冒険者ギルド
代官の屋敷から帰ってきてギド達と話した後、俺は町中へは向かわずに町の外で時間を潰すことにした。
ガウロンが待っているとか言っていたが、何処で待っているかも知らないから、会いに行きようがないんだよな。だから、向こうから俺に会いに来るのを待ってるってわけ。
それにギースレインが仲間を引き連れて俺を襲いに来るかもしれないしな。それを楽しみに待っていたりもするんだよ。
—―で、そんな期待を胸に俺は夜通し待っていたんだが、全く来る気配が無かった。
俺は睡眠も食事も必要ないから、焚火の前で酒を飲んで誰かが襲ってこないかなって待っていても誰も来やしない。起きてる気配がある内は来ないのかと思って、寝たふりをしても何も無い。
実の所、たまに野犬が襲ってきたりが、そいつらはちょっと蹴っ飛ばしただけで、情けない鳴き声を上げて逃げて行きやがったんで、敵としてはノーカウントだ。
そんなわけで、俺は一晩を無駄に過ごして、新しい朝を迎えてしまったわけ。
新しい朝が来たので、また賭け試合でもやろうかと思ったが、挑戦者も観客も誰も来る気配が無い。
きっと昨日ギースレインが来たせいだろう。
悪名高き領主子息にして、現在のイクサス伯爵領の支配者であるシウスの騎士が顔を出すような場所となれば、厄介事には関りたくない一般人は近寄らなくなるのも仕方ないし、そういう噂が広まれば誰も来なくなるのも当然だ。
暴君の手下が顔を出すような場所には近づきたくないってのが普通の反応なんだし、それに対して文句を言うのは、人々の生活を軽んじてることになるから、俺は文句を言ったりはしないよ。
俺は強い奴が好きだけど、同時に弱い奴らを愛おしく思っているから、弱い奴らに無理をさせるのはちょっと気が乗らないんだよね。
だからまぁ、弱い奴らはおとなしく平穏無事に生きていて良いと思うから、厄介事には関わらなくて良いと思う。
でも、強い奴は戦おうね。戦って戦って戦い抜いて、頂点を目指そうぜ。それが強い奴らの義務だと俺は思うんで、俺が治める世界の奴らにはそれを強制しているんだけどね。
—―でもまぁ、そんな話はどうでも良いか。
それよりも今は三日目にして商売あがったりの状況をどうすべきか考えないとな。
つっても、なんとかする手段を考えるの面倒だし、別の町に行くのも悪くねぇかも。
そんな風に俺が場所を移そうかな、なんてことを考えているとガウロンがやって来る。
探していたってのに会いに行かなかったから、向こうからやって来たんだろう。
「少し話があるんだが良いか?」
どうぞ。
俺は地べたに腰を下ろして話をしようぜってガウロンを促す。
ガウロンとしては町の中で話をしたかったのかもしれないけど、俺は町中とか人の多い所はあんまり好きじゃないんで、勘弁してほしいね。
「まぁいいか」
ガウロンは地面に腰を下ろす。地面って言っても草原なんだから平気だろ?
「なんか用かい?」
別に相手の腹を探るようなつもりも無いんで、俺は単刀直入に聞く。
やろうと思えばできるけど、基本的には腹の探り合いなんかは俺の趣味じゃないんでね。
幸い、俺の問いはガウロンに対してもありがたかったようで、ガウロンも用件を手短に俺に伝えてくる。
「手短に言おう。俺達のギルドに入らないか?」
そう言われてもギルドってのが分かんねぇんだよなぁ。
冒険者ギルドってやつ? それに入れってことか?
