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街を歩く

 

 ……俺は魔導院の正門を出てソーサリアの街中を目指している。

 登校初日に一発かましてやったんで気分は爽快だ。明日からは魔導院中がアッシュ・カラーズっていう転入生の話題で持ちきりだろう。

 舐められないためには最初は派手にかますっていう俺の目論見通りの展開だぜ。


「さて、これからどうすっかな」


 まだ午前中だけど、そこら辺をほっつき歩いてみるか?

 幸い魔導院はソーサリアの中心地にあり、少し歩けば見所らしい名所も見つかるだろう。

 そんなことを考えながら俺はソーサリアの街並みを見回しつつ、街中をぶらぶらと歩き始めた。


「結構、栄えてんだなぁ」


 ソーサリアの街並みはフェルムより遥かに発展しているように見える。

 地面は全て石畳で舗装されているし、建物も統一感を感じられる。


「地球で言えば、ヨーロッパの古都みたいな感じか?」


 フィレンツェみたいな感じで人が住んでいる家にも優雅さがあるし、統一された美的感覚のもとで建物に統一感を持たせているせいで、街並みだけで既に一個の芸術作品みたくなってて、適当に写真を撮っても、それらしい絵になる街並みって奴だ。でもまぁ、ソーサリアの街中には幾つもの水路が通っていてゴンドラも浮かんでるからヴェネツィアの方が近いかも。

 まぁ、とにかく地球的な感覚で言えば、その辺りの綺麗な街並みに近いってことは間違いないね。


「俺には合わねぇなぁ」


 人も多いし居心地が悪いね。

 街が栄えているせいか、人が多いことで世の中の人間の真っ当な生の営みが目に入りやすい。

 そういうのを見ると、ここは俺のいるべき場所じゃないって気分になる。マトモに人間社会で生きられなかった奴がいるべき場所じゃねぇよって感じにさ。


 行くあても無いからって、広場のベンチに座って穏やかな昼下がりの光景を眺めていたら気分が盛り下がってきたぜ。

 赤ん坊をあやしている母親、子供たちが遊びはしゃぐ声、身を寄せ合う年頃の男女、静かに寄り添う老夫婦。尊い光景であり、これが人のあるべき姿なんだろう。だが、そういう尊い物を「俺はいらない」と捨ててきた身としては、なんとも居心地が悪い。


「帰るか」


 俺みたいな奴がいる空間じゃねぇわな。

 俺みたいな奴がいると空気が濁るぜ、それくらいは分かるさ。

 そうやって背を向けているのが良くねぇってのも分かるんだけどね。でも、いまさら宗旨替えが出来るほど俺の業は浅くねぇのよ。


「ちょっと、君」


 そんな風に俺がクソみたいな自分に酔っていると俺に声をかけてくる連中がいた。


「その制服は魔導院の学生の物だと思うが、こんな時間に何をしている?」


 俺に話しかけてきたは揃いの服を着たお兄さんたち。まぁ、実際は俺の方が年上だけどさ。

 話しぶりからして、青少年を補導する警察官みたいだし、実際にそういう仕事の連中だろう。


「今日は午前授業なんですぅ」


 面倒臭いので、何も考えず適当ぶっこいてみたが──


「それはおかしいな。それなら他の学生が目についてもおかしくないんだが──」


 俺はお兄さんたちが疑問を口にしている間に走って逃げだした。

 背後から怒鳴り声が聞こえるが俺は無視して広場から大通りの雑踏の中に飛び込む。


「いやぁ、懐かしい。高校時代を思い出すぜ」


 まぁ、当時はヤクザに追われてたんだけどさ。

 同じ学校にいたヤクザの親分の息子とかいう奴がイキってたんで、そいつを半殺しにした後で、そいつの親父の組に腕試しのつもりでカチコミをかけたんだよね。あの時のことを思い出すぜ。カチコミをかけた後からは四六時中ヤクザに追われて大変だったんだよ。


 最終的にどうなったか?

 半年かけて組員全員の妻子含めて親類縁者全員、半殺しにしたら何も無くなった。自分のことながら、あの時は正気じゃなかったって思うね。

 今の俺の方が戦闘能力的には強いんだろうけど、人間だった当時と同じことは出来ねぇよ。だって、妻子含めて親類縁者ってのは……まぁ、思い出しても楽しい話じゃねぇわな。でもまぁ、俺は人間だった時の方がヤバかったってことだけは間違いない。

 今はもう無理だね。あの時の気持ちを取り戻すのはさ。何事も無く平穏に生きている人間の人生を尊いと思えるようになった今の俺には昔と全く同じ振舞いをするのは不可能だ。


「待て!」


 悪いね、無理だ。

 俺は人混みをかき分けながら、タイミングを見計らって建物と建物の間に入り込んで隠れ、俺を追う連中が通り過ぎるのを待つ。そして、そいつらが通り過ぎたのを待って俺は人混みの中に戻り、ソーサリアにおける住処に戻ることにした。


 俺は通りを歩く人の流れから逸れて脇道に入る。

 そして人の気配から離れるように脇道を奥へ奥へと進んでいく。

 そうして進んでいくと、ほどなくしてスラム──ではないものの人の気配の少ない区画に入り込む。

 ソーサリアの人口は数十万人らしいが、それでも空き家という物を無くすことは出来ない。

 東京だって空き家では困っていたし、そういうのは異世界でもあるようだ。


 誰も住んでいない。しかし、その法的な持ち主の行方が分からない家。

 そういう家は東京にいくらでもあったし、俺もそういう家には世話になっていた。異世界にきても世話になるとは思わなかったけどな。

 雨風過ごす時には空き家は助かったもんだ。窓ガラス割るなりして侵入するだけで、その日の宿が出来上がるからな。お行儀よくやるならピッキングってのもありだったね。

 まぁ、異世界に来てまで、そういう空き家の世話になるとは思わなかったけどさ。


 ……人気ひとけの少ない場所を歩いているとほどなくして水路沿いの道に出る。

 細い水路なのでゴンドラが通ることも無い。まぁ、死体が流れてくのは何回か見たけどさ。

 人口数十万の大都市ともなれば、治安だって悪くもなる。人が多けり悪人の数だって多くなるしな。


 俺はそんなことを考えながら、水路沿いの道を歩きながら寝床にしている場所に向かって歩き、ほどなくして、その場所に辿り着く。魔導院から歩いて十数分程度の場所。人の気配の無い裏町の水路沿いに俺の寝床にしている建物は立っている。

 本当はフェルムの時と同じく市街地の外にキャンプでも設営したかったんだけどね。色々と事情があって無理だったんで妥協した結果だ。


 俺はソーサリアにおける俺の住処すみかを改めて眺める。

 キャンプができないってことで妥協した俺の住処は人気ひとけの無い場所に建っている廃屋。元は酒場か何かだったんだろうってことが外観から察することの出来る建物だ。

 空き家になってたんで、俺は誰にも許可なんか貰わずに勝手に住んでいる。


 キャンプしていた時に比べると街中ってことで居心地は劣るが、退廃的な雰囲気は悪くねぇ。

 そう思うことにして俺は廃屋になった酒場の中に住んでいる。


 外観は薄汚れていて人の住めそうな気配はないし、室内も埃まみれでカビ臭い。

 でもまぁ、そんな場所でも、ここがソーサリアにおける俺達の拠点だ。

 そう考えると廃屋も豪邸に……見えてはこねぇな。薄汚れた酒場の跡地はそのままだ。


 俺は住処である廃屋の中に入り、ここに戻ってくる手筈となっているゼティを待つことにしたのだった。



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