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アスラカーズ流の話し合い

 俺はソファから飛び上がるような勢いで立ち上がると、そのままの勢いで侯爵の顔面を蹴り飛ばした。

 誰も俺がそんなことをするとは思っていなかったのか誰一人として反応することもできず、俺の足の裏が侯爵の顔面を捉える。


「貴様!?」


 護衛の騎士二人が立ち直り、腰に帯びた剣を鞘から抜き放とうとしている。

 俺は即座に近くにいた執事の体を騎士の片方へ向けて突き飛ばす。

 身内ごと斬り捨てるわけにもいかない騎士は抜き放とうとした剣の柄から手を放し、両手で執事を受け止める。これで片方の攻撃は遅れるので、もう片方に集中すれば良い。

 片方の騎士が執事を受け止めた横で、もう片方が剣を抜こうとするが呆れるほど動きが遅い。俺は剣が抜かれるよりも早く距離を詰め、剣の柄頭を足の裏で踏みつけるように押さえつけ剣を抜くのを妨げる。そして俺はそのまま踏みつけた柄頭を足場にしてジャンプしながら膝蹴りを、その騎士の顔面に叩き込んだ。

 衝撃で意識を失って崩れ落ちる騎士。残るもう片方の騎士を見ると執事を押しのけ、剣を抜き放っていた。


「貴様、覚悟は出来ているんだろうな」


「さぁ、どうだろうね?」


 どういう覚悟かにもよると思うね。

 例えば、勝つためには手段を選ばないとかいう覚悟なら俺は持ってるぜ?

 俺は俺のやっていることを平然とした表情でソファに座って観察している姫さんの腕を掴む。

 良い根性タマしてやがるぜ。タマが付いてねぇのによって、これは女性差別だから、良くねぇか。


「貴様っ!?」


 王女様が人質にされるんじゃないかと思ったのか騎士の顔に焦りが浮かび、挙動に隙が生まれる。

 俺はその隙を見逃さず、姫さんの腕を離して騎士との間合いを瞬時に詰め、喉元に手刀を叩き込む。

 騎士は鎧に加えて兜を付けていたので普通に殴ってもダメージは通りにくい。だから、鎧で覆われていない部分を俺は狙った。


 首を動かすため鎧で覆っていない喉元へ入った俺の手刀のダメージによって騎士の体がくの字に曲がる。

 俺は続けざま、腕を動かすために鎧で覆っていない脇の下に鉄槌打ちを叩き込む。切り上げるような軌道で放たれた俺の拳が脇の下へ直撃し、騎士は悶絶。そして股間を蹴り上げ、仕留める。


「このようなことをして──」


「はい、うっせぇ」


 最後に残った執事の顎先にパンチを入れ、意識を刈り取ってこの場は片付いた。

 マジでるなら、小技を使わず真っ当にるんだけどね。

 それをしても面白そうな相手じゃなかったから、ちょっと小細工をしてみた。


「ぐぅぅ」


 おっと、まだ残ってたな。

 俺は鼻を押さえながらソファをひっくり返して倒れている公爵のもとに詰め寄る。


「あらら、鼻が折れてるじゃん」


 まぁ、そうなるだろうなと思って蹴ったわけだから驚くことでもないし可哀想だとも思わない。

 俺は侯爵の胸倉を掴んで体を引き起こすと、持ち変えて髪の毛を掴み、テーブルの上に侯爵の顔面を叩きつける。

 だいぶ優しくやってるんだぜ? 本気だったら、もっと酷くしてるからな。


「どうして、こういうことされてるか分かるかい?」


 俺は侯爵の頭を引き起こし、顔を寄せて訊ねる。

 意識が朦朧としているようなので頬を叩いて、意識を取り戻させる。


「……私は暴力に屈しないぞ」

「はぁ、やっぱ分かってねぇや」


 俺は侯爵の胸倉を掴んだ状態で顔を殴りつける。

 俺が本気で殴ったら死んじまうから当然だが手加減はしている。


「なんか勘違いしているようだけど、俺がキミを殴ってるのとはさっきまでに話したこととは関係ないぜ?」


 フェルムがどうとか、侯爵領の今後がとか、そういう話はどうだっていいんだよ、俺はさ。

 誰が正しいとか間違っているとかいう話も俺はどうでもいいわけで、侯爵さんがフェルムの再建に手を貸さないって話もどうでもいいんだよ。どっちが正しいのかなんてのは分かんねぇしな。

 俺はフェルムの連中と縁があったからフェルム側に立って物を見そうになるけど、侯爵さんの側に立ってたらフェルムの連中は領主を差し置いて町を治めている無法者にしか見えなかったろうしな。


 まぁ、よく言われている正義ってのは立ち位置で変わるものだっていうアレと、正義ってのは人それぞれにあるっていう奴。

 俺もその考え方は賛成なんで、俺は人のやることについて、それが正しいか間違っているか、善か悪か、良いか悪いか、そういうことを論じるつもりはねぇよ。だけどな──


「俺が気に入らないのはさ。フェルムのあれこれを全て知っていたって癖に何もしなかったキミが気に食わねぇってだけ」


 良い悪いの話じゃなくて好き嫌いの話なのさ。分かるかい?

