やっぱり揉める男
ラスティーナと侯爵の話が落ち着いたところで俺も聞きたいことがあったんで侯爵に声をかける。
「ちょっと質問をしてもいいかい?」
だけど、侯爵は俺の言葉など聞こえていないようでラスティーナの方だけを見ている。
嫌だねぇ、何処の馬の骨とも知れない奴の言葉に聞く耳持つ必要はないってことかい? まったく傷つくぜ。
まぁ、道化と思われているわけだし、俺なんかは相手にしなくても良いって侯爵は思ってるんだろうね。
「答えてくれる気が無いなら勝手に話すけど良いかい?」
侯爵の部下の執事さんと騎士達ついでにラスティーナの侍女ちゃんが俺の事を睨みつけてくる。
怖いねぇ、殺気混じりの視線で睨まれるとか、怖くて泣いちゃいそうだぜ。まぁ、冗談だけどね。
「何の返事も無いから良いってことだよね」
睨まられただけで黙るかよ。
本当に文句があるっていうなら口で言え。黙らせたいなら力尽くで黙らせろよ。
偉い奴の目の前でそんなことをするのが無礼だとか遠慮してんのかい?
空気を読むとか場の雰囲気を察するとか俺はしないぜ。
「侯爵さんがフェルムを放っておくのはフェルムが元通りになると嫌だからだろ?」
俺の無礼な物言いに周囲の気配が剣呑な物に変わる。
良いね。それで、いつかかってくるんだい?
お行儀の良いお坊ちゃんたちだから、俺が話し終えるまで斬りかかったりしないのかい?
人の話は最後まで聞こうって? 教育が行き届いてて素晴らしいね。感動しそうだぜ。
「別に難しい話じゃねぇ。フェルムの町は冒険者が近くのダンジョンで魔具なり財宝なりを手に入れて儲けていた。その結果、町の経済の中心を担う冒険者による自治が進んでいった。領内を統治する侯爵様としては自分の統治者としての権力が侵害されていることになるから面白くねぇよな?」
俺の言葉を無視しようとしていたはずの侯爵サマが俺の方に顔を向ける。
無視するなら最後まで無視してりゃいいのにね。思いもがけず、俺がマトモなことを言ったから気になったのかい?
「詳しいことは分からねぇが、俺の推測だとフェルムの連中は儲けを税として納めずに自分たちの懐に収めていたんじゃねぇかな? 自分たちの稼ぎを自分たちの町のために使う。まぁ、それだけなら真っ当な考えだよな。本来その稼ぎを受け取る立場にある連中のもとに金が入らないってことを除けばな」
フェルムの連中の立場になって考えると侯爵の方が悪者っぽいけど、フェルムの連中だって調子に乗ってたんじゃねぇかな。
カリュプス領は以前はダンジョンから出る魔具の取引で経済を回していたって話だし、ダンジョンと魔具っていうカリュプス領の生命線を握られている以上、フェルムとそこに暮らす冒険者連中には領主だって強くは出られなかったんだろう。その結果、フェルムの連中が領主の存在を無視して勝手に自治を始め、それを領主は黙認するしかなかった。
その被害を被ったのは侯爵さんの親父さんかな? 俺の目の前にいる侯爵さんは若いし、領主になったのもそんなに昔じゃないだろうしな。
「侯爵さんとしては今すぐ再建なり復興なりされたら困るよな。今すぐ立ち直らせたら、以前と同じく冒険者が町の実権を握るフェルムに戻る。鉱山の開発などで冒険者とダンジョンに頼らない領地経営はできているが、それでもダンジョンからの収入ってのは魅力的だもんな」
侯爵さんの目つきが鋭い物に変わる。
腹の内をどこの馬の骨とも知れぬ輩に見透かされたのが気に障るのかい。
そいつはすまないね。だけど、これからもっとアンタの神経を逆なでするかもしれないから、この程度でイラついてたら身が持たないぜ?
「アンタの狙いとしては、このままフェルムが疲弊していくの待ち、逆らう気力が無くなって従うくらいになって欲しいんだろ? できれば、今のフェルムの住民が住んでいられなくなってどっかに移住してくれる方が良い。そうして、うるさい連中のいなくなったフェルムを再建するなりしてアンタに従順な代官の治める町を作り、新しく冒険者の募集をかけ、ダンジョンで儲ける。アンタは、そういう計画を立ててると俺は読んだけど、どうだろうか?」
侯爵さんは何も言わないが、代わりに侯爵さんの部下が口を開く。
「無礼者め!」
代り映えのしないリアクションをどうもありがとう。
無礼? 今更だね。
俺は生まれてこの方、どんな相手にでもこんな感じだぜ?
どんだけ生きても治らねぇ病気なのさ。こういう態度を取っちまうのはね。
人間だった時はどうしてたのかって? 一般社会で生きてなかったから何も問題なかったよ。高校の教師、不良、ヤクザ、ギャングのボス、大統領……どんな相手にもこんな態度だったが、それでも何とかなった。
まぁ、必ず敵対関係になったけども。
「無礼って言われても、俺は誰に対してもこんな感じなんでね。今更、変えるのも良くないだろ? 俺はお偉い侯爵様よりもっと身分の上の奴にもこんな感じだったわけだしさ。ここで態度を変えたら、今まで俺が舐めた態度を取ってきた連中に申し訳ねぇぜ」
まぁ、そんな話はキミらには関係ないだろうけどね。
俺が過去に会った人がどうとかはキミらには関係ない事柄であり、現在進行形で俺が舐めた態度を取ってるってことが問題なんだよね。
「控えろ」
侯爵さんが護衛の騎士たちを落ち着かせる。
俺はこのまま刃傷沙汰でも良いんだけどね。無礼討ちでも決めるかい?
