の方で研究院の方は全くの手付かずであること」


 結構、俺の知らないことを調べてるじゃないかゼティ君。

 やっぱり、お前は出来る奴だって信じてたぜ。


「研究院の方が怪しいな。名前からして、そっちに何かあるだろ」


「俺もそう思うが、研究院の方は人の出入りを厳しく管理しているので学院ほど潜入は簡単ではないようだ」


「ラスティーナの名前を使っても無理そうか?」


 まぁ、無理だろうね。

 多分、研究院の方は国家機密に関係する研究だってしてるんだろうし、他所の国の王族の名前を出してもスンナリと通してくれるとは思えねぇな。


「難しいだろう。採用担当にそれとなく話を聞いてみたが学院の方とは組織体制が異なっているようだからな」


 それなら、研究院の方は追々なんとかするしかねぇな。

 強行突破って手もあるが、そういう施設って侵入者が現れた場合に機密情報を隠すマニュアルとかあるし、隠されたら面倒だもんな。強行突破は最終手段くらいにしておこう。


「それなら、とりあえずは学院の方を調べてくしかねぇって感じだな」


 ところでゼティ──


「あの学院で気付いたことあるだろ?」


 俺はあるぜ。

 速攻で停学食らったが、その短い滞在時間でも俺は気付いた。きっとゼティも気付いているはずだ。

 俺達が気付いたそれは──


「気付いてんだろ。あの魔導院には使徒がいるぜ」


 アスラカーズの……つまり俺の使徒が魔導院のどこかにいる。

 俺達が気付いたのは使徒が存在しているという気配だった──


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