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カリュプス候

 

 カリュプス候の屋敷の中、執事さんに案内された先の扉を開けるとそこには──


「ようこそ我が屋敷へ」


 扉を開けるなり部屋の中央にいた男が、そう言ってラスティーナに対して一礼する。


「久しいなカリュプス候──いや、ノーデン殿」


 ラスティーナの応対から、俺は部屋の中央にいた男が侯爵であることを悟る。

 侯爵の見た目は20代後半から30代半ばって所だろうか? 

 身長は俺より小さく体重も俺より軽そう、体格は言わずもがな俺には及ばない。つっても、俺は180cn以上あるし、体重も90kgくらいあるからね。まぁ、俺より小さいと言っても、それなり以上には良い体格をしているし、かなり鍛えてるのも分かるから、デスクワークだけの人間ではないんだろう。


 じろじろと観察していると知性と共に冷たさを感じさせる鋭い目が俺を捉えた。

 しかし、侯爵は俺を一瞥しただけで興味を持つことはなかったようで、俺をいないものとしてラスティーナに話しかける。


「こちらへどうぞ、殿下」


 侯爵は部屋の中央にあるソファとテーブルの方へとラスティーナを促す。

 この部屋は応接室のようだ。

 豪華な内装に加えてテーブルを挟んで向かい合うようにソファが置かれている。

 扉は二つだ。

 俺達が入ってきた扉と、侯爵の座るソファの後ろにある扉。一応、窓はあるが窓の外がどうなってるか把握してねぇんだよな。なんで、こんなことを気にするかというと、何かあった時に逃走ルートに関わるから。俺の人生経験上、人の家に呼ばれた時は八割方、脱出する羽目になるんで逃げ道は最初に考えるようにしているんだわ。


「悪いねぇ。侯爵みずからのおもてなしとか感激するぜ」


 俺はラスティーナを差し置いて、真っ先にソファに腰を下ろす。

 ラスティーナは何も言わないが呆れたような顔になり、侯爵以下他の面々は俺の行動に目をむく。


「ほら、座れよ。みんなでお話ししようぜ?」


「貴様!」


 誰の声だろうね。全員の声か。

 王女を差し置いて勝手に座ったのが気に食わない?

 ラスティーナは許してくれてるぜ? なら良いじゃねぇか。

 まぁ、許してくれなくても俺は勝手をするがね。


「すまない、この者のことは気にしないでくれ」


 ラスティーナ様のお言葉だぜ。ここにおわす高貴な御方の言葉通り俺のことは空気だと思ってくれ。俺の方もしばらく、お口チャックしてるからさ。


「道化か」


 侯爵は座っている俺を見下ろし、呟くと俺を相手にする価値も無い者と思って無視することにしたようだ。

 道化は無礼な真似をしても、ある程度許されるってのは地球と似てるんだね。地球でも宮廷道化師なんかは王侯貴族に好き勝手なことを言うのが許されてたしさ。


「まぁ、そのようなものだ」


 そう言ってラスティーナは俺の隣に座る。

 肩でも組んでやろうかしら? 俺がラスティーナの肩に手を触れようとするとラスティーナが俺の手をそっと払いのける。

 お触り厳禁、セクハラ禁止ってことね。了解いたしましたお姫様。


「失礼します、お茶をお持ちしました」


 侯爵がソファに座ると侯爵の後ろの扉の向こうから、そんな声が聞こえてきた。

 侯爵が入れと言うと、メイドが茶器を持って部屋の中に入り、その後ろから鎧を纏った騎士が二人ほど室内に入ってくる。


「護衛の者たちです」


 平然と部屋に入れんなよ、露骨だなぁ。

 歓迎してる雰囲気を出してたけど一皮剥けばこんなもんか。

 暴力を仕事にしてるような連中を高貴な御嬢さんのいる部屋の中に入れるとか圧力をかける以外の意図が見えてこねぇぜ。

 何かあったら騎士の皆さんを使って脅しでもかけるのかい?