「悪いんだが、俺はそういうの良く分かんねぇんだよなぁ。もっと基本的な所から説明してくれない?」
俺の言葉にガウロンは僅かに考え込むような仕草を見せ、そして俺に聞いてくる。
俺が世間知らずの田舎者かと思ってるのか、はたまた別の理由で知らないと嘘をついているのか、考えているようだけれど、そんなことはなく全く知らないだけなんだよな。だって、この世界の人間じゃないし。
「冒険者というのは何か分かるか?」
「依頼を受けて魔物退治とか物探しとかをする仕事だろ?」
俺の答えにガウロンは頷き、更に質問を重ねる。
「冒険者ギルドが何か分かるか?」
「冒険者へ依頼の斡旋をしたりする組織じゃねぇの?」
俺の答えにガウロンは頷く。どうやら正解のようだが、ガウロンは逆に難しい顔になる。
「一体何が分からないんだ?」
それは俺にも分からねぇよ。
冒険者関係でこの世界の独自のシステムとかあるんだったら、それは分かんねぇかなぁとは思うけど、それを何て言うかも分からねぇから聞きようがねぇんだ。
「だいたい分かってるなら、問題無いだろう。俺達のギルドに入ってくれないか? 知っての通り大陸冒険者ギルドは常に優秀な人材を求めているんだ」
おっと、分からないことが出てきたぞ。
「知っての通りと言われても大陸冒険者ギルドが分かんねぇ」
俺が知らないと言うとガウロンは「えぇ……」って言いたそうな顔になる。
どうやら、冒険者ギルドを知ってるなら大陸冒険者ギルドってのは常識なのかもしれない。でも、知らないんだから仕方ないじゃない。
「まず冒険者ギルドには三つの種類があるってことは良いか?」
俺の無知に引いていたようだけれどガウロンはちゃんと教えてくれるようだ。人間が出来ていて素晴らしいね。ちょっと好きになったぞ。
――で、ガウロンの話しよると、なるほど冒険者ギルドは三種類あるようだってことが分かった。
「一つ目に民営の冒険者ギルド。民間の有力者が出資して設立し、運営に関しても国や領主が干渉してこない冒険者ギルドだ。次に公営の冒険者ギルド。こっちは国の運営する国営だったり、領主が運営する領営だったりする冒険者ギルドだ。で、最後に俺が所属する大陸冒険者ギルドは大陸冒険者協会が運営するギルドだな」
「なんか違うの?」
「まず規模が違う。民営、公営、大陸の順で組織が大きくなる。民営は一つの町や村で組織されていて、公営は国や領地、大陸冒険者ギルドは世界全土に支部がある大組織だ」
へぇ、そうなんだ。
「信用も違うぞ。大陸冒険者ギルドの冒険者登録証は世界中で使える身分証になるのに対し、他のギルドはギルドの活動範囲となっている地域でしか役に立たない。対して大陸ギルドは世界中で使える」
俺は身分証とかしばらく持ってないからイマイチ凄さが分からん。
人間だった頃は身分証で本人確認されるとCIAとかFBIに通報されていたから、偽造の身分証しか持ったことないし、身分ってのは偽装するものだって感覚が染み付いているんだよな。
「優秀な人材が集まるのが大陸冒険者ギルドなんだが、今は魔族との戦争中でもあるため、冒険者たちも戦争に駆り出されているから人手不足なんだ。だからまぁ、腕の立つ奴はギルドの上層部も喉から手が出るほど欲していてな。待遇も良い物になるだろう」
へぇ、そうなんだ。まぁ、事情はなんとなく分かったよ。
三つの冒険者ギルドで勢力争いをしてるってことだろ?
そのことはガウロンは言わなかったようだけど、予想はつくぜ。
冒険者への依頼だって無限にあるわけじゃないんだし、それの奪い合いをしてるんだろう。
雰囲気的に公営の方はお偉いさんとか向けに焦点を絞って、民営は庶民を対象にしてるんじゃないだろうか?
――で、大陸冒険者ギルドの方は他の二種類のギルドじゃ無理な高難度の依頼とか、国と国を跨いで行動しなきゃならない依頼とか受けてるのかな?
ただまぁ、それだとそんなに仕事がなさそうな気もするよな。たまにある大口の仕事ででっかく稼ぐよりも、日々の小さな稼ぎを積み重ねていく方がいいって場合もあるんで、大陸ギルドの方は経営が厳しかったりするのかもな。
それを何とかするために、腕の立つ奴を集めて難しいが報酬の美味しい依頼をこなしていこうとか考えているのかもしれない。まぁ、全部が推測だけどな。
「それで、どうだ? 大陸冒険者ギルドに入ってくれるか?」
俺は腕を組み、考え込む振りをする。振りってことは考えなくても答えは決まっているからだ。
「うーん、遠慮しておこうかな」
だって、俺は生まれてこの方、組織に属して働いたことないし、今更、誰かの下について働くのも嫌かなって思うんだ。そもそも生まれてこの方、俺は誰の風下にもついたことないし、それを今後も続けていく予定だからな。
というわけで残念でした。俺が冒険者になることはありません。
冒険者になんてならなくても冒険はできるし、それだったらフリーで好き勝手やってた方が性に合うからさ。