 侯爵のやってきたこと、やろうとしていること、そして考えていることが良いか悪いかはどうでも良いんだよ。だから、良い悪いで論じるつもりは無い。だけど、好き嫌いはあるし、好き嫌いっていう感情に根差した物だから行動も感情的になる。


「キミが知ってるかどうかは分からねぇけどよ あの町の連中は必死に生きてるのさ」


 サイス達は何年も大変な思いをしてフェルムを守ってきた。

 キミが知っている隠したりせずに全てを明らかにしてやれば、もう少しマトモに生きることもできただろう。

 伝える必要が無かった。伝えると混乱が起きた。伝えると都合が悪かった。

 色んな理由が考えられるだろうけど、結局のところキミは不幸が起き続けているのを黙ってみていただけだ。そうした結果、少なくない数の人間の人生を台無しになっている。


「キミにそんなつもりは無かったんだろうと思うけどさ。でもまぁ、事情を知ったらキミを許せない奴は出てくるだろうね」


 黄神のことを知ってたのなら、さっさと教えてりゃフェルムの町も被害を受けなかったかもしれない。

 だけど、侯爵としては今後のことを考えればフェルムの町には弱ってもらって、自分の支配を受け入れざるを得ない状況になって欲しかったから何もしなかった。


「俺もまぁ、あんまり納得できないわけよ。キミの判断に関しては文句を言うつもりはねぇけど、その判断の結果によって起きた出来事については思うところはあって、俺は自分の感情に素直であるから、こうやってキミをぶちのめして、その感情を発散させようとしているってわけだ」


 言いながら、俺はもう一回、侯爵の顔面を殴りつける。

 殺すつもりはねぇから軽く。つっても、痛いのは痛いだろう。


「理不……尽だ……こんなことをして、どうなるか……」


 どうなるかは分かってるよ。でも、俺はキミを殴るぜ? 俺がそうしたいからな。

 これが良くないことだってのは分かるんだよ。実際、人間時代からこういうことやって失敗してるしさ。

 まぁ、それでもやってしまうのは俺以外にやれる奴がいないから。


「どうなろうと知ったこっちゃないね。俺は後先を考えて生きてないからな」


 だからまぁ、こんなことが出来る。サイスを含めて他の奴はおそらく侯爵のやってることを知ったとしても、怒りはするだろうが、それ以上は何もできない。

 それはまぁ先のことを考えるからだ。それはそれで良いと思う。その方が生きていく分には正しいと思うしな。だけど、納得できない思いはあるだろう。だから、俺が代わりにぶん殴るのさ。

 俺は俺の感情を発散するついでに、世の中の納得できない思いを抱く奴らの代わりに拳を振るうってだけだ。まぁ、それをやってたら最終的にはテロリスト扱いの犯罪者になっちまったけどな。


「まぁ、幸い俺は嫌われ者なんでね。どうなろうとも最終的には誰も庇ってくれないし、一人で始末がつくから気楽なんだけどね」


 話しながら俺は侯爵を突き飛ばして床に転がし、侯爵の腹をつま先で蹴り上げる。

 人に嫌われてると楽だぜ?

 人との繋がりっていえるものが薄いか存在しねぇから、しがらみも何も気にする必要がねぇ。何かやらかしたら、みんなが俺から距離を取るし、誰も俺を擁護してくれないから全ての責めを負わされる。けれど、それが気楽なのさ。俺だけが責任を取れば済む状況になるからな。


「フェルムの連中にアッシュに殴られたって話をしてみろよ? きっと俺の討伐にフェルムの連中は喜んで協力するぜ? 冗談じゃなく本気でな」


 冒険者の大半は俺に絡まれて嫌な思いをしているだろうから協力するだろうし、サイスとかも何だかんだで俺を積極的に殺しにかかるだろう。

 アイツらは俺に世話になったとかは思ってくれているだろうけど、それとこれとは別で俺のことは嫌いだろうから殺すことに躊躇は無いだろうしな。

 まぁ、その方が良いさ。好かれて崇められるより、そっちの方が性に合ってる。

 みんな仲良く俺を殺しに来てくれりゃ良い。俺としては大歓迎さ。


「アッシュ、そろそろ……」


 侯爵の腹をもう一度蹴ろうとするとラスティーナが俺に声をかけてきた。

 やりすぎたってことは無いつもりだが、心配になったんだろう。


「心配すんなよ、俺は人間を半殺しにするのは得意なんだ。経験人数は1000人じゃきかないんだぜ」


「そうじゃない。人が来るのではないか?」


 そっちも心配するなよ。もう来てるから心配するだけ無駄だ。

 俺がそうラスティーナに言おうとした瞬間、応接室の扉が開けられる。


「失礼します。お茶のおかわりをお持ちし──」


 メイドが扉を開け、部屋の中に入ろうとする。

 だが、直後に目に入った部屋の惨状にメイドは硬直し、そして絹を裂くような悲鳴を上げた。

 良いね、良い声出すじゃねぇか。屋敷全体に響き渡るくらい良い声だぜ。


「これに懲りたら、なるべく隠し事はしないようにするんだな。誰かの想いを踏みにじり嘲笑うことになるような隠し事は特にな」


 最後にそう忠告してから、俺は床に倒れている侯爵の顎先を蹴って脳を揺らし、意識を刈り取る。

 俺は侯爵の始末を終えると即座にメイドの方に向き直ると、落ちていた騎士の剣を拾い上げ、ラスティーナに突きつける。


「動くんじゃねぇぞ? 余計なことをしたら、お姫様の首を切り落とすぜ?」


 そう言って俺が悪漢であるように屋敷のメイドに印象付けておき、次の瞬間には剣を放り捨てると、ラスティーナと侍女ちゃんの二人の体を抱えて、部屋の窓に向けて走り出し、そこから外へと飛び出す。


 いやぁ、有意義で楽しい話し合いだったぜ。

 これがアスラカーズ流の話し合い。話し合いってのはこうじゃねぇとな。





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