「……アッシュ」


 姫さんが俺にだけ聞こえる声で名前を呼ぶ。

 俺は心配いらないと表情を変えない。実際の所、余裕だ。

 騎士たちは大して強く無さそうだしな。

 二人いるけど二人を倒すのに一分もかからねぇくらい余裕の連中だ。


「本日はどのようなご用件で、我が屋敷にお越しいただいたのでしょうか?」


 侯爵は丁寧な言葉で訊ねるが表情は険しく、鋭い目つきでラスティーナの考えを見透かそうと、その表情を見つめていた。


「ズズズ……」


 俺はメイドが淹れてくれたお茶をわざと音を出して啜りながら飲む。

「何だコイツ」って感じで見てきやがる周囲の視線が痛いぜ。

 まぁ、周囲って言っても、姫さんと侯爵は俺の方なんか気にせず、見つめ合って互いの腹を探ろうとしている。だがまぁ、見ているだけじゃ相手の事は分からねぇよ。


「今日、訪ねたのはフェルムの事についてだ」


 姫さんは様子見をせずに単刀直入に切り出した。

 腹芸をするつもりはないようだ。まぁ、それが良いか悪いかどうかは俺には分かんねぇけどな。


「ノーデン殿はカリュプス領の領主であり、フェルムもその領内にある町の一つの筈だ」


「えぇ、その通りです」


「では何故、貴殿はフェルムの再建に人を割こうとしていない?」


 そういえば、そうだね。

 フェルムの再建に携わってるのはラスティーナが連れてきた兵士と元々フェルムにいた冒険者や住民、それとイグナスが隊長をしている聖騎士隊くらいか。

 領主のくせに町の再建をしようとする動きが無いってのはおかしいよな。まぁ、何でしようとしないのか、想像はつくけどさ。


「人手も金も足りないのですよ」


「見え透いた偽りを口にするな。此処に来るまでに私は領内を見て回っている」


 馬車でここに来るまでに領内の色んな町を見たんだよね。

 まぁ、そうして見て回った結果、わかったのは──


「どの町も栄えており余裕があったが、それでもフェルムの復興は不可能だと?」


 領主としてはそれなり以上の手腕があるんだろうね。

 カリュプス領内のどの町も村も生活が苦しいって気配はなかったし、それどころか余裕まで感じられた。

 侯爵の統治能力には確かだ。だが、だからこそ分からないのは何でフェルムに手を差し伸べないのかってこと。

 おそらくラスティーナも想像がついているんだろう。

 なんで、すぐに再建しようとしないのか。その理由は簡単なことで、再建しない方がメリットがあるからだ。


「えぇ、私としても心苦しいのですが、現状でフェルムの再建に手を割く余裕はカリュプス領にはありません。御存知かとも思いますが、侯爵領は広大であり、全てに私の手が行き届くわけではないのです」


「新たな鉱山の採掘を始め、鉱山労働者の新規募集を侯爵の名で行っているのにか?」


 人手も金も余裕はありそうだよな。だけども、鉱山は新規の収入が見込めるが、町の再建は出費の方が多そうだし、同列に語ることのできないことだと俺は思うけどね。

 姫さんは、フェルムを復興をしてそこに暮らす連中が元の暮らしを取り戻せるようにしてやるべきだって言いたいんだろうが、侯爵の方としてはそれは重要とは考えていないってだけの話だ。

 ──で、そこで問題になるのが、どうして侯爵がフェルムを重要と考えていないかってことで、まぁそれについての答えも俺は想像がつくけどね。


「殿下のお考えを否定するようで申し訳ありませんが、新規の事業と町の再建を同列に考えられるのは如何かと」


 まぁ、そう言いたくはなるわな。


「殿下はフェルムの一件を重要視していらっしゃるようですが、私は領主として領地を富ませ、領民が豊か生活をできるよう鉱山の開発を行うことを重要と考えているのです。

 町の再建と殿下は簡単におっしゃられるが、それに用いるのは領民の血税です。そして、税を使い人も物も金も使ったところで返ってくるものはさほど大きくなく、利益を享受できるのはフェルムに暮らす人々だけ。

 そんなものに領民の税を使うより、領地全体を富ませることに繋がる鉱山の開発の方が税の使い道としては正しいのでは?」


 まぁ、そういう考え方をする奴がいるのも仕方ないよね。

 倫理的な問題として、俺達は復興とか再建が最優先って考えてしまいそうだけど、そこが大して利益を生み出さない所であれば後回しにしても良いんじゃないって統治している奴は思うかもしれない。

 元に戻ったとしても大して金を生み出さない田舎を税金をかけて元通りにするより、確実に大金を生み出し多くの人が豊かになれるほうに税金を使う方が、税金の使い道としては正しいんじゃないかって考えだ。

 この問題は面倒臭くなりそうなんで俺は考えないことにしておこう。俺はどっちでも良い、決めるのは統治者と税金を払っている住民だからな。


「……そもそも、殿下は大きな勘違いをしているのではないだろうか? 貴女は王女であって王ではない。領主が行う統治に対して口を出す権利は無いということを」


 ラスティーナは表情を変えずに侯爵の言葉を聞く。


「殿下のお考えはご立派ですが、私とは重視する物が違うようです。検討はさせていただくが、貴女の言葉で私は、私のまつりごとを改めるつもりはないということを、ご理解ください」


「あぁ、理解した」


 ラスティーナは侯爵の言葉に平然とした様子で応える。

 こういう結果になることを予測していたんだろうかね。


「貴殿の考えは理解した。まぁ、領地を富ませるということ考えれば、鉱山の開発の方を重視するのも仕方ないだろう。その考え自体は領主貴族としておかしいものであると断言はできない」


 そこまで言ってラスティーナは「だが──」と区切り、言葉を続ける。


「本当にそれだけが理由だろうか? 貴殿の心の内にフェルムに対して何か含むところがあったのではないか? だとしたら、貴殿は領地のためと言いながら、私情で一つの町を見捨てたことになるのが、それについて貴殿の言い分を聞きたいものだ」


「……何故そのようなことを考えたのか理解できかねますが、私自身フェルムに対して含むところなどは何一つございません」


 侯爵がラスティーナの言葉を真剣な眼差しで否定する。

 まぁ、領主として領内に不幸が起きるのは嫌だよね。それは分かる。

 だけどさぁ──


「ちょっと質問をしてもいいかい?」


 二人だけでの話はもう充分だろ?

 混ぜてくれよ、俺もちょっと聞きたいことがあるんでね。


 嫌かもしれないけど、楽しくお話をしようぜ?

 お話だけでは済まないかもしれないけどさ。





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