表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/379

新天地へ

 

 侯爵の屋敷から脱出した俺はラスティーナと侍女ちゃんの二人を抱えながら町の中を全力疾走する。

 屋敷のある背中側から騒ぎが聞こえてくるのは侯爵が追手を差し向けてきているからだろう。


「おまえ! こんなことをして、どうなるか分かってるのか!? 姫様の立場がどうなると思っているんだ!」


 俺の左肩に担ぎ上げられた体勢の侍女ちゃんが平静さを失ってわめきたてる。

 まぁまぁ、落ち着こうぜ? どうなるかなんて分かってるから俺は大丈夫さ。

 それに姫様? そっちの方も大丈夫だと思うぜ? だってなぁ?


「これで良いんだろ?」


 俺は右肩に担ぎ上げているラスティーナに尋ねる。


「上出来だ」


 ほら、全部承知の上なのさ、この女は。

 俺がやらかすのを承知で、俺をここに連れてきてんだぜ、ラスティーナはさ。

 侍女ちゃんの顔は見えないが、ラスティーナの返事に困惑の表情を浮かべているだろうってことは分かる。


「あれで奴はしばらく大人しくなる」


 俺がボコボコにしましたからね。

 顔を中心に殴ったから、しばらくは表を歩けねぇだろ。権力者が顔に青タン作った状態で人前には出られないからな。

 みっともねぇし、殴られたってのがバレたら自分の弱さを内外に知らしめることになる。当人の能力に加えて護衛も大したことねぇ、そんな奴らしか雇えないんじゃ、たかが知れてるぜって舐められたくねぇから、怪我が治るまでは多くの人間の前には出ないし、多くの人間に会って指示を出すこともしねぇはずだ。

 内密に指示を出して俺を追うってことはするだろうが、大々的には動かないだろう。

 侯爵を表立って動けなくしてラスティーナに何の得があるのか、ラスティーナが何を考えてるかは俺は知らねぇ。

 考えりゃ分かるんだろうが俺には関係のねぇ話だし、考える必要もない。


「ここまでで良い」


 ラスティーナにそう言われて、俺はラスティーナと侍女ちゃんをその場に下ろす。


「じゃ、後は御自由に。だけど、その前に──」


 これで仕事は果たしたぜ。

 俺はお役御免ってことで後は好きにさせてもらおうか。

 だけど、その前に約束があったよな、ラスティーナ?


「あぁ、分かっている。情報が欲しいのだったな」


 その通り、俺が欲しい情報はこの世界の神々の所在だ。

 黄神って神が実際にいたんだから、他の神様だっているはずだろ?

 俺はそいつらが何処にいるのか知りてぇんだ。それも神々を祀る神殿がある場所じゃなく、実際に神がいるような場所だ。

 黄神を倒した後で聞いた話だが、黄神を祀る神殿自体は他の国にあるらしい。けれど実際の居場所は全く違ったわけで、それと同じように神殿とは別に神が住処ってのがあると俺は推測している。


「神々が降臨したと言われる場所を教えて欲しいとは、どういう目的の要求なのか私には分からないな。信心深い人間のようにも見えないが……」


「急に信仰に目覚めたのさ」


 ラスティーナは納得できていない様子だ。

 いっそ、俺が邪神だとか言ってみる? それで、キミの世界にいる神様を倒そうとしているとかさ。ちなみに既に黄神は倒したよとか、言ってみるかい?

 まぁ、今はやめとこう。劇的な瞬間になるように場面を選ぶべきだよな。


「……まぁいい。それぞれの神が祀られている神殿ではなく降臨した場所で良かったか?」


 王族しか知りえない情報ってのは馬鹿にできないと思ってラスティーナに聞いたわけだが、さてどんな話が聞けるやら。


「王家に伝わる伝承ではクルセリアの最奥に白神が眠っているという話があり、黒神は西の果ての地に降臨し、魔族を生み出したという話がある。だが、その二つの場所は現実的には辿り着くことは不可能であるので除外しても良いだろう。それ以外で私が知るのは青神について、青神の神殿はクウァールという海に面した国にあるが、実際に降臨した伝承が残るのはソーサリアという国だということだけだ」