「なるほど、殿下が連れているだけあって只の道化ではないようだな」
「道化のつもりもねぇけどな」
俺の物言いに怒る様子も無く、侯爵は静かに俺を見据える。
どうやら俺を取るに足らない輩と見なすのはやめたようだ。
光栄だね。感動で涙が出そうだぜ。
まぁ、生憎と俺の涙腺は瓶詰の蓋と同程度には固く閉じられているんで、涙は出ないんだけどね。
「貴様は私がフェルムの支配権を取り戻すためにフェルムの再建に消極的だと考えているのか?」
「まぁ、そんな感じ。別に今更の話だろ? フェルムの支配権を取り戻そうってのはさ」
前にシステラとダンジョンに潜った時に侯爵はダンジョンで得られる利益を重要視してないって話を聞いたけど、そういう情報を流しておくのも布石だったんだろうな。
「カリュプス領の経済の中心を担っているのは鉱山、冒険者とダンジョンがもたらす利益はそれほど大きくなく侯爵様は重要視していない──って噂を流して、領内での冒険者の地位を下げることで遠回しにフェルムに圧力をかけてたんだ。結構前からフェルムの実権を取り戻すことを狙ってたんだろ? 今の状況は渡りに船って感じだな」
「……その通りだな。それに関しては否定するつもりは無い」
あっさり認めたね。
まぁ、認めた所で何かあるってわけでもないけどさ。
「だが、それが何だ? 確かに私は私の目的のためにフェルムを見捨てることにしたが、そのことで私を裁く権利がそちらにはあるのか? 王女とそのお付きが、王でもない者達が王によってこの地の統治を認められている私を裁くと?」
そこら辺はどうなのラスティーナちゃん?
俺はラスティーナを見るが、当の王女様は何の表情も浮かべず静観の御様子。つまりこれは、まだ俺が好きにしても良いってことだろうか? なら、俺は勝手なことを言わせてもらうぜ。
「いやいや、誤解すんなよ。俺はキミを裁くなんてつもりは無いぜ? だって、俺はキミに対して思う所は何一つないしな。そりゃ人道的には助けを求める領民を放っておくのはどうなんかとも思うけど、領主として今後の領地経営を事を考えたうえでの判断であり、領地を豊かにしていこうとする統治者の考えとしては一概に間違ってるとは言い難いしな」
俺はしばらくフェルムにいたし、フェルムで知り合いもできたから、感覚的にフェルム連中の側に立って考えてしまいそうになるけど、アイツらのやってることだって結構よろしくないしな。
ゲオルクとかサイスが勝手に町の実権を握ってるわけだし、正規の手続きを踏まずに権力の座に収まるってのが果たして正しいのかって話だよ。
本来、フェルムの町だって領主の物なわけだし、それを勝手に自分たちの物にするのはお行儀の良い振舞いじゃないと俺は思うね。まぁ、だかといって、フェルムが悪いとも言えんけどさ。
結局の所、みんなが自分の立場で己の求めるもののために好き勝手にやってるってだけの話さ。
表面的に正しく見えることも、一皮二皮と剥いていけば、首を傾げざるをえない事実が明らかになる。
今回の件だって、侯爵さんを悪者にするのは簡単だけど、安易にそうするべきかっていうと少し考えるべきだと俺は思うね。
「ぶっちゃけた話どうでも良いのさ。結局の所、キミらの在り方の問題なわけだし、俺は口を挟む気は無い。それもまた、俺という人間の在り方さ」
人間じゃなくて邪神だけどね。
まぁ、もともとは人間で、今も人間だった時の精神を引きずってたんだから大した違いはねぇよ。
「……ならば、何故わざわざ、このような話を?」
結局、侯爵さんを咎めるってことも無く終わりそうで侯爵さんの方が困惑している。
ラスティーナの方はと言うと、こちらは心ここに在らずという様子だ。おそらくフェルムの再建について考えているんだろう。
侯爵の援助が無いと分かったなら、それを当てにせずにフェルムの再建をしていくつもりで、今この瞬間から計画を練り始めることにしたんだろう。
……別にラスティーナがやることでもないと俺は思うけどね。それでもやるのはコイツの性分って奴なんだろうね。人が良いと言うべきか、人の上に立つ者として素晴らしい心掛けと言うべきか、まぁ何にせよ、慈悲深い王女様なんだろうさ。
「こっちの王女様はまぁ、侯爵様がどういう考えを持っているのか聞きに来ただけだろうよ。特に期待もしてなかったんじゃねぇの? ただ、フェルムの再建に手を借りられる可能性もあるかと訪ねてきただけだよ」
俺は肩を竦めて、隣に座る王女様の目的を推測して口にする。
さて、じゃあ俺の目的は何でしょうか?
「──でもって、俺の方はというと一つだけ聞きたいことがあってさ」
「聞きたいことだと、私にか?」
「あぁ、そうさ。俺が聞きたいことはただ一つ」
戸惑う様子の侯爵を無視して俺は、たった一つの質問をする。
「アンタさ、もしかしてフェルムのことについて全て知ってたんじゃない?」
俺の質問はそれだけだ。
要領を得ない質問に戸惑った様子を見せつつも侯爵は口を開く。
「全てとは?」
「言葉通りさ。アンタ全て知ってたんだろう? 何があるとか、メレンディスのこととか、あの町の大昔の事とかさ。領主だもんな、この土地であった過去の出来事とかの話が受け継がれてたりするんじゃない?」
俺の言葉に侯爵さんは一瞬だけ視線を動かす。
そして、侯爵が口を開こうとした瞬間、俺はその顔面に蹴りを叩き込んだ。
──やっぱり、こうなるよなぁ。まぁいいさ、いつものことだ。
さぁ、ここからは誤魔化しとか無しの話し合いをしようぜ?