 それだけ聞ければ充分さ。

 ソーサリアって国が何処かは知らねぇけど、地図を見るなり人に聞くなりすれば分かるだろ。


「ありがとさん、それじゃ俺は行くぜ」


 聞くべきことは聞いたから、もう用はない。

 俺は挨拶もほどほどにラスティーナと侍女ちゃんと別れて走り出した。

 二人は俺の人質になっていたとでも言って乗り切るつもりだろう。二人に関しては心配はいらない。


 俺の方も問題はない。走って帰れば良いだけだしな。

 きっと侯爵の配下が負ってくるだろうが、そういう誰かに追われるのは慣れてるんで余裕さ。人間だった頃もFBIやCIA、ICPOに追われてた人生だったわけだし、それと比べたらね。


 ──で、実際に俺が予想した通り、俺は余裕でカリュプス侯爵領の領都から脱出し、カリュプス候の配下からも逃げ切った。そして、フェルムに戻った俺はその足でキャンプへと向かい──


「逃げるぜ」


 都合よくその場にいたゼティに伝えて逃亡の準備を始める。

 侯爵を殴って、何もないで済むわけねぇからな、面倒くさいことになる前にさっさと逃げるに限るぜ。

 その土地でやらかしたら、速攻で逃げて別の土地に行く、人間だった時からやってるから慣れたもんさ。


 ゼティは何も言わずにキャンプの片づけをする。

 俺とも付き合いが長いし、こういうことも何度もあったから何があったかは察しがついているだろうし、わざわざ聞くまでもないって様子だ。


「は? え?」


 運よくシステラもキャンプにいたんで面倒が省けて良かった。

 システラは突然のことに目を白黒させているが、ボーっとしてる暇はないと考えさせる暇を与えずに俺はシステラに収納空間ストレージにテントなどをしまうように命令する。


 わざわざ城壁に囲まれた町の外でテント住まいのキャンプ暮らしをするのは、町の中が苦手ってのもあるが、こうして逃げやすいってのも理由の一つだ。

 家なんか持ってると物が増えて身軽に動けねぇしな。何かあったら何の躊躇も無く着の身着のまま身一つで逃げ出せる、そういうスタイルが俺の生き方には合ってる。


 人間だった時からこんな感じだ。

 トラブルというか事件を起こしては捕まる前に速やかにその土地から逃げる。

 もはや、俺という生命の習性って感じだ。定住なんかできるわけがねぇ。

 家なんか持ったら、その土地に縛り付けられるから嫌だ。財産なんか持ったら重くて動けねぇから嫌だ。

 こんな奴が真っ当な人間社会で生きていけるわけねぇよな。

 でもまぁ、真っ当に生きていくのを諦めたから、自由気まま、勝手気ままに生きてられたわけだけどな。


 本当に自由に生きたきゃ何も持たない方が良い。

 どんな物も、人との繋がりさえも、何もかも持たない方が良い。

 何か持ってるとそれを失うことを恐れて守ろうとする。

 守ろうとした時点で行動を制限されているんだから、その時点で自由が失われてる。

 何も持たない。誰とも何の繋がりも無い。何も無いから失うことは恐れないし、何かに囚われて己の行動を制限することも無い。

 ま、そんな生き方を出来る奴は人間じゃねぇけどな。

 そう考えると俺は人間の時から、既に人間と呼べるような良き者じゃなかったんだろうね。

 別に自由を求めていたわけじゃねぇけど、気づけば人間社会じゃ生きていけねぇバケモノになってましたってな。

 人間だった時と比べれば邪神である今の方が人間らしく生きられるってどういうことだよって思うぜ。


「それで、これからどうするんだ?」


 キャンプを片付け終えたゼティが俺に訊ねる。

 どうするって? 決まってんだろ。


「次の神を殺しに行くのさ」


 さぁ、そのために目指そうぜ、新天地をさ。

 目指す場所はソーサリア、それが俺達の次の目的地